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エンデュミオンと巡礼者達

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

エンデュミオンは小金持ちです。


338エンデュミオンと巡礼者達


 朝食の後に出された櫛切りの梨をしゃくりと齧り、エンデュミオンは飾り毛のある耳をぴくりと動かした。

「呼ばれたな。シュヴァルツシルトか」

 急ぎではなさそうな呼び方だ。エンデュミオンの兄弟同然であるラルスの弟のシュヴァルツシルトは、エンデュミオンにとっても弟のような存在だ。シュヴァルツシルトはあるじのイージドールが困った時には、結構気軽にエンデュミオンを呼ぶ。それは一向に構わないのだが。

「何かあったかな?」

 取り敢えずフォークに刺さっている梨は食べ終え、エンデュミオンは椅子を下りた。台所横の食品貯蔵庫にいた孝宏たかひろに声を掛ける。

「孝宏、エンデュミオンは教会キァヒェに行ってくる。シュヴァルツシルトに呼ばれた」

「昨日テオが言ってた巡礼者かな?」

「そうかもしれない」

 シュヴァルツシルトとモンデンキントが居るので属性鑑定は出来る筈だが、エンデュミオンという名前での証明が欲しいのかもしれない。巡礼者と会ったテオとルッツを呼ばないのは、まだ寝ていると知っているからだろう。ルッツは朝に弱いのだ。無理に起こすとぐずって宥めるのに時間が掛かる。

「では行ってくる」

「いってらっしゃい」

 エンデュミオンは〈転移〉で教会の聖堂に異動した。早朝のミサは終わったばかりなのか、ひんやりとした聖堂には誰もいなかったが、複数のセント属性の精霊ジンニーが天井近くを飛び回っているのがエンデュミオンの目には見えた。目視しにくい聖属性の精霊だが、〈祈り〉を極めている者が複数いるこの教会だけは別である。

 普段イージドールは手加減して銀の光を降らないようにしているが、何を思ったか今日は手を抜かなかったらしい。いつもより精霊の数が多い。

 エンデュミオンが近付くのを待っていたように、聖堂の端にある司祭館へのドアが開いた。

「おはよう、エンデュミオン」

 ドアを開けたのはディルクだった。いつもの騎士服とは違い、修道服を着ている。

 エンデュミオンはニヤリと笑った。

「ディルク、転職か?」

「研修って事になってる。真面目にお務めには参加してるけどね」

 ディルクも笑ってエンデュミオンを司祭館の廊下に通す。

 いつもなら居間代わりにもなっている台所に通されるのだが、ディルクは台所の隣の食堂にエンデュミオンを連れて行った。

 エンデュミオンの聴覚が、複数の人の気配を拾う。

「例のか?」

「そう。これから説明なんだ。エンデュミオンが居た方が説得力あるだろうって」

 確かに聖人が居た時代を知っているのはエンデュミオン位だろう。

 ディルクは廊下側にある食堂のドアをノックし、ベネディクトの返事を待ってからドアを開けた。

 食堂の中には、ベネディクトとイージドール、ケットシーのシュヴァルツシルトとクリーム色の南方コボルトのモンデンキントの他に、騎士リーンハルトと魔法使いヨルン、彼らの南方コボルトであるクヌートとクーデルカが居た。そして、巡礼者を現すユリが彫られた木彫りのメダルを首から提げた男が二人と子供が一人。

「でぃ!」

 ベネディクトの膝に座っていたモンデンキントがエンデュミオンに前肢を振った。最近よくお喋りをするようになったが、今のところ人の名前を呼ぶのがお気に入りのようだ。

「ひろ」

「孝宏は来ていないんだ。週末のミサには一緒に来るぞ」

「あう」

 モンデンキントが残念そうに頷いた。へにょりと耳がしおれる。

「エンデュミオンは俺と一緒ね」

 ディルクがエンデュミオンを抱き上げて、膝に乗せて椅子に座った。中々大きな食卓なのだが、妖精達の分もとなると椅子が足りない。

「エンデュミオンで最期だろう? 始めていいぞ」

「では僕から」

 シュヴァルツシルトを膝に乗せたイージドールが軽く手を上げた。

「紹介しますが、今来られたケットシーがエンデュミオンです。エンデュミオン、こちらは巡礼者のヘア・ラーモンド、ヘア・インガル、ヘア・ザームエルです」

「ふむ」

 エンデュミオンが首肯したのを見て、イージドールはラーモンド達の方に顔を向けた。

「ヘア・ラーモンド達をお呼びしたのは、教会が聖人の噂を掴んだからです。その噂は貴方達が流したものだと確認されています」

「それは〈女神の貢ぎ物〉が聖人を捜しにいけないと聞いたから、代わりに捜したんです!」

「確かに僕は聖人を捜し回れない状況にありましたが、聖人の可能性がある者を見付けたのなら教会に知らせてくれればよかったんですよ。教会が──というより〈女神の貢ぎ物〉である僕が認定していない聖人の噂を立てるのは、一番拙い方法です」

「確かにな。噂を流して今まで無事だったのはかなりの幸運だぞ。強固な聖女派の信者もいるし、聖人を囲い込んで〈女神の貢ぎ物〉経由で〈暁の砂漠〉を動かそうと画策する者だってい無い訳じゃないんだ。まあ、そんな事をしたらロルツィングに潰されるだろうが」

 エンデュミオンがなで肩を竦める。弟達を溺愛しているロルツィングなら確実にやる。

「最大の問題は、既に今代の聖人は選ばれているんだ。聖女と聖人は同時に存在しても、聖人は二人同時に存在しない。これは月の女神シルヴァーナが決めたことわりだ」

「えっ!?」

 ラーモンドの顔が驚愕に染まる。唯一の少年インガルがそれ程驚いていないのは、自分が聖人だと言われても半信半疑だったのだろう。

「何故大聖堂(ドム)は聖人を公表しないんですか!?」

「聖人が脆弱だからだな。あちこちに引っ張り回されたら寿命が縮むぞ。聖人は〈女神の貢ぎ物〉と共にあり、穏やかな祈りの生活をする事で聖なる力を國に注ぐ存在だ。表だった聖務は聖女の仕事なんだ。聖人は影の聖務を担うんだ。とくに今は〈柱〉に聖属性がないしな。聖人に居て貰わないと困る」

 ぽしぽしとエンデュミオンは前肢で頭を掻いた。本来〈柱〉の神殿の祭司であるエンデュミオンは聖属性を持っていない。

 〈柱〉の神殿の上にリグハーヴスの女神教会があって良かったのは、地底湖の聖水があるおかげで、教会周辺が聖属性の土地になっていたことだろう。常に浄化されている場所にベネディクトは住んでいる事になる。そうでもなければ、ベネディクトの寿命はかなり短くなっていただろう。

 エンデュミオンの目には、ベネディクトとイージドールの間にうっすらと繋がりが見えた。どうやらやっとイージドールはベネディクトに名乗りを上げたらしい。

「ではインガルの光はなんなんですか?」

「ああ、〈治癒〉の時に光るって? 聖属性なら銀色の星が降るんだぞ? 金色に光るなら、その子はラーハ属性で光っているんだ。光属性も使って〈治癒〉が出来るのは、それはそれで凄いんだがな。独学で治癒師になれるのは才能があるぞ」

「治癒師?」

 インガルが目を瞬かせた。

「治癒師は魔女ウィッチ薬草魔女ヘクセの認可を得ていないが精霊魔法で治癒出来る者の総称だ。だからエンデュミオンも治癒師と言えば治癒師なんだが。治癒師は〈治癒〉しても代金を貰ってはいけないんだ。國家資格ではないからな。もしインガルが〈治癒〉を生業にしたいなら、魔女か薬草魔女の弟子になる必要がある。教会に籍を置いて修行すれば聖属性も生えるだろうし、教会付きの薬草司祭になれるだろう」

 薬草司祭は魔女や薬草魔女、医師資格のある司祭の呼称だ。教会で診療所を開く事も出来る。

「ってのは建前で、決まりなんだろう? イージドール」

 エンデュミオンはイージドールに黄緑色の瞳を向けた。イージドールが溜め息を吐く。

「流石にエンデュミオンはお解りですか。今朝早く大聖堂ドムから王と司教ビショフの連名で精霊便が届きました。インガルは見習いとしてリグハーヴス女神教会に聖約の上籍を置く事、ラーモンド達は返答次第で拘束して構わないと」

「なっ!?」

 ガタリと立ち上がりかけたラーモンドの背中に、いつの間にか背後に回っていたクヌートの杖がトンと押し当てられた。リーンハルトも修道服の下に提げていた剣を、いつでも抜けるように手に持っている。

 エンデュミオンはテーブルを肉球でぺしぺしと叩いた。

「ラーモンド達が解っていないようだから説明するがな、物凄く危険な事をしていたんだぞ? 既に聖人の存在を王宮も大聖堂も認知している状況で、新たな聖人の噂を広めかけていたんだからな。聖人は〈暁の砂漠〉の民から選出される〈女神の貢ぎ物〉と密接な関係がある。下手に聖人を担ぎ出してみろ、〈暁の砂漠〉の民を表舞台に出したくない者達にとっては邪魔でしかないんだぞ。族長ロルツィングが政治に興味のない風を装ってくれているからいいものの、その気遣いに気付かない馬鹿も居ない訳じゃない」

「リグハーヴスまでインガルが無事に移動出来たのは、それこそ女神さまの思し召しだとしか思えませんよ。途中で誘拐されたりしたかもしれません。正しい聖人の姿を知らなければ、大々的に公表した方が勝る場合だってあるんですから。過去にも政治的判断で、偽の聖人を立てた事例もあります。僕が読んだ記録では女神さまの天罰が落ちましたけど」

「國を守護する神を舐めるなよ?」

 今はエンデュミオンしか正規の〈柱〉がいないのに、女神に機嫌を損ねられたらたまったものではない。

「で? どうするんだ?」

「フォンゼル司教は〈柱〉の神殿の祭祀にゆだねると」

「丸投げか!」

 女神教会の司教よりも〈柱〉の神殿の祭祀のほうが、位階は上だったりする。その場にエンデュミオンが居れば采配は任せろとでも、手紙に書いてあったのだろう。

「インガルが聖職者になる為に教会に入るのは確定だ。〈治癒〉に関してはリグハーヴスに魔女も薬草魔女もいるから教師には事欠かないから安心しろ。ラーモンド達に関しては修道士として教会に入って、孤児院と地下神殿の手伝いをしてもらおうかな。これを断るなら多分聖都(シルヴィアナ)で教会下男としてこき使われると思うぞ?」

 リグハーヴスの孤児院は人手が圧倒的に足りないのだ。そして観光地にした地下神殿の案内係も欲しい。

「巡礼者なんて、聖界知識もあるし美味しい人材だからな。リグハーヴスの女神教会は地下神殿観光で小金を稼いでいるからな。衣食住に不自由はせんぞ」

「管理者のエンデュミオンが許可しているからやれますけど、普通は聖域を観光資源にしませんからね……」

 イージドールが呆れた声で何か言っているが、聞こえない。

「ベネディクトも人が増えるのは構わないんだろう?」

「そもそも人手が足りませんから構いません。修道士にならなくても、手伝って貰えると有難いです」

「どちらにしても聖約はしてもらうぞ。宿舎に戻って相談するといい。逃げるとリグハーヴス中のケットシーで呪うからな」

 悪い笑みを浮かべたエンデュミオンに青褪めたラーモンド達は、肩を落として宿舎に戻って行った。


 ラーモンド達が出て行った後、食堂の隣の台所に異動してお茶会が始まった。

「実際、聖都で下男よりここの教会に所属した方が良い気がするんですけど、どうなんです?」

 ディルクが蜂蜜ホーニックを入れたミルクティー(ミルヒテー)を匙で混ぜながら、ベネディクトとイージドールに訊ねた。ベネディクトは持っていたカップをソーサーに置いた。

「そうですね。おそらく聖都での修業が一番厳しいと思います」

 聖都は島全体が聖地であり、聖女が暮らしている。あそこにいる司祭や修道女は殆どが準貴族の子女達だ。生まれつきの地位が高い者達が、平民の下男を扱うとなると、どういう状況なのか察せられるというものだ。

 平民出身でも聖職者としての位階が高ければそちらを尊重されるが、下男は位階のない平民だ。聖職者達の世話をする者という扱いになる。

 イージドールは刻んだ林檎のドライフルーツの入ったクッキーを半分に割り、シュヴァルツシルトとモンデンキントに渡しながら言った。

「インガルが望めば、聖都は諸手を広げて迎え入れると思いますが、あっちにも色んな人間がいますからね。聖都がインガルを聖人だと担ぐ不安もありますし」

「そんな馬鹿いるんですか!? っと失礼」

 言葉遣いを取り繕えず、ディルクが謝る。イージドールが苦笑した。

「過去に居て天罰食らってるんですよ」

「聖女は公に出て民から祈りの力を回収するのが役目だが、聖人は自らの祈りを女神に捧げる者だ。役割が違う。偽りの聖人を出せば女神が怒るのは当然だろうが」

 エンデュミオンが鼻で笑う。

 ちなみに〈柱〉は存在するだけで國を支えているのだが、聖人の存在よりも知られていないかもしれない。

「エンデュミオンは人手が欲しいな」

「〈柱〉の神殿の案内人は欲しいですよね」

 〈柱〉の神殿は入場する時に案内人が付くのだ。ある程度は自由に通路を回れるが、地底湖の上に通路があるので安全の為だ。何しろ水晶窟になっているので、上を見上げて躓きそうになる者が当初続発したのである。

「孤児院の方も人手があれば、もっと教育出来ますしね」

 ベネディクトがそっとモンデンキントの頭を撫でる。

 現在でも孤児院を出て働ける年齢になるまでに読み書きと四則演算を教えているが、人手があれば技術的な事も教えられるのではないかとベネディクトは常々思っていたのだ。

「技術かあ。持っている素質の魔法や裁縫なんかは、覚えさせておいていいかもしれないな。〈柱〉の神殿の小金で、街で暇を持て余している者に来て貰う手もあるな。裁縫ならゼクスナーゲルやライヒテントリットが来てくれそうだが」

 教会が淫魔を入れてくれるのか謎だが、聖別されたメダルを持っているので大丈夫だろう。リグハーヴスの街には引退した冒険者も多い。護身術や剣術、魔術は教えられるだろう。

「小金は大事だな。色々と使えて」

 エンデュミオンの言葉に、その場にいた全員が黙って頷いた。〈柱〉の神殿から発生する小金の所有者はエンデュミオンなのだが、収益は教会と孤児院の為に使ってくれているので、有難い限りなのだ。エンデュミオンの主の孝宏も「教会の下にあるんだから、それでいいんじゃない?」と言ったとか。大聖堂上層部は「欲がない」と驚いていたのだが、孝宏は知らない。


 ラーモンド達は翌日には返答を持って来た。

 インガルは薬草司祭になる為にリグハーヴス女神教会の見習いになり、ラーモンド達も修道士として籍を置く事にしたと。

 元々巡礼生活をしている者達なので、修道士の生活に入っても違和感はないだろうと決めたようだ。

 驚いた事に真偽官ザームエルもリグハーヴスに残ると言った。位階としては司祭の位を持つザームエルは、司祭として籍を置きながらラーモンド達の監視をすると言う。

 ザームエルは読み書き計算は勿論、幾つかの素質の精霊魔法を扱えた。おまけに護身術も出来る。孤児院に常駐させる司祭としては最適な人物だった。

「貴重な真偽官なのにいいのだろうか」とベネディクトははらはらしていたが、イージドールはザームエルは大聖堂が付けた護衛の一人なのだろうと納得していた。司教の許可がなければ、聖職者は異動出来ないからだ。

 妖精フェアリー達に匂いを嗅ぎ回られて慌てているラーモンド達を見守りつつ、イージドールは内心ほっと胸を撫で下ろすのだった。


放置は危ないので囲い込むことにした大聖堂です。

エンデュミオンは人手が増えて嬉しかったり。

真偽官になる人は、とても優秀な人なのです。

ザームエルは、ラーモンド達の監視兼イージドールが不在の時のベネディクトの護衛になります。

ザームエルは物凄く目立たない顔なので、隠密系のお仕事も出来ちゃうという。

地味に妖精に好かれるタイプのザームエルです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 毎週楽しく読んでいます。 珍しく、漢字の変換ミスを見つけたのでお知らせします。  今はエンデュミオンしか正規の〈柱〉がいないのに、女神に「期限」を損ねられたらたまったものではない。 「機嫌…
[一言] 丸く収まって良かったです! そして、何気に教会に貢献しているエンディw 妖精は物欲少ないので、主が欲が無いと和をかけてる様な気がしますね! 結果的に孤児院に貢献しているので良い事なのでしょう…
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