ラルスと秘密の見取り図
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
軽率なモーリッツの後始末です。
333ラルスと秘密の見取り図
ラルスは薬草魔女ドロテーアと契約しているケットシーだ。だが、ドロテーアが孤児になった幼いブリギッテを養女にした時、ラルスは彼女とも仮契約をしていた。ブリギッテを守るには、それが一番手っ取り早かったからだ。
引き取った最初の夜、寂しがって泣くブリギッテに添い寝して、ぬいぐるみのように抱き着かれて以降、ラルスは彼女と寝起きを共にしている。ラルスが居れば、ブリギッテは泣かなかったからだ。
そう遠くない未来、ドロテーアが月の女神シルヴァーナの御許に旅立つ時が来たら、ラルスはブリギッテと本契約をするだろう。
大事な可愛いブリギッテに好きな人間が出来るのは構わないが、相手はしっかり見定めてやろうと思っているラルスである。
「ラルス、もう少ししたらお風呂入る?」
夕食の後、居間で〈Langue de chat〉から借りた本を読んでいたラルスに、同じく本を読んでいたブリギッテが時計を見て言った。ドロテーアは先程バスルームから出て来て、お休みの挨拶をして寝室に行ったところだ。
「うん」
頷いて、ラルスは本に栞を挟んだ。この栞は機織り職人コボルトのヨナタンが贈ってくれたもので、ラスルの名前が織り込まれている。栞の端から垂れる飾り紐の先には虹色に光る透明な真珠大の小さな魔石が付いている。どうやら幸運妖精シュネーバルと一緒に作ったらしい。幸運属性の魔石はとても稀少なのだが、本人達は無頓着である。
幸運妖精は好意を持った相手に対し、幸運をお裾分けする性質がある。幸運魔石を作った場合は持っている者に、僅かな幸運値上昇効果があるらしい。
シュネーバルは指輪などの大きさの幸運魔石に関しては、エンデュミオンが頼んだ時しか作っていないようだが、真珠玉ほどの大きさの幸運魔石は量産して、〈Langue de chat〉で売っている栞に結び付けている。それを普通の栞として販売しているのだが、購入者は栞に付いているのが幸運魔石だと気付いていないに違いない。
妖精は悪戯好きであり、幸運妖精のささやかな幸運のお裾分けなのである。
宵闇色の本を膝の上からテーブルの上に移動させたラルスの視界に、壁際にある棚に立て掛けておいた赤い肩掛け鞄が目に入る。
「あ」
確認しようと思っていた事を、すっかり忘れていたのを思い出してしまった。
モーリッツの手紙である。ラルスだけに物騒な手紙が届いたのならいいが、弟のシュヴァルツシルトの方にまでいっていたらかなり拙い。シュヴァルツシルトの主は〈女神の貢ぎ物〉だし、傍には聖人までいるのだ。うっかりあんなものがある事がばれたら相当に拙い。
「もう寝ちゃっているか……」
「なあに?」
ブリギッテが若草色の本から顔を上げた。
「ブリギッテ、ラルスは少し出掛けて来る」
「もう夜遅いのに?」
「確認したい事があるから、イージドールの所に行ってくる。半刻しないで戻る」
「うん。戻って来たらお風呂入ろうね」
「うん」
いってらっしゃいと手を振るブリギッテに黒い肉球の前肢を軽く振り、ラルスは教会のイージドールの元へと〈転移〉した。
「こんばんは」
ラルスが出たのは、イージドールの私室だった。聖職者の部屋は質素だ。ベッドと書き物机、衣装箪笥位しかない。イージドールの部屋はベッドの脇にもう一つ子供用のベッドがあるから、他の部屋よりは物が多いだろうけれど。
「ラルス?」
書き物机に向かっていたイージドールがラルスに振り返る。部屋の中は机の上の鉱石ランプ以外の明かりはなく、机の周り以外は薄暗い。
「シュヴァルツは寝ちゃってますよ」
「うん。イージドールに確認したい事があったんだ」
そう言いつつ、ラルスは子供用ベッドにある階段を上って、寝ているシュヴァルツシルトを覗き込んだ。
ラルスの実寸大の編みぐるみと並んで、小さなシュヴァルツシルトが寝息を立てていた。柔らかそうな夏用の掛け布団が規則正しく上下に動いている。枕元には角の丸い木のケースに入ったレンズが置かれており、余裕のある足元にはラルスが初めて見るバロメッツのぬいぐるみが置かれていた。蹄が緑色なのでリグハーヴス種バロメッツだ。
「いい夢を」
シュヴァルツシルトの額にキスをしてから、ラルスは静かに階段を下り、書き物机の脇にあった子供用の椅子によじ登る。
イージドールは寝る前に日誌を書いていたようだ。ランプの光に照らされて、ゆるく結んで左肩から垂らされた長い蜜蝋色の髪がキラキラしていた。イージドールは聖職についているが、〈暁の砂漠〉の慣習のまま髪を伸ばしていた。
ラルスは〈時空鞄〉から周りの音を遮断出来る魔道具を取り出した。香炉のような形をしたそれには風の魔石が嵌め込まれていて、音を散らしてくれるのだ。魔道具を机の上においてから、口を開く。
「父さん──モーリッツから手紙が来なかったか?」
「ええ。今日グリューネヴァルトが来て、置いて行ってくれましたよ」
どうやら〈Langue de chat〉に戻る前に、教会へ寄ったらしい。エンデュミオンと同じ時を生きている木竜グリューネヴァルトは、普段の見掛けは幼竜だが実際は相当に大きな成竜である。それ位の知恵は回る。
「その、シュバルツシルトに来た手紙の内容を知っているか?」
「はい。シュバルツシルトが音読してくれたので。確か『可愛い坊やへ。お父さんは王宮で雨宿りをさせて貰いました。王妃にジルヴィアの毛をあげたらとても喜んでくれて、ジルヴィアのぬいぐるみを作ってくれたので送ります。お父さんより』という内容だったかと」
イージドールが宙に視線を向けて思い出しながら答えた。
「……思いの外まともで吃驚している」
思わずラルスは本心が口から出てしまった。
「え?」
「いや、ラルスへの手紙が碌でもなかったんだ。同じ物がシュヴァルツシルトの方にも来ていたら、イージドールやベネディクトに迷惑を掛けるところだった」
「一体モーリッツは何を送って来たんですか?」
「王宮の見取り図だ」
「は?」
「王宮の見取り図だ」
繰り返された言葉に、イージドールは思わず呻いて天井を見上げた。ラルスも溜め息を吐いて、机をばしばし肉球で叩いた。
「あの親父は息子とその主を國家反逆罪にするつもりか!」
「いやそれは本当にもう、持っているだけで危険ですよ」
もしイージドールが持っていると疑われたら、〈女神の貢ぎ物〉を快く思わない準貴族や聖職者達に、大喜びで処刑場に連れていかれる位には危険だ。そんな事になったら、激怒した兄ロルツィングが率いる〈暁の砂漠〉と全面戦争になる。他人が考えているより、ロルツィングは家族を溺愛しているし、一般的な黒森之國の平原族より、〈暁の砂漠〉の民の方が肉体的にも精霊魔法の使い手としても優れているのだ。
それに前司教マヌエルに引き続き、現司教フォンゼルも正しく〈女神の貢ぎ物〉の存在を理解している。ベネディクトとイージドールをリグハーヴスから出す気はないだろう。
聖人と〈女神の貢ぎ物〉が揃ったのは相当に久し振りであり、エンデュミオンと木竜グリューネヴァルト、元王様ケットシーのギルベルトがいるこの土地が一番安全だからだ。
ベネディクトが聖人である事は、教会関係者には司教と一部の大司祭しか知らされていない。公にはベネディクトは故郷であるリグハーヴスを希望して赴任したのであり、イージドールはエンデュミオンの我儘をマヌエルが叶えた事になっている。
本来〈女神の貢ぎ物〉は一生修道士のところを、イージドールはマヌエルによって司祭に叙階された。それでも実質的に教会内での立場は低いままだ。そのイージドールを主に持つシュヴァルツシルトの兄であるラルスに王宮見取り図を送って来る辺り、モーリッツはかなり軽率だ。
「本人に悪気がないのが腹が立つんだ!」
机に突っ伏し、ラルスが唸る。
「リグハーヴス公爵に相談するのも難しいですね。いくら王派筆頭のリグハーヴス公爵でも、足元を掬われかねません」
古王國から血を繋ぐ世襲制の公爵でも、その地位に成り替わろうとする高位準貴族がい無い訳ではない。
「だからと言って燃やす訳にもいくまい。不測の事態に陥った時、王宮の詳細な見取り図は必要になる」
エンデュミオンと一応の和解をした王宮を、ラルスは憎からず思っている。もし何かあって王宮が攻められた時、この見取り図は絶対に必要になる。
「……エンデュミオンに相談ですね」
「うう、やはりエンデュミオンか」
世間に疎いギルベルトだと不安が残るので、エンデュミオンが妥当だろう。
「もしシュヴァルツシルトに父さんから物騒な物が送られて来たら、直ぐに知らせてくれ」
「解りました」
ラルスは魔道具をしまい、椅子から下りた。
「寝る前にすまなかったな。おやすみ」
「おやすみなさい」
ラルスが〈転移〉して行った後、イージドールはいつもより長めのお祈りをしてからベッドに入ったのだった。
翌日ラルスは店のカウンターをブリギッテに任せ、〈Langue de chat〉へと赴いた。
「おはよう」
〈転移〉で出た一階の居間には誰も居らず、続き間の台所から孝宏が顔を覗かせた。
「おはよう、ラルス」
「エンデュミオンは?」
「エンディはアインスとシュネーバルと一緒にマヌエル師の所だよ。今あっちにも薬草園を作っててね、ケットシーの里の外から運んで貰った苗を植えるんだって」
「有難う、行ってみる」
ラルスは一度裏庭に〈転移〉してから、温室に入った。ラルス達妖精でも開けられるように、ドアが工夫されているのは助かる。
エンデュミオンの温室は入り口側には、孝宏が料理で使ったり、ケットシーとコボルトが常用する香草や薬草が植えてある。シュネーバルとマンドラゴラのレイクが毎日手入れをしているので、とても状態が良い。
小道を通って奥には果樹で囲まれた走り回って遊べる広場になっていて、冬でも暖かく街に居る妖精達の憩いの場になっている。水竜キルシュネライトとマンドラゴラのレイクの棲み処でもある。
この広場からはケットシーの里と、隠者マヌエルと聖職者コボルトのシュトラールが暮らす隠者の庵に続く道がある。
水に濡れると綺麗な色になる玉石が敷かれた寝床に丸まっていたキルシュネライトに前肢を振って、ラルスは隠者の庵への小道に入った。ケットシーの身長では両脇にある灌木が壁のように感じるから、小道を抜けた時には上空が大きく広がった。とはいっても、ここは深い森の中なので、大体が背の高い古木の生い茂る葉の間から、木漏れ日が抜け落ちている状態なのだが。時折ぽっかりと日が当たる場所があって、そこにケットシー達は畑を作っていた。
小道の先にある飛び石の上を歩き、隠者の庵へ向かう。
既に苗は植え終わったのか、庵の前にあるベンチでシュトラールを膝に乗せたマヌエルと、エンデュミオンがのんびりと座っていた。アインスとシュネーバル、レイクはその近くに広げられた敷物の上で転がっている。
「おはよう」
「おはよう。ラルスが朝からこっちまで来るなんてどうしたんだ?」
いつもラルスは〈精霊水〉を汲むだけで、〈薬草と飴玉〉に戻るので、隠者の庵まで顔を出すのは珍しいのだ。
「うちの馬鹿親父のせいで厄介な事になったんだ」
「モーリッツが何をやったんだ?」
ラルスはマヌエルをちらりと見た。教会関係者なので、知らせて良い物か迷う。
エンデュミオンが隣にいるマヌエルを見上げた。
「マヌエル、居間を借りて良いか?」
「どうぞ使ってください」
何かを察したのか、マヌエルが快く居間を貸してくれたので、エンデュミオンとラルスは庵の中に入ってドアを閉めた。ここのドアもシュトラールが居る為、妖精でも開けられる仕様になっている。
「風の精霊、音を散らせてくれ」
エンデュミオンは近くにいた風の精霊に、砂糖菓子を渡して頼んだ。それからラルスに向き直る。
「で、何があったんだ?」
「昨日届けてくれた手紙を見てくれ」
ラルスはモーリッツからの手紙をそのままエンデュミオンに渡した。
「うん?」
エンデュミオンが受け取り、封筒から便箋を取り出し目を落とす。短い文面を読んだ黄緑色の瞳が微かに見開かれ、他の紙葉を慌てて広げた。
「何をしているんだ……」
エンデュミオンの呆れた声音に、ラルスも頷くしかない。
「昨日の内にシュヴァルツシルトの方にも届いていないかだけは確認した。幸いにも向こうには、王妃から贈られたジルヴィアのぬいぐるみだけだったよ」
「イージドールにはこの手紙を見せていないな?」
「勿論。見取り図が届いたのは教えたけどな。危険だからエンデュミオンに相談する事にしたんだ。ドロテーアやブリギッテにも教えていない」
「懸命だな。アルフォンスもある程度は王宮の間取りを知っているだろうが、ここまで詳細だとアルフォンス経由でマクシミリアンに渡すのも出来ないな」
アルフォンスがこの見取り図を見たと疑われる要因は避けたい。
「燃やす訳にいくまい?」
「ああ、建築当時の王宮の見取り図は保管されているだろうが、部分的に改築されている筈だから、現時点での見取り図はないと思う。これは王が持つべきものだろう。仕方ないからエンデュミオンが渡しに行こう。エンデュミオンなら見取り図があろうがなかろうが、あまり関係ないからな」
見取り図云々いう前に、やろうと思えば一瞬で敷地内全部をまとめて灰に出来るからだ。しかしこの見取り図はエンデュミオン以外の襲撃者相手には有効である。故に王に渡すのだ。
「面倒を掛ける」
「モーリッツだから仕方がない。まずは父さんに手紙を書いて、モーリッツの持っているであろう下書きを預かって貰わないと」
フィリップの〈時空鞄〉に入れて貰えば安心だ。
椅子により登り、〈時空鞄〉からテーブルに紙と封筒、万年筆を取り出して、エンデュミオンは手早くフィリップに手紙を書いた。
「ラルスも何か書くか?」
「うむ」
ラルスも椅子により登り、エンデュミオンに万年筆を借りて『父をよく叱っておいてください。ラルス』と書き加えた。恐らくモーリッツはフィリップに物凄く怒られるだろう。
エンデュミオンはインクを乾かして紙を畳み、宛名を書いた封筒に入れた。緑色の封蝋を火蜥蜴に溶かして貰って綴じ目に垂らし、〈魔法陣の上に眠る木竜〉の意匠のある印章を押し付ける。これはエンデュミオンの特別な印章で、宛名に書かれた者しか開封出来ない封印になる。
「モーリッツの手紙はラルスが持っているといい。見取り図だけ貰おう」
机の上に広げていた物を〈時空鞄〉しまい、エンデュミオンとラルスは音を散らしていてくれた風の精霊にお礼を行って庵から出た。
「風の精霊、急いでフィリップに届けてくれ。返事があるようなら頼まれてくれ」
音を散らしてくれていたのと同じ風の精霊が請け負ってくれたので、エンデュミオンは追加で妖精鈴花の砂糖漬けを渡してやった。
封筒を持って飛んで行く風の精霊を見送り、エンデュミオンとラルスは溜め息を吐いた。
「面倒事ですか?」
心配そうなマヌエルに、エンデュミオンは首を横に振った。
「そこまで行く前になんとかなりそうだ。でもこれから出掛けなければならなくなった」
「解りました。気を付けて」
「いってらっしゃい」
マヌエルとシュトラールに見送られ、エンデュミオンとラルスは温室に戻った。敷物の上に転がっていたシュネーバル達は、転寝していたのでそっとしておく。
温室を出て、エンデュミオンは赤い煉瓦敷きの小道を通って裏口のドアを開けた。
「孝宏、エンデュミオンは一寸出掛けて来る」
「どこまで?」
「王宮。マクシミリアンに用事が出来たんだ。用事が済んだらすぐ帰る」
「解った。いってらっしゃい、気を付けてね」
一般家庭では交わされないような会話を終え、エンデュミオンはドアを閉めた。
「やれやれ、行って来るか」
「済まないな」
「まあ、マクシミリアンとしても欲しいものだと思うからな。ラルスは〈薬草と飴玉〉に戻れ」
「うむ」
ポンと音を立てて、エンデュミオンはラルスの前から姿を消した。
エンデュミオンがマクシミリアンを目指して〈転移〉した先は、始めて来た場所だった。青と銀、磨き込まれた飴色の家具のある部屋で、マクシミリアンの姿は見えない。
「目的地がずれたかな?」
ぐるりと部屋を見回して、エンデュミオンはびくりと身体を竦ませた。
振り返った先には大きな硝子が嵌った張り出し窓があり、その向こう一杯に睡蓮の浮かぶ広い池と森が広がっていたのだ。
「エンデュミオン?」
「にゃっ!?」
背後から声を掛けられ跳び上がったエンデュミオンは、目の前にあった段差に気付かず転げ落ちた。
「にゃうっ」
「うぐっ」
ぼとりと落ちたエンデュミオンの下で、誰かがくぐもった声で呻いた。咄嗟に謝る。
「す、すまん」
「大丈夫か、二人共」
上から覗き込んできたツヴァイクに、エンデュミオンは改めて自分が下敷きにしている相手を見た。
「何で上からエンデュミオンが降って来るんだ……」
被っていた毛布を跳ね除けて顔を出したのは、マクシミリアンだった。エンデュミオンはマクシミリアンの腹の上に落ちたのだ。
「だって池が」
ちょっぴり涙目になって、エンデュミオンは池を前肢で指した。あんな池が目の前にあったら驚いて当然だ。そして部屋の一部が落ち窪んでいると知らなかったのだ。物凄く池に近い。
「ああ……。ツヴァイク、衝立を頼む」
「はい」
すぐにツヴァイクが組木細工の衝立を持って来て、エンデュミオンの視界に池が入らないように置いてくれた。
布張りのベンチから起き上がったマクシミリアンが、エンデュミオンを膝に乗せたまま頭を撫でる。
「で、王の私室まで何の用だ?」
「ここは王の私室なのか」
マクシミリアンを目指して〈転移〉したので、いつもの執務室に跳ぶと思っていたのだ。となるとここがフィリップの手紙に書いてあった部屋なのかと納得した。エンデュミオンにしてみれば恐ろしい部屋である。
「これを詳細を問わず受け取ってくれ」
エンデュミオンは〈時空鞄〉から折り畳んだ見取り図を取り出して、マクシミリアンに差し出した。
「何だ?」
受け取ったマクシミリアンが、ツヴァイクと一緒に見取り図を見た途端真顔になった。
「これを何処で!?」
「詳細は問うな。外部には漏れていないし、複製もされていない。これがあると知っている者はごく僅かだが口外もしない」
「何故私の元に持って来た?」
「こんなものをそこら辺においておけないだろう。死人が出るぞ。これの存在をアルフォンスにも〈Langue de chat〉の人間にも知らせていないからな」
「ああ、巻き込む訳にはいかないな」
マクシミリアンアは見取り図を畳み、着ていた服の内側に入れた。
「現時点での見取り図は存在しないから助かった」
歴代の王はあちこち増改築しているのである。
「じゃあ、確かに渡したからな。エンデュミオンは帰る」
「エンデュミオンの主に宜しく伝えてくれ」
目の前から消えるエンデュミオンを見送った後、マクシミリアンとツヴァイクは改めて詳細な王宮の見取り図を開いた。
「フィリップかモーリッツだろうな」
「モーリッツだろうな。魔道具の修理であちこち行っていたから。モーリッツはラルスとシュヴァルツシルトの父親だ。きっとどちらかに送ったんだろう。シュヴァルツシルトは〈女神の貢ぎ物〉のイージドールに憑いているから、慌てたに違いない」
下手をすればイージドールの命がなくなる。最悪は〈暁の砂漠〉との戦争だ。それでエンデュミオン経由でマクシミリアンの元に届けたのだろう。
「これを届けて貰える程度には、嫌われていないという事か」
「良かったな」
マクシミリアンはツヴァイクに苦笑して見取り図を畳んだ。
その頃、王都より少し離れた森の中では、モーリッツが正座でフィリップに説教をされていたのだった。
聖人であるベネディクトの存在は公にはされていません。
聖人は祝福する事で自分の幸運を他人に分ける為、大抵あまり身体が丈夫ではありません。
聖人が少ないのは、短命な人が多いから。
〈女神の貢ぎ物〉は本来、聖人選任の護衛なので、聖人が見付かった以上異動はありません。
モーリッツの見取り図は、マクシミリアンたちにはバレバレだったのですが、外部流出はなかったので不問に。
モーリッツはフィリップに物凄く怒られました。