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イージドールと不思議な鍵

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

お久しぶりのフェーブです。


318イージドールと不思議な鍵


 聖職者の朝は早い。

 身体に染みついている起床時間に、イージドールは目を覚ました。

「……こっちに入って来たのか」

 襟元でシュヴァルツシルトが丸くなっていた。ふわふわした毛が暖かくくすぐったい。イージドールのベッドとくっ付けてシュヴァルツシルトの小さなベッドも置いてあるのだが、時々夜中に目を覚ますと潜り込んで来る。

 指先でシュヴァルツシルトの額を撫でてから、そっとイージドールはベッドから抜け出した。バスルームで歯を磨いて顔を洗い、黒い修道服に着替える。

 今日は祈祷や祝福の依頼が入っていないので、司祭館の窓を拭こうと思っているのだ。窓の外側は窓拭き職人アポロニアに頼んでいるのだが、手が届く場所の内側は自分達でこまめに拭いている。そう言った掃除も、聖務なのだ。

 腰に〈星を抱く月〉の意匠の付いた鎖を巻いて、左足の太腿に刃を潰してある短剣を付ける。聖人を守る〈女神の貢ぎ物〉は刃を潰してあれば武器を持てる。元々〈暁の旅団〉生まれのイージドールなので、短剣の他にも投げナイフなど、あちこちに武器を仕込んでいく。

 イージドールが動くと首下で微かにチャリ、と音が鳴った。

 以前〈Langueラング de() chat(シャ)〉のお菓子の中に入っていたフェーブがそこにはぶら下げられている。イージドールが引き当てたのは、頭の部分に三つ葉が付いている白い鍵だった。微かに魔力を感じるその鍵を、お守りのように持ち歩いている。一度外しておいた事があるが、シュヴァルツシルトが「はい」と渡して来たので、これは身に着けておいた方が良いのだなと思ったのだ。

 ベネディクトは紫色の蝶の絵が描かれた白い指輪だったが、やはりシュヴァルツシルトに外さないように言われたらしく、いつも首から提げていた。

「……いーじゅ、おはよー」

「おはよう、シュヴァルツ」

 いつもイージドールが着替え終わるころに、シュヴァルツシルトも目を覚ます。身支度を手伝ってやってから、二人で朝の祈りを口ずさむ。それから孤児院に朝食作り行くのが、イージドールの日課だ。

 孤児院には修道女フローラがいるが、彼女は子供達の朝の支度で大わらわなので、朝食作りは修道士達が手分けしてやるのだ。

 孤児院の台所には既に見習い修道士のコンラーディンがいて、馬鈴薯の皮を剥いていた。馬鈴薯は腹に溜まるので、食べ盛りの子供達が居る孤児院では有難い食材である。

「おはようございます、司祭プファラーイージドール、シュヴァルツ」

「おはよう、兄弟コンラーディン」

 魔力枯渇症の治療の為に見習い修道士になったコンラーディンだが、ヴァルブルガの治療とエンデュミオンのボンボンのおかげですっかり体調は良くなっていた。定期的に検診を受けてはいるが、ほぼ健康体に戻っていた。治癒魔法を使える適性があるようで、ヴァルブルガに教えて貰う予定だ。

 身体が治れば還俗しても差し支えは無いのだが、コンラーディンはそのまま教会キァヒェに身を置くつもりのようだった。このまま修行を続けていけば、助祭ののち司祭になるべく推薦しても良いだろうとベネディクトと話し合っていたりする。

 シュヴァルツシルトに玉葱を渡して茶色い皮を剥いて貰う間に、イージドールはスープ用の鍋にベーコンの脂身が多い部分を細かく切って投入した。先にこれを炒めておくと油も出るしスープに風味も付くのだ。

 イージドール達がスープを作っている間に、助祭のヨハネスもやって来て布巾を濡らして食堂のテーブルを拭きに行った。

 ベネディクトは主席司祭として朝の祈りを聖堂で行っているので、後から来る。この教会の聖職者がベネディクトとヨハネスだけの時は人手が足りなかったが、今は人数が増えたのでベネディクトには聖務を優先して貰っている。

 スープが出来上がり、切った黒パンシュヴァルツブロェートゥ林檎アプフェル、トマトと卵の炒め物の器を食堂に運ぶ。その頃に漸くベネディクトと、クリーム色で癖毛の南方コボルトモンデンキントが聖務を終えてやって来た。

 紫色の〈豊穣の瞳〉を持つモンデンキントだが、まだ幼児の為ベネディクトとイージドールが養育している。普段からベネディクトと一緒に寝ているので、朝の聖務にも連れて行かれているのだ。

「おはよう、ベネディクト、モーント」

「おはよう、イージドール、シュヴァルツシルト」

 長テーブルにベンチが並ぶ食堂だが、妖精フェアリー二人は子供用の椅子に座らせる。

 食前の祈りを皆で唱え朝食を始めるが、リグハーヴス女神教会附属の孤児院の子供達も一緒なので賑やかだ。孤児院によっては無言で食事をさせる所もあるのだが、リグハーヴス女神教会の孤児院は会話をしながら食事をしても良いのだ。

「ベネディクト、今日の予定は?」

「地下書庫の整理。本棚が傷んでいる奴から本を抜いて、ヘア・クルトに新しい本棚を頼もうと思って」

「じゃあ、僕も手伝うよ。窓拭きは明日でもいいし」

 はっきり言って、ベネディクトは非力である。力仕事ならイージドールも手伝った方が良い。〈暁の砂漠〉の民族的にイージドールは見掛けより遥かに頑健である。

「司祭館の窓ですよね。僕がやりますよ」

 コンラーディンがスプーンを置いて、小さく手を上げた。

「拭くのは内側だけでいいですよ。外側はフラウ・アポロニアに頼みますから」

「はい」

 ヨハネスは聖堂の掃除が日課なので、そちらに集中して貰う。

「シュヴァルツとモーントはどうする?」

「しゅゔぁるちゅしると、いーじゅといっしょ」

「あい!」

 一緒に来るようだ。本を取り出している本棚の真下にいなければ大丈夫だろう。

 食後の後片付けは修道女フローラと子供達の仕事だ。子供達に家事を覚えさせるのも、孤児院の大切な仕事だ。

「地下書庫には僕は初めて行くな」

「古い出生届や婚姻証明書が保存してあるから、普段は行かないからね」

 新しい物は司祭室の隣にある書庫に並べてあるのだ。

 ベネディクトは一階のリネン室の隣にある、普段は鍵が掛かっているドアの鍵を開け、ドアを開いた。ひやりとした風を鼻先に感じ、シュヴァルツシルトがくしゃみをする。

 ドアの向こうには階段が地下に向かって伸びていた。ベネディクトが先に立って降りていくのに合わせ、壁に仕込んである光鉱石が点灯していく。

「これは、古い……?」

 階段も壁も明らかに古い石材で出来ていた。

「イージドール、この教会は遺跡の上に建てられているんだよ」

「遺跡?」

「うん。何の遺跡かは忘れられているんだけど。あ、エンデュミオンは知っているかもしれないね」

 何百年分も記憶があるらしい大魔法使い(マイスター)のケットシーの名前をベネディクトが上げる。

「地下部分は遺跡をそのまま利用しているんだよね。壁なんかは剥き出しだよ」

「へえ……」

 壁の所々には彫刻らしきものの名残があるが、はっきりとは見えない。

 階段を下りきると再びドアがあって、ベネディクトが鍵を鍵穴に差し込む。出生届や結婚証明書は黒森之國では重要書類なので、厳重な管理になっているのだ。

「結構広いんだね」

 光鉱石で照らされた地下書庫は、聖堂が二つ入りそうな程広かった。天井もイージドールの身長の二倍は高さがありそうだ。白っぽい石材で四方が囲まれているが、ここの壁にも模様がうっすらとあるのが見える。ずらりと並んだ書棚は壮観だが、リグハーヴスの街は歴史が比較的浅いので、まだ何も入っていない棚が殆どだ。

「こういう所の家具って、状態保存の魔法陣マギラッドが刻まれているんじゃないのかい?」

「そっちの大きい本棚は刻まれているんだけど、こっちの壁際のが描いてあるだけなんだ。それが薄れて来たみたいで、最近急に傷んで来たんだよね」

 話しながらベネディクトが書庫の一角を目指す。状態保存の魔法陣はあっても、ベネディクトは定期的に掃除に来ているので気が付いたのだろう。

 イージドールが抱くシュヴァルツシルトとモンデンキントは、楽しそうに書庫を見まわしている。

「これなんだけど」

 ベネディクトが示したのは、入って来たドアから見れば右奥の角にある本棚だった。確かにこの本棚だけ古めかしく、触れるだけでぎしぎしと揺れた。

「確かに危険かも。って言うか、これ本入ってる? 重さの均衡が取れてない気がする」

「え?」

「手を伸ばしそうな段は本物の本だけど、上や一番下は作り物の本だな。良く出来てるけど」

 高い位置にある本は見掛けだけで、まとめて抜ける箱状の物だった。その為、棚が歪んでしまった今、ぐらついていたのだ。

「何の為に?」

「主席司祭しか入らないから、見栄を張る意味がないしねえ。どっちにしろ棚は直さないと危ないよね。中味抜いて、そっちの空の棚に入れてしまおう」

「うん」

 イージドールが本棚を押さえ、ベネディクトが棚に入っていた本や本擬きを別の棚に移す。空になった棚はシュヴァルツシルトの〈時空鞄〉に入れて貰った。こんなに大きな本棚を担いで階段を上がりたくない。イージドールは良いが、ベネディクトには酷だ。ガタは来ているとはいえ、一枚板で出来ている本棚だったのだ。物凄く重い。

「本棚が一つなくなると、壁が空くねえ」

 本棚と本棚の間ががらんと空いて、壁が剥き出しになっている。

「にゃん」

「あーい」

 シュヴァルツシルトとモンデンキントもベネディクトの隣に立って壁を見上げているのが可愛い。

「ここにも何か模様があるよ、イージドール。古代文字だし薄くて読めないけど」

 ベネディクトが壁に手を伸ばす。その指先が壁に触れた途端、灰白い壁に光が走った。

「うわ、何……!?」

 フッとベネディクトの姿が消えた。

「にゃう!?」

「わうう!?」

 シュヴァルツシルトとモンデンキントが文字通り飛び上がった。

「ベネディクト!? 今の何だ? 転移陣か!?」

 慌ててイージドールも壁に掌を押し付けた。すっと魔力が抜ける感覚の後、壁に銀色の光が走り魔法陣が浮かび上がる。

「古代文字か。〈転移〉〈聖〉〈神殿〉〈柱〉……? なんで僕は〈転移〉しないんだ!?」

 訳の解らない場所にベネディクト一人という状況は非常に拙い。真っ当な聖職者であるベネディクトは戦闘能力が皆無である。しかもモンデンキントも一緒では無い。モンデンキントが一緒なら、多少なりとも能力が増幅されるのに。

「いーじゅ、えんでゅみおん」

「そうか、エンデュミオンなら何か知っているかも知れないね。喚んでくれるかい?」

「あい。えんでゅみおーん!」

「あーう!」

 シュヴァルツシルトに続いて、モンデンキントも可愛い遠吠えをする。

 ぽんっ、とイージドールの目の前に鯖虎柄のケットシーが現れた。

「どうした? って、どこだここは」

「リグハーヴス女神教会の地下書庫です。この壁の転移陣でベネディクトがどこかに飛ばされてしまったんです」

「転移陣?」

「これです」

 イージドールが壁に触れ、転移陣を浮かび上がらせる。それを見て、エンデュミオンが黄緑色の目を細めた。

「〈転移〉〈聖〉〈神殿〉〈柱〉か。もしかして、この教会は遺跡の上にあるのか?」

「はい。ベネディクトがそう言っていました。何かご存知ですか?」

「エンデュミオンの前の〈柱〉の時代のものじゃないかな。その頃は〈柱〉が何人か居て、聖職者だったらしい。だけど〈柱〉が聖職者を兼ねるのは、教会の持つ力が大きくなりすぎると、時の王家に反対されて王家対教会で戦いになったんだ。結局教会側が負けて神殿は破壊され、〈柱〉は一つになったそうだ。ああ、今の王家とは別だぞ」

「神殿を壊した!?」

「だから月の女神シルヴァーナの怒りを買って、その王家は滅んだんだ。リグハーヴス家がわざわざ遺跡の上に建てたのは、遺跡の保存の為もあるだろうが、ここに神殿があるのを知らなかったんだろう」

「今もあるんですか!?」

「あるぞ。上物は信者の為の建物で、地下に祈りの為の神殿があったんだ。ここに転移陣があるんだから、限られた聖職者しか行けなかった筈だ。本来は〈柱〉だな」

「ベネディクトは〈柱〉ではありませんよね?」

「ああ違うな。だがなあ、ベネディクトはほぼ純粋なセント属性だろう? 祈りを糧にする女神にしてみれば、かなり美味しい筈なんだ。しかも数百年単位で放置されてきた神殿だぞ」

 エンデュミオンが溜め息を吐きながら、転移陣の端に肉球を乗せる。が、何の反応も無かった。

「あー、駄目だ。ベネディクトの魔力を食らってる最中だから、エンデュミオンで反応しない。聖域だから直接〈転移〉出来ないしな」

「一体どうしたら良いんですか?」

「ううん、無理矢理こじ開けると流石に女神シルヴァーナに怒られるだろうし、教会を壊したくない」

「壊さないで下さいよ」

 恐ろしい事を言うケットシーである。

「お?」

 唐突に転移陣の浮かぶ壁から紫色の蝶が現れた。ひらひらとイージドールの周りを飛んだあと、再び壁に消える。

「今のは……」

「イージドール鍵穴だ!」

「え?」

「蝶が戻ったあとに鍵穴がある」

 エンデュミオンが前肢で壁をべしべし叩いた。良く見ると転移陣の真ん中に鍵穴が出来ていた。

「イージドール、何か鍵を持っていないか?」

「書庫の鍵はベネディクトが全部持っていますよ?」

 エンデュミオンは首を振った。

「違う。別の鍵の筈だ。あの蝶は見覚えがある。マダム・キトリーのフェーブの指輪にいた蝶だ」

「フェーブ……これか!」

 イージドールは首から提げていた白い鍵を修道服の襟元から引っ張り出した。鎖ごと首から外し、そっと鍵穴に差し込んでみる。

「入った」

 ゆっくりと鍵を回す。カチリ、と小さな音が壁の中から聞こえた。

「良し、押せ」

 エンデュミオンに言われるままに鍵が刺さった壁を押すと、ドア一枚分の壁がドアのように向こう側に開いた。

光の精霊(ラーハ)、照らせ!」

 ぽっかりと口を開けた黒い空間に、エンデュミオンが光の球を数個まとめて飛ばす。

「階段だ」

 開いたドアの向こうには踊り場があり、その先には階段が続いていた。長い階段の先には魔法陣が光る広場があり、倒れているベネディクトの姿があった。

「ベネディクト!」

「イージドール、あの魔法陣は魔力を吸収するから、ベネディクトを回収したらすぐに戻れ!」

「解りました。シュヴァルツ達をお願いします!」

 遠目でも魔法陣を解析出来たらしいエンデュミオンに舌を巻きつつ、イージドールは階段を駆け下りた。階段の表面が乾いていて助かった。濡れていたらかなり危険だ。

 エンデュミオンの光の球はイージドールの足元を照らしてくれたので、危なげなく階段を下りきりベネディクトのいる広場に入る。

「う……」

 銀色に光る魔法陣に足を踏み入れた瞬間、ずるりと身体から魔力を抜かれた。イージドールは魔力が多い方だったが、それでも長居は出来そうにない。魔力の少ないベネディクトは、この場所に来てすぐに昏倒したに違いない。

「よいしょっ」

 ベネディクトの背中と膝の下に腕を滑り込ませて一気に抱き上げ、イージドールは広場から階段へと移動した。そのまま踏み外さないように気を付けて階段を上がる。体内魔力半減状態で、意識のないベネディクトを抱えて階段を登るのは流石にきつい。書庫に戻った途端、イージドールはベネディクトを抱えたまま床に座り込んでしまった。

「まずこれを飲め」

 にゅっとイージドールの前に薄青い小瓶が出された。

「魔力回復薬だ」

 何だこれ、と思ったのが顔に出ていたらしい。有難く蓋を開けて飲む。ラルスが作ったものらしく、果実水のような味だった。身体の倦怠感がすっと消えていく。

「ベネディクトは大丈夫ですか?」

「急性魔力枯渇症だな。魔力を補ってやれば意識が戻る。エンデュミオンの魔力を直接やるより、イージドール経由でやった方が馴染みがいいかな。一寸ちょっとベネディクトと手を繋いでくれ。で、こっちの手はエンデュミオンと繋いでくれ」

 エンデュミオンからイージドール、イージドールからベネディクトという流れだ。

「ゆっくり流すぞ」

 軽く握っているエンデュミオンの前肢から、じわっと暖かい魔力がイージドールに流れ込んで来た。魔力はイージドールの身体を巡り、もう片方の手からベネディクトの身体に流れ込んで行く。

 間も無く青白かったベネディクトの顔に赤みが差した。

「ベネディクト?」

「……」

 イージドールの肩に頭を凭せ掛けたままベネディクトが目を開けたが、直ぐに閉じてしまった。

「……目が回ってる。気持ち悪い……」

「急性魔力枯渇症だ。眩暈が治まるまで安静にしておけ」

「何があったんです……?」

「説明してやるが、明日だ。明日には魔力が身体に馴染んでいるだろうから起き上がれるだろう」

 エンデュミオンはイージドールの手から前肢を抜き、ぽんぽんとベネディクトの腕を叩いた。

「べねでぃくと、だいじょぶ?」

「あうぅ」

 大人しく待っていたシュヴァルツシルトとモンデンキントが、イージドールとベネディクトにしがみ付く。二人共涙目だ。

「大丈夫だぞ。明日には元気になる」

 エンデュミオンは二人の頭を肉球で撫でた。

「そうだ、入口は」

「ベネディクトが出て来たから閉まったぞ。鍵穴はそのままだな」

 いつの間にか壁は元通りになっていたが、鍵穴は残っていた。エンデュミオンが床に落ちていた白い鍵を拾い上げ、そのままイージドールに渡して来た。

「イージドールが持っているのが安全だろう」

「神殿はどうします? これ、上に報告要りますよね?」

「うーん、今いる〈柱〉はエンデュミオンだけだからなあ。魔力さえ供給しておけば、他の人が入っても魔力を取られたりはしないと思うから、観光資源にでもすればいいのにな」

「確かに神殿として機能させると、今の教会と揉めそうですよね」

「エンデュミオンは帰ってマヌエルと相談してみる。明日また調査に来るから、今日はもう神殿に入らないようにな」

「解りました」

 〈柱〉の神殿なら、現在の管理者はエンデュミオンになるだろう。

 ぴすぴすと鼻を鳴らしてベネディクトにへばりついている、シュヴァルツシルトとモンデンキントを放っておくことも出来ない。

 エンデュミオンはベネディクトがベッドに入るまで見届けてから、「あとでヴァルブルガを寄越すから」と帰って行った。

「……神殿って何?」

 シュヴァルツシルトとモンデンキントに挟まれてベッドに埋まるベネディクトが、イージドールを見上げて来たがまたすぐに瞼を閉じる。まだ目が回っているのだろう。

「目瞑ってなよ」

「ううう」

 唸るベネディクトの瞼の上に、イージドールは掌を乗せた。

「本棚の後ろの壁に転移陣があったんだよ。ずっと放置されていた〈柱〉の神殿が地下にあるらしい。ベネディクトが中にいるからエンデュミオンの魔力でも反応しなくて、どうしようかと思ってたんだけど、紫色の蝶が出てきて──あの蝶どうしたんだろう。一寸フェーブの指輪見せてくれる?」

「うん?」

 イージドールは毛布を捲り、ベネディクトの首飾りの指輪を手に取った。

「蝶が戻ってる」

 白い指輪には紫色の蝶の絵がちゃんとあった。エンデュミオンはフェーブの蝶だと言っていた。つまり所有者の危機には知らせに来る魔道具なのかもしれない。

「良く解らないんだけど、このフェーブの蝶が鍵穴を作ってくれて、僕の持つフェーブの鍵で開けられたんだよ」

「不思議だね」

 マダム・キトリーの不思議なフェーブは、動いたり光ったり鳴ったりするとは聞いていた。どうやらまだまだ不思議な動きをするものがあるのかもしれない。

 毛布を戻し、ぽんぽんと叩いている内にベネディクトが寝息を立て始めた。シュヴァルツシルトとモンデンキントも、ベネディクトにぴったりとくっついたまま寝ている。

「物理なら殴れるけど、急に消えられると困る……」

 イージドールはベッドの端にごろりと転がった。目の前からベネディクトが消えた時、寿命が縮んだ気がする。

 〈女神の貢ぎ物〉は〈聖人〉の付属品みたいなものなのだから、ちゃんと連れて行って貰わないと。

「明日の調査、僕も一緒に行かないと……」

 ドアの鍵を持つのはイージドールなのだ。

 エンデュミオンは他に誰かを手伝いにつれてくるのかと思いつつ、いつの間にか眠ってしまい、往診に来たヴァルブルガに起こされるイージドールだった。


フェーブのお話は随分前から決めていたのですが、書くのが延び延びになっていました。

所有者の危機にはお知らせに来る蝶と、必要な時には必要な場所を開けられる鍵です。


黒森之國は昔は4~6人の〈柱〉が居ましたが、神殿戦争のあとは生き残った〈柱〉が一人だけになりました。女神さまが激おこでそれ以外の〈柱〉を転生させなかったからです。

そのため黒森之國はきちんと〈柱〉を守り、女神さまに祈りを捧げないと沈むという運命になりました。

〈柱〉が一人の為、エンデュミオンの前の〈柱〉の人は、長年かけて各領に補助〈柱〉を作りました。それが各領に現在も残っています。

エンデュミオンの前任者は補助〈柱〉を製作後、〈柱〉の任から魂が解放されています。


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