カイ達と街巡り
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
リグハーヴスの街にお出掛けします。
317カイ達と街巡り
妖精にも〈異界渡り〉にも比較的安全なリグハーヴスだが、街には他の領からも人は来る。その為孝宏は一人歩きはさせてもらえない。
だがエンデュミオンがいれば孝宏は街を出歩ける。主に危害を加える者を呪うと有名なケットシーは、中々の防犯対策だった。
今日はカイ達と一緒に街歩きが出来るので、内心浮かれながら朝食の後片付けを済ませ、孝宏は外出の準備をしてからイシュカに声を掛けた。
「じゃあ行ってくるね」
「気をつけてな」
カイ達を伴って、孝宏は店のドアを開けた。
ちりりん、とドアベルが鳴る。
ドアを開けた孝宏の足元をエンデュミオンが抜けていく。
「今日はそれほど寒くないな」
春が遅いリグハーヴスも、雪が溶ければ次第に暖かくなる。赤っぽい石畳の街でも、雪解けの季節は少し埃っぽくなる。それが春の匂いだ。
「カイ、ロルフェ、どこから行く?」
「近い所からで構いませんよ」
問うたエンデュミオンに、〈Langue de chat〉のドアを閉めたロルフェが答えた。北方コボルトのヒューを抱いたカイも頷く。
「近い所なら〈薬草と飴玉〉で、ヒューの薬だな。あ、ギルベルト」
〈薬草と飴玉〉は〈Langue de chat〉と同じ通りにある。途中路地を一本挟んだ角にある店が〈薬草と飴玉〉で、その隣が〈針と紡糸〉だった。
その〈針と紡糸〉から、豊かな白い襟毛の大きな黒いケットシーが出てくるのが見えた。元王様ケットシーのギルベルトは、身体が大きいので近所なら一人で遊びに行くのだ。
「ギルベルト!」
「坊や」
エンデュミオンが呼び掛けると、ギルベルトのふさふさとした尻尾がピンと立った。
「え、大きい……」
背後でカイの驚く声がした。見慣れないと王様ケットシーの大きさは一寸した驚異だ。
〈薬草と飴玉〉の前で合流するなり、ギルベルトはエンデュミオンを抱き上げて頬擦りした。
「おはよう、坊や」
「おはよう、ギルベルト」
ギルベルトの抱擁は逃れられないものなので、エンデュミオンもされるがままだ。何しろギルベルトはエンデュミオンの育ての親である。
「ギルベルトの知らない子だな」
ギルベルトの視線がヒューに向く。
「ハイエルンのヒューだ。店の中で抱っこさせてもらえ」
「そうする」
ギルベルトはエンデュミオンを抱いたまま〈薬草と飴玉〉のドアを開けた。どうやらギルベルトも〈薬草と飴玉〉に用事があったらしい。
「おはよう、ラルス」
「おはよう、ギルベルト。エンデュミオンも一緒なのか?」
「そこで会ったんだ」
ギルベルトはエンデュミオンをカウンターの端に取り付けられた階段状の飾り棚に下ろした後、孝宏とカイの手を引いて壁際のソファーに連れていってしまった。
「あの……?」
困惑するロルフェに、エンデュミオンは前肢で頭を掻いた。
「ギルベルトは幼い妖精の子が可愛くて堪らないんだ。変な意味じゃなくてだな、保護対象としてだ」
ソファーに孝宏とカイと並んで座ったギルベルトは、早速ヒューを抱っこさせてもらっていた。
「……!」
「いい子だな」
大きな肉球を触って喜ぶヒューの額に、ギルベルトがキスをする。一瞬、ぽわりとヒューが光った。
それを見ていたロルフェが目を瞠る。
「今のは……」
「ギルベルトの〈祝福〉だ。ギルベルトの庇護下にヒューが入ったから、喚べばギルベルトが来るぞ」
「は?」
「助けが必要になったら喚ぶといい。誰かに危害を加えられたりしたら、ギルベルトが盛大に呪うから」
ギルベルトは〈子供達〉に〈祝福〉を与えている。愛情深いギルベルトは、〈子供達〉が傷つけられたものなら、とてつもなく怒るだろう。多分、エンデュミオンよりも恐いに違いない。
「まあお守り程度に覚えておくといい。さて、ヒューの薬だな」
エンデュミオンは飾り棚を登った。最近付けられたこの飾り棚は、妖精用である。今までは誰かに抱っこされないとカウンターに顔を出せなかったが、飾り棚を登れば自分でカウンターの端に座れるのだ。
ラルスが薬草を掬う木匙を布で磨く。
「誰の薬だ?」
「あのコボルトの子供だ。このロルフェとあそこのカイが育てているヒューだ。ロルフェ、処方箋を出してくれ」
「あ、はい」
ロルフェは外套の隠しからヴァルブルガに書いて貰った処方箋を取り出してラルスに渡した。ラルスは処方箋を読み、エンデュミオンに前肢を片方差し出した。
「ん? 何が要るんだ?」
エンデュミオンは処方箋を横から覗き込んだ。それから〈時空鞄〉から青い花の入った小瓶を取り出してカウンターに置いた。
「それは何ですか?」
「妖精鈴花の砂糖漬けだ」
「何故そんな稀少な物を……」
「高値で取引するのは人族なんだよ。妖精にとっては森で採取出来る薬草に過ぎない。但し、妖精鈴花の花畑を管理しているのはエンデュミオン位だけどな」
ラルスがエンデュミオンにどこか似た、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「ヒューはまだ成体になったばかりだろう。子供に強い薬は使えないから、薬草茶でじっくり治していくんだ」
「薬草茶は飲めるかどうか……」
「ラルスの薬草茶は苦くないぞ。まあ、味見をして無理そうだったら考えよう」
ラルスはカウンターを綺麗に拭いてから、四角くて薄い紙を一枚敷いた。そこにエンデュミオンから渡された妖精鈴花の砂糖漬けをはじめとした薬草を乗せて器用に包んだ。
「これは炎症止めと回復力を底上げするお茶なんだ」
ラルスは硝子のティーポットとカップを用意し、簡易キッチンの薬缶に水を入れお湯を沸かす。すぐに沸いたお湯でティーポットとカップを温め、ティーポットにお湯を注いで薬草茶の包みをぽんと入れた。見ている間にお湯が青く染まって行く。
「飲みにくい時はこれを入れてやると良い。氷砂糖を檸檬のシロップに漬けたものだ」
カウンターの上に、半透明な氷砂糖が浸かった瓶が置かれる。
「子供用だから煮出すほど濃くしなくて良い」
三分ほど待って、ラルスはカップに青い薬草茶を注ぎ、檸檬のシロップ漬けの氷砂糖を一つ落とした。カップの底がほんの少し赤紫色に変わる。
「味見してみると良い。飲めそうだったら、ヒューにも試してみろ」
す、とラルスがロルフェにカップを押し出す。
ロルフェはカップを持ち上げ、まずは香りを確かめた。湯気と共に軽い花の香りがした。それと氷砂糖に移っていた檸檬の香り。そっと一口含む。
「……癖がないですね。花の香りと少しの酸味と甘さで美味しいです」
「そうだろう?」
「ヒューに飲ませてみます」
ロルフェはカップを持ったまま、ギルベルトに遊んで貰っているヒューの元に行った。
「ヒュー、お茶だよ」
「……」
ヒューはロルフェの顔とカップを交互に見た後、口元に差し出されたお茶をぺろりと舐めた。
「……」
そのままちゃむちゃむとお茶を舐め、カップの底に残っていた氷砂糖に辿り着き嬉しそうに尻尾を振った。小さくなった氷砂糖を舌で舐めとって満足そうな顔になる。
「大丈夫みたいだね」
カイがヒューの頭を撫でる。
ロルフェは空になったカップを持って、カウンターに戻って来た。ラルスがカップを受け取り一つ頷く。
「ではこの処方にしよう。今日の分は今飲んだからいいとして、明日からは夕食後に飲ませるといい」
「今回処方された薬が切れたらどうしたらいいですか?」
「ヴァルブルガがその頃に往診に行くんじゃないか? 多分小さい転移陣をくれると思うぞ。そうしたらそこ宛に薬を送るから」
「小さい転移陣?」
「刺繍した奴だな。こういう奴だ」
エンデュミオンが〈時空鞄〉から魔法陣が刺繍された白い布を取り出した。
「手紙や小包位なら送れるから。カイと孝宏がこれから交流するだろうし、必要になるぞ」
くれるなら貰っておけと、エンデュミオンはロルフェの腕を肉球で叩いた。
ラルスは手際よく一か月分の薬草茶を処方し、紙袋に入れた。
「帰ったら缶か瓶に吸湿石と一緒に入れておくといい」
「解りました」
「これはおまけだ」
ラルスは様々な味の棒付き飴が入った大瓶をドンとカウンターに乗せた。エンデュミオンが鼻の頭に皺を寄せる。
「ラルス、これからまだ出掛けるんだぞ」
「使っていない〈魔法鞄〉はないのか? 〈時空鞄〉に色々溜め込んでいるんだろう」
「ああ、巾着型のがあるかな」
エンデュミオンが〈時空鞄〉に前肢を突っ込み、黒い天鵞絨の布地に銀色の糸で羽模様の刺繍が入った巾着を引っ張り出した。さほど大きくない巾着なのに、薬草茶の紙袋も氷砂糖の瓶も、飴の大瓶もするっと吸い込まれるように収納された。しかし、巾着は何も入っていないかのように平たいままだ。
「これをやろう。外套のポケットにでも入れておけ」
「良いんですか!? これ、布地だって随分と良い物でしょう?」
エンデュミオンは何かを思い出すように、宙に視線を彷徨わせた。
「……あれはいつの王だったかな。マントでも作れとこの反物を一巻き寄越したんだ。あの時作ったマントはギルドの地下金庫に入れてあるが、余った生地で幾つか〈魔法鞄〉を作ったんだ。つまり余り物だから気にするな」
「うん、気にするな」
ラルスも揃って言う。
まさかの王からの下賜品だった。
「……有難うございます」
数百年前の物の筈だが、新品同様の巾着をロルフェは外套の隠しに入れた。
〈魔法鞄〉を作れる時空系の魔法を使える魔法使いが少ないのを、エンデュミオンは知っているのだろうか。基本的には〈魔法鞄〉は魔法陣を得意とするコボルトの魔道具職人が作った物が流通しているものなのだ。
ロルフェは思ったより安い薬の代金を支払う。明らかに妖精鈴花の分は含まれていない。
カウンターに座ったまま、エンデュミオンが孝宏に前肢を振る。
「孝宏、終わったぞ」
「うん。ギルベルト、またね」
これから飴と香草茶を買うと言うギルベルトと別れ、エンデュミオン達は店の外に出た。
「よし、次はフロレンツの店に行くか」
フロレンツの輸入食料品店は、食品が売っている店が多い通りの外れにある。店の外見はオイゲンの靴屋と似た雰囲気なので、リグハーヴスの街が出来た頃からあるのだろうとエンデュミオンは思っている。フロレンツは〈針と紡糸〉のマリアンよりも随分と年上の筈だ。
「……」
カイに抱かれているヒューは、村よりも人通りが多く賑やかな街並みを、目を丸くして見ている。食料品が売られている通りと宿屋や酒を出す店がある通りは、街の中でも人が多い。
「はー、凄いね」
そしてカイもヒューと同じような顔をしていた。
「カイ、王都はもっと人が多いんだぞ」
踏まれないように途中で孝宏に抱き上げられたエンデュミオンがそう言うと、カイは「良くぶつからないで歩くね」と呆れた声を出した。
実はロルフェが司祭だと解る服を着ているので、エンデュミオン達の周りには空間が出来ていたのだが、カイはそれに気が付いていないらしい。
黒森之國の料理には使わない物が多く売られているので、フロレンツの店の周辺は空いていた。恐らく紅茶を買いに来る人が大半なのではないかと思われる。
孝宏にとっては勝手知ったるフロレンツの店なので、気軽にドアを開けた。
「おはようございます」
「いらっしゃませ」
そこはかとなく執事のような雰囲気を漂わせるフロレンツが、いつもの定位置であるカウンターの内側に立っていた。
「今日は倭之國の食材を見せて貰いたくて来ました」
「丁度荷物が届きましたので、在庫切れの物はありませんよ」
「良かったー。カイ、色々ありますよ」
「孝宏、カイとゆっくり見るといい。エンデュミオンとヒューはロルフェとあっちを見ている」
「うん」
倭之國の食材がある一角に突撃していく孝宏とカイから離れ、エンデュミオンはロルフェの足元で一息吐いた。確実に時間が掛かるので、別行動の方が良い。
「……」
床置きされている籠の中をヒューが覗き込んでいるのを、危なくないように見ている方が楽である。籠の中に入っていたのは、柄違いで数枚ずつ組まれて麻紐で束ねられた手拭いだった。晒しに型染めで模様が入れられた倭手拭いだ。庭師コボルトのカシュのお気に入りで、畑仕事の時に頬かむりにしている。
「綺麗ですね」
「倭之國の手拭いだ。布巾にしたり、野菜の水切りにも使えるぞ」
ロルフェは一束買う事にしたらしく、ヒューに選ばせていた。
「そこの棚のは英之國や花織之國からの紅茶だな。香り付きの物も結構あるぞ。エンデュミオンは、そこの林檎の香りや苺の香り、ベルガモットの香りの紅茶が好きだな。キャラメルやチョコレートの香りの物はミルクに合う」
「色々あるんですね」
「それは倭之國のお茶だな。緑色のお茶で少し苦みがある。多分カイは飲めると思う」
「宜しければ試飲してみますか?」
フロレンツがカウンターから声を掛けて来た。
「いいのですか?」
「私も普段から飲んでいるんですよ」
カウンターの内側にある簡易キッチンで、フロレンツがお茶を淹れ、盆に白磁の湯呑を乗せて出してくれた。
「お子さんにはお茶は苦いでしょうから」と、ヒューには和三盆の花の形をしたピンク色の砂糖菓子を出してくれる。エンデュミオンは孝宏が作ったのを見ているので知っているが、店でも完成版を売っていたらしい。
ロルフェが緑茶を一口飲んで唸った。
「確かに少し苦いですね」
「砂糖やミルクを入れて飲む者もいるらしいぞ」
エンデュミオンは緑茶に慣れているので、フロレンツが温めに入れてくれたものを舐める。
「成程」
「少し強いお茶なので、寝る前にはお避けになったほうが宜しいかと。眠りにくくなるそうです」
和三盆を口に入れ目を輝かせるヒューに、フロレンツが白湯を舐めさせながら微笑む。
「あ、緑茶はこっちにあったんだ。玄米茶も香ばしくていいですよ。ヘア・フロレンツこれでお願いします」
買う物を決めたらしく、孝宏とカイがカウンターにやって来た。孝宏が紙に書いたメモをフロレンツに渡す。
「結構な重さになりますけれど、配達はいかがしますか?」
「ロルフェ、さっきの〈魔法鞄〉に入れて貰え」
「あ、そうですね。これに入れて下さい」
ロルフェはエンデュミオンに貰ったばかりの〈魔法鞄〉を取り出した。
「おや、これは……」
〈魔法鞄〉を受け取ったフロレンツが一瞬動きを止めたが、すぐに気を取り直して米や味噌を量って次々と入れていった。ロルフェが持っていた手拭いやお茶もまとめて会計して貰う。
輸入品だがフロレンツの店はかなりお手頃価格で設定されている。王都で同じものが売られていたとするなら、もっと高いだろう。
「またおいで下さい」
前肢を振るヒューに律儀に手を振り返すフロレンツに見送られ、エンデュミオン達は店を出た。
「何か不思議な店だった!」
「解ります。ヘア・フロレンツって先の事見えてるのかって感じの品揃えしてくれるんですよね」
〈水晶眼〉でなくてもそう言った技能を生まれつき持っている者はいるので、フロレンツもそうなのではないかとエンデュミオンは思っている。何故かフロレンツは孝宏に合せたとしか思えない品揃えをしているのだが、恐らく彼の道楽だろう。
「次は教会か」
「ええ、司祭ベネディクトに御挨拶をしたいので」
他教区に来たのなら、そこの教区司祭に挨拶するものなのだ。定期的に移動する司祭もいるが、ロルフェは人狼の里に定住する司祭である。聖人のベネディクトには〈女神の貢ぎ物〉のイージドールがいるという珍しく理想的な状況だが、現時点で大聖堂に異動していないのだから、こちらもリグハーヴスに定住なのだろうとロルフェは理解する。
黒森之國ではどの集落でも教会を探すのは簡単だ。教会より高い建物は無いからだ。
建立した時にリグハーヴス公爵家はかなりの寄進をしたのだろうと思わせる、壮麗な薔薇窓を持つ礼拝堂に目立たなくあるドアを叩く。
「はーい」
ドアを開けたのは、肩にシュヴァルツシルトを乗せたイージドールだった。
「どうぞお入りください」
イージドールに案内されて司祭館に入る。連れて行かれたのは居心地の良さそうな台所だった。暖炉の前にラグマットが敷かれ、居間のようになっている。ラグマットの上には癖毛のクリーム色の毛をしたコボルトと、鋼色の髪の少しばかり線の細い司祭が座っていた。
「兄弟ベネディクト、兄弟ロルフェとご家族です」
「よくいらっしゃいました」
ベネディクトが立ち上がり、にこやかにロルフェに手を差し出した。ロルフェはその手を握り返す。
「ハイエルンの人狼の里にある教会を担当していおりますロルフェと申します。こちらは番のカイと息子のヒューです」
「初めまして、司祭ベネディクト」
「……」
カイの挨拶に合せて、ヒューが右前肢を上げる。
「もしやヘア・カイは〈異界渡り〉の御子孫ですか?」
「はい。我が里に代々居住しています」
普段人狼の里から出る事はないカイの一族なので、今まで王族や教会も関与していないという孝宏共々稀有な例なのだ。それ以外の〈異界渡り〉は王族や領主の側室として娶られているが子孫を残していない。
「う?」
モンデンキントがベネディクトの法衣の裾を握った。
「この子はモンデンキントです。ご挨拶は?」
「あいっ」
モンデンキントが右前肢を上げた。
「……少しケットシーっぽいか? まあシュヴァルツシルトが面倒を見ていたらそうなるか」
エンデュミオンの呟きがロルフェの狼耳に届く。
「モンデンキント元気だねえ。ヒュー、一緒に遊んで貰う?」
カイがヒューをラグマットの上に下ろす。モンデンキントはにこにこして車輪の付いた積み木の箱を引っ張って来た。
「あい」
「……」
モンデンキントとヒューが仲良く積み木で遊び始める。特に会話は必要ではないのか、お互いににこにこしている。
「リグハーヴスは左右区に別れていますが教会は一つなのですね」
「元々小さな集落だったものが少しずつ拡張しているからのようです。地下迷宮が開けば、街の人口は減るんですよ」
「ああ、冬場はこちらに逗留される冒険者が多いんですか」
「ええ」
ロルフェとベネディクトが世間話をしている間にイージドールがお茶を淹れ、エンデュミオンは〈時空鞄〉から孝宏が作ったお菓子をテーブルに取り出した。
「孝宏、いつもこんな感じなの?」
「そうですね」
時々孤児院へのお菓子を持ってやって来る孝宏とエンデュミオンだが、この教会の司祭館の空気はいつもゆったりとしている。
ガラガラと積み木が崩れる音がした。全員がモンデンキントとヒューに注目する。
「あいー」
「……」
目を潤ませたモンデンキントとヒューがそれぞれベネディクトとカイに抱き着きにいく。
「崩れちゃいましたか。おやつを食べてからまたやるといいですよ」
膝の上に上げたモンデンキントをベネディクトが撫でる。
「ヒュー、積み木は崩れるから又積めるんだぞ?」
カイもヒューを撫で、細長い貝の形に焼かれたマドレーヌを持たせてやる。すんすんと匂いを嗅いでから、ヒューはマドレーヌを齧った。
「……!」
ぶんぶんとヒューが尻尾を振る。お気に召したようだ。
「ハイエルンのコボルト達は落ち着いてきましたか?」
イージドールがシュヴァルツシルトにミルクたっぷりの紅茶を淹れてやりながら、ロルフェに訊ねる。
「ええ、各地の人狼がコボルト達の集落と併合したので、おいそれと手出し出来なくなったのもあると思います。人狼の猟師は罠などにも気付きますから。ハイエルン公も人狼の臨時騎士を徴集して、密猟者の摘発を強化しています」
なにしろリグハーヴスで、ホーンとエンデュミオンが大々的に三頭魔犬を召喚してコボルト達を救出している。ハイエルンとしてもこれ以上手をこまねいている状況ではなくなったのだろう。
「ただ今までコボルトで利益を出していた者達が、このまま大人しくしているかどうかが気になります」
「他の儲け話を企むというのですか? 兄弟ロルフェ」
「はい。〈水晶眼〉がリグハーヴスに居るのなら、何か起こらないか確認して下さい。出来ればリグハーヴス公にもお伝え願えればと」
「ふうん? アルフォンスの所にはエンデュミオンが行って来よう。〈水晶眼〉の居場所も知っているから」
こういった予感めいた情報は馬鹿にしない方がいいと、長年生きて来たエンデュミオンは知っている。
明日にでもアルフォンスに知らせようと、エンデュミオンは決めた。
領主館でお茶を楽しんだ後、カイ達と〈Langue de chat〉に戻った。カイたちの住む里の場所は解るので、帰りは〈転移〉で送る。
「何かあれば知らせるといい。これが簡易転移陣だ」
エンデュミオンはヴァルブルガの作った簡易転移陣の刺繍の入った布をロルフェに渡す。恐らく普段はカイと孝宏が文通したり、お菓子を送り合ったりするのだろうと思いつつ。
「今度はこちらにも遊びに来てください」
「解った。孝宏が楽しみにすると思う」
同じ國内に親戚が出来たのだから、孝宏は嬉しいだろう。
エンデュミオンはヒューの頭を肉球で撫で、〈Langue de chat〉に帰還した。
ギルベルトは安定の子供好きです。リグハーヴス住まいの妖精達はほぼギルベルトの祝福を受けています。当然エンデュミオンも、ギルベルトの祝福済み。
聖職者同士は丁寧な言葉で話します。イージドールとベネディクトは同期なので二人の時は気安く話します。
イージドールとベネディクトは、エンデュミオンが教会と約束しているのでリグハーヴスから動きません。