孝宏と遠い親戚
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
〈Langue de chat〉へ訪問します。
315孝宏と遠い親戚
リグハーヴスは黒森之國の中では比較的新しい街だ。カイ達が暮らすハイエルンの人狼の里は森の中にあり、街ではなく村である。足元の煉瓦敷きの広場は、慣れない靴裏には固く感じる。
イージドールはカイ達を連れて、左区から市場広場に出た後、そのまま向かい側にある右区に入った。
「どこに行くんですか?」
「〈Langue de chat〉ですよ。この一本目を北側に曲がって進むと、〈本を読むケットシー〉の青銅の看板がある店です」
靴屋や薬草店、仕立屋の看板を過ぎ、路地を一本超えた先にその看板があった。途中、薬草店の出窓の向こうに居た左右の目の色が違う黒いケットシーに、シュヴァルツシルトが前肢を振った。良く似ていると思ったら、シュヴァルツシルトの兄でラルスと言う名前らしい。
〈Langue de chat〉はまだ午後の開店はしていなかったが、出窓に青黒毛にオレンジ色の錆があるケットシーがいて、出窓に飾ってあるフェーブの羊の群れを並べ替えて遊んでいた。
「ルッツ」
イージドールが出窓の前に立ち、軽く窓枠を叩く。イージドールに気が付いたケットシーが出窓から消える。すぐにカタンと店のドアから掛け金を外す音がした。ドアを開けたのは、イージドールに似た、蜜蝋色の髪の青年だった。
ちりりん、とドアベルが涼し気な音を立てる。
「いらっしゃい。丁度開ける所だったんだけど」
「テオフィル、親方イシュカやヒロはいるかい?」
「いるよ。あ、ヒロの関係? ならもう少し閉めてようかな。ルッツ、ヒロ台所に居るかな」
「みてくるー」
勘の良いテオはカイ達を見てピンと来たようだ。ルッツと呼ばれた錆柄のケットシーが奥に駆けていく。
全員が店に入ってから、テオは再びドアに掛け金を下ろした。
「テオー、ヒロたちおんしついってるってー」
カウンターの奥の戸口からルッツが出て来た。その勢いのままテオの脚に抱き着く。
「野菜の収穫手伝うって言ってたっけ。シュヴァルツシルト、裏庭に〈転移〉していいよ。ヒロとエンデュミオンは一緒にいるから。イシュカは仕事中だから後で会えばいいんじゃないかな」
「あいっ。にゃんっ」
カイ達の足元に転移陣が現れ、ぱっと風景が切り替わる。
「わわっ」
慣れていないカイは、慌ててロルフェの服の袖を掴んでしまった。
「……」
ぽんぽん、と腕に抱いたヒューに小さな前肢で胸を叩かれる。幼児のコボルトの方が〈転移〉に驚かないとは何事だ。
気付けば、目の前には植物の形の鋳鉄で飾りがある硝子張りの温室があった。先程いた母屋はカイたちの右手に建物の裏面を見せている。母屋の裏口のドアも温室のドアも、上下に分けられ、どちらにもドアレバーが付いている少し変わった代物だった。
殆ど雪が解けている畑はまだ土をおこす前で、何も植えられていない。
「ここがエンデュミオンの温室ですよ」
イージドールが温室のドアを開け、先に進む。ドアの向こうにはもう一つドアがあった。ここは風除室になっているのかと、カイは納得した。温室の温度を急激に変えない為だろう。特に、冬は雪が吹き込んでしまう。
「暖かいな」
温室の中は春の陽気だった。入ってすぐの場所は香草が植えられた鉢や、苺の実っている畑、料理に良くつかう葉物野菜が植えられていた。
「何か、広い……?」
外側から見た時より、温室が広い気がする。
「空間拡張の魔法が使われているな」
魔力が殆どないカイと違って、魔力の高いロルフェが温室を見回す。イージドールが笑う。
「エンデュミオンが空間拡張した後に、更にギルベルトが空間拡張したんですよ」
「それは領主に説明したんですか?」
「始めは目立たないようにしようとしたけれど、ギルベルトがあちこちやらかしたので、説明の為に結局リグハーヴス公爵を招待したそうです。エンデュミオンが温室を作った時点で色々やってますけどね」
イージドールがハーブガーデンを囲む灌木の切れ目にある小道を進んで行く。灌木を抜けた先には広い芝生が生えた広場があった。もう明らかに外から見た温室の広さとは違う。
「広い……」
「元々は冬の間に外で遊べないリグハーヴス住みの妖精達の為に建てた温室なんだそうです。ケットシーに合わせて、ここは常春なんですよ。果樹も年中実っていますし、そこの泉は〈精霊水〉です」
「それは……」
流石にロルフェも驚きを隠せなかった。
〈精霊水〉は本来個人で所有出来ない。もし自然の湧き場があれば、教会や領主が管理するのだ。
「ここにエンデュミオンが〈精霊水〉を引いたんですよ。エンデュミオン自身が引いたので、領主も何も言えません」
その上、知らない内に領主館の温室にある泉も〈精霊水〉にされていたりするが、そこはイージドールは黙った。人工的に引いて来ようが、〈精霊水〉は稀少なのである。
「いつもはそこの水場にキルシュネライトという水竜がいるんですが、今日は出掛けていますね」
「水竜!?」
「フィッツェンドルフからエンデュミオンが連れて来たんですよ。あとエンデュミオン自体が木竜グリューネヴァルトの主なので木竜もいます」
普段は仲の良い火蜥蜴のミヒェルがいるオーブン近くで寛いでいるか、エンデュミオンの頭の上に幼体化してしがみ付いている木竜だ。
「リグハーヴス公爵はよくエンデュミオンを抑えておけますね」
「抑えておくのは無理です。兄弟ロルフェもご存知でしょうが、エンデュミオンは〈柱〉ですからね。今はヒロという主が居るので、リグハーヴスを守っているんです。その辺りはケットシーの習性です。だからヒロに何かあれば黒森之國が滅びますよ」
ヒロはそれを知りませんけどね、とイージドールは困った顔で笑った。聞かされたロルフェは頭が痛くなった。幸いなのは妖精憑きの人物を害す者は少ない事だろうか。まず呪われるので。
「祠があるんですね」
「〈精霊水〉の出る泉があるので、エンデュミオンが建てたみたいです。月の女神シルヴァーナと水竜キルシュネライトを祭っています。私も来るたびにお祈りしますが、ここの管理は広場の奥に住む隠者マヌエルと姉妹シュトラールがしています」
泉の奥にある祠の前に膝を付き、イージドールとシュヴァルツシルトがお祈りをする。その後で、カイとロルフェ、ヒューもお祈りをした。
「ヒュー、自分で歩く?」
「……!」
柔らかい芝生の上に下ろされたヒューが嬉しそうによちよち歩き回る。
「危険な物はないので、遊ばせて大丈夫ですよ。シュヴァルツ、一緒にいてね」
「あーい」
ヒューとシュヴァルツシルトが一緒に温室の中に生えている木の周りを回って遊び始めるのを見ながら、ロルフェがイージドールに訊ねる。
「ここには誰もいないんですか?」
「今はレイクがいますね」
「レイク?」
「あの子です」
イージドールが指差したのは、いつの間にかヒューとシュヴァルツシルトと前肢を繋いでいるマンドラゴラだった。頭に緑色の葉と青い花が咲いたコボルトのような形をしている。
「……マンドラゴラに見えますが」
「マンドラゴラですよ。〈Langue de chat〉に住む幸運妖精シュネーバルの育てている愛玩植物なんです。危害を加えたり、シュネーバルに何かしない限りは大人しいです。最近は庭師の仕事を覚えているようです」
「マンドラゴラですよね?」
「どうにも賢い個体らしいですよ。リグハーヴス公爵と陛下には知らせ済みだそうです」
イージドールとロルフェが話している間に、カイはヒュー達を呼んでレイクを観察していた。ハイエルンの教会でも畑を作っているカイが、興味津々でレイクにそっと触れる。
「ロルフェ、可愛いよこの子! とても丁寧に育てられてるのが解る。〈精霊水〉で育っているんだろうなあ。見てこの葉っぱ、つやつやだよ」
「キャウー」
褒められて、レイクがもじもじと照れる。
「兄弟イージドール、マンドラゴラって喋りますっけ……?」
「賢い個体だと話すそうですよ。レイクは子株なので鳴くだけですけど」
「親株がどこかにいる……?」
「いるらしいです」
これは触れてはいけない話題だと、ロルフェもそれ以上は聞かなかった。子株のレイクがこの状態なら、親株の知能を想像すると恐ろしい。そもそも知能の高いマンドラゴラを育てられるコボルトがいると、知られるのも拙いだろう。これは口外出来ない。
「どうやら皆奥の方にいるようですね。行きましょうか」
「まだ奥があるんですか?」
「エンデュミオンの温室はこの広場までなんですが、この広場から別の場所に繋がっているんですよ」
先程とは違う灌木の小道にイージドールが進む。シュヴァルツシルトは間にレイクを挟んでヒューと前肢を繋いだまま、その後を追う。ヒューは自分と歳の近い妖精に会えたのが嬉しいのか、尻尾をふりふり歩いている。
今度の繁みを抜けた先は森の中だった。明らかに先程よりも魔力が濃い。どちらかと言えば、カイたちが暮らす森の中に近かった。木々も古く背が高い。
「ここは〈黒き森〉の中ですか?」
「ええ。リグハーヴスのケットシーの里の一部らしいです」
森の中の開けた場所にはこじんまりとした二階建ての家が建っていて、カイたちが居る場所から敷石が飛び飛びに置かれている。辺りはきちんと手入れされた芝生で覆われ、小花が所々に咲いている。家の周りには複数のケットシーがいて、畑仕事をしていたり、二階の窓を拭いていたりする。服を着ていないので、自由なケットシーだ。
畑には、人族の姿も見えた。中でも黒い修道服を着た白髪交じりの初老の聖職者が、訪問者に気付いて微笑んだ。
「ようこそいらっしゃいました」
「猊下!?」
「今は余生を楽しむ隠者ですよ」
しーっとマヌエルが人差し指を唇に当てる。
隠者となった元司教マヌエルの隠遁先は明かされていなかったが、エンデュミオンの温室からしか行けない場所に居るのなら見付からない筈である。
畑に向かって行ったシュヴァルツシルトとヒューは、手前で黒髪の少年と鯖虎柄のケットシーに止められていた。レイクはそのまま畑に入って行く。
「土だらけになるから服を脱いでからだよ」
入らないように言うのではなく、服を汚さない為だった。面白くなり、カイは自分よりも幾つか歳下の少年に話し掛けた。
「ヒューの服は俺が脱がせるよ」
「ヒュー? あ、この子?」
「そうそう。まだ幼児なんだ」
孝宏とカイに服を脱がせて貰ったシュヴァルツシルトとヒューは、畑の中に飛び込んで行った。大人のケットシーに指示されて、赤紫色の芋を掘り始める。土掘りはコボルトが好きな作業なので、ヒューも楽しいだろう。
「カイ、遊びに来たのか?」
少年の隣で、エンデュミオンがカイを見上げていた。ウィルバーを家事コボルトとして連れて行く時以来だが、きちんとカイの顔を覚えていたらしい。
「ウィルバーの様子を見に来たんだ。ヒューはウィルバーの弟みたいな子だよ」
「この間、エンデュミオンはヒューに会わなかったからな」
エンデュミオンが来た時、ヒューは昼寝をしていたのだ。
「孝宏、ハイエルンのカイだ。向こうに居るのがカイの番のロルフェ。ウィルバーの育ての親だな」
「俺は塔ノ守孝宏です」
「俺はカイ・トウノモリ。俺の何代も前に〈異界渡り〉がいたんだ」
「人狼と番になった〈異界渡り〉がいると聞いた事があります」
「そうそれ。ずっと人狼の里に居るから、子孫は人狼との結婚率が高いんだよ。人狼に番認定されたら逃げられないから」
カイの父親は黒髪の人狼だが、冒険者をしていて平原族の番を見付けて来たのである。ちなみに現在も仲睦まじく暮らしている。
「じゃあ、ヘア・カイは俺の遠い親戚なんですね」
「そうなるね。カイでいいよ」
「俺は孝宏か、言い難ければヒロで」
ある日いきなり黒森之國にやって来てしまったのだろうに、孝宏は屈託なく温厚そうな青年だった。成程これがエンデュミオンが気に入った少年かとカイは思った。
少々やさぐれた感のあるエンデュミオンが選んだのが素直そうな少年で、ついついニヤニヤしてしまう。孝宏は一緒にいると癒される雰囲気があるのだ。
「……!」
「お、戻って来たかヒュー。大きいの取って来たなあ」
大きな芋を抱えて持って来たヒューを、カイはしゃがんで撫でた。孝宏もしゃがんで、ヒューの抱える芋を指差す。
「この芋食べた事ありますか? 火を通すと甘いんです」
「もしかして倭之國の芋?」
「輸入食料品店に甘藷の苗や種芋が売ってたんで、ここのケットシーに渡したんですよ。黒森之國には元々無かったんですね」
「輸入食料品店に?」
何故輸入食料品店に苗があるのか。そもそも何故この辺境に輸入食料品店がるのか。
「リグハーヴスの輸入食料品店って森林族の人がやってるんですけど、結構倭之國の物を置いてくれるんです。お米もありますよ」
「あー、パラパラしない米欲しい。何かうちの一族に伝説的に伝わってて。細長い米はハイエルンでも手に入るんだけど」
「伝説! 品種違いますからねえ」
ひそひそと頭を突き合わせてカイと孝宏が喋っている内に、二本三本とヒューが甘藷を掘って来て足元に置いて行く。楽しそうだからいいかと、エンデュミオンはロルフェ達の元へと向かった。
「おーい」
「エンデュミオン、お邪魔しています」
眩しい位の金髪をしたロルフェが、エンデュミオンに会釈する。職業を王子にしてもいいんじゃないかと言う位に整った容姿に派手な髪色だが、生憎黒森之國の王族は銀髪紫目である。
「ロルフェ、帰りにリグハーヴスの輸入食料品店に寄っていけ。多分寄らないとカイが拗ねると思うぞ」
「何があるんですか?」
「米だ。だが米だと侮るなよ。カイも孝宏と同じ国の血を引いているからな」
恐らく食べ物には煩い筈だとエンデュミオンは言った。
「ああ、あのもちもちした米ですか? 美味しいですよね」
イージドールは遊びに来た時に孝宏のお握りを食べた事もあるので、所謂ジャポニカ系の米を知っていた。
「あの輸入食料品店自体様々な物が置いてあるので楽しめますよ、兄弟ロルフェ」
「そうですか。では行ってみます」
人狼にとって番が喜ぶなら、輸入食料品店に寄る位お安い御用である。
エンデュミオンは紙と万年筆を〈時空鞄〉から取り出して、簡単な地図を書いてやった。そして手渡しながらロルフェに問う。
「ヒューの耳は、生まれつきなのか? 多分聞こえていなさそうなんだが。必ず相手の顔を見ているから、口の動きを覚えようとしているんだろう」
ロルフェが息を飲んだ。
「……赤ん坊の時に酷い風邪を引いたとも聞いているのですが、正確な所は不明です。微かには聞こえているかもしれません。大きな音で振り返る事がありましたから」
「妖精の魔女に診せた事はあるか?」
「ええ。ですが効く薬が手に入り難いと、今は対処療法で」
「ふうん? 今ヴァルブルガとシュネーバルがケットシーの里に赤ん坊の検診に行っているから、戻って来たら聞いてみよう。こちら経由で戻ると言っていたから。ヴァルブルガは甘い芋が好きなんだ」
「甘い芋?」
「あっちで掘っている奴だな。ヒューが掘ったものは持って帰ると良い」
「良いんですか?」
しゃがんで話し込んでいる黒髪二人の足元に、甘藷が小山を作っている。物凄く楽しそうに、我が子が土まみれになって甘藷を運んでいた。
「結構な量がありますけど」
「ケットシーは趣味で畑を作っているんでな、食べきれないんだ。ここは魔力も濃いし、気候も一定だし、植えれば生えるんでな。気候に合せて植えてやれば、ハイエルンでも育つぞ。馬鈴薯と同じで備蓄も出来るし」
「それはいいですね。うちの畑を手伝ってくれる庭師コボルトに聞いてみます」
庭師コボルトは新しい植物や、美味しい植物が大好きである。甘藷には食いつくだろう。
ヒューが集めていた甘藷は、手拭いで頬かむりしていた南方コボルトが麻袋に入れていた。あの手拭いの使い方は庭師コボルトだろう。何故ここにコボルトがいるのか不明だが、ハイエルンから流出したコボルトには間違いない。
「お、帰って来たな」
〈Langue de chat〉とは別方向から、折れ耳の三毛ケットシーと、小さな真っ白いコボルトが歩いて来るのが見えた。
「ただいま」
「たらいまー」
「お帰り。皆元気だったか?」
「うん。一寸腰痛のおばあちゃんが居た位かな」
赤ん坊のついでに年寄りのケットシーの診察もして来たようだ。年寄りのケットシーと言うのなら本当に高齢だろう。
「れいくは?」
「畑で甘藷を掘っているぞ。そろそろマヌエルとシュトラールが甘藷を蒸かしている筈だから、覗いてくるといい」
「う!」
てててとシュネーバルが家に向かって走って行った。
「……」
その間、ヴァルブルガはじっとロルフェを見上げていた。きらきらとした深い緑色の大きな瞳は綺麗だが、何が気に障っているのか、ちょっぴり鼻の頭に皺を寄せている。
「ヴァルブルガ、ロルフェが何か気になるのか?」
「うん。ロルフェ、昔呪具解呪に失敗しなかった? 呪いの名残があるの」
「え!?」
「うーん、エンデュミオンは聖属性がないからなあ。害がない程度の名残だと解らん。古傷でもあるのか?」
エンデュミオンがロルフェに目を凝らす。鮮やかな黄緑色の瞳で睨み付けるように凝視されて、甚だ居心地が悪い。
「神学校時代に、呪われた剣の解呪の担当になった時に一寸怪我をしました」
解呪しようとすると暴れる剣だと誰も説明しなかったのだ。あの時は結構腹にざっくりいった。頑丈な人狼だったので死ななかったのだが。その時の暴れる剣は力づくで解呪した。怪我の傷跡は殆ど残っていないのだが、今でも少し引きつる時がある。
「それかな。塗り薬作るね。エンデュミオン」
ヴァルブルガがエンデュミオンに前肢を差し出す。
「あれか? ほい」
エンデュミオンが白い小瓶を〈時空鞄〉から取り出した。
さっと芝生の上に布を広げたヴァルブルガが、前肢を水の精霊魔法で洗った後、調薬の道具を取り出し、半透明な軟膏を瓶から硝子のボウルに銀色のヘラで掬い取る。そこに白い小瓶の中の液体をスポイトでぽとぽとと何滴か落とし、硝子の乳棒で混ぜて行く。白い軟膏がうっすらと金色を帯びた。
出来上がった軟膏を蓋つき容器に綺麗にヘラで移し、ヴァルブルガはロルフェに「はい」と渡した。
「これは?」
「〈浄化〉しつつ筋肉の繋がりを回復させるお薬。古傷ある場所にお風呂上りに塗ってね。なくなるまで続けて」
「お代は?」
「半銀貨一枚」
「薬代は? それだと診察代くらいでは?」
それでもハイエルンより少し安い。
「薬はエンデュミオンがくれたの」
意味が解らずロルフェが首を傾げたが、イージドールが「あっ」と声を上げた。
「エンデュミオン、あれ使いましたね?」
「欠損していないんだから、生やす訳にいかないだろうが」
「普通そんなに簡単に生やせないんですよ」
「エンデュミオンだって結構大変だぞ。魔力をかなり食うんだ」
イージドールの反応で、なにかとんでもない物を手にしているのが解り、ロルフェは恐る恐るヴァルブルガに訊いた。
「ちなみにこのお薬は何が入っているんですか?」
「〈蘇生薬〉入りの軟膏なの。後はベネディクトの聖水も入れてる。聖人の聖別した聖水だから〈浄化〉には良く効くの」
とんでもない代物だった。
「これを頂く訳には──」
「必要な時に使わないと意味がないだろう。それにロルフェは孝宏の親戚であるカイの番だからな、元気でいて貰わないと」
「──解りました。有難うございます」
結局は主に帰結するのかと、逆に安心したロルフェだった。
「ヴァルブルガには後でヒューの診察もして欲しいんだ。今は芋掘りしているから」
「どこか悪いの?」
「耳の聞こえが悪いそうだ」
「解ったの」
こくりとヴァルブルガが頷いた。
たっぷりと芋掘りを楽しんで、おやつに聖職者コボルトのシュトラールが蒸かした甘藷を食べた後、土だらけのシュヴァルツシルトとヒューは孝宏とカイによって温泉に入れられた。
その日、カイ達が〈Langue de chat〉に泊めて貰ったのは言うまでもない。
カイ達、〈Langue de chat〉へご案内~。
コボルトは土いじりが基本的に好きなので、大体の個体が芋掘りが好きです。
相変わらずフロレンツさんは、色んなものを仕入れてくれます。ちょっぴり不思議な人です。
カイは孝宏よりは幾つか年上。人狼の血も入っているのですが、先祖返りしているので黒森之國の人に比べると非力で華奢です。
守りたくなっちゃう容姿に、先祖返りした場合は人狼の里から流出出来ないカイの一族です。
〈蘇生薬〉が必要なら使えばいいだろ、と言う考えのエンデュミオンとヴァルブルガです。
素材がタダなので……。ラルスも二つ返事で作ってくれるので、在庫があるのです。