王宮騎士団長ハインツの初恋(前)
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
遅ればせながら、ハインツに春が来たかも?
302王宮騎士団長ハインツの初恋(前)
王宮騎士団長ハインツは王宮内の騎士団詰所の団長室のドアを開けた瞬間、眉間に皺を寄せた。
部屋を出る前には綺麗に片付けておいた執務机の上に、分厚い布包みが鎮座していたからだ。不機嫌な顔のまま、詰所にいた騎士に振り返る。
「何だ? あれは」
「団長が留守の間に、ご実家の方が置いていかれましたよ」
ハインツは思わず舌打ちした。
ハインツは上級準貴族の次男だ。嫡男の兄は文官で、三男の弟は司祭をしている。代々家の方針で、有事に王族を守って死なないように、嫡男は文官なのだ。
両親の期待通りに兄は優秀だったので、成人してすぐに結婚し既に子供もいる。
ハインツと弟は騎士団と教会に放り込まれ、家から出た。聖職者の弟は当然だが、騎士になったハインツも結婚には興味がなく、今まで過ごしていた。
それなのに実家がハインツに見合いの釣書を送りつけ来るようになったのは、彼が副団長になった頃だった。更に休みの日になると、釣書の令嬢がハインツの回りをうろつく。
そんな日が一年近く続いて、遂にハインツは我慢の限界に達し、当時の騎士団長に辞表を叩き付けた。騎士を辞めて冒険者になろうと思ったのである。地下迷宮に潜れば、実家も追っては来られない。
だが、ハインツのこの決意に慌てたのは誰ならぬ騎士団長だった。ハインツに団長の椅子を譲り、引退しようとしていた矢先だったからだ。
今辞職されては堪らぬと、いったんハインツの辞表を保留とし、騎士団長は急いで当時國王になったばかりだったマクシミリアンに奏上したのだった。
結果としてマクシミリアンは直々に、ハインツに上級準貴族としての家を興す許しと紋章を与えた。──つまり、現在ハインツは実家の分家でもない、全く別家の当主なのである。
「処分してくれ」
ハインツは布包みの結び目を掴み、近くにいた騎士に押し付けた。
「処分の前に見ても良いですか?」
「構わん。私には不要だ」
「おっしゃ!」
「今売り出し中のご令嬢だ!」
詰所にいた騎士達が釣書に群がる。
「あ、この令嬢知ってる。やっぱり釣書だと盛ってるなあ」
「まあ、釣書だから、見目よく書いてもらうんじゃない?」
「こら、罪のないご令嬢を卑下するのはよせ」
幾ら親が送り付けてきた釣書でも、令嬢は悪くない。
釣書は大概美しく描かれた似顔絵なのだ。釣書を見る者に興味を持たせる為、好ましい容貌に整えるのは良くある。
「はーい」
ハインツに咎められた騎士達は、大人しく釣書を見始めた。毎回彼らが釣書を見たがるのは、自分達に相応しい家柄の令嬢がいるかもしれないからだろう。もし釣書が気に入ったら、誰かに紹介を頼めるかもしれないからだ。
溜め息を吐き、ハインツは団長室に入りドアを閉めた。すっきりした机の上に、引き出しから書類を取り出す。
「団長」
ノックの後、ハインツの「どうぞ」と言う声と同時にドアが開き、詰所にいた騎士の一人が顔を出した。返事の後にドアを開けろと何度も言っているのだが、覚えない騎士である。
「団長、お客様ですよ」
「客?」
今日は来客の予定はなかった筈だ。
「あう!」
騎士の足元から、ひょっこりと北方コボルトが顔を覗かせた。その折れ耳の北方コボルトには見覚えがあった。
「ユゼファ?」
「あう!」
「どうぞー」
騎士がドアを全開にする。そこにはユゼファと雪のように白い人狼のキッカが立っていた。キッカの澄んだ紅色の瞳が、ハインツの方に向いている。
「ヘア・キッカ」
「こんにちは」
キッカがハインツに微笑んだ。何故か持ち手付きの籠を持っている。
ハインツはユゼファを片腕で抱き上げ、空いた片手でキッカの手を取って、団長室にある応接用の布張りのソファーへと導いた。
「……見たか、あの自然な流れを」
「……俺達には足りないものだな」
外野が煩いが、ハインツはあえてドアは開けたままにしておいた。疚しい事はないので。
「今日はどうされました? 魔導具管理部からここまでは距離があるでしょう。誰かに案内してもらったのですか?」
「ユゼファ、ハインツのにおいおった!」
「私の匂いを覚えていたんですか!?」
「ハインツ、ユゼファのあたまなでてくれた」
「あれだけで……」
コボルトの嗅覚と記憶は素晴らしいようだ。
「あの、先日は北の城壁まで案内して頂いて有難うございました。お礼にユゼファとお菓子を焼いたので、皆さんでどうぞ」
キッカが籠に掛かっていた刺繍入りの布巾を捲る。籠の中には食べやすい大きさに切られたジンジャーブレッドや干し果物がたっぷり入ったシートケーキが見えた。
「宜しいのですか?」
「はい、召し上がってください」
にこにことキッカがハインツの顔を見詰める。
「あの、私の顔に何か?」
「いえ、ヘア・ハインツはこういうお顔なんだなと思って。その、今まで見えなかったので」
「今日は近くにおりますからね」
「それもあるんですが、エンデュミオンに貰った薬で、近くは見えるようになりまして」
「あの時の」
確かエンデュミオンがユゼファに、白い小瓶を渡していた。
「失礼ですが、お持ちならあの小瓶を拝見してもいいですか?」
「あう」
ユゼファが〈時空鞄〉から白い小瓶を取り出して、ハインツに差し出した。
「ユゼファが宝物にしているんです」
「見せてもらうね」
ハインツはユゼファに断り、小瓶を受け取った。
白い飾り気のない小瓶には、六角推の水晶栓がしてある。小瓶の中は綺麗に洗われていたが、その首には札がきちんと付いていた。
「〈蘇生薬〉……?」
「〈蘇生薬〉みたいです」
「それをぽんと」
「くれたみたいです」
「エンデュミオン……っ」
ハインツは唸ってしまった。蘇生薬の時価を考えたくない。
「多分、適用外の使い方ではないかと。その内エンデュミオンに報告に行かないといけないかなと思っています」
「そうですね。その時には私も行きます」
「え!?」
「陛下に報告案件ですよ、これは」
きっとエンデュミオンは症例を集めている最中なのかもしれないが、現在の状況を知っておいた方がよさそうだ。
「どうしてエンデュミオンが〈蘇生薬〉をくれたのか解らないです」
「ヘア・キッカはエンデュミオンがまとめた本が理解出来るんでしたね」
「はい。コボルトに魔法陣魔法を習っていますから」
「それですね。ヘア・キッカは、エンデュミオンに弟子認定されていますよ。聞いた話によれば、大魔法使い時代にエンデュミオンはフラウ・フィリーネ以外の弟子を取れなかったとか。ケットシーに生まれ変わって、その軛から外れたので、今では嬉々としてあちこちに弟子を作っているそうです」
流石に現在も弟子を作るなとは言えないので、マクシミリアンも諦観している。エンデュミオンには機嫌良くいてもらった方がいい。
「誰に適用外でこの薬を使ったのか、確認する必要があります。リグハーヴスに行く時はお供します」
「ヘア・ハインツをお供とか……」
あわあわするキッカに微笑み、ハインツはユゼファに小瓶を返した。
「有難う、ユゼファ」
「あう」
ユゼファの尻尾が左右に揺れる。
「リグハーヴスに行くのがいつでも良ければ、私が転移陣の使用許可を取ってきますよ」
「休みはいつでも貰えると思います」
魔導具管理部は魔法陣の修復がなければ、魔法陣の研究をしている部署だ。そしてキッカは新入りの技官である。
「あなたは魔法陣の専門家だろうに」
「そうなんですけれど……。管理部の皆もハイエルンに研修に行けば、魔法使いコボルトに教えて貰えると思います」
一定以上の魔法技能があって、魔法使いコボルトに認められれば教えてくれるのだ。
「まあ、全員一度には研修に行けないでしょうね」
「はい。管理部が空になりますから」
「ユゼファが教えるのは?」
「やだ」
嫌らしい。
「まあ、それなら休みも取れますね。私からツヴァイクか陛下にお尋ねしてみます」
「お、お願いします」
「お前達も他言無用だぞ」
覗いていた騎士達を、ハインツはじろりと睨んだ。
「はーい!」
「解ってます!」
騎士達は揃って返礼した。
「なのでお菓子分けて下さい!」
「お前達……」
訓練を上乗せしてやろうかと思ったハインツだった。
ハインツは翌日には転移陣の使用許可を取得した。勿論、マクシミリアンとツヴァイクには、王宮を一時的に離れる理由を話した。
「そっかあ、ハインツもついにかあ」といたくツヴァイクに感心された。
視力の弱いキッカと幼いコボルトのユゼファだけでは心配だからだと言ったのだが、マクシミリアンもツヴァイクもそれで納得していなかったのは何故だろう。
外出の用意をし、ハインツはキッカとユゼファを迎えにいった。魔導具管理部長に王命で書かれたキッカとユゼファの外出許可証を渡し、一度二人の宿舎の部屋に戻って支度を済ませる。
王宮の転移陣は魔法使いの塔にあるので、そこまでハインツがキッカに腕を貸した。ユゼファはハインツに肩車をねだり楽しそうだ。
「大師匠に聞いておりますよ、王宮に新しい人狼が来たって」
魔法使いの塔を管理している小麦色の人狼ジークヴァルトが、尻尾を振って迎えてくれた。ジークヴァルトの肩には火竜アルタウスがしがみついていた。
「大師匠?」
「エンデュミオンは師匠の師匠だから大師匠なんですよ。先日、王宮の隣にいるなら時々魔法陣の様子を見ないかと叱られました。魔導具管理部さえ良ければ、俺が教えても良いんですけどね」
でも俺あそこの部長より若いでしょ、とジークヴァルトが肩を竦める。それにジークヴァルトは学院を出ているが、位階は低い。
「教えを乞うのに年齢も位階もないと思いますが」
「ヘア・ハインツは公平な方ですからね。どうぞ転移陣の中へお入り下さい」
ぼんやりと光っている転移陣へと、ジークヴァルトがハインツ達を誘う。きちんと彼らが転移陣の中に入ったのを確認し、ジークヴァルトが杖の石突きを転移陣の端に立てる。
「いきますよー」
「ぴゅー」
どこかのんびりとしたジークヴァルトの声にアルタウスの鳴き声が重なる。足下の転移陣が強く輝いた。ハインツの腕を、キッカが一瞬ぎゅっと掴んだ。驚いたのだろう。
瞬きした後、立っていたのは塔よりも狭い石壁の部屋だった。
「いらっしゃーい!」
「リグハーヴスにようこそ!」
魔石の填まった杖を持った南方コボルトが、魔法陣の外に立っていた。
「リグハーヴス?」
「合ってるよ!」
「ここリグハーヴスだよ!」
ハインツの問いに、そっくりなコボルトが揃って返事をした。よく見ると片方のコボルトの耳の先が白いが、それ以外はそっくりだ。
「〈Langue de chat〉にはどう行けば良いか知っているかな」
「知ってるよ」
「市場広場に出て、右区に一本路地入って北に歩いたら出てくるよ」
「〈本を読むケットシー〉の看板があるよ」
「有難う。……そういえば、リグハーヴスは雪だったか」
冬なのを忘れていた。雪が積もっているなら、キッカの視力では危険かもしれない。
「クヌート、〈Langue de chat〉に送ろうか?」
「良いのかい?」
「良いよー。裏庭に出るけどいい? 裏庭からも母屋に声掛けられるから」
「頼むよ」
「はーい」
とことことクヌートと名乗ったコボルトが転移陣に入ってきた。
「じゃあクーデルカ、送ってくるね」
「はーい」
二人のコボルトがコンと杖の石突きを転移陣に当てた。再び転移陣が光ったと思ったら、、ひやりとした冷たい風を頬に感じた。
「着いたよー」
目の前に平民の物としては大きな部類になるだろう家が建っていた。足下には雪のない赤い煉瓦道。周囲には雪が積もっている。煉瓦道の先は途中で二つに分かれ、家と硝子張りの温室に繋がっていた。
「ん、んー」
とととと、と軽い足取りでクヌートが家のドアに向かって走っていく。そしておもむろにドアをノックした。
「こーんにーちはー!」
待ったのはほんの僅かで、すぐにドアが内側に開いた。中背の痩せた黒髪の少年が現れる。
「こんにちは、クヌート」
「ヒロ、お客さん連れてきたよ」
「お客さん?」
少年はハインツとキッカ、ユゼファを見ると、軽く会釈をしてから後ろを向き「エンディ!」と呼ぶ。間もなく鯖虎のケットシーが出てきた。エンデュミオンはハインツ達を見て、きらりと黄緑色の瞳を光らせた。
「キッカとユゼファか。ハインツが付いてきてくれたのだな。彼らを送ってくれて有難うな、クヌート」
「わう。じゃあクヌート戻るね」
「これ皆でおやつに食べて。チョコレートとクルミのパウンドケーキだよ」
少年がざら紙に包まれた細長い物を、帰ろうとしたクヌートに渡す。
「やった! ヒロ有難う!」
クヌートは貰った菓子を〈時空鞄〉にしまってから、前肢を振って〈転移〉していった。
「キッカ達は温室の方がいいか。こっちに来てくれ」
クヌートにヒロと呼ばれていた少年にマフラーを巻かれたエンデュミオンが、「うう寒い」と呟きつつ煉瓦道をやって来た。硝子張りの温室に行って、上下分かれたドアの下側を開ける。
「すまんがハインツ、上のドアを開けてくれ」
「解りました」
ハインツは上側のドアを開けた。その頃にはエンデュミオンは奥にあるドアを開けていた。防寒対策なのか、二重ドアになっていた。
「ゆっくりで良いぞ。こっちは薬草畑なんだ。この奥に行くぞ」
「みどりのにおい!」
ユゼファが尻尾を振りながら、エンデュミオンについていく。
低木の繁みの間にある小道を抜けた先に、芝生の広場があった。周囲は果樹で囲まれていて、ここが温室だと一見解らない。それに外から見たよりも広い気がする。
「広さがおかしい……?」
ハインツの疑問に、エンデュミオンが遠くを見るような眼差しになった。
「空間を弄っているからな。エンデュミオンがやった後に、ギルベルトにも魔改造されたから……」
「ギルベルトと言うと」
「元王様ケットシーで、エンデュミオンの育ての親だ」
エンデュミオンにも敵わない相手がいるらしい。
広場ではエンデュミオンに似た鯖白のケットシーと、ふわふわとした毛並みの南方コボルトが遊んでいたが、ハインツ達を見た二人の反応は真逆だった。
「でぃー!」
エンデュミオンを見て喜んだケットシーに対し、コボルトの方はびしりと固まった。
「大丈夫だ、フラウムヒェン。エンデュミオンの知り合いだから」
「う、うい」
ぎこちなくコボルトが頷いたが、群青色の瞳が潤んでいた。
「ユゼファ!」
ぴょこんとユゼファが右前肢を上げた。
「ぐらっふぇん!」
「フラウム、ヒェン」
グラッフェンとフラウムヒェンも前肢を上げて挨拶した。鯖白のケットシーがグラッフェンで、南方コボルトがフラウムヒェンというらしい。
「グラッフェンとフラウムヒェンはユゼファを連れて、隠者の庵に遊びに行ってくるといい。ほら、これを持っていけ」
エンデュミオンは〈時空鞄〉から紙袋を取り出してグラッフェンに渡した。
「チーズビスケットだ」
「チーズ!」
「チーズ!」
フラウムヒェンとユゼファが反応した。コボルトはほぼ漏れなくチーズが好きなのだ。
きゃっきゃっと笑いながら隠者の庵に歩いていく三人を見送り、エンデュミオンは〈時空鞄〉から毛布を取り出した。
「手伝います。広げれば良いですか?」
「うん」
ハインツは毛布を芝生の上に広げた。
「ま、座れ。キルシュネライトはラルスのところかな? レイクは隠者の庵だな」
広場を見回し、エンデュミオンは〈時空鞄〉から籠に入った菓子と、レモンや香草の入った硝子の水差しとグラスを取り出す。色んな物が〈時空鞄〉に入っているらしい。
「ユゼファは大丈夫だぞ。あっちの奥には隠者の庵があって、マヌエルと聖職者コボルトのシュトラールがいるんだ」
「司教マヌエルですか!」
「元、司教だな。ケットシーとコボルトに囲まれて、悠々自適に暮らしているぞ。そこにある祠の祭祀を頼んでいるんだ」
水が湧いている石鉢の近くにある木の下に、小さな祠があった。中にはきちんと月の女神シルヴァーナの立像と、竜の像が見えた。
「まあ、一休みするといい」
風味の付いた美味しい水を飲み、ハインツは本題に入った。
「ヘア・キッカに渡した〈蘇生薬〉の件です」
「ああ、どうだった?」
エンデュミオンは〈時空鞄〉からカルテを取り出して、万年筆を構える。
「以前より近くが見えるようになりました。遠くはぼやけたままですが」
「うん」
さりさりとカルテに書き込みながら、エンデュミオンが頷く。ハインツは核心を衝く。
「〈蘇生薬〉の適用外使用ですね?」
「そうだな。瀕死の魂を呼び戻すのに使うのが一般的だな。でも機能不全の器官の回復にも使えるんだ。生まれつきのものだと、完全には治らないんだがな。初めからなければ生やすんだが、残っているならそれを治した方が負担が少ない」
「生やす」
「生やせるぞ? ただし、物凄く魔力を使うが」
真顔で答え、エンデュミオンはカルテと万年筆をしまい、別の紙を取り出してキッカに渡した。
「後で構わないから、これに〈蘇生薬〉の使用前と使用後の状態を書いて送ってくれ。魔女に渡さないとならないんだ」
「はい」
キッカは紙を〈魔法鞄〉にしまった。
「〈蘇生薬〉の適用外使用について陛下に報告しました」
「まあ、そうだろうな」
エンデュミオンもそうなると解っていたらしく、反応は素っ気無いものだった。
「あの、〈蘇生薬〉の代金は……」
恐る恐る訊いたキッカにエンデュミオンはあっさり「要らないぞ」と言った。
「エンデュミオンは魔女じゃないからな。〈蘇生薬〉も自分で素材採取しているから、元手が掛かってない」
「ご自分で作られたのですか?」
「いや、ラルスに頼んだ。エンデュミオンの幼馴染みのケットシーが薬草師なんだ」
どうやら作成を頼む手間賃に、出来上がった蘇生薬を分けているらしい。
「陛下が、今までエンデュミオンの〈蘇生薬〉を使った症例を、知らせて欲しいと仰せでした」
「何件かまとまったらアルフォンスには知らせるつもりだったんだが。魔女ギルドにもヴァルブルガ経由で報告するし」
アルフォンスとはリグハーヴス公爵だ。どうやら地元領主とは上手く付き合っているようだ。なにしろ、エンデュミオンの王族貴族嫌いは昔から有名だったので、ハインツもエンデュミオンには気を付けろと、あちこちから聞かされていた。
「まだ何件も使ってないぞ。適用外もキッカの他には一件だし」
「はい」
ハインツはメモする為、手帳と万年筆を取り出す。
「えーと、適用外使用がフィッツェンドルフ公爵家の執事のロンベルク。肺の機能不全の回復に使った。あと通常使用で、リグハーヴスの大工に使った。両脚の再生をしたんだ」
「両脚の再生?」
「建築現場で事故があってな。医師や魔女なら切断になるからと呼ばれたんだ」
「その時の代金は?」
「フィッツェンドルフ公爵家から定期的に海産物が送られてくる。大工の方は、木工ギルドからの依頼扱いで、必要な木工細工があったら注文出来る約束だ」
「……」
「……」
ハインツとキッカが黙り込む。
「海産物は孝宏が喜ぶし、この間孝宏が欲しがっていた箸を木工ギルドに作って貰ったんだ」
器用に水差しを握って、エンデュミオンがハインツとキッカのコップに水を注ぐ。
「……あなたケットシーでしたね」
「そうだぞ?」
しかも主持ちのケットシーだった。主が幸福ならそれで良いのが妖精である。
「用件はそんなものか?」
「はい」
「じゃあ、あとはゆっくりしていけ。ここと奥の隠者の庵には行けるから。フラウムヒェンは恐がりだから、目線を合わせて話し掛けてやればいい」
「あの子は誰かに憑いているんですか?」
「独立妖精に近いが、肉屋の夫婦と暮らしているんだ。鯖白のケットシーはエンデュミオンの弟だ」
まさかのエンデュミオンの弟だった。どうりで似ている訳である。
「泊まるのならイシュカに頼むから、うちに泊まれ。宿屋は今の季節、冒険者で満室だから空いてないからな。ついでに騎士団の訓練場で氷祭をしているから見ていけばいいんじゃないか?」
「そういえば、地下迷宮はまだ閉鎖中でしたね」
春になったらすぐに地下迷宮に潜れるように、自分の家を持たない冒険者はリグハーヴスに逗留するのだ。
「エンデュミオンは店に戻る。氷祭は明日行くといい。なっている木の実は食べていいぞ」
既に泊まる事になっている。
エンデュミオンは「あとで迎えに来る」と言って母屋に戻っていった。
「……」
「……」
さわさわと何処からか来る微風で果樹の葉が揺れている。
「……散歩でもしましょうか」
「はい」
キッカが微笑み、ぱたぱたと尻尾が揺れる。
キッカに嫌がられてはいないのだなと、ほっとしたハインツだった。
騎士団長ハインツさん、自分の気持ちにまだ気が付いていないのですが、マクシミリアンとツヴァイクには気付かれていると言う。
キッカは綺麗な人狼で小柄。ハインツは平原族で大きい方です。
ハインツの容姿を書いていないなあと思うので、何処かで書かねば。
ハインツは天然で紳士です。