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新年市場の迷子(前)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

人混みでは子供と手を繋ぎましょう。

22新年ノイヤァ市場マルクトの迷子(前)


 リグハーヴスの街の住民が年末の準備に勤しんでいた頃、領主館には何の紋章も無い黒い箱馬車が到着していた。

「どういう事なのか聞いても良いかね?」

 執務室で微かな苛立ちを浮かべたリグハーヴス家当主に、客人と一緒にやって来た王國騎士団の<スフィアーツ月桂樹ローリエル>の紋章を付けた白い上衣を着た青年が、封書を差し出した。

「こちらを」

「……」

 その場で封書を開いたアルフォンス・リグハーヴスは、手紙に目を通し溜め息を吐いた。

 ドアの外では子供の喚き声が響いている。

「うちは託児所じゃ無いんだよ」

「王様と王妃様のご意志ですので」

「全く……黙らせてくるかね」

 少々物騒な発言をしつつ、アルフォンスは居間に向かうのだった。


 しめやかな大晦日ジルヴェスターが明ければ、リグハーヴスの市場マルクト広場は賑やかになる。集落の女将さん方がやって来て、新年ノイヤァ市場マルクトを開くのだ。

 実は今の時期が一番リグハーヴスには人が多い。何故なら、年末年始の二週間は、地下迷宮ダンジョンに留まる事は許されないからだ。各階層にある転移陣から地上に出て来なければならない。

 そして地下迷宮から出て来た冒険者が宿泊先にと選ぶのが、最寄りの街のリグハーヴスなのだ。

 この新年市場では、冒険者も露店を出す事が許されている。ダンジョンで回収して来た魔物の爪や植物系の魔物の花粉や蜜などを、直接客に売って金を稼げる機会なのだ。当然吹っ掛けられる場合もあるから、客は自分で判断しなければならないが、思わぬ掘り出し物がある時もある。

 しかし、余りにも法外な値段を付けていたり、荒事になると巡回している領主の騎士に摘発されるので注意が必要だ。

「すごいひと」

「そうだな。しっかり掴まっとけよ、ルッツ」

「あい」

 テオは買って来たばかりのパンの袋を落とさない様にしながら、あちこちで「良い一年を(グーテス ノイエス)」と言い合う広場の人混みを抜けた。ルッツはテオに肩車して貰い、後頭部にしがみ付いている。

 新年市場は街で店を開いている者も屋台を開ける。肉屋のアロイスとパン屋のカールが店を出すと言うので、買いに行っていたのだ。

 アロイスは凶暴牛と哀愁豚を合挽きにしたもので腸詰肉ブルストを作り、それを香ばしく焼いた物をカールが焼いた細長いパン(バケッテ)に切れ込みを入れて刻んだ葉野菜と挟み込み、甘辛いタレを掛けた物を売っていた。アロイスとカールの共同屋台だ。

 カミルが年末に「美味しいから買いに来てよ」と言っていたので、テオとルッツが代表して買いに来たのだ。

「こんな人混み、慣れてないヒロじゃ流されて行くぞ」

 黒森之國くろもりのくにの平原族と比べても、孝宏たかひろは華奢なのだ。

「何をする!」

「邪魔だよ、坊主」

 青い上着を着た十歳位の子供が露店の前から摘まみ出される。どうやら金が無いのに、店の前に長居しすぎたらしい。

(地下迷宮のドロップ品か。そりゃ子供には無理だな)

 地下迷宮の魔物は稀にアイテムを落とす事がある。武器持ちの魔物の武器や小物だ。稀少だし、価値があるが、高い。たまに呪い付きもあるから要注意だ。

(何か良い所の子供みたいだな)

 着ている物の質が良い。黒森之國の住民は皆入浴・洗濯をしていてこざっぱりとしている方だが、自分の家で服を縫っている者が多いので、仕立屋で頼んだ服とは雰囲気が違うのだ。つまり各家庭の味が出るのだ。

 この子供は仕立屋で金を掛けて作られた服を着ていた。布地も上等だ。

(何で一人で歩いているんだか)

 どこかの商人の子供か、位階持ちの子供だろう。通常なら誰か御付が付いている物だ。

 じっと見ていたからか、顔を上げた子供とテオの目が合った。テオの後頭部から顔を出しているルッツに気が付くと、フードの下の紫色リラの瞳を大きくする。

(紫かあ)

 余りお近づきにはなりたくない色だ。

 テオは大きな紙袋を抱えたまま、そろそろと市場広場から離れた。<Langueラング de chatシャ>のある路地に入る為の横路に入ると、子供が付いて来ているのに気が付いた。まあ、想定内だ。

 ルッツが振り向いているのが解ったが、テオはそのまま横路を曲がり、<Langue de chat>のある通りに出る。そして後方の気配を確かめながら、店のドアを開けた。

 ちりりりん。

「ただいまー」

「お帰り、テオ。その子は?」

 店内でテオとルッツの帰りを待っていた孝宏は、彼らの後ろに居た少年を指差した。

「迷子だな」

 テオが断言すると、子供の顔が赤くなる。

「私が迷子になったんじゃない!御付が迷子になったんだ!」

「迷子って、皆そう言うんだよ。後で送ってやるから、中に入れ」

 テオが子供の背中を押して<Langue de chat>の中に入れる。

「わ、私を誘拐したら騎士団が来るぞ!」

「何でお前を誘拐しなきゃならないんだよ、馬鹿馬鹿しい」

 呆れたテオの頭の後ろで、ルッツが孝宏に手を振る。

「ヒロ、ごはんー」

「そうだね、スープ温めておいたからね。君もおいでよ、お腹空いていない?」

「う……」

 ぐう、と子供の腹が鳴る。

 孝宏達は二階の居間に上がった。部屋に入るなり、エンデュミオンの黄緑色の目がきらりと光る。子供はもう一人ケットシーが居た事に驚いていた。

「なんで、ケットシーが二人も?」

「憑いて来ちゃったから?」

「うん」

 孝宏が首を傾げ、テオも頷く。憑いて来る来ないはケットシーの方に選択権がある。

「所で君の名前は?俺は孝宏、赤っぽい髪がイシュカ、鯖虎柄さばとらがらのケットシーがエンデュミオン。君が付いて来た人がテオで、錆柄さびがらのケットシーがルッツだよ」

「……レオンハルト・シュヴァルツヴァルド」

「レオンハルトね。ご飯の前に手を洗ってね」

 レオンハルトの名前に何の反応も見せず、孝宏は焜炉こんろの上の鍋にスープを注ぎに行く。

 テオとルッツ、レオンハルトが手を洗って戻ると、台所のテーブルに野菜と腸詰肉が挟まったパンと、スープの器が載っていた。それとタルトの様なものも。

「これは何?」

「キッシュだよ。卵とホウレン草と茸の。甘くないよ、おかずだよ」

 高さのある小振りの椅子にケットシーが座るのを不思議そうに眺め、レオンハルトも勧められた椅子に座る。

「今日の恵みに、月の女神シルヴァーナに感謝を」

『頂きます』

「今日の恵みに」

 それぞれ食前の祈りを捧げ、食事にする。

「熱っ」

 スープを木匙で掬って口に入れたレオンハルトが声を上げる。

「猫舌だった?息吹き掛けて冷ますと良いよ。エンディみたいに」

 エンデュミオンは木匙で掬った南瓜のスープをふうふう吹いていた。ケットシーは猫舌だ。ちろ、と舌先で温度を確かめてから口に入れる。

(こんな熱い物は食べた事が無いな)

 レオンハルトの食事は毒見が終わってから届けられるので、いつも温いか冷めている。

 気を付けながらスープを飲み、キッシュにナイフを入れる。卵が入っている生地はやわらかく、外側の生地はさくさくとしていた。

「パイ生地?」

「あ、パイ生地知ってるんだ。そうだよ、作ってみたんだよね」

 孝宏は「知っている人が居た」と言いながら、にこにこしているが、パイ生地は王都の菓子職人が発明したばかりの技術だった。菓子や料理の調理法もこれから研究される筈の物なのに。

(何故、リグハーヴスの平民が……?)

 外見が異國人の様だ。もしかして異國では既に確立されていた料理法なのかもしれない、とレオンハルトは思った。

 テオが買って来たパンは半分に切って皿に乗せられていた。子供やケットシーが一本丸ごと持って齧りつくのには大きいからだ。

 ルッツが両前肢で持って齧りつく。ぱきりと腸詰肉が弾ける音がした。

「んー、おいしー」

「これ、哀愁豚の腸じゃないかな。肉も狂暴牛と哀愁豚だって言ってたし。張り切ったな、ヘア・アロイス」

 テオが感心した声を上げた。哀愁豚という魔物の腸の方が張りがある腸詰肉が出来るのだ。

「どうした?美味いぞ?」

 エンデュミオンがレオンハルトをきらりとした黄緑色の瞳で見る。何故だか「食えないと言うんじゃないだろうな」と言われている気がするから不思議だ。

「う、うん」 

 余り手掴みで食事をしたりしないレオンハルトだったが、パンを掴み思い切って齧る。

(うわあ)

 ぱきりと腸詰肉の皮が弾け、まだ熱い肉汁が溢れて来た。肉の旨味と香辛料が口に広がる。

「美味しい!」

「美味しいよね、ヘア・アロイスの所のお肉。ヘア・カールのパンも相変わらず美味しいなあ」

 確かに腸詰肉が挟まっているパンも、王宮で出る物に負けない美味しさだった。

 食事が終わると居間に移り、お茶と木の鉢に入った焼き菓子が出された。

「スモアだよ」

 大晦日ジルヴェスターのスモアはイシュカが気に入り、おやつになる分作ったのだ。

「スモア?」

クッキー(プレッツヒェン)マシュマロ(マァシュマロウ)チョコレート(ショコラード)挟んだやつ」

 クッキーもマシュマロもレオンハルトは知らなかった。チョコレートは黒森之國で作られる、チョコレート生地にサクランボの姿を残したシロップ煮を混ぜて焼いた焼き菓子シュヴァルツヴェルダァがあるので知っている。

 しかし、チョコレートと言うものは、温めた牛乳に入れるか、溶かしてケーキに入れるかだと思っていた。

 イシュカがココアと南瓜の種のクッキーで挟んだスモアを木鉢から取る。レオンハルトも恐る恐るそれより色の淡いクッキーのスモアを取ってみた。

(これは、肉桂シナモン?)

 香辛料の香りのするクッキーには、白い物と焦げ茶の物が挟まれていた。一口かじると、さくりとしたクッキーの間に、くにくにした物が歯に当たる。噛んでいると、肉桂とココアと胡桃、そしてチョコレートの甘さが口に広がる。

「チョコレートが甘い?」

「黒森之國のチョコレートって、甘くないんだね。一度溶かして砂糖足してみたんだ」

 孝宏は無糖の板チョコを湯煎でとかし、砂糖を追加して固め直していた。勿論テンパリングもしたので、板チョコだけでも食べられる見た目だ。

(王都の菓子職人とは違う菓子を作るとは。それとも何処かの職人なのか?)

「あなたは菓子職人なのか?」

「俺はここの店員だよ」

「ここは……?」

「ルリユール<Langue de chat>。イシュカが親方マイスターだよ。入ってきた所に見本の本があったの気付かなかった?」

 見に行ってみる?と聞かれ、レオンハルトは素直に頷いた。

 全員で店に下り、エンデュミオンを抱いた孝宏が、レオンハルトを棚に連れて行った。

 イシュカと、ルッツを棚に乗せたテオは、本を手に取り立ち読みし始めた。ルッツは危なげなく棚の上を往復している。

「イシュカの仕事が見られる様に本を作ったんだよ。試し読み出来るよ」

「試し読み?」

「文字が読めるなら、これなんかどうかな」

 孝宏は〈少年と癒しの草〉を取って、レオンハルトに渡す。レオンハルトは本を開き、タイプライターで打たれた文字に目を滑らせてすぐに驚愕した。

説話集せつわしゅうではないだと?)

「これは……!?」

「俺が書いたお話だよ」

「何と……」

 告げられた言葉に、更に驚かされる。レオンハルトは毎週王宮に来て聖書ビーブルと説話集の話をしていく大司教の授業を思い出した。

(黒髪黒目で異國の顔立ち。そして黒森之國にない知識や技術を持つ者は、〈異界渡り〉だと言う)

「あなたはもしかして……」

 レオンハルトが確認しようとしたその時、<Langue de chat>のドアが勢い良く開いた。ドアベルが忙しなく鳴り響く。

「レオンハルト様!」

「だから、大丈夫だって言ってるでしょうが!」

 店に飛び込んできたのは白い騎士服の青年と、仕立屋のマリアンだった。

 青年騎士はレオンハルトに駆け寄った。

「お怪我はございませんか?ここに連れ込まれたと聞いて心配致しました。不埒ものは直ぐに捕らえますのでご安心を」

「人の話聞きなさいよ!私はこの子がテオの後ろに付いて行ったのを見たって言ったのよ!それに<Langue de chat>ならちゃんと預かってくれているって言ったでしょ!」

「王國騎士の名に懸けて、悪漢共は成敗します!」

 青年騎士が腰の剣に手を掛けた瞬間、テオとルッツが動いた。テオは青年が握った剣の柄頭をしっかり掴み、剣が抜けない様にした。同時にルッツは棚の上から飛び降りて頭突きし、勢いのまま青年騎士の顔を蹴り、テオの肩に乗る。

「人の話は聞こうか、王國騎士さん」

 頭突きされた頭の痛みに床に蹲った青年騎士の肩を、テオはぽんと叩いた。




あけましておめでとうございます。

元日もおまけ投稿です。


テオの髪の色は淡いアッシュブロンドのイメージ。文中では書いていませんが、目はヘイゼル。はしばみ色で角度によって緑色に見えたりします。


王族や公爵家は銀髪で紫色の瞳が優性遺伝。なので、余り関わり合いたくないと思ったテオですが、結局関わっています。

恐らく、道を聞かれやすいタイプ。


アロイスとカールは孝宏の料理を食べてから、色々と開発しています。


そしてお気づきでしょうか、明日が土曜日だと。投稿しますよ。


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