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クルトと流れ星(後)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

クルト、リグハーヴスへ戻る。


193クルトと流れ星(メテオール)(後)


 宿で魔法使い(ウィザード)ヨルンと南方コボルトのクーデルカと合流したクルトとメテオールは、台帳に記名を済ませて一度部屋に入った。

 飾り気のない素朴な調度品のある客室には、ベッドが二つとバスルームが付いていた。

 クルトはメテオールの四肢をバスルームで洗ってから、ベッドに上げてやった。そしてクルトもメテオールの隣に腰掛ける。

「メテオールはリグハーヴスに越してくるので良いのかい?」

「うん。主を持つと、主が居る場所が妖精フェアリーの居場所だから。コボルトの家は、空けば別のコボルトが住む」

 コボルトの家は個人財産ではなく、種族財産らしい。家の中にある私物を〈時空庫〉に入れてしまえば、そのまま引っ越せるのだそうだ。

 メテオールは闇の魔法(セーマ)特化で、生活魔法はそれなりに、〈治癒〉は掠り傷が治せる程度しか使えない。〈転移〉も出来ないと言う。

 しかし、職人コボルトは魔法が使えない者の方が多いので、クルトとしては〈時空庫〉が使えるだけで凄いと思う。

「リグハーヴスでは妖精が街中で暮らしているから、驚かれないかな。〈時空庫〉も騎士団の闇竜が使えた筈だしな」

「竜とコボルトは一寸ちょっと違う……」

「リグハーヴスはその辺はおおらかなんだよ。エンデュミオンが目を光らせているし、元王様ケットシーも居るから」

「エンデュミオン?」

「ケットシーだよ。うちに居るグラッフェンのお兄さん」

 エンデュミオンとギルベルトが規格外だから、住人は最早多少の事では驚かない。妖精が一人増えた位、大した問題ではないのだ。多分。

「リグハーヴスに居る南方コボルトはクーデルカとクーデルカの兄弟のクヌートの二人。クヌートは領主の騎士二人に憑いているんだ」

「……」

 こくこくとメテオールが頷く。

「北方コボルトは〈Langue(ラング) de() chat(シャ)〉と言うルリユールに、機織はたおり職人のヨナタンと独立妖精のシュネーバルがいる。ちなみにこのルリユールにはエンデュミオンとヴァルブルガとルッツとアハトと言うケットシーが今居る」

「……多くない?」

「他には仕立屋にギルベルトとビーネ、教会キァヒェにシュヴァルツシルト、薬草店にラルスと言うケットシーが住んでいるな。栗鼠りす型の木の妖精(エルム)ゼーフェリンクは杖職人の店に」

「ねえ、多くない?」

「あとは、二人の召喚師サモナーの所にも何人かずつ妖精が居るんだ」

「……多いよ」

 いつの間にかメテオールの耳が伏せていた。知らないうちに増殖していたリグハーヴスの妖精達だが、隷属される事なくのほほんと暮らしている事に驚きを通り越して呆れたらしい。

「リグハーヴスは公爵様からして妖精や精霊ジンニーを擁護されているからな。街に定住している住人や冒険者は、妖精に慣れているんだよ」

「そっか……それは良いな」

 ふるりふるりとメテオールの尻尾が揺れた。

 リグハーヴスでは街中で見掛ける妖精達を見て、和み癒されている住人が多いので、彼らに危害を加えようものなら後が怖い。本人にも呪われるし、騎士団や冒険者にも追われる身になるだろう。地下迷宮ダンジョンに近い街に住む位なので、一般住人であろうとも、そこそこの戦闘能力がある者も多いのだ。


 夕食は宿の食堂で食べる。ハイエルンはリグハーヴスと〈黒き森〉が繋がっているが、地下迷宮の入口がないので魔物肉は少し高い。リグハーヴスからハイエルンの冒険者ギルドを介して肉屋に卸されるからだ。

 冒険者が質の良い〈魔法鞄〉や〈時空鞄〉で直接ハイエルン迄売りに来る事も可能だが、リグハーヴスからの旅費が掛かる為、余り現実的ではない。

 しかしながら、〈黒き森〉自体の魔素が高いので、ハイエルンの〈黒き森〉では熊や鹿、兎と言った動物が軽度魔物化し、絶える事なく生息している。これらを放置すると森が傷むし危険なので、森の住人である人狼族が狩りをして食糧とする事で調整していた。

 夕食は〈黒き森〉産兎肉のシチューとラディッシュと葉野菜のサラダ、黒パンシュヴァルツブロェートゥチーズ(ケーゼ)だ。そもそもメニューは一つしかないので選択権はないのだが。

 何しろそんなに客が居ない。材木の買い付けに来た者か、〈黒き森〉の獣を狩りに来た別の村の人狼が泊まる位だからだ。〈黒森之國くろもりのくに〉では王都でもなければ、食事を売りにしている宿の方が珍しい。勿論、美味しいに越したことはないのだが、〈普通〉の宿が多い。

 この宿の料理は美味しかった。コボルトが住む村らしく、子供用の椅子も置いてあり、クーデルカとメテオールも不自由しなかった。

 翌日はメテオールの家を片付けてから、リグハーヴスに帰る予定になった。コボルトの家は小さいので、メテオールとクーデルカに任せるしかない。人族が入るのは無理なのだ。

 宿の部屋に戻り、クルトはメテオールと風呂に入った。子供やケットシーを風呂に入れてきたクルトなので、手慣れたものである。前肢の届き難そうな、痒いところもちゃんと掻いてやる。

「やっぱりケットシーより骨格確りしてるよな」

「……」

 気持ち良さそうに目を細めるメテオールを、わしゃわしゃ泡立てて実感するクルトである。この村のコボルト達は人狼が守っていた為か、栄養状態は良さそうだ。

 自分とメテオールの泡を流してバスタブにお湯を溜め直し、のんびりと浸かる。

 それなりに魔力のあるクルトは、バスタブに適温のお湯を張るのはあっという間だ。蛇口からお湯を入れるより速い。家でも普段バスタブにお湯を溜めるのはクルトである。

 お湯に浸かり、フスーと鼻を鳴らして目を細めているメテオールは、風呂好きのようだ。

「メテオールならケットシーの里の温泉も気に入るんじゃないかな」

「……リグハーヴスの〈黒き森〉の樹海にある?」

「元王様ケットシーが温泉に入りたくて、エンデュミオンの温室の奥に里を繋げちゃったんだよ。晩御飯のスープ作るのと引き換えに、温泉に入れるんだ」

「えぇ……?」

 何やってんの? と言う眼差しになったメテオールだが、事実なのだから仕方がない。

 月に一回程度のお楽しみなのだが、パン屋のカールと肉屋のアロイス、鍛冶屋のエッカルトも「疲れが取れる」と楽しみにしているのだ。

「エンデュミオンが認めた者じゃないと温室には入れないけどね」

 リグハーヴスの街の住人達には、妖精達が冬場遊ぶ為の温室を作ったとしか知らされていない。温室の中が外見より広かったり、ケットシーの里に繋がっていたりするのは秘密なのだ。

 流石に大魔法使い(マイスター)フィリーネとリグハーヴス公爵には知らせてあると言うが、ギルベルトがやった事なので、エンデュミオンも止められなかったらしい。

「リグハーヴス、面白いね」

「まだ若い街だからかな」

 メテオールの頭を撫で、クルトは逆上せる前にバスタブのお湯を抜いた。

 自分とメテオールの身体の水気をざっと浴布トゥーフで拭い、風の精霊(ウィンディ)魔法で乾かす。

「ふかふか」

 メテオールは何も着ないままベッドによじ登り、ベッドカバーの上を転がる。

「メテオールの服も洗っちゃおうか」

 〈魔法鞄〉から出したパジャマを着たクルトは、自分の服と合わせて洗ってしまおうと、籠に入れておいたメテオールの服を拾い上げる。

「少しほつれているかな……」

 メテオールの服は、袖口や裾が擦り切れ掛けていた。新しいものを誂えなければならなそうだ。幸いコボルト織の職人ヨナタンが居るので布は頼める。ヨナタンは物々交換なので、ハイエルンの楓の樹液等で交換して貰えるだろう。

 服を丁寧に水の精霊(マイム)魔法で洗い、風の精霊魔法で乾かす。乾いた服は畳んで、ベッド脇にある小物箪笥の上に、〈魔法鞄〉と共に置いた。

「メテオール、一緒に寝る? 一人で寝る?」

「ベッド広くて落ち着かないから、一緒に寝る」

 ベッドの敷布と毛布を捲ると、もそもそとメテオールが潜り込んでいく。クルトも隣に横になる。

 数分で、すぴょすぴょとメテオールの寝息が聞こえてきた。寝付きが速い。

 クルトも明日市場(マルクト)で買い足す物を考えているうちに眠っていた。


 翌朝、クルトがバスルームで身支度をしている間に、メテオールは目を覚ましていた。

 ベッドに座ったまま暫くぼーっとしていたが、おもむろに動きだした。ベッドの端から腹這いで床に下り、バスルームに行ったが直ぐにクルトの方へ戻ってきた。

「……届かない」

 踏み台がなかった。

 手拭いを濡らして顔を拭いてやり、抱き上げてうがいをさせる。クルトが持ってきていた櫛で毛をすいてやると、気持ち良さそうに目を細めて尻尾を振った。

 メテオールが服を着るのを待って、荷物を持ち食堂へ行く。

 食堂には朝食を注文するカウンターにヨルンがいた。テーブルの方にクーデルカが居て前肢を振っている。

「おはよう、ヘア・ヨルン、クーデルカ」

「おはようございます、親方マイスタークルト、メテオール」

 クルトも二人分の朝食を頼んだ。ちなみに朝食も一種類である。

 焼いたベーコンと目玉焼き、パンとチーズ、林檎アプフェルのヨーグルト掛けとコンソメスープ。スープには刻んだ野菜がどっさり入っていた。

「まずメテオールの家に行ってから、市場に少し寄って帰るかな」

 メテオールの服地をヨナタンに頼む為の、お礼を買い足さなければならない。

「家の方は、しまうだけ」

 〈時空庫〉持ちなので早いそうだ。

 朝食を済ませ宿を出る。先払いの宿なので、店主に挨拶だけすればいい。

 市場のある広場へ行き、メテオールの家を片付ける。

 入口からヨルンと覗き込んだクルトだったが、どうやらメテオールの家の家具は本人が作った物だったらしい。メテオールがベッドや箪笥をそのまま〈時空庫〉へしまっているのだ。作り付けの物以外はしまい、メテオールとクーデルカは床を箒で掃いて掃除をした。

 台所の作業台に『ここは空き部屋になった』と紙に書いて置き、メテオールとクーデルカは家の外に出てきた。

「おしまい」

「お疲れ様」

 クルトとヨルンはそれぞれのコボルトの頭を撫で、立ち上がった。

 朝から結構店が出ている市場で、楓の樹液や茸のオイル漬けを買い足し、クルト達は〈転移陣〉の形に草が剥げた場所へとやって来た。やはりここから行くらしい。

「行くよー」

 とん、とクーデルカの杖先が地面に当たる音がした。杖先の魔石がほんのりと光を帯び、地面に銀色ジルバーの光で〈魔法陣マギラッド〉が描かれる。

「えい」

 少々気の抜けるクーデルカの声と共に〈魔法陣〉から光が立ち上る。瞬きの間に、薄暗いリグハーヴス魔法使いギルドの〈転移〉部屋に戻っていた。

「……暗い」

「地下なんだよー」

 ぼそりと呟いたメテオールに答え、クーデルカはとてとてとドアへ向かう。途中でヨルンに抱き上げられたのは、ロビーに上がるには階段があるからだ。クルトもメテオールを抱き上げた。コボルトが上るには、ちょっぴり階段の段差が高いのだ。

「ヘア・ヨルン、クーデルカ、有難う。木工ギルドに、ハイエルンなら場所によっては、二人に案内してもらえると伝えても良いかな」

「構いませんよ」

「良いよー」

 基本的に魔法使いギルドに常駐している二人なので、案内をしてくれる冒険者待ちをしなくても良くなる。そして直接製材所のある村へ行ってくれるので、体力的にも楽だ。製材所は何ヵ所かあるのだが、クーデルカはその場所を知っているようなので、直接買い付けする時はとても助かる。

 魔法使いギルドのロビーでヨルンとクーデルカと別れ、クルトはメテオールを抱いたままギルドを出る。妖精に慣れたリグハーヴスだからか、クルトがメテオールを連れていても、特に注目を集めなかった。新しく来たコボルトだと気付かれなかっただけかもしれないが。

「メテオールって、木工ギルドに入っているのか?」

「名前ないから入ってなかった」

「じゃあ帰りに木工ギルドに寄ろう」

 税金の関係があるので、住人登録と兼ねて登録しなければならない。クルトは工房持ちなので、商業ギルドにも登録しなければならないが、一先ず家に近い木工ギルドに行く事にした。

 木工ギルドは大工や細工師が多く住む通りの近くに建物を構えている。木材を積んだ倉庫もある為、建物回りには赤煉瓦の防火壁が設えてあり、少々物々しい。リグハーヴスの製材所は森の方にあるが、取引をするのはギルド倉庫である。

「こんにちは」

「いらっしゃい、親方クルト。材木良いのがありまし──」

 今日も受付にいた木工ギルド職員ファイトは、左腕でメテオールを抱いたクルトを目撃するや、ぎゅっと目をつぶって目頭を揉んだ。

「何か……見えちゃいけないものが、見えた気がするんですけど」

「何か居るか?」

 クルトとメテオールが木工ギルドのロビーを見回すが、数人の顔見知りの大工とギルド職員しかいない。

「いやいやいや、どうしたんですかその子!」

「メテオール!」

 しゅっと右前肢を挙げてメテオールがファイトに挨拶する。ファイトも右手を挙げた。

「ご丁寧にどうも。僕はファイトです」

「ハイエルンの製材所がある村に居たんだけど、俺に憑いたんだよ」

「そんな簡単に憑くんですか!?」

「俺に言われても……」

 それはクルトだって言いたい台詞だ。

「そうだ、メテオールは大工職人だよ」

「ギルド加入ですねっ」

 素早い動きでファイトが加入届を取り出してカウンターに載せた。立ち直りが早い。クルトもカウンターの上にメテオールを座らせペンを持たせる。

 メテオールはそのまま自分で加入届を書いた。きちんと整った文字で、読みやすい。

「メテオールはお幾つ位ですか?」

「……五十年位?」

 ペンの尻で頭を掻きながら、メテオールが思い出すように言った。

 妖精は結構ざっくり年齢を数えるようだ。

「今ギルド長は製材所に行っているんですが、今度グラッフェンと連れて来て下さいね。会うのを楽しみにしていましたから」

「そういや、最近会ってないなあ」

 現役大工なので、結構木工ギルドのギルド長は忙しいのだ。

「ギルド長が居る時に精霊便くれるかな。その方が擦れ違わなさそうだ。それから、魔法使いヨルンとクーデルカが、ハイエルンの製材所なら案内してくれるって。クーデルカへのお礼は現物支給だ」

「はい、申し伝えておきます」

「あとこれお土産」

 何となくこれからもファイトに迷惑を掛けそうな予感がするので、クルトは多目に買ってきた楓の樹液の瓶をそっと渡したのだった。


「ここから家は近いんだよ」

「……木の匂い」

「木工職人ばかり居る通りだからね。工房をやっているって言ったけど、俺は家具の注文を受けたり、細工物を卸したりしているよ」

「……」

 フス、とメテオールが鼻を鳴らす。

「ここが家と工房」

 クルトの家の前に到着したが、工房の扉は閉まっていた。お昼が近いので家に戻っているのだろう。ネーポムクはクルト達とお昼ご飯を一緒に食べている。

「ただいま」

 家のドアを開けて帰宅を知らせる。奥から軽い足音が近付いて来た。

「おとしゃん、おかえりー」

 居間へのドアを開けた途端、脚にグラッフェンが抱き付いて来た。いつも熱烈歓迎してくれるグラッフェンである。

「ただいま、グラウ」

「にゃー。にゃう?」

 頭を撫でて貰い、クルトを見上げたグラッフェンの黄緑色の目がくるりと大きく広がる。クルトが抱いていたメテオールに気が付いたらしい。

「だあれ?」

「メテオール!」

「あいっ。ぐらっふぇん!」

 しゅっとグラッフェンが右前肢を挙げた。

「はい」

 クルトはメテオールを床に下ろしてやった。

「にゃん」

 グラッフェンがメテオールと前肢を繋ぎ、そのままとてててと居間に入って行ってしまった。メテオールは大人しくグラッフェンに引っ張られて行く。

「えっだー、めておだよー」

「えええ!? グラウその子誰!?」

「めておー」

 部屋の奥でグラッフェンが紹介しているが、エッダにしてみたら見た事のないコボルトがいきなり登場したようなものだ。グラッフェン自体は、クルトにメテオールが憑いているとちゃんと認識していそうだが。

 居間のソファーにはネーポムクが座って、妖精達とエッダのやり取りをにこやかに見ていた。

「ネーポムク、ただいま帰りました」

「お帰り。あの子はお前さんに憑いたのかい?」

「はい。ハイエルンの製材所のある村に居たんです。大工職人ですよ」

「おやおや」

 ネーポムクの目が興味深げに輝いた。

「クルト? この可愛い子は貴方が連れてきたの?」

「アンネマリー」

 メテオールは台所から出て来たアンネマリーに抱き上げられていた。嫌がっていないので、そのままアンネマリーに抱っこされていて貰う。

「メテオールって言うんだ。ハイエルンで俺に憑いた北方コボルトだよ」

「素敵な名前ね。鼻筋の白い線が流れ星なのね?」

「……」

 メテオールの尻尾がふるふると揺れる。どうやらアンネマリーも気に入られたようだ。

「今お昼ご飯を作っていたのよ。メテオールはパンケーキに何を巻くのが好きかしら?」

 アンネマリーはメテオールを抱いたまま台所へ戻った。

 台所の作業台の上には、大皿に薄く焼いたパンケーキが重ねられ、回りには上に乗せる具材が入った皿が置いてある。

「あ、ラックスセ!」

 その中にあった鮮やかなピンクオレンジ色をした魚の薄い切り身を、メテオールは指差した。

「燻製の鮭よ。好きなの?」

「好きだけど、ハイエルンだとあんまり見ない」

「じゃあ、これを巻きましょうね」

 アンネマリーはクルトにメテオールを渡し、パンケーキに柔らかくしたクリームチーズを塗り、燻製鮭を並べてイクラを散らし、ディルを乗せてくるくると巻いた。

「こんな風にして食べるのよ」

「……」

 ブンブン振られる尻尾がクルトの腕にパシパシ当たる。

「これはメテオールの分ね。向こうに運んでから、皆で頂きましょうね」

「……」

 こくこくとメテオールが頷く。心なしか口元が濡れている。

 デニス用にと作っていた子供用の椅子にメテオールを座らせ、テーブルにパンケーキや具材の皿を並べる。

 アンネマリーがお茶のポットとカップをお盆で運んできて、昼食になった。

 このメニューは、それぞれ好きな具を巻くのが楽しい。

 食前の祈りを唱えてから、メテオールはアンネマリーに巻いてもらったパンケーキを真っ先に「あー」と頬張り、物凄い勢いで尻尾を振っていた。尻尾が擦り切れないか心配になる勢いだ。

 そんなメテオールを見たエッダがクルトに訊ねる。

「お父さん、メテオールも一緒に住むの?」

「そうだよ」

「わあ、嬉しい!」

「にゃん!」

 エッダがぴょんと椅子の上でお尻を跳ねさせ、グラッフェンも真似をして跳ねる。エッダは妖精が好きなのだ。メテオールの方が歳上なので、エッダとグラッフェンを見守ってくれそうな気がする。

「……」

 くいくいとメテオールに袖を引かれる。もう食べてしまったらしい。

「クルト、おかわり」

「何が良い?」

「甘いの」

「じゃあクリームと……そうだ、楓の樹液買ってきたんだった」

 食卓に座る前にソファーに置いた〈魔法鞄〉から楓の樹液の瓶を取り出す。

「ぐらっふぇんもー」

「はーい、作ってあげるよ」

 パンケーキにクリームを塗って、楓の樹液を垂らし、くるくると巻く。同じものを三つ作り、エッダとグラッフェンとメテオールの皿に置いてやる。

「うまー」

 一口齧り尻尾を振るメテオール。はぐはぐ食べる姿が美味しそうだ。

「んーまっ」

 グラッフェンも縞々尻尾をピンと立てて、パンケーキを頬張っている。

「ご飯食べ終わったら、メテオールの寝床決めようか。デニスにも会って貰いたいし」

「デニス?」

「息子だよ。今寝てる?」

「ええ、さっきミルク飲んだの」

 アンネマリーが頷く。

「まだ赤ちゃん?」

「そうよ」

「そう」

 言葉は少なく素っ気なく感じるが、メテオールの尻尾は興味津々なのがありありと表現されていた。物凄く振られている。

「クルト、メテオール楽しい」

「それは良かった」

 リグハーヴスに連れてきてつまらない思いをさせては、主として残念すぎる。

 メテオールはネーポムクとも直ぐに打ち解けた。実年齢はネーポムクとの方が近いからなのか、ネーポムクがきさくだからなのか。

 近いうちに商業ギルドと〈Langue de chat〉に、メテオールを連れていかなければ。

 エンデュミオンはメテオールも温室に招待してくれるだろう。

 風呂好きなメテオールを連れて、次に温泉へ行ける日が待ち遠しいクルトだった。



手巻きずし的なパンケーキです。

ハイエルンから直接海に出る事が出来ないので(海側には高い山があります)、海のお魚はちょっぴり珍しいメテオールです。

リグハーヴスの方が港のあるフィッツェンドルフに近いので、お魚が入って来ます。

リグハーヴスも海側は〈黒き森〉と崖になっているので、直接海には出られません。

ヴァイツェアは海に出ようとすると、〈暁の砂漠〉や深い森を通らねばならず、やっぱりすんなり海には出られません。

黒森之國にある公式な港はフィッツェンドルフのみです。


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