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クルトと流れ星(中)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

クルト、コボルトに話し掛ける。


192クルトと流れ星(メテオール)(中)


 クルトは屋台で、切れ込みを入れた黒パンシュヴァルツブロェートゥに、縁に胡椒が付いたハム(シンケン)とオレンジ色のチーズ(ケーゼ)が挟まれたサンドウィッチを二つ買って、ベンチに座るコボルトの元に向かった。

「隣に座っても良いかい?」

「……」

 こくりと頷き、コボルトは空いているベンチの座面を軽く叩いた。

 北方コボルトが寡黙なのは、〈Langue(ラング) de() chat(シャ)〉のヨナタンで慣れている。北方コボルトでも慣れたら喋り出す事も。

 このコボルトはエンデュミオンと同じ位の大きさだった。クルトを見る落ち着いた群青色の瞳の雰囲気から、年齢もエンデュミオンやヴァルブルガに近そうだ。

 白いシャツに、複数の色糸が縦縞に織り込まれたコボルト織のズボンを履いている。

「はい」

 クルトは茶色い蝋紙に包まれたサンドウィッチを、コボルトの膝の上に乗せた。

「……?」

 こて、とコボルトが首を傾げる。

「一緒に食べたくて。俺はクルト。俺も家具大工なんだよ。リグハーヴスに工房を構えているんだ」

「……!」

 コボルトの小麦色をした内側の白い厚みのある耳がぴんと立ち、くるりと巻いた尻尾が左右に振られた。

 〈魔法鞄〉に飲み物は持っていたので、水筒から木のコップに、蜂蜜ホーニックを入れた紅茶シュバルツテーを注いでベンチに置く。勿論二人分。

「今日の恵みに。女神シルヴァーナに感謝を」

「……今日の恵みに」

 ぽそりとコボルトも食前の祈りを唱えた。少し掠れた少年の声だった。

 蝋紙を剥がし、サンドウィッチを齧る。ハムの胡椒がぴりりと辛く、チーズは癖が少なく滑らかだった。

「あ、美味しい。このチーズ市場(マルクト)で売ってるかな」

「……」

 コボルトが頷く。売っているようだ。コボルトもあぐあぐとサンドウィッチに齧り付いているので、お気に召した模様だ。途中で紅茶も舐めて、コボルトはフスーと満足そうに鼻を鳴らした。

「……」

「……」

 殆ど言葉を交わさず、サンドウィッチを食べる。そもそもクルトもお喋りという訳ではない。何だかこのコボルトと居ると落ち着く感じがする。

 サンドウィッチを食べ終わり、二人で紅茶のコップを持って和んでしまう。

「お代わり要るかい?」

「……」

 フスと鼻を鳴らし、コップが差し出される。クルトは水筒から紅茶を継ぎ足してやった。

「クルト、居たー」

「何か、凄く馴染んでますけど……」

 ヨルンとクーデルカの方がクルトを見付けて近付いて来た。

「お腹が空いて、屋台でサンドウィッチ買って一緒に食べたんだ」

「私達もさっき串焼きの肉を食べましたよ。この香りは我慢出来ないですよね」

 市場マルクト広場には胃袋を刺激する屋台料理の香りが、風に乗って広がっているのだ。

 笑うヨルンの隣で、クーデルカは右前肢を上げて、クルトの隣に座る鼻筋の白いコボルトに挨拶をした。

「クーデルカ!」

「……」

 コボルトはしゅっと前肢を挙げたが名乗らなかった。それだけでクーデルカには解ったらしい。

「名持ちなの?」

「……」

 こくりとコボルトが頷く。コボルト同士としては、名乗れない名持ちでも驚くべき事ではないらしい。何故なら、主に名前を着けて貰う以外では、コボルトもケットシーも固有名詞がある方が珍しいからだ。つまり、通り名があればそれで済んでしまう。

 コボルトはクーデルカの額を撫でた。こういった行動からも、クーデルカより歳上なのは間違いなさそうだ。

「クーデルカもだけど、白い毛が混じる子もいるんだね」

「時々いるよー」

 クーデルカは南方コボルトなので、黒褐色の体毛で耳の先が白い。おかげでクヌートと見分けがつく。

「通り名はないの? 一筋白い毛があるから〈流れ星(メテオール)〉とか」

 白い鼻先。濃い小麦色の体毛の鼻筋に走る白い毛並み。南方コボルトのように黒褐色の毛並みではないけれど、夜空を駆ける流れ星(メテオール)みたいだと思ったのだ。

 当てずっぽうで言ったクルトに、しゅっとコボルトが再び右前肢を挙げた。

「メテオール!」

 クーデルカが藍色の瞳をパチパチさせた。コボルトに問い直す。

「メテオール?」

「うん、メテオールはメテオール」

 コボルトとのやり取りの後、くるりとクーデルカがクルトに顔を向けた。

「名前、メテオールだって」

「んん?」

 クルトは飲もうとしていた紅茶に噎せ掛けた。さっきまで名前がないと言っていたのではなかったのか。

「待って、俺がメテオールって名前当てたって事か?」

「そうだよー」

「……」

 じっとメテオールがクルトを見上げる。名持ち妖精の名前を当てたなら、主になれる権利があるのだ。クルトがどうするのか待っているメテオールに、きちんと向き合う。

「メテオール。さっきも言ったけど、俺はリグハーヴスで家具大工と細工師をしているんだ。家族は妻と娘と息子が一人ずつ、ケットシーの息子も一人居る。娘に憑いているんだ」

「……ケットシーも家族?」

「大事な家族だよ。まだ一歳でね、可愛いよ。もしメテオールがうちに来てくれたら、皆喜ぶよ」

「クルト、も?」

「そりゃあ勿論。妖精フェアリーに憑いてもらえるなんて、光栄な事だからね。リグハーヴスには他にもケットシーやコボルトが居るから寂しくないと思うよ」

「北方コボルトが二人に、南方コボルトが二人居るよー」

 クーデルカが補足する。

「……良いね。楽しそう。メテオール、クルトと一緒に行く」

 メテオールの巻き尻尾がふりふりと揺れる。妖精は結構即決だ。

親方マイスタークルト、今日一晩ここに泊まったらどうでしょう」

「そうしようかな。ゆっくりメテオールと話したいし、市場で買い物もしたいんだよね。あと、製材所にもう一回行かなきゃ」

 ヨルンの提案に、空になっていたコップをしまい、クルトはベンチから立ち上がった。やる事が沢山ある。

「メテオールも行く!」

 メテオールがクルトのシャツを掴んだ。

「それでしたら、私とクーデルカで宿の予約をしておきますね。夕食は一緒に食べましょう」

「宿って、あっちの広場にある奴だよね?」

「はい。あそこ一軒しかないそうですから」

 解りやすい。

 この村は旅行客が来るような場所ではない為、いつも部屋が空いているそうだ。基本的に、木材の買い付けに来た者達や他地区からの猟師が泊まる宿なのだ。

 ヨルンとクーデルカに宿の予約を頼み、まずクルトはメテオールと目の前の市場を見て回る事にした。

 ぴょん、とベンチから下りたメテオールがとてとてとクルトの先を歩いていく。メテオールは裸足だったが、ここは石畳ではなく踏み固められた土なので、爪音はしなかった。

 人が多いと言っても街のようにひしめき合う程の人数は居ないので、メテオールが一人で歩いてもぶつかられたりしない。

「オレンジ色のチーズはね、あそこの」

 メテオールの指差す先に、数種類のチーズをテーブルに乗せた店があった。

「よし」

「わあ」

 クルトはメテオールを後ろから抱き上げ肩車した。はしりと後頭部にメテオールがしがみつく。頭皮にちょっぴり爪を感じた。布越しにメテオールのお腹がふかふかするのが、うなじで解る。

「いらっしゃ──」

 テーブルの前に立ったクルトに、人狼の店員は挨拶仕掛け、メテオールを見て固まった。

 いつもベンチに座って、修理の客が来た時位しか動かないメテオールが、肩車されているのだ。他の店の店員や、客達もクルトを凝視していた。

 そんな反応を気にせず、クルトは品物を吟味する。どれも良い品ばかりだ。感覚の鋭い人狼やコボルトが作る乳製品は、繊細な味わいの物が多い。

こんにちは(グーテンターク)。このオレンジ色のチーズを下さい。えーと、この位」

「は、はい」

 両手で欲しい塊の大きさを示し、切り出して貰う。蝋紙でチーズを包んで貰い、代金を払う。

 ちなみに市場に関しては、コボルトの店でも貨幣が使える。コボルト同士なら物々交換だが。他種族の客の為に配慮してくれているのだ。

「あの店の茸のオイル漬けも美味しい」

「そうなの? じゃあ買っていこうかな」

 茸のオイル漬けを売っていたのはコボルトだった。コボルトはじっとメテオールを見た後、おまけに木苺のジャムを一瓶くれた。

 他にもメテオールが美味しいと言った物は買ってみたクルトだったが、コボルトの店では皆おまけを付けてくれたのだった。

 買ったものを〈魔法鞄〉に入れ、クルトは唐突に「忘れた」と声を上げてしまった。

「買い忘れ?」

「いや、木材をクーデルカの〈時空鞄〉に入れて貰えるか聞こうと思ってたんだけど」

「それならメテオールが持てる。〈時空庫〉があるから」

「は!? 〈時空庫〉!?」

 思わずクルトは振り向き掛けた。後頭部にメテオールがいるので、慌てて両手で支える。

 〈時空庫〉は〈時空鞄〉の上位技能だ。ケットシーだって大抵は〈時空鞄〉の筈なのだ。時空系の魔法や技能は、闇の精霊(セーマ)魔法の適性が無ければ使えない。

「メテオール、魔法も使えるのか?」

「闇の魔法だけ特化してる。他は少ししか使えない。生活魔法くらい」

 職人妖精でも魔法使いはいるが、やはり数は少ないのだそうだ。

 恐らくメテオールを雇っていた親方も、〈時空庫〉を重宝していたのだろうな、とクルトは推測してしまった。

 クルトも生活魔法が使えるが、ネーポムクから伝えられた技術には魔法は使わない為、例えメテオールが魔法を使えなくても気にしなかっただろう。


「こんにちは」

 本日二度目の製材所へ入る。先程対応してくれた製材所の店主ホラーツは、クルトを見て「おう」と片手を挙げたまま動きを停めた。視線がクルトの顔の横を見ている。そこにはクルトの頭の横から顔を出していたメテオールが居た。

「おいおい、親方クルト」

「どうかしましたか?」

「どうかしましたかじゃねえよ、さっき居なかっただろう、〈修理屋〉は」

 〈修理屋〉と言うのは、メテオールのこの村での通り名らしかった。

「さっき俺に憑きました」

「メテオール!」

 メテオールが右前肢を上げて、ホラーツに挨拶する。ホラーツも右手を挙げ直した。

「ホラーツだ。親方クルトが名前を当てたのか?」

「ええ」

「まあ、親方クルトなら安心だな。じゃあ、メテオールが材木をしまうんだな?」

「はい。ヘア・ホラーツはメテオールに〈時空〉技能あるのをご存知だったんですね」

「大工の親方とうちの親父の秘密でな。跡を継ぐ時、俺に教えてくれたんだよ」

 〈時空庫〉は希少な技能の為、コボルトの立場が弱かったハイエルンでは危険だと判断したのだろう。対外的にはメテオールをただの大工コボルトとして扱っていたらしい。

 人狼はコボルトを保護する種族なのだ。

「よし、材木運ぶぞ」

「うん」

 メテオールを床に下ろし、〈時空庫〉を展開して貰う。ぽかりと空間に黒い入り口が開く。そこにホラーツとクルトで材木を入れた。材木の端を入れて押し込めば〈時空庫〉に飲み込まれるのでかなり楽だった。

「いやー、客が皆〈時空庫〉持ちなら楽なんだけどなー」と、ホラーツが棘が刺さらないように着けていた、革手袋に付いた木屑を払いながら豪快に笑う。

「良い木を用意して待っているから、又来てくれ」

「はい、是非」

 革手袋を取ってホラーツと握手をし、クルトは再びメテオールを肩車して宿屋へとのんびり歩いた。


クルト、コボルトをゲットする。

実は名前を当てても、妖精には拒否権があります。気にいらない人には憑かないのです。

クルトも妖精や精霊に気にいられている人。多分、学院に行っていれば、上級魔法使いになれたかもしれないのですが、大工になったので魔力はあるけれど生活魔法程度しか使えません。


<時空庫>は結構レア。一般的には<時空鞄>です(容量は個人差があります)。


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