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クルトと流れ星(前)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

クルト、ハイエルンへ行く。


191クルトと流れ星(メテオール)(前)


 この日のクルトは朝からちょっぴりついてなかった。

 作ろうと思っていた衣装櫃ひつ用の木材が予想外に足りなかったり、仕方なく木工ギルドに買いに行ったらこちらでも欲しい木材が切れていたり。

 リグハーヴスは山がほぼなく、森林から木材を調達する。山林から採取するハイエルンよりも移動が楽なため、木材は木工ギルドの製材所に集められる。つまり、木工ギルドで聞いてなければないのだ。

 リグハーヴスはまだまだ拡大中の街である。最近は地下迷宮ダンジョンを目当てにリグハーヴスを拠点にしようとする冒険者も増えてきた。それにつれ、宿屋や貸部屋の建築も増加する。建物を建てる職人も移住すれば、家が要る。

 クルトが買いに行った時には、そちらの方へと木材が運ばれた後だったのだ。製材が終わるまで、売り物にはならないらしい。

「となると、ハイエルンへ直接買い付けに行くしかないか」

 ギルド員なら他の領の木工ギルドでも買い付けが出来る。馴染みの樵がいれば、そこから直接買う事も可能だ。地域特有の特殊な木材なら、樵からの買い付けは珍しくない。

 ただし、そう言った樵は木工ギルドに木材を卸さない。辺境に暮らしている事が多いからだ。買い付ける側が、辺境へと向かわねばならない。

 領と領へは魔法使いギルドの〈転移陣〉を使えば行ける。問題はそこからで、案内人や馬車を用意しなければならない所だ。ギルドで頼めるが、案内人が出払っていたら戻ってくるまで待たねばならない。

 取り敢えずクルトは魔法使いギルドへ向かう事にした。何はともあれ、ハイエルンでの案内人の予約をしなければならないからだ。

「こんにちは」

 ギギッと軋む冒険者ギルドのドアを開ける。油を注しもせず立て付けも直さないのは、来客を感知する為なのだろうかと、ここに来る度クルトは思う。何故冒険者ギルドに来たかというと、魔法使いギルドは冒険者ギルドの別棟にあるが、一般の入口は冒険者ギルド側のみだからだ。

 冒険者ギルド受付の横にある通路を通って隣の棟へ渡り、冒険者ギルドに比べるとひっそりとしてこぢんまりとしたロビーに辿り着く。

「こんにちはー」

「いらっしゃいませ、親方マイスタークルト」

 カウンターには魔法使い(ウィザード)ヨルンと南方コボルトのクーデルカが居た。

 リグハーヴスの魔法使いギルドには上級魔法使いはギルド長のクロエとヨルンしかいない。他にも魔法使いの職員は居るが、中級か下級なのだ。現在最上級の大魔法使い(マイスター)は本部にいる大魔法使いフィリーネとされているが、〈Langue(ラング) de() chat(シャ)〉のケットシー、エンデュミオンも大魔法使いなのは公然の秘密である。

 魔法使いの等級は、使える魔法の種類と威力、魔力量で決まる。上級魔法使いは種族的に魔力が豊富な森林族が多い。平原族は学院を出て師匠につかないと上級魔法を学ばないため、圧倒的に王都に多い。

 上級魔法使いになれば、貴族や準貴族、商人の専属護衛などになれる。中級魔法使いや下級魔法使いの方が、冒険者として各地に散る傾向にあった。

「今日はどうされました?」

「木材の買い付けにハイエルンに行かなきゃならないんだが、案内人の予約が取れるか知りたくて」

「どこまでいくの?」

 カウンターに両前肢をついて、クーデルカが首を傾げる。ヨルンの隣で椅子に立っているのだろう。

「ハイエルンの木工ギルドの北にある人狼の村だよ。樵が多くて、製材所がある場所」

「クーデルカ、知ってるよ」

「そうなの?」

 ヨルンにクーデルカは頷いた。

「今はね、人狼と北方コボルトの村なの」

 クーデルカは仲間達と木材と加工した食材を交換する為に、その村に行った事があるらしい。コボルトは物々交換が基本である。

「じゃあ、クーデルカに案内してもらうのが早いですよ。明日なら私も行けますし」

「〈転移〉代の他に案内料が要るな。幾らだい?」

「幾らですか?」

 ヨルンはクーデルカにたずねる。

 案内料は案内人によって金額が違う。目的地や人数によって変わるからだ。

 クーデルカは考える素振りを見せずに即答した。

「クルトの寄せ木細工の栞が二つと、〈Langue de chat〉のクッキーが一袋」

 よもやの現物支給だった。多分、硬貨で支払うよりも安い。しかし、コボルトは自分が基準とする対価で交換する。

 寄せ木細工の栞は、最近クルトが〈Langue de chat〉に納めているもので、結構人気があると聞いていた。在庫用に作った物が工房に残っているので渡せる。

「解った。明日持ってくるよ。何時くらいが良いかな」

「ゆっくり木材をご覧になるなら、午前中からで構いませんよ。村に一つは宿屋があるので、遅くなっても泊まれますよ」

 村一つに最低宿一つ。ハイエルンにはそう言った決まりがあるのだろう。ヨルンもハイエルンから来たのだったと、クルトは思い出す。

「一応泊まりの用意をしてくるよ。明日宜しく頼むね」

「はい、お待ちしています」

「じゃあねー」

 魔法使いギルドから冒険者ギルドを経由して市場マルクト広場に出たクルトは、その足を〈Langue de chat〉へ向け、クーデルカへのお礼のクッキー一袋(大)を購入したのだった。


 翌日クルトは師匠のネーポムクに工房を預け、魔法使いギルドへと出掛けた。

 今日はグラッフェンも家にいるので、ネーポムクは小さな弟子に道具の扱い方を教えるのを楽しみにしていた。

 修理し終わった家具を受け取りに来る客の予定もあったから、ネーポムクが居てくれて助かった。

「こんにちは」

「お待ちしていました」

「行こー」

 クーデルカはすぐに行く気満々だったが、料金は先払いなので待って貰い、クルトはカウンターでギルドで決められている〈転移〉代金と、クーデルカのお礼である寄せ木細工の栞二枚と〈Langue de chat〉のクッキーの袋を渡した。

「おっきい袋だ! 有難う(ダンケ)、クルト」

 クッキー大袋にクーデルカは大喜びだった。大袋は色んな種類のクッキーが三十六枚入っている。所謂ご家族用袋なのだが、本来日替わりの〈Langue de chat〉のクッキーをまとめて手に入れる事が出来るので、意外に人気がある。

「栞も綺麗。一枚はヨルンにあげる」

「有難う、クーデルカ」

 主思いのコボルトに和みつつ、クルト達は地下にある〈転移〉用の〈魔方陣マギラッド〉が描かれた部屋へと移動した。転移部屋は壁に松明の形をした魔石照明が幾つか付いているが、余り明るくない。

 クーデルカは〈魔方陣〉がなくても〈転移〉出来るが、〈魔方陣〉がある方が魔力の消費が少なくて済むという。どうせなら楽をする為に、行きは転移部屋から行くらしい。

 〈魔方陣〉の中に三人で立ち、クーデルカは背中に背負っていた自分の身長と変わらない長さの杖を手に持った。

「行くよー」

 薄暗い部屋の中でクーデルカの杖の先に付いている魔石がうっすらと光を帯びた。一拍置いて、足元の〈魔方陣〉に光が走る。カッと〈魔方陣〉から銀色の光が立ち上り、数秒で消える。

「着いたよー」

 そこは既に回りを木々に囲まれた広場の一角だった。〈魔方陣〉の大きさと同じ位の広さで下草が剥げており、普段から〈転移〉の発着地点になっているようだ。

「有難う。俺は製材所に行くけど、ヘア・ヨルンとクーデルカはどうしている?」

「ここでも蜂蜜ホーニックや楓の樹液などが手に入りますから、市場を見ていますよ」

「一度お昼に待ち合わせようか。木材の加工状態によっては泊まりになるから」

「はい。お昼にこの広場に戻っていますね」

 どうせ来たのだからと、ヨルンというよりはクーデルカが買い物する気だったようだ。

 クーデルカは時々ハイエルンに〈転移〉で来ては、蜂蜜や木の実の砂糖付けや茸のオイル漬け等を手に入れていた。楓の樹蜜もコボルト製の方が、品質が高いのだ。

 クルトはネーポムクの徒弟時代から馴染みの製材所があるので、そちらへと向かった。この村は元々人狼の村だったが、昨日クーデルカが言っていた通りコボルトも暮らすようになっていた。

 ハイエルン公爵直々にコボルト保護に乗りだしたのは最近だ。個々では身体が小さく弱い者も多いコボルトを守る為、近くにある人狼の村と併合させた。人狼はコボルトと親和性が高く、元々コボルトを守っていた種族だからだ。

 人狼の家の間に、小さなコボルトの家がぽつぽつと建っている。コボルトはクルトの膝丈程しかないので、大きな家は必要ない。

「親方クルト、久し振り」

 製材所の店主ホラーツはふさふさの尻尾を振って、クルトを歓迎してくれた。クルトの仕事ぶりを認めてくれている店主は、倉庫へ直接案内してクルトに木材を選ばせてくれた。

 濃厚な木の香りが立ち込める倉庫の中には、うっとりする程に素晴らしい木材が収まっていた。

「良い木ばかりですね」

「丁度仕上がったばかりの奴だからな」

 北方の木材は年輪が詰まっていて確りしているのが特徴だ。成長は遅いが物が良い。木材は伐採して直ぐに使える訳ではない。乾燥等の手順を踏んで、加工出来る状態の木材になるのだ。魔法で木材の水分を抜く事も出来るが、熟練の技が要るらしい。急ぎ加工の木材は当然高くなるので、クルトは手を出さない。

 折角なので、クルトは今回作る家具以外の分も仕入れる事にした。この機会を逃すのは勿体無い。

 ネーポムクが戻ってきた事や、グラッフェンが弟子になった事など、世間話をしつつ色々な種類の木材を見せて貰い、買う物にチョークでクルトの名前を書いてもらう。

「直ぐに必要な分は〈魔法鞄〉に入るかな……。他は保管して貰えますか」

 この製材所では木材の保管もしてくれる。そう言うとホラーツは灰色の獣耳をパタンと動かした。

「そのケットシーを連れてきたら、木材を持って貰えたんじゃないのかい? ケットシーは〈時空鞄〉を使えるだろう?」

「あ」

 そんな事はすっかり念頭になかったクルトである。そもそもグラッフェンはエッダのケットシーなのだから。

「あーでも、ここまで連れてきてくれた魔法使いと魔法使いコボルトがいるんで、運んで貰えるか聞いてみます」

「手数料払えば運んでくれるんじゃないか? うちで配送するより多分安いよ」

「彼ら、物々交換ですしね……」

 購入した木材の代金は、後程木工ギルド経由で振り込みするので、木材の明細と請求書を書いてもらう。

 コボルトは物々交換だが、人狼は貨幣での支払いも対応してくれる。

 また後で顔を出すと伝え、クルトは製材所を出た。

「少し早いかな」

 広場に戻ってみると、まだヨルンとクーデルカは居なかった。余りここの市場を見た事はなかったクルトだが、アンネマリー達へのお土産になる物が手に入りそうだ。

「楓の樹液があるって言っていたな」

 楓の樹液はエッダもグラッフェンも好きなのだ。パンケーキにたっぷり掛けて幸せそうに頬張る子供達の顔を思い出し、クルトは微笑んだ。

 まだ昼までは時間があるので、少し市場でも覗こうかと歩き出す。

 この村はギルドの出張所がある広場に薬草店や武器防具屋、宿屋が集まっていて、市場広場は住居近くに設けてあった。隣り合ってはいるが、短い木立を抜けて行かねばならない。製材所や火を扱う鍛冶屋なども別々に場所を決めてまとめられている。

 市場広場は、人狼とコボルトで賑わっていた。昼時なので、屋台に客が集まっているのだ。香ばしい肉が焼ける匂いに、クルトは空腹を覚えた。

 広場の端に寄ってヨルンとクーデルカを捜していたクルトは、ふと目の端に入ったコボルトが気になった。

 広場の奥に建つコボルトの家の横に置かれたベンチに、ぽつんと一人のコボルトが座っていたのだ。北方コボルトらしく小麦色の毛並みは、他のコボルト達よりも少し色が濃く、鼻先から眉間まで白い毛が一筋通っている。

 じっと見ていると、足の取れた椅子を持ったコボルトがやって来た。鼻筋が白いコボルトはベンチを下り、家の中から道具箱を持ってきて、あっという間に椅子を直してしまった。お礼に何かの瓶詰めを貰い、再びベンチに腰掛ける。

「大工コボルト……?」

「ありゃあ、昔大工の親方に雇われていたコボルトだよ」

 思わず呟いたクルトに、近くに居た人狼の男が教えてくれた。

「雇われていた?」

「あのコボルトは名持ちなんで、誰も契約出来ないんだ。だから雇っていたんだよ」

 人狼の大工に雇われていたので、隷属されてはいなかったらしい。親方が寿命で亡くなった後、村で修理を請け負い暮らしていると言う。

「そうなんだ……」

 何故だかそのコボルトが酷く気になったクルトだった。


最近のハイエルンのコボルト事情はこんな感じ。

名持ち妖精は交渉次第で雇う事が出来たりします。約束した対価をきちんと払わないと、当然呪われます。

この大工コボルトの場合は衣食住と大工スキルが対価でした。


『クルトと流れ星』は前中後編です。

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