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コボルトとアスパラガス

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

コボルトの趣味と性質。


188コボルトとアスパラガス(シュパァゲル)


「んっんー」

 機嫌良く鼻歌を歌いながら、シュネーバルが麦藁帽子と茶色い繋ぎ服を引き摺って孝宏たかひろの元にやって来た。

「お庭行くの?」

「う!」

 最近、シュネーバルは毎日裏庭に遊びに出る。はじめは温室の中の畑を見回り手入れをしていたが、雪が溶けてからは裏庭に着手していた。

 孝宏やイシュカと一緒に苗や種を買ってきて、嬉々として植えているのだ。通りに近い場所には花も植えている。

 どうやらシュネーバルは遊びの延長で家庭菜園をしているらしい。コボルトは土いじりが好きなのだ。魔法使い(ウィザード)コボルトの筈なのだが、職人コボルトの気質もあるらしい。

 繋ぎに着替えさせて貰い、麦藁帽子を被ると、シュネーバルは一階の台所の横にあるドアから裏庭に出る。

 〈Langue(ラング) de() chat(シャ)〉の敷地はエンデュミオンが守護しているので、勝手に知らない人間は入れない。特に庭はエンデュミオンが許可した者しか錬鉄の柵にある扉を開けられなかった。

「んっんー」

「……」

 庭に出るシュネーバルに、今日はヨナタンが付いて来る。流石に小さなシュネーバル一人では危なっかしいので、誰かは一緒にいるのだ。

 ヨナタンもコボルトの為、土いじりに抵抗はない。こちらも麦藁帽子と繋ぎ服で準備万端だ。

「きょうはなにするの?」

あすぱりゃ(シュパァゲル)

 温室と庭の作物を知り尽くしているシュネーバルは迷いのない足取りで、支柱を立てて覆いの掛けてある、畝を高く盛った一見何も生えていない区画へ行く。覆いを捲り、シュネーバルとヨナタンは頭を突っ込んだ。むっと土の香りに包まれる。

「とりごろのある」

「……」

 じっと見るとうねの頂上部分が、ほんの少しほころびている場所が幾つかある。フス、とヨナタンは同意して鼻を鳴らした。

「ほる」

「……」

 二人でアスパラガスの畝を挟んでしゃがみ、前肢で土を掘り始める。間もなく土の中から真っ白なホワイトアスパラガスが現れた。

 しかし、ここで二人の前肢が止まった。二人とも、鎌もナイフも持っていなかったのだ。

「……」

「……」

 出来れば適切な箇所から収穫したいので折りたくない。生憎、コボルトの爪はケットシーのようには伸ばせないのだ。

「ヒロにかりにいく」

 ヨナタンが立ち上がった時、裏庭に軽い音が弾けた。

 ポポンッ。

こんにちはー(グーテンターク)

「遊びに来たー」

 裏庭を通る煉瓦道の上にクヌートとクーデルカが現れた。シュネーバルかヨナタンを目掛けて〈転移〉してきたらしい。

「ちはー」

「いいところにきた。ナイフかして」

「何してるの?」

「何生えてるの?」

 クヌートとクーデルカが、〈Langue de chat〉のコボルト二人の手元を覗き込む。

「あすぱりゃ!」

「ナイフわすれた」

 掘り出したは良いが、二人がナイフを忘れたと知ったクーデルカが、〈時空鞄〉からナイフを出した。

「良いよー。二人にはナイフ大きいから、切ってあげるよ」

「ありがと」

「収穫籠もないんじゃない?」

 クヌートも〈時空鞄〉から細長い籠を引っ張り出す。

 そこからはシュネーバルとヨナタンでアスパラガスを掘り、クーデルカが切り、クヌートが籠に入れる、と言う流れで、取り頃の物を収穫していった。取った後は、再び畝を盛る。それから別の畝で緑色のアスパラガスも収穫した。

「けっこうとれた」

 クヌートに借りた籠に、白と緑のアスパラガスが一杯になったので、中々の収穫だ。

「良かったねー」

「あげる」

 シュネーバルは太めのアスパラガスを各々十本ばかりクーデルカに渡した。クーデルカに渡せば、クヌートの口にも入るからだ。

有難う(ダンケ)

 大事そうに、クーデルカは〈時空鞄〉にアスパラガスを入れた。

「ちゃかひろにみせる」

「カチヤもよろこぶ」

 四人でぞろぞろと母屋に向かう。自分では持てなくて、アスパラガスの籠をクヌートに持って貰っていたシュネーバルが、妖精用の下側のドアノブにしがみついた。そのシュネーバルを後ろから抱えてヨナタンがドアを開ける。身体が小さくて軽いシュネーバルは、一人ですぐにドアを開けられないのだ。

「おかえり。沢山取れたね」

「前肢で掘ったの?」

 台所に居た孝宏とカチヤが籠を受け取り、四人の土を払ってくれる。そしてそのままバスルームに運ばれた。

 服を脱いだら、四人まとめてバスタブに入れられ、孝宏に足元からシャワーを掛けられる。

 クヌートがシュネーバルを、クーデルカがヨナタンを洗い、先にカチヤに預ける。それから孝宏がクヌートとクーデルカが身体を洗うのを手伝った。

 着ていた服はバスルームの外で、エンデュミオンがまとめて洗って乾かす。

 お風呂上りは一階の居間に皆で戻って、孝宏はコボルト達にミルクティー(ミルヒテー)とマドレーヌをおやつに出した。

 服を着ていないコボルト達がラグマットの上でおやつを食べている姿は和む。

「シュネー、白いアスパラガス作っていたんだ」

「う!」

 ホワイトアスパラガスは日光に当たる前に収穫しなければならない為、見極めが難しい。

 元々庭に苗を植えたのは孝宏だが、緑色のアスパラガスしか収穫していなかった。一部の畝を高くして覆いを掛けたのはシュネーバルだ。どうやら白いアスパラガスを食べたかったらしく、テオとルッツに協力して貰っていた。お礼は収穫出来たアスパラガスだろう。

「白いアスパラガスは黒森之國くろもりのくにの民が好きなんだ」

 エンデュミオンが前肢の先でホワイトアスパラガスを突く。

「俺、缶詰の白いアスパラガスは好きじゃないんだけどね。軟らかすぎて。生のはどうかなあ。何にしようかな、ホワイトソース掛けてグラタン風にする? 緑の方はベーコン巻きにして」

「そうだな」

 マドレーヌを両前肢で持ってあぐあぐと齧っているシュネーバルは、アスパラガスを美味しく食べられれば良いらしく、メニューには拘らなさそうだ。

「ヒロ」

 ててて、と台所にやって来たのはクーデルカとクヌートで、揃ってマドレーヌを持っていない方の前肢を出す。

「アスパラガス料理の作り方欲しい」

「ディルクとリーンハルトとヨルンにも食べさせたい」

「クーデルカとヨルンの部屋に台所あるんだっけ?」

「うん」

 双子の南方コボルトが頷く。

「レシピ書いてあげるよ。足りない物あったら分けてあげるし」

「有難う」

 裏側の白い黒褐色の巻き尻尾がふりふりと左右に揺れる。

 孝宏はコボルト達がおやつを食べている間にレシピを書き、クヌートの籠にアスパラガスやチーズ、温室で取れたエァドゥベーレンを追加して持たせたのだった。


 夕方の五の鐘が鳴ると、日勤の勤務時間は終わりだ。

 職員の少ない魔法使いギルドリグハーヴス支部は、基本日勤のみである。

 机に広げていた書類をまとめて引き出しにしまい、ヨルンは昼食を入れてきた鞄を持って椅子から立ち上がった。

 魔法使いギルドの上階に住むギルド支部長クロエと違い、ヨルンがコボルトのクーデルカと暮らすのは、領主館の使用人宿舎だ。

 クーデルカは今日は午後からクヌートと一緒に遊びに行ったので、そろそろ戻って来る筈だ。

 ポンッ。

「ヨルン、迎えに来たー」

 ロビーに現れたのはクヌートだった。ヨルンは耳だけではなく、顔を見てもクヌートとクーデルカを見分けられる。ヨルンはロビーに出て、クヌートに訊ねた。

「クヌート、クーデルカは?」

「ご飯作ってる。今日は皆でご飯」

 クヌートがと言う時は、自分達と各々のあるじを示す。

「シュネーバルにアスパラガス貰った。ヒロにも色々貰った」

「今度お礼を言わなければいけませんね」

 ハイエルンから移住してきたヨルンとクーデルカに、〈Langue de chat〉の住人はとても良くしてくれる。

「アスパラガスかー、もうそんな時季なのね」

 ヨルンと同じく机の上を片付けたクロエも、ロビーに出て来てクヌートの頭を撫でる。目を細めて尻尾を振ってから、クヌートは〈時空鞄〉から持ち手付きの籠を取り出した。

「これクロエに。オーブンで少し焦げ目付く位に焼いてね」

 深型耐熱皿にホワイトアスパラガスのグラタンとグリーンアスパラガスのベーコン巻き、茹でた馬鈴薯カァトッフェルンが入っていた。

「まあ、有難う!」

 クロエは魔法使いギルドの上階に住んでいるが、普段は自炊するか冒険者ギルドの食堂で食べていた。たまに他の人が作った食事を食べられるのは嬉しいものだ。

「クーデルカにもお礼を伝えてね」

「うん。ヨルン、帰ろ」

 クヌートが屈んだヨルンの指を握る。

「お先に失礼します。魔法使いクロエ」

「また明日ね」

 笑顔で手を振るクロエに見送られ、クヌートはヨルンと〈転移〉した。


「ただいまー」

「おかえりー」

 直接部屋に〈転移〉したらしく、台所にいたクーデルカが驚きもせずに迎えてくれる。

「クヌート、ディルクとリーンハルト迎えにいってくる」

「気を付けて」

「うん」

 主の元へと〈転移〉してったクヌートを見送って、ヨルンは仕事着のローブを脱いで部屋の隅にある外套掛けに吊るした。それからバスルームで手と顔を洗ってくる。

「クーデルカ、手伝うことありますか?」

「テーブル用意して」

「はいはい」

 いまだにラグマットの上に低いテーブル、という生活様式なヨルンとクーデルカである。

 濡れ布巾でテーブルを拭いて、皿とカトラリーを用意する。コップをテーブルに並べていると、ドアがノックされた。

「来たよー」

 ドアの向こうからクヌートの声がした。お客さんとして来たので、ノックしたらしい。

「はい、どうぞ」

 ドアを開け、クヌートと二人の主を招き入れる。

「お邪魔するね」

「これ、白ワイン(ヴァイスヴァイン)炭酸水シュプルーデルと持ってきたよ」

「有難うございます」

 シャワーを浴びて着替えて来たらしいディルクとリーンハルトからは、石鹸の匂いがした。騎士服の上着を着ていないが、腰には剣を帯びている。

 ドアの前で柔らかい革の靴を脱いだクヌートは、クーデルカと並んでオーブンの前に立つ。ヨルンが帰って来る直前に料理をオーブンに入れていたのか、今頃になってふんわりと美味しそうな香りが漂い出していた。

 クーデルカが鍋掴みをはめた前肢でオーブンの扉を開いて、焼け具合を確かめる。

「焼けたー」

「取りましょうか?」

「うん」

 ヨルンはクーデルカから鍋掴みを受け取り、オーブンから耐熱皿を取り出し、テーブルの上の鍋敷きの上に乗せた。〈保温〉の魔法陣が赤い糸で縫い取られた鍋敷きは、上に乗せた物を温めてくれる。

 それ程テーブルが大きくないので、クーデルカは各自食べたい分を、大き目の取り皿一枚に取る方式にしたらしい。オイルとレモン汁、塩胡椒で味付けされている葉野菜と蕪のサラダは最初から皿の端に盛られていた。

 ホワイトアスパラガスに焦げ目の付いた白いソースの掛かった物と、ベーコンで数本ずつ巻かれたグリーンアスパラガスと茹でた馬鈴薯が、二つの耐熱皿の中で湯気を立てている。ベーコンから出た油を粉吹き芋が吸って美味しそうだ。クーデルカが馬鈴薯の上にカリカリと黒胡椒を挽く。

 クヌートが籠に入った薄切りにした黒パンシュヴァルツブロェートゥを運んで来て、準備が整う。

「今日の恵みに、月の女神シルヴァーナに感謝を」

「今日の恵みに」

 食前の祈りを唱え、コップに飲み物を注ぐ。炭酸で割られた(ヴァイスヴァイン)白ワイン(ショァレ)のコップから、パチパチと炭酸が弾ける音がした。クヌートとクーデルカは水出しのミントティープフェッファァミンツテーだ。紅茶シュヴァルツテーの茶葉も混ぜてあるので飲み易い。暑くなるこれからの季節には、コボルトは良くこれを飲むと言う。

「立派なアスパラガスだね」

 クヌートと自分の皿にホワイトアスパラガスのグラタンを掬い取り、ディルクはアスパラガスの太さに驚く。ヨルンにグリーンアスパラガスのベーコン巻きを取って貰ったクーデルカが答えた。

「シュネーバルが育てたって」

「あの子、魔法使いコボルトじゃなかったか?」

「イシュカとヒロが育てているから、魔法使いコボルトだけど一寸違う。主じゃなくても、育てている人のスキル覚えるから」

 特に独立妖精なので、自分が覚えたいスキルを覚える傾向にあるのだ。

「魔法はエンデュミオンとヴァルブルガが教えている筈ですけど。コボルト魔法はクーデルカ達が頼まれていますね」

「とんでもないコボルトになりそうなのは確実だな」

 白ワインの炭酸割りのコップを持ったリーンハルトの言葉に全員が頷く。

「他領から引き抜きの声が掛かりそうだけど、無理だろうねえ」と言いつつ、ディルクはグリーンアスパラガスのベーコン巻きと馬鈴薯をクヌートの皿に取り分ける。

 独立妖精は主を作らない。親代わりのイシュカと孝宏に良く懐いている上、エンデュミオンが目を光らせている。しかもあのルリユールは要塞並みの守備なのだ。

「彼らが幸福でいる方が、恩恵があると思いますが」

「うちの領主様はそれに気が付いているから助かる」

 リーンハルトが苦笑いをする。そうでなければ大参事だ。

 ディルクはアスパラガスのグラタンを口に入れ「美味しい!」と目を輝かせた。隣でクヌートも尻尾をブンブン振っている。

「ベーコン巻きも美味い。馬鈴薯にも味が染みている」

 下茹でしたあとでオーブンで焼いているので、馬鈴薯がほくほくだ。

 リーンハルトにも褒められ、クーデルカが嬉しそうに尻尾を揺らした。

「クーデルカの料理はどれも美味しいですから、贅沢をしている気がします」

「食堂の料理に不満はないんだけど、時々自分でも作りたくはなるんだよね。クヌートも料理出来るんだし。でも台所付きの部屋って中々空かないからなあ」

 騎士の場合、基本的には家族持ち以外は台所のない部屋なのだ。職務をした後での自炊の負担を無くす為の食堂なので、当然と言えば当然だ。

「クヌート、台所あれば嬉しいけど、クーデルカと料理するから大丈夫だよ」

「そう? 一応部屋移動の申請出しておこうかな」

 部屋の希望を出しておけば、空き部屋が出た時に移動出来るのだ。

 主憑きのコボルトは家事をする性質がある。ディルクとリーンハルトの部屋はお茶を入れる位しか出来ないので、ちょっぴりクヌートは手持ち無沙汰に見える。

「この部屋にはいつ遊びに来てもいいですからね、クヌート」

「うん。有難う、ヨルン」

 クヌートとクーデルカはお互いの部屋には自由に行き来していた。ディルク達もそれが当然だと思っていたし、自分達と離れている間は双子が揃っていた方が安心だ。

「そうだ、おやつはね、苺あるんだよ。ヒロがくれたの」

「エンデュミオンの温室で採れた奴だって。クリーム掛けて食べる?」

 楽しそうに嬉しそうに話すクヌートとクーデルカに、仕事の疲れもどこかへ飛んで行く主達だった。


黒森之國の民はアスパラガスが好き。特に育てるのに手間がかかるホワイトアスパラガスは御馳走。

シュネーバルは家庭菜園が趣味になっていて、裏庭と温室を遊び場にしています。

アルビノなので麦藁帽子は必需品。マリアンとアデリナが繋ぎ服と作ってくれました。

幸運妖精シュネーバル。作る野菜はどれも立派に育ちます。


クヌートとクーデルカ。台所があっても、三食全ては作ってません。

お弁当と夕ご飯を作って、朝御飯を食堂に行ったり、朝御飯とお弁当を作って夕ご飯を食堂で食べたりです。

あと、おやつは結構作っています。クーデルカのおやつは基本的に焼き菓子です。

孝宏に焼き菓子のレシピを貰って、焼いては一緒に遊んでいる妖精達に配っていそうです。

飴ちゃんのように焼き菓子を配る。それがクーデルカスタイル。

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