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春光祭とコロネと精霊水

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

春光祭の舞台裏を少し。

185春光祭フルューリングカァネヴァルとコロネと精霊水


 黒森之國くろもりのくにで雪解けの後に行われるのは、春光祭フルューリングカァネヴァルだ。

 春光祭に付き物なのは、市場マルクト広場に建てられる大きな花輪の付いた太い丸太。そして屋台だ。

「今年は何にするかなあ」

「そうだなあ」

 屋台の参加申請に行った後、パン屋のカールと肉屋アロイス、大工のクルトと鍛冶屋のエッカルトは〈Langue(ラング) de() chat(シャ)〉に来ていた。クルトとエッカルトの場合は、楽団の舞台設営を手伝う為に、参加届を出してきたのだ。

「アロイスの所は腸詰肉ブルストを頼まれるんじゃないのか?」

「そうなんだがな。またカールに腸詰肉を挟めるパンを焼いて貰う事になるな」

「うちは構わないぞ。うちは何か甘いパンでも作るか……」

 うーん、とカールは唸った。お祭りならいつもと少し違うパンにしてみたい。

「いらっしゃいませ」

 孝宏たかひろお茶(シュヴァルツテー)と人数分のクッキー(プレッツヒェン)の乗った皿を運んできた。お代わりのティーポットも付いている。

「いつもすまんな」

 アロイスが孝宏からティーポットを受け取りテーブルに置く。男四人が座っているので、店の端にある一番大きなテーブルを選んでいた。

「ちゃかひろー」

 カチカチカチと爪音を立てて、シュネーバルが孝弘の後を追い掛けてきた。カウンターにイシュカがいるのだが、客がカール達しかいないので見送ったらしい。

「シュネー、座って食べないと」

 孝宏がシュネーバルを抱き上げる。シュネーバルは両前肢でおやつらしき物を持っていた。

「それ、パンか?」

 シュネーバルは巻き貝の様な形のパンを持っていた。中に黄色いクリームが入っている。シュネーバルは孝宏の腕の中で、クリームだけ舐め始めた。

「そうですよ。ほら、前にヘア・エッカルトに作って貰った奴に巻き付けて焼くんです」

「ああ、あれか」

 エッカルトが手を打つ。

 以前孝宏はエッカルトに、コロネを焼く為の円錐形の筒を作って貰ったのだ。

「カミルとエッダと作った事もあるんですけど、これ中にクリーム入れたり、つぶした馬鈴薯のサラダ入れたり、薄切り肉を葉野菜で巻いて入れたり出来るんですよ」

「サンドウィッチみたいに出来るのか」

「はい。子供には溢れなくて良いですよ」

 シュネーバルを撫でながら、孝宏が笑う。

「……」

「……」

 アロイスとカールが腕組みをして考え込む。カールが口を開く。

「他にも中身の種類を作ったなら見せてくれないか?」

「良いですよ。一寸ちょっと待ってて下さいね」

 シュネーバルをクルトの膝の上に乗せて貰い、孝宏は台所へ行って作っていたコロネを皿に乗せ、店へ蜻蛉とんぼ返りする。

「こんな感じですけど」

 皿の上にはガナッシュを詰めて薄切りアーモンドを張り付けた物、白いクリームに刻んだシロップ煮の果物を混ぜて絞りスミレの砂糖漬けを張り付けた物、クリームに抹茶と小豆と刻んだ栗の甘露煮を混ぜて絞りだし胡桃を張り付けた物、カスタードクリームに刻んだシロップ煮の果物を混ぜて絞り込みアプリコットを張り付けた物が乗っていた。

「随分あるな」

「ヘア・リュディガーとギルベルトに菫を貰ったんで、お返しの分も作っていて。これは甘い物ばかりですけどね」

「確かに食べやすそうだな」

 クルトの膝の上で、あぐあぐとシュネーバルがカスタードクリームコロネを食べているのをカールが見下ろす。

「これ、春光祭で出しても良いか?」

「良いですよ」

 孝宏は二つ返事で請け負う。孝宏自身は屋台を出さないからだ。

「フラウ・ベティーナにも説明が要りますよね。お土産に持っていかれますか?」

「良いのか?」

「どうぞ。実は調子にのって作りすぎまして。このままだと夕御飯もこれになりそうだったんですよ」

 甘いので幾つも食べられる物ではなかったのだ。孝宏は蝋紙と紙袋を持ってきて、いそいそと四人に、各々の家族分コロネを包んだのだった。


 ポンッ。

 コルクが抜ける様な音と共に、エンデュミオンが〈ナーデル紡糸(スピン)〉の二階に現れた。

「エンディ」

「えんでゅみおん」

 台所から出てきたマリアンとビーネに、エンデュミオンは右前肢を挙げた。

「やあ、マリアン、ビーネ。リュディガー達は?」

「〈薬草ハーブ飴玉(ボンボン)〉のラルスに、摘んできた薬草卸しに行っているわ」

「そうか。孝宏が貰った菫を使って菓子を作ったんだ。置いていくから皆で食べてくれ」

「有難う」

「おかし!」

 ビーネがぴょんぴょん跳ねて喜ぶのが可愛い。相変わらず蜜蜂ビーネのようだ。白いシャツの背中に茶色い糸でみつばちの羽が刺繍されているし、ズボンも焦げ茶色だ。短いオレンジ色の尻尾が針に見える。

「パンでもあるから、冷やしておいて明日の朝に食べても良いと思うぞ」

 エンデュミオンはコロネが入った籠をマリアンに渡す。確実に抹茶小豆のコロネはギルベルトが選ぶだろうと思いながら。

「このパンを使って春光祭ではカールとアロイスが屋台を出すらしいぞ。多分、甘くない物も作るだろう」

「あら、それも楽しみね」

「あいっ」

「ではな。リュディガーとギルベルトによろしく」

 エンデュミオンはヒラリと前肢を振って孝宏の元へと帰還した。


 各祭の手伝いや屋台は商業ギルドで申請を取りまとめている。

「カールとアロイスの屋台の料理はこれか」

「ええ。さっき申請に来られましたよ」

 春光祭の申請書が入った決裁箱から、商業ギルド長トビアスが一番上の紙を手に取る。

「これは又、ヒロが何かやったな」

「でしょうねえ。抹茶とか使ってますし」

 職員のインゴは笑って、ナイフで鉛筆を削っていた手を止めた。

 屋台で出す品物は、事前に商業ギルドに内容を書いた申請書を提出しなければならない。衛生面や安全面に問題があれば、再提出だ。

 何度も屋台を出しているカールとアロイスは、一発で申請が通っている。

「ヒロも屋台をやれば面白いと思うんだがなあ」

「幼い妖精フェアリーを育てていますからねえ。アハトはまだ乳飲み子ですし」

 あるじが未定とはいえ、アハトは一定期間〈Langue de chat〉に居住する予定なので、住人登録されている。シュネーバルもイシュカと孝宏を親代理として認識しているので、当然住人登録している。

「いつの間にかリグハーヴスに妖精が増えたなあ」

「そうですねえ。昔はこれが普通だったそうですけど」

 昔は妖精も精霊も竜も街中に普通に居たと言う。

「妖精が主に憑いて街に現れ、竜騎士も復活しようとしている、か」

「数百年昔を知っている誰かさんのおかげですよね」

「そうだな」

 リグハーヴスに〈異界渡り〉の少年を連れて現れ、王族にも公爵にも媚びず、小さなルリユールの親方を保護主に選んだケットシー。

 それがかつての大魔法使い(マイスター)エンデュミオンだったと言うのだから、すねきず持つ王族も公爵達も緊張状態になったのは疑いようがない。

 当のエンデュミオンは、関わり合う気は全くなかったらしいのだが。現在の生活が楽しくて仕方がないので邪魔されたくないと言うのが、ひしひし伝わって来たものだ。

 どうやらエンデュミオンは、孝宏と彼の家族が住むリグハーヴスを守護している。妖精犬風邪コボルトエッケルトンが流行った時に奔走している姿からも、間違いない。但し、不必要な発展には興味はないらしい。

 〈異界渡り〉孝宏の〈恩恵〉が何か、エンデュミオンは正式に公表していない。聖都シルヴィアナが公表した〈物語を紡ぐ〉力のみではないと、トビアスは見ている。

 だが、孝宏は今の黒森之國の生活に特に不満はないのか、時々珍しい料理を作り出す以外は大人しくしている。

 どうやら平和を愛する気質だったようだ。

 それぞれのギルド長は〈異界渡り〉の監視者でもあるが、一番関わりのある商業ギルド長として、孝宏は無害としか言いようがない。何せ孝宏の回りにいる者達の方が、よっぽど危険だ。

 妖精猫ケットシー妖精犬コボルト、木竜、火蜥蜴サラマンダー、ヴァイツェア公爵の第二位継承者、〈暁の砂漠〉族長の第一位継承者が揃っているのだ。どうしてリグハーヴスに他領の継承者が定住しているのか。

 迂闊に手を出せば、公爵達は黙ってはいないだろう。それぞれの公爵は、己の継承者との親密さを、新年祝賀会ノイヤァフレヤァで知らしめていたと聞いている。

 孝宏に何かしようとするのは、なにも知らない冒険者位──であって欲しいものだ。そうであろうがなかろうが、孝宏を守護する者達に叩き潰されるだろうが。

 戦闘民族〈暁の砂漠〉の民と、彼に育てられたケットシーが居るだけで充分規格外である。

「今年も定住冒険者の見廻りを冒険者ギルドに依頼しよう」

「ええ、あちらのフラウ・トルデリーゼから、依頼があり次第、該当冒険者に打診すると了解を得ています」

「それで頼む」

 孝宏がリグハーヴスに来てから、人が大勢集まる祭では、一目で巡回と解る制服を着た騎士団と、一般客に紛れる定住冒険者の双方で巡回警備が実施されていた。

 〈異界渡り〉は國の宝であり、彼に何かあれば、憑いているケットシーが怒り狂うのは目に見えている。そのケットシーは、災厄にもなりうるくびきを外れた元大魔法使いなのだ。

 当人達には一切知らされず、アルフォンス・リグハーヴス公爵直々に警備強化を指示されたギルド長達だった。

 一瞬文句を言い掛けた冒険者ギルド長ノアベルトに、「滅びたいんですか? やりますよ、師匠せんせいなら」と凍てつく微笑みを浮かべた魔法使いギルド本部長フィリーネの顔は、一寸ちょっと忘れられないトビアスである。


「ヴァルブルガはアハト見てるの」

 春光祭当日、ブローチをマリアンに納品したヴァルブルガは、アハトと一緒に留守番をしていると告げた。人混みが苦手なのだ。

 暫くブローチ作りで忙しく、余りアハトに構えなかったのもあるらしい。よたっよたっとハイハイで近付いて来たアハトを抱き上げ、頬擦りしている。

「きゃー」

 ハチワレ柄が似ているからか、アハトはヴァルブルガが好きだ。久し振りに遊んで貰えるのが解ったのかはしゃいだ声を上げる。

「じゃあ、お昼ご飯買ってくるな」

「うん」

 スリングにシュネーバルを入れ、イシュカはヴァルブルガとアハトの頭を撫でた。

 孝宏とカチヤを連れていくので、余り混まない午前中に出掛ける事にする。

「おーまっつりーっ」

 テオに肩車してもらっているルッツが歌っている。ルッツは良く自分で歌を作って歌っている。それに合わせてフスフスと鼻を鳴らしているのはカチヤに抱かれているヨナタンだ。

「んっんー」

 シュネーバルも鼻歌を歌っていた。

 お祭りの日は皆晴れ着のベストを着ている。シュネーバルもイシュカの家の柄である、桃色と白の小花と青い小鳥の刺繍の入った黒いベストだ。

「晴れて良かったな」

「そうだねえ。暑くなるのかな」

 エンデュミオンを抱いた孝宏が、朝から輝いている太陽に手を翳す。

 〈Langue de chat〉を出るとすぐに市場広場で楽団が演奏している軽快な音楽が聞こえてくる。

「今年も凄い花輪だなあ」

 石畳の広場の中央に豪華な花輪が取り付けられた丸太が建っている。その回りに晴れ着を着た老若男女がペアになって踊っていた。

 相変わらず、孝宏達はダンスを知らないので見ているだけである。

 ダンスの輪の周囲にはテーブルと椅子、そして屋台が並んでいた。

「今年はどんなの出てるのかな」

 春光祭なので、苺や柑橘類を使ったお菓子の屋台が出ていたりする。リグハーヴスではまだ早い果物も、南のヴァイツェアでは手に入るからだ。

 屋台はリグハーヴスの者以外でも出せるので、氷魔法アイスを使える者が果物のジュースでシャーベットの様な物を出していたりもする。氷魔法使いは少ないので、物珍しそうに客が見ている。

「あ、イェレミアスだー」

 目敏くルッツがイェレミアスが居る屋台を見付ける。公爵家の菓子職人イェレミアスは公爵家の屋台で、無料で子供達に木の実と乾燥果物の入った飴を配っている。

こんちはー(グーテンターク)

 ルッツと顔見知りなイェレミアスだが、妖精達をつれた一行に少し頬をひきつらせた。

「イェレミアスを呪ったりしないから、怯えなくても良い」

 飴の袋を受け取り、エンデュミオンはイェレミアスを安心させる。ケットシーだって、誰彼構わず呪うほど暇ではない。

 イェレミアスは孝宏達がつれたケットシーとコボルト達に、木の実と乾燥果物の飴の袋を渡していきながら首を傾げる。

「三毛の子も居なかったか?」

「ヴァルブルガは赤ん坊のお守りで留守番です」

「そうなのか。じゃあ、これを」

 イェレミアスはヴァルブルガの分の飴をイシュカにくれた。

有難う(ダンケ)。ヴァルブルガが喜びます」

 ヴァルブルガもこの飴が好きなのだ。

 イェレミアスに手を振って、次の屋台へと向かう。テオの肩の上からルッツが行きたい方向を選んで「あっち」と行くのだ。

 ふんわりと柄の悪そうな人間が居る場所を避けているので、テオとイシュカは「はいはい」とルッツの前肢が指す方向へ向かい、孝宏とカチヤはどこを見ても面白いので、二人についていく。

「マリアンー、ギルベルトー」

 華やかなブローチが並ぶ〈針と紡糸〉の屋台には、マリアンとギルベルトがいた。

「早めに来たのね。ヴァルはおうち?」

「アハトとあそんでるよ」

「沢山ブローチ作ってくれたもの。アデリナも今日はお休みなの」

「リュディガーとビーネはお昼ご飯を買いに行った」

 ギルベルトはマリアンの虫除けになっているのだろう。元王様ケットシーの大きな緑色グリューンの瞳に見詰められると、疚しい心がある者は落ち着かなくなるのだ。

「ヴァルのブローチは今年も人気よ」

 ヴァルブルガのブローチは淡い色が多い。そして、屋台で売るのは年に一度春光祭でのみだ。じわじわと噂は広がり、他の領からも買いに来る者もいる。一人一つしか買えない為、他領で転売され高値になっている物もあるという。

「直接注文すればいいのに」とマリアンとヴァルブルガは思っていたりする。

 マリアンの屋台から、大工達の木の飯事ままごと道具の屋台を覗き、果物の屋台で大粒の赤紫色をしたサクランボと、これまた大粒の苺を一籠買い求める。ヴァルブルガへのお土産だ。

「おにく!」

 びしっとルッツが前肢で次に行く方向を決める。

「カールとアロイスの屋台?」

「あいっ」

 人が増えてきたので背の高い男性客が前に居ると孝宏とカチヤには見えない。イシュカとテオに毎度の如く手を引かれつつ進む。

「ん?」

 何だか今まで居た場所の方で大きな声が上がった気がしたが、楽団の演奏で良く聞こえなかった。

「やあ、ヒロ」

「ヘア・スヴェン、フラウ・アーデルハイド」

 振り返ろうとした孝宏に、声を掛けてきたのはスヴェンとアーデルハイドだった。スヴェンのスリングからはいつも通りにリヒトとナハトが顔を出している。

「こんちはー」

「こんちはー」

 コーギーっぽいリヒトとナハトはいつも笑っている様な顔をしていてご機嫌だ。

 チラリ、とエンデュミオンが物言いたげにアーデルハイドを見上げたが、剣を握り続けて皮膚が厚くなった掌で頭を撫でられて、開き掛けた口を閉じた。

「ごはん?」

「ごはん?」

「しまった。リヒトとナハトの時間切れだ」

 スヴェンが呻く。

 近付いていくカールとアロイスの屋台から流れてくる肉が焼ける香りに、じゅわっと双頭妖精犬ジェミニの口元が濡れる。こうなると、何か食べさせるまでリヒトとナハトは落ち着かなくなる。

「はは、仕方ないな」

 アーデルハイドは笑って、腰のポーチから財布を取り出した。

「これから昼食なら、買ってうちで召し上がりますか? 俺達も昼食を買ったら戻るので」

「頼む。混んできたから、座る場所が無さそうだ」

 アーデルハイドがイシュカの提案に乗る。テーブル席は殆どが既に埋まっていた。

 早速イシュカはカールとアロイスの屋台で、黄緑が鮮やかな柔らかい葉野菜に香辛料で味をつけて焼いた薄切り肉を重ねて巻き、コロネに詰めた物を人数分と、白いアイシングを掛けた甘い小さなプレッツェルを一袋買った。

揚げ芋(ポムメス)!」

「ルッツ、好きだね」

 テオは揚げたて熱々の揚げ芋を大きい袋で買う。

「揚げ芋!」

「揚げ芋!」

 こちらもリヒトとナハトにねだられ、アーデルハイドとスヴェンが肉巻きコロネと揚げ芋を購入していた。

「ごっはん、ごっはん」

「ごはーん」

「ごはーん」

「ごあんー」

「はいはい、おうち帰ったらねー」

 賑やかに歌い始めた妖精達に、周囲を和ませながら、孝宏達は〈Langue de chat〉へと帰ったのだった。


「姉御とスヴェンがヒロ達と合流、そのまま離脱っす」

「了解。こっちも確保したよ」

 〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉のマルコの報告に、騎士団外警担当のアレクシスが応えて左手を軽く挙げた。その腕に、翡翠色の木竜カペルが降りてくる。

 ──変なの、今いない。紅色の人狼強い。

 カペルには上空から警戒して貰っていたのだが、どうやらこの周辺で目立って強いのはアーデルハイドらしい。恐らく、微量な威圧を出していたのだろう。

「ごくろうさま、カペル」

 ──カペル、肉巻きコロネ食べたい。

「休憩入ったらな」

 ──うんっ。

 幼体化しなくても、カペルはまだ手乗り竜だ。アレクシスの肩までよじ登ってきて、頬に顔を擦り寄せてくる。

 祭には酔っ払いの他、〈異界渡り〉や妖精を狙う馬鹿が現れる。騎士団と冒険者ギルドで協力して警備をしているが、先程は妖精をつれた孝宏達をつけていた男達に職務質問をしたら暴れたので取り押さえたのだ。アーデルハイド達〈紅蓮の蝶〉は〈Langue de chat〉と懇意にしているので、一番近い場所で警戒して貰っていた。

 流石にテオとルッツには気付かれる為、事前に冒険者ギルドから説明している。

「エンデュミオンに気付かれたかもしれないなあ」

「悪い事してないんで、怒られないっすよ」

 笑ってマルコが人波の向こうから合流しに近付いて来た、モーリッツとパスカルに手を振る。

「そうだと良いけど。こらカペル、耳噛まない」

 退屈したのかアレクシスの耳を甘噛みしていたカペルをたしなめる。

「交代までもう少し頑張るっすよ」

 ──肉巻きコロネ!

 カペルのお昼は肉巻きコロネ一択らしい。必ず買ってやらなければ拗ねそうだ。

 竜は結構食いしん坊だった。


 春光祭が終わった翌日、商業ギルドの会議室にいた騎士団長マインラート、商業ギルド長トビアス、冒険者ギルド長ノアベルトの前にエンデュミオンが現れた。各人の前に一つずつ樽を置く。そして「売る以外で好きに使え」と一言言って姿を消した。

 樽の中身は水に見えたが、〈鑑定〉したところ〈精霊水〉だと判明した。

「警備していたのがバレたか」とマインラートがぼそりと呟く。

「飲んで疲労回復しろって事だろうなあ」と、商業ギルドのトビアスはインゴを呼んで皆にお茶を淹れて飲むように命じる。

「うちは食堂でスープに使って貰うかな」

 マインラートは樽を大事そうに、腰に着けていたポーチ型の〈時空鞄〉にしまった。

「〈精霊水〉だぞ!? どこから汲んで来たんだ!?」

 ノアベルトだけが平然としている二人に食って掛かったが、マインラートとトビアスは不思議そうな顔になる。

「エンデュミオンなら、必用な時には分けてくれるだろう」

「泡銭みたいなもんなんだから、ぱーっと使っちまえよ」

「……そうか」

 いまだエンデュミオンの性格が読みきれないノアベルトだった。

 〈精霊水〉はエンデュミオンの温室の泉から、常に涌き出ているのだが──それを知るのは妖精達だけである。


孝宏が知らないところで、リグハーヴスの人達は警備体制を整えていると言う……。

エンデュミオンはお礼に<精霊水>をお届けです。

そしていまだにエンデュミオンの扱い方が解らないノアベルトでした。

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