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ニコラの依頼

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

新聞記者のニコラの依頼は……。


180ニコラの依頼


「にゃーうぅー」

「おー、頑張れ頑張れ」

「アハト、頑張れー」

「あはとー」

 孝宏たかひろとエンデュミオン、シュネーバルが見守る中、アハトがクリーム色の毛布の上でころんと俯せに転がった。

 初めての寝返り成功である。

「にゃー!」

 黒白ハチワレの仔ケットシーが、むふーと満足そうに鼻息を吐く。

 ケットシーもドヤ顔をするんだな、と孝宏は思ったがアハトのは可愛らしいだけだった。

 日に日に大きくなっていくアハトだが、お尻をついて座れる様になるのはまだ先だ。

「あはと、しゅごい」

 シュネーバルがアハトの頭を撫でる。優しく撫でて貰い、アハトが目を細める。

「俯せになれたら、ハイハイもすぐだな」

「グラウの時に経験してるけど、速いよねハイハイって」

「自分で移動出来るのが嬉しいみたいだからなあ」

 気になる物に突進していたグラッフェンを思い出す。のんびりしているヴァルブルガなど、グラッフェンの突進に巻き込まれて倒されていたものである。身体の軟らかいケットシーなので怪我をしないが、アハトも気を付けていないと似た様な事をやらかしそうだ。

「あはと、ねる」

「頑張ったからな」

 アハトが毛布にぺたんと広がってうとうとしていた。向かい側に横になって顔を覗き込んでいるシュネーバルも眠そうな顔だ。

「一緒にお昼寝する?」

「う……」

 返事が半分寝ている。孝宏は毛布を半分折り返してアハトとシュネーバルに掛け布団として掛ける。身体が小さい二人なので、子供用の毛布で足りてしまう。

 現在は赤ん坊のアハトがいるので、誰か彼かはついている様にしている。シュネーバルも生後一年は経っているらしいが、育成状態が悪かった為に身体の大きさも精神面も幼児に入ったばかりといった所だ。

 〈Langue(ラング) de() chat(シャ)〉は住人が多いので、おりには事欠かないのだが、イシュカとカチヤはルリユールだし、テオとルッツは配達に行く。ヴァルブルガも今はブローチ作りがある。

 ヨナタンもたまに服飾ギルドからコボルト織の反物を頼まれる様になっていた。ただし、服飾ギルドのヘルガを通した仕事しか受けない。ちなみに友好度が高いマリアンに頼まれる物は別枠らしい。

 織機を譲ってくれ、色糸の新色や布見本が手に入る度に見せに来てくれるマリアンとアデリナを、人見知りなヨナタンが尻尾を振って迎えるのだから特別なのだ。


「孝宏、お客さんだ。新聞社のフラウ・ニコラだ」

「フラウ・ニコラ?」

 リグハーヴス新聞の記者ニコラは、常連客だ。彼女が店の前で倒れ掛けて介抱したのが始まりで、それからは、お茶を飲みに来て本を借りて行く事もあれば、鉛筆を片手に原稿用紙に向かっている事もある。しかし、改めて話をと言われると何だろうと思ってしまう。

「アハトとシュネーバルがお昼寝しちゃってるんだけど、こっち来て貰う?」

「そうだな」

 孝宏は日常会話なら黒森之國くろもりのくに語で話せる様になってきたが、まだまだ知らない単語が多い。つまり、エンデュミオンの通訳が要るのだ。

 孝宏達は一階の居間に居たので、イシュカにニコラを呼んで貰う。その間にお茶を用意する。

 ラグマットの上の毛布でアハトとシュネーバルが寝たままだが、動かせないので仕方がない。

 台所のテーブルの上で、グリューネヴァルトとミヒェルが仲良くおやつの飴掛けのアーモンドを食べていた。

「お客さん来るからね」

「きゅっ」

「はーい」

 この家に火蜥蜴サラマンダーや木竜がいるのは、それなりに知られているのだが。竜と言う存在は今は希少らしく、エンデュミオンの頭に乗っているグリューネヴァルトを店で見た冒険者から、あっという間に広まっていた。

 ケットシーがあるじ、と言うのもまた珍しいのだそうだ。

「お邪魔します」

 ニコラが居間に入ってきた。奥まで来るのは初めてなので、視線があちこち動いているのは仕方がないのかもしれない。何しろ、彼女は記者なのだし。

 初めて会った時は顔色が悪かったニコラだが、今は自炊にも慣れたらしい。春らしい淡い黄緑色のワンピースの胸元に、ヴァルブルガのタンポポのブローチが着いている。

「どうぞ、フラウ・ニコラ。小さい仔がお昼寝してるので、こちらで」

「まあ……」

 ニコラは声を潜め、エンデュミオンが座る隣にある毛布で眠るシュネーバルとアハトをそっと伺った。

「シュネーバルと……?」

「アハトって言います。王様ケットシーから頼まれて預かってるんですよ。まだ赤ちゃんです」

「可愛いですねぇ」

 お茶のカップを運んで、孝宏はクッキーの皿と共にテーブルの上に置いて、ニコラの向かいに座る。ニコラにはソファーを勧めた。

「俺にお話と聞いたんですが」

「はい。私がリグハーヴス新聞の記者だとはご存知だと思うのですが、ヘア・ヒロに連載小説を書いて頂けないかとお願いにあがりました」

「俺に?」

 思いがけない話に、孝宏はエンデュミオンに顔を向けた。

『聞き間違い?』

『孝宏に連載小説を書いてほしいそうだ』

『あ、間違ってなかった』

 倭之國わのくに語でエンデュミオンに確認したが、孝宏の聞き間違いではなかった。

「何故、俺に?」

「元々黒森之國には説話集位しか読み物がなかったのはご存知ですか?」

「はい。そうみたいですね」

「説話集以外の物語と言うのは、衝撃的だったんですよ。今まで、書く人が居なかったんですから。伝え聞いた話を書くのではなく、自分で考えた物語を書くと言う行為自体が、です」

 黒森之國は今は平和だが、一昔前は王家の相続争いで國が荒れていたらしい。各々の領に王家の血を引く公爵がいるのだ。本家の王宮が世継ぎに恵まれない時期には、四領から世継ぎ候補が選ばれるので──大変だったらしい。

 争いの時代があったから、識字率も低い。殆どの民は教会で読み書きを習うだけだ。魔力が秀でていて、且つ入学金が用意出来たものだけが、学院に行ける。それ以外は家業を継ぐか、職人になるか冒険者になるかなのだ。

 日々を生きる為に働く者が、物語を書くゆとりなどない。そもそも、そんな事自体を知らないのだから。

「最近は教会学校に子供を通わせるのが推奨されておりますので、文字を読める者が増えてきたんです」

 幼い時から徒弟に入ったりすると、教会学校に通えなかったりするのだが、近々通わせなければならない決まりになるのだとか。

「他國でも識字率の低さが問題になり始めているそうですよ」

 他國の大使との会話の中で、だんだん解ってきたらしい。これ、うちもまずくね? と。

「そこでリグハーヴス領の新聞社では、楽しめる読み物を載せたら、文字を覚えようとする人が増えるのではないかとなりまして」

「売り上げも増えるしな」

 エンデュミオンがニヤリと笑う。ニコラも笑みを返した。

「そうなれば良いと思っています」

 リグハーヴス新聞は孝宏的なサイズ感で言うとA4両面刷りで、月水金の週に三回発行される。イシュカが配達して貰っているから、孝宏もエンデュミオンと一緒に読んでいる。

「新聞と言えば、天気予報って載ってないよね。経験で皆解るから?」

「天気予報? 天気を予測するのか?」

「うん。俺が居た国ではね、新聞にその日のや、週間の天気予報が載ってたんだよ。ほら、畑仕事やる予定立てたりするのに便利でしょ?」

聖都シルヴィアナには天体観測所があるので、予測していると聞きますが……」

 エンデュミオンは尻尾でパタンとラグマットを叩いた。

「農家なら自分で予測しそうだが。まあ、天気ならケットシーに聞けば解るだろう?」

「一般的に街にケットシーっていませんよ、エンデュミオン。それに初耳です」

「聞かれれば教えるんだが……」

 ケットシーのお天気予報はあたるのだ。それに〈Langue de chat〉には誰か彼かはケットシーがいる。

「フラウ・ニコラ、それで俺がお話を書くとして、どんな内容のお話かご希望はあるんですか?」

「えっ、希望を言っても良いんですか!?」

 にわかにニコラの瞳が輝き、オレンジ色に近い三つ編みがぴょんと跳ねる。

「子供も興味をもって読める様に、フリッツとヴィムみたいなお話をお願い出来たらと思っています」

「お話の長さはどの位ですか?」

「本一冊分位でお願いします。連載が終わったら、〈Langue de chat〉で貸し出しして頂きたいです」

 ふむ、と孝宏は考える。

 新聞はその日の分だけでも買う事が出来る。講読契約しているのは、大抵定住している住民だろう。冒険者などは、目についた時に買うのだ。

 定住していても、定期購読していない者もいる。もし、気になる記事があってそれが続き物だったら、いつ終わるか解らない物は辛いかもしれない。

「全部書き終わってから、原稿をお渡ししても良いなら、お引き受けします。その方が、全部で何話に分けたら良いのか判断出来るでしょうから」

「ええ、それで構いません」

 孝宏が引き受け、ニコラはほっとした表情になった。

 そっとカップをテーブルから取り上げ、少し冷めた紅茶シュヴァルツテーを飲む。

「ヘア・ヒロのお話には美味しそうな料理やお菓子が出てきますね。作り方が解ると嬉しいです」

「家庭でも簡単に作れるお菓子、等ですか?」

「はい。お休みの日に子供と作れる様な物を」

「……考えてみます。まずは書いてから、ご連絡します」

「幼い妖精フェアリーがいらっしゃいますから、ご無理はなさらずに」

 特に締め切りは設けず、待っていてくれると言う。かなり破格の待遇だろう。


「何書こうかなー」

 ニコラが帰った後、孝宏はカップを洗いつつネタを考える。結構何かをしながら、話を想像する派なのだ。あとは寝入りばなに考える。

(フリッツとヴィムはいつも旅に出てるからなあ)

 たまには家に帰っている時の話も良いかもしれない。あの二人は、小さな居心地の良い家に住んでいそうだ。

「おっと」

 ふにゃあ、とアハトが泣き出した。これはおしめだろう。

 手拭いで手を拭きながら居間に向かうと、「むちゅー」と寝惚けた声で、シュネーバルが教えてくれた。

「よし」

 エンデュミオンがおしめを入れてある籠から畳んであるおしめを掴みとる。

「有難う、エンディ」

 アハトを仰向けにしておしめを広げて、下半身を浮かせる。

「綺麗にしようなー」

 エンデュミオンが水の精霊(マイム)に頼んで汚れた部分を洗ってから、風の精霊(ウインディ)に乾かして貰う。

 汚れたおしめを避け、綺麗な物に取り替える。

「はい、さっぱりしたね」

「に」

 アハトを揺り籠に入れてシュネーバルに見ていて貰い、孝宏は一度おしめを持ってエンデュミオンとバスルームに向かった。孝宏は手を洗い、エンデュミオンはおしめを精霊ジンニー魔法で洗濯だ。

 洗濯はエンデュミオンやヴァルブルガが手伝ってくれるので、かなり楽をしていると思う。

 魔力がない人の場合だと、魔石で動く洗濯機があるらしいが、イシュカは手に入れていなかったのだから。

(フリッツとヴィムの家での日常も良いかもしれないなあ)

 書いてみて、ニコラやニコラの上司にボツにされたら、〈Langue de chat〉で本にすれば良いのだし。

「うん、そうしよう」

「書くものが決まったのか?孝宏」

「うん」

「そうか」

 ピン、と立ったエンデュミオンの縞々尻尾がゆらゆら揺れる。

 日本語──倭之國語で書いた孝宏の書いたお話を最初に読んで、黒森之國語に訳してくれるのはエンデュミオンだ。

「楽しみだな」

 孝宏の書いた物は、どんな話でも楽しみにしてくれる。

「いつも有難う。──おっと」

 乾いたおしめが空中から落ちて来た所を受け取り、きちんと畳む。

「エンデュミオンは孝宏のケットシーだからな」

「うん」

 孝宏はエンデュミオンを床から抱き上げた。最近はちびっこ達がいるから、孝宏の膝の上をシュネーバルに譲りがちだ。だから、お風呂や朝晩のブラッシングは丁寧にしている。

 五十年以上生きてるんだ、とは言うけれど、孝宏にしてみれば可愛くて頼もしいケットシーなのだ。

 ぐいぐいと額を肩に擦り付けるエンデュミオンの耳が頬に当たってくすぐったい。

 孝宏はエンデュミオンの温もりを腕に、ゆっくりと居間へと戻った。


孝宏に小説の依頼をして来た二コラです。

リグハーヴスの子供達は基本的に教会学校に通うので(他の領より子供の数が少なめです)、簡単な読み書き計算は出来ます。

天気予報は掲載されるのか……?

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