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クーデルカ先生の美味しい野営料理教室

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

クーデルカとクヌートもお仕事をします。


177クーデルカ先生の美味しい野営料理教室


 冒険者と言うのは、憧れや勢いでなる者が多いのは、今昔こんじゃく同じである。

「馬鹿なの?」

 冷めた眼差しでトルデリーゼが、ロビーで倒れている冒険者達に辛辣な言葉を投げ掛ける。

 彼等は冒険者なりたての青年達だった。普通なら冒険者登録したら、近隣で自主訓練を行いながら、地下迷宮ダンジョンへと近付いていく。

 しかし、彼等は直ぐに地下迷宮へと入り、一階層で迷いまくった挙げ句、他の冒険者に救出されて冒険者ギルドに連れられて来たのだ。

 しかも大した食料も持っていなかったらしい。地下迷宮内で採取や狩りで食い繋ぐ事は出来るが、通常はある程度は用意して持ち込む物だ。

 そもそも、冒険者になるなら、小さくても〈魔法鞄〉が一つ位無ければ採取も厳しいだろう。大荷物を持って地下迷宮に行くなど無謀だ。

「一階層に一つは安全地帯オアシスがあるんだから、そこで用意しておいたもので調理すれば良いじゃないの。簡単な料理も出来ないと地下迷宮じゃ生きていけないわよ。はい、ここ行って頂戴」

 トルデリーゼはチラシを一枚冒険者達に渡した。

 そこには魔法使いギルド主催の〈クーデルカ先生の美味しい野営料理教室〉と書かれていた。


「〈黒き森〉や地下迷宮に入るなら、山菜を幾つかだけでも覚えておくと良いよ。冒険者ギルドや魔法使いギルドに、食べられる山菜や茸の図鑑売ってるから初期投資で買うと良い。図鑑に載ってないやつは食べちゃ駄目。死ぬから」

 クーデルカの料理教室では、調理実習の前に座学がある。

「図鑑にはどの階層にどんな魔物や山菜があるのか書いてあるから、お得。安全性を高めたければ十階層ごとの地図も買うと良い。罠の場所も書いてあるから死ににくくなる。大事」

 地下迷宮の地図は冒険者レベルによって、買える階層が違う。それなりの値段はするが、命を大事にする冒険者なら買っておいて損はない。

 それを買う金がないと言う場合は、リグハーヴス騎士団の警備等を手伝うと、賃金を貰える。

闇の精霊(セーマ)魔法が使えなかったら、〈魔法鞄〉があると良い」

「先生、質問」

「どうぞ」

 律儀に手を上げた青年を、クーデルカが促す。

「〈魔法鞄〉って何処で売ってるの? 王都の専門店だと凄く高いんだよ。手が出ないよ」

 青年は王都からの冒険者だったらしい。

「四領だと王都より安いよ。闇の精霊魔法が使える靴屋さんで売ってるよ」

「靴屋!?」

「四領だと靴屋で鞄も作るから。意外と知らないみたい?」

「知らない知らない」

 ブンブンと、複数の冒険者や魔法使い達が首を振る。

「リグハーヴスなら〈オイゲンの靴屋〉で相談すると良い。初期装備は大事」

 あっさりとクーデルカは〈魔法鞄〉が作れる靴屋を教える。

「待って」

 直ぐに席を立とうとした冒険者達に、クーデルカが忠告する。

「ドアの向こうにクヌートが居るから。〈電撃〉でお仕置きされたくなければ、実習までやると良い」

 ざわつく部屋に関係なく、クーデルカは〈魔法鞄〉を持っている事をまず前提として、材料の下拵えを教えていく。

「オイゲンの〈魔法鞄〉は質が良くて良心的な値段だから、手に入れたと仮定してやるね」

 今はゼルマも居るので、月に作れる数も増えたのだ。と言う情報も、クーデルカは魔法使い(ウィザード)クロエや冒険者ギルドのトルデリーゼから教えて貰っていた。

「大抵の新人冒険者は数日から一週間単位で地下迷宮に潜るでしょ? 初めは〈魔法鞄〉、パーティーで一つだろうし」

 材料は予め皮を剥いたりして切っておき、蓋付きの容器や袋に入れておけば楽だとか、もしくは潔く乾燥野菜や干し肉や干しいいを持っていけば良い、と言った当たり前の事から教えていく。当たり前だが、準貴族出身の冒険者はそんな事も知らない。

 クーデルカ達コボルトは冬の備蓄としても、乾燥野菜や干し肉を保管していたから、当然なのだが。

「水は水の精霊(マイム)魔法が使えたら、それほど気にしなくても良いけど、クヌートによると砂漠の階層もあるから、水も〈魔法鞄〉には入れておく事。砂漠だと水の精霊が少ないから」

 便利な物も教える。

「これはね、固形スープ。食料品店にあるから聞くと出してくれる。コンソメ味とかトマト味とかある。あと輸入品店で売ってる味噌。鰹節と混ぜて味噌玉にしておくと便利」

「これ木の皮じゃないの?」

 少女の冒険者が、鰹節に目を丸くする。

「お魚を干したり薫製にしたりした物を削ったやつ。美味しいよ。倭之國わのくにの調味料。こういう便利なスープの元はね、乾燥野菜戻したお湯の中に入れれば、それだけで美味しいスープになる。料理の時間短縮すると、それだけ休む時間長くなる」

 どより、とざわめき冒険者達の視線が熱くなる。

「じゃあ、それぞれの味でスープ作って行くね」

 鍋を用意して水の精霊魔法で水を溜め、火の精霊(サラマンダー)魔法で加熱する。魔法使いでなくても、生活魔法で水や火の精霊魔法が使える者は多い。

 鍋の中に乾燥野菜や干し肉、干し飯等をスープの元の味によって変えながら入れていく。

「パンが無い時に干し飯をこうやってね、煮て戻してやると良いよ」

 コンソメ味のスープで干し飯を煮て、チーズを削って溶かす。トロリとしたリゾットだ。

 トマト味のスープには乾燥パスタを入れて煮てしまう。味噌のスープはジャガイモの団子を入れて具沢山に。つまり、クーデルカが作っているのは、具沢山の一品料理だった。

 新鮮な肉については、地下迷宮内で魔物を狩れば手に入る。魔物は大きいから、安全地帯で解体した魔物の肉を物々交換等で冒険者同士で分けあったりもするのだ。

「魔物のお肉の解体は、冒険者ギルドで講習あるから受けておくと良いよ。解体に失敗すると食べられないお肉になるからね。ハーブ塩は〈薬草ハーブ飴玉(ボンボン)〉のラルスが調合したのが美味しいよ。何種類かあるから買っておくと飽きない。それからね、ラルスは魔物避けの薬草玉も作ってるから買っておくと、安全地帯にどうしても辿り着けない時に生き延びられるよ」

 魔物避けの薬草玉は、携帯用の香炉に入れて火を点けると、魔物が嫌いな匂いを出す物だ。ラルスが作る物は上位の魔物にも有効なので、〈薬草と飴玉〉の隠れた人気商品だ。

「お肉焼くよ」

 解体したお肉として、とクーデルカは金串に刺した肉にハーブ塩を振り、火の精霊魔法で焼き始めた。

「これね、火の精霊魔法の繊細な使い方の練習になるよ」

 美味しそうな絶叫鶏の肉が焼ける香りが室内に広がる。何処からともなく、腹の虫が鳴く音が聞こえてくる。

「この位で焼けてる。押してみて透明な汁が出たら焼けてるけど、少し切って中が赤かったらもう少しね。金串にも熱を伝える様に精霊ジンニーに頼むと良いよ。精霊にはお礼に砂糖菓子あげてね。持っていく物の中に必ず入れて」

「砂糖菓子?」

「うん。飴でも喜ぶ。力を貸してくれた精霊にお礼。精霊が少ない時なんかはね、お礼くれる人のお願いを優先して聞いてくれるよ」

 物凄く重要な事をさらりとクーデルカは言いながら、鍋を木べらで掻き回す。魔法使い達が慌てて紙にメモを取る。

「そういうメモって散らばったりしない? 〈Langue(ラング) de() chat(シャ)〉で売ってる手帳お薦め。お手頃だけど、丈夫で良い紙使ってるの」

「〈Langue de chat〉?」

右区レヒツにある〈本を読むケットシー〉の看板のお店。ルリユールだよ。エンデュミオンって言うケットシーが居るから、お行儀良くしないと追い出されるけど」

 店員さんに喧嘩売らなければ大丈夫だよー、とクーデルカが笑う。

「噂で聞いてた大魔法使い(マイスター)エンデュミオン、本当に居たんだ……」

「居るよー。エンデュミオン優しいよ。はい、こんな感じになったら出来上がり」

 干し飯も乾燥パスタもふっくらと水分を含んで見るからに美味しそうだ。

「クヌート!」

はーい(ヤー)

 シュルリとドアから蔦が生え、ドアノブを回す。ドアが開いてクーデルカにそっくりな黒褐色のコボルトが入ってきた。二人ともきらきらとした藍色の瞳をしていて、違いはクーデルカの耳の先が白い位だ。

「クヌート、味見する?」

「うん」

 クーデルカは味噌味のスープを木の椀によそい、三本足の椅子に座ったクヌートに木匙と共に渡した。

 ふーふーと息をたっぷり吹き掛け、小さく丸めて平たく潰した芋団子をクヌートが口に入れる。

「もちもちして美味しい。スープに生姜入ってる?」

「うん。寒い時温まるから。はい、皆も気になるやつ味見してみて。それから作って貰うよ」

 わあっと冒険者達がテーブルの前に集まる。クーデルカは楽しそうに、木の椀にそれぞれのスープを注ぎ始めた。


「好評よねえ、クーデルカのお料理教室」

「簡単で美味しいですからね。地下迷宮に入るのに用意してないと駄目な物は、しっかりと教えてくれますし」

 クーデルカとお手伝いのクヌートは「言う事をちゃんと聞いておかないと地下迷宮で死ぬよー」と、笑顔で新人冒険者に畳み掛けるのだ。生真面目な双子コボルトは、面倒見良く新人冒険者へのお料理教室兼初期装備講習をやってくれている。おかげでクーデルカのお料理教室を受講した新人冒険者の生存率は高い。と言うか、現在のところ死者はいない。

 クーデルカとクヌートは無理なら魔物と戦わず、回避する事を教えるのだ。生きてさえいれば、何度でも地下迷宮には挑戦出来る。

 妖精フェアリーは基本が「いのちだいじに」なのである。

 トルデリーゼとクロエは、干し飯の入ったチーズ風味のコンソメスープを食べながら、研修室から聞こえる賑やかな声に微笑んだ。

 クーデルカはその日のお料理教室で作る料理を、味見用にギルド職員のお昼ご飯に作ってくれるのだ。今日はコンソメスープだった。

「ヨルンはこんな美味しいの毎日食べてるのね」

「コボルトは主のお世話をするのが好きなんですよ」

 人狼なので、コボルトに詳しいトルデリーゼが説明する。

 トルデリーゼの方が歳上に見えるが、クロエより歳下である。

「せめてと思って洗濯は私がしてます」

 ティーポットからお茶(シュヴァルツテー)をカップに注ぎ、ヨルンは二人の前に置く。

 クーデルカの小さな身体だと、ベッドからシーツを剥がすのが大変だからだったりするのだが、家事を全部やって貰うのはヨルンも一寸ちょっと気が引ける。

 クヌートの方は、主達の部屋に台所がないので、食堂を主に使っている。環境等にもより奉仕の仕方も変わる様だ。

「ところで古株冒険者からもお料理教室受講したいって来てるんですけど、どうしましょう」

「それ、クーデルカとクヌートに会いたいんじゃないの?」

「それもありますけど、料理が下手なまま生き延びてる冒険者もいるんですよ。現地で魔物狩って解体して肉焼いて食べるって言う」

 魔物肉はそれだけでも美味しい事は美味しいのだ。それにレベルが高くなると、多少の物を食べても死なないのだ。その頃には〈治癒〉魔法を使えるメンバーも高位になる為だ。

「恐ろしいわね……」

「それで毒耐性ついたりするらしいですよ」

「恐ろしいですね……」

 無茶苦茶な冒険者の話は尽きないのだ。三人で頭を付き合わせ、お茶を啜る。

「ずっと耐えてきたけどそろそろ限界だってなるらしいです」

「そう言えばヘア・テオが抜けたあとの〈紅蓮の蝶ティフォタァシュメタリング〉がそんな感じだったって噂で聞いたわ」

「え、ヘア・テオって〈紅蓮の蝶〉に入ってらっしゃったんですか?」

 何度も会っていたが、知らなかったヨルンである。

「ええ。彼は強いんですよ。配達屋に転向する時に抜けたんです」

 皆知ると驚きますよ、とトルデリーゼは小麦色の耳をパタパタ動かした。

「さっきの話ですけど、古株冒険者には新人講習とは違う講習も絡ませたいんですよね。クーデルカとクヌートはコボルト魔法教えてくれそうですか?」

「教えても良いと思う人には教えてくれますよ」

 現にヨルンやクロエ、騎士隊のラファエルにも魔方陣マギラッドを公開しているのだ。

「コボルトの高位魔法じゃないと解放されない〈治癒〉魔法があるらしくて」

「混合の〈治癒〉でしょうかね。麻痺と怪我を一度に治すとか……」

大師匠おおせんせいは独学でやってた気がするわ……」

 クロエが遠い目になる。エンデュミオンから習った大魔法使いフィリーネも当然出来る。あの二人は一寸規格外だ。

「階層も深くなると、〈治癒〉の速度も勝つ要素になるものですから」

「クーデルカとクヌートが了承すればやれると思いますよ」

「じゃあお願いしてみますね」


 コボルト兄弟の「お料理教室」開催以降、冒険者ギルドと魔法使いギルドのリグハーヴス支部に在籍する冒険者と魔法使いの生存率は鰻登りになった。

 噂を聞き付け、所属を変更した冒険者達も少なくなかったが、コボルト魔法はクーデルカとクヌートに認められた者だけが伝授された。ちなみに選ばれず暴れた者は、漏れ無く〈電撃〉に撃たれたと言う。


クヌートとクーデルカがコボルト魔法を教えるのは、その魔法に使う基礎素質がレベルに達している&善人である、という条件にあった人。

レベルに達していなかったら、「もう少しレベルを上げてから来て」と言われます。

基礎素質が片方しかないとか全く無ければ、補う魔法陣が書き込まれた魔石を貰えます。これは魔力を籠めれば、魔法が発動するもの。

ちなみに暴れると、魔石も貰えないし、電撃食らいます。



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