東の國への便り
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
お手紙来たからお手紙書いた。
176東の國への便り
倭之國からの手紙が届いたので、孝宏は返事を書く事にした。
手紙を書くには紙が必要だ。しかし、孝宏達が普段使っている紙は、手紙を書く物としては質が落ちる。
孝宏は作業場にいるイシュカの元へと赴いた。
「イシュカ、良い紙ある?」
「紙? どんな?」
「手紙を書きたいんだ」
「じゃあ厚すぎても駄目だな」
製本する時、本文の前に飾り紙を差し込んだりするので、イシュカは様々な紙を買い集めていた。
イシュカは孝宏を連れて、倉庫にしている部屋のドアを開けた。大工のクルトに紙が丁度収まる様に付けて貰った引き出し付きの棚に、色も手触りも違う紙が納められている。
「手紙ならこの辺かな」
引き出しを一つ引き抜いて、部屋にあるテーブルの上に乗せる。黒森之國で一般的な本のサイズの紙が入っていた。紙と紙の間に細長い紙が挟んであり、種類別に分けてある。一番上に小さな紙の束で色見本があった。微妙な色のグラデーションになっていて美しい。
「綺麗な色だね」
「ここの紙屋は紙の色が多いんだ。質も良いし。好きな紙を好きなだけ使うと良い」
「有難う、イシュカ。ところで郵便料金ってどうなってるの?」
「極端に大きな物や重い物は割高になるが、手紙や小さい小包は一律だな。國内料金なら冒険者ギルドで決められているから、テオに聞けば解るだろう」
「送り先が倭之國なら?」
「倭之國?」
別の引き出しから店でも使っている〈本を読むケットシー〉が刷られた深い緑色の封筒を取り出していたイシュカが、孝宏を振り返った。
「手紙が来たんだ。ヘア・ヨルンが届けてくれて」
「……國外便なら船便として一律だった筈だ。リグハーヴスからフィッツェンドルフの魔法使いギルド迄の料金も含んでいるんじゃなかったかな。半銀貨五枚だったかな」
輸出入船は國で運航している。個人店の輸入業者は輸入量に応じて輸送費を國に支払うが、一般人が手紙や小包を送る場合は一律金額なのだ。なにしろ、滅多に送る者がいない。各國に居る大使宛てが殆どだからだ。
「だから、いっそ小包で送った方が得なんだよ。空いている木箱だと……これ使って良いぞ」
テーブルの端に載っていた、丸まったエンデュミオンがすっぽり入る大きさの木箱を取り上げる。
「有難う。手紙の他に何入れようかな」
えへへ、と嬉しそうに孝宏は木箱を抱き締めた。
なにしろ色々な事があったので、最初から書こうとすると、一晩では書ききれないだろう。それに手紙の他にもお土産を入れたい。
夕食後、孝宏は再びイシュカを掴まえた。
「倭之國に送るのに、蜂蜜色の本やイシュカの手帳入れたいんだけど良いかな」
蜂蜜色の本なら、タイプライターで打つ文字数も少ないし、イシュカの銅板画も多い。
「良いんじゃないか? なら、これも入れるか?」
イシュカが孝宏に差し出したのは、寛いでいる時間に〈Langue de chat〉の住人をスケッチした大きめの画帳だった。緑色の革表紙の角を保護する金具が鈍い金色をしている。恐らくイシュカが習作した画帳なのだろう。いつも居間に置いてあって、見慣れた画帳だ。
「良いの?」
「俺はまた描けば良いしな。これだと、今の孝宏の〈家族〉が解るだろう?」
パラパラと捲ると、ルッツを腹に乗せてソファーで寝ているテオや、ヨナタンを膝に乗せて本を読んであげているカチヤのスケッチがあった。エンデュミオンは孝宏の書いた原稿を読んでいるのかもしれない。シュネーバルとアハトが一緒に寝ているスケッチや、ヴァルブルガが編み物をしている姿もある。孝宏はクッキーを作っているスケッチだった。
「イシュカの絵がないよ」
「あー、自分の姿って描かないなあ。追加するか?」
「うん。あと、絵に名前書いておいた方が良いかな」
「倭之國語で孝宏が書くといい」
確かに黒森之國語だと読みにくい名前もある。
「出来たら木箱に入れておくよ」
「うん、有難う」
木箱は孝宏の書斎の本棚の横に置いてあった。ドアが開いていれば誰でも入って良い事にしてある。
その時、孝宏とイシュカは妖精達がしっかり耳をそばだてていたのに気付いていなかった。
トントンカラリ、トンカラリ。
ヨナタンは機を織るのが速い。今は美味しそうな淡いオレンジ色の布を織っていた。コボルト織は人族の反物より幅が無いが、子供の服や小物には重宝する。
エンデュミオンに次に織るのは何色が良いか聞いたら、「孝宏の親戚は帝の嫁だから、子供には東宮色のオレンジが良いだろう」と言われたのだ。何も言わなかったのに、バレていた。
孝宏が手紙を書くのに一週間位掛ける、と言ったので反物一本なら織れると思ったのだ。
織った布の端を処理していたら、カチカチと爪音が近付いて来た。
「う」
「シュネーバル、おいで」
「う!」
部屋に入ってきたシュネーバルが、スツールに座るヨナタンの横に立つ。そしてじっと手元を見た。
「シュネーバルもなにかつくる?」
「う!」
しゅっと右前肢が上がった。
「はぎれでしおり、つくろうか」
「うー」
すりすりとシュネーバルがヨナタンに頭を擦り付ける。嬉しいらしい。ヨナタンより年下の北方コボルトなので、弟みたいで可愛い。
反物の端の処理を終えたので細い紙の筒に巻き取る。白い紙に〈Orange〉と書いて、反物にくるりと巻き、紙の重なった所をしつけ糸で綴じた。
「ちょっとまっててね。これおいてくる」
「う」
ヨナタンは反物を持って孝宏の書斎に向かった。ドアは開いていて、孝宏は店の方にいるらしい。
カチカチカチ。
軽い爪音を立てて部屋に入り、本棚の横の木箱の蓋を開ける。ふわっと良い香りがした。
「……」
木箱の中にはイシュカの手帳数冊と画帳の他に、蜂蜜色の本が一冊、そして小さな巾着型のポプリが入っていた。良い香りだが防虫になる花の香りだ。巾着袋にはレースの花が幾つも縫い付けてあったので、これはヴァルブルガからだろう。
それから巾着の隣の白い革の小袋は、エンデュミオンが入れた魔石だ。大きめのブルーベリー位で、おはじきに良いだろうと言っていた。砂漠蚕の黄緑色の小袋には、テオとルッツからの翡翠色の砂漠の薔薇が入っている。
皆考える事は同じみたいで、面白い。
ヨナタンはそっと反物を入れて蓋を閉じた。
カチヤと使っている部屋に戻ると、シュネーバルは座布団にちょこんと座っていた。ヨナタンを見て、尻尾を振る。
ヨナタンは端切れ入れにしている箱から、端切れを取り出した。
「どれにする?」
「ぎるべると」
ギルベルトの顔を織り込んだ布をシュネーバルが指差す。
「いくつかつくるなら、うらのいろをかえようか」
「う!」
赤・青・緑・黄色・茶色・黒と単色の布も取り出す。布に印を付けてから鋏を取り出して、栞より少し大きめに切り出し、中表に組み合わせていく。上に当たる部分には生成りのリボンを挟んだ。
「まちばりうって……ぐるっとぬうの。おもてにかえすから、ここでぬうのいっかいとめてね」
「う!」
糸を通した針をシュネーバルに渡し、糸玉を作ってやる。
「こうやってね、ちくちくする」
「う。うー!」
針を指に刺したらしく、シュネーバルが涙目になった。ペロペロと指先を舐めているが、その度にポワッポワッと緑色の光が微かに点ったので、舐める事で〈治癒〉しているのだろう。
「だいじょぶ? いきおいよくさしたらあぶないから、ゆっくりね」
「うう」
痛い思いをしたので、今度は慎重に針を布に刺していく。孝宏の料理を手伝うのを見ていても、シュネーバルは几帳面だ。意外と細かい運針で並縫いしていく。
「うん、じょうず。ここでぬのをおもてにかえすの」
三方縫った所で表に返し、熱鉱石の入ったアイロンで一度形を整える。縫い閉じてない口を少し内側に折ってアイロンを当て、まち針を打って。
「こうやってね、かがるの」
ヨナタンは入口を塞ぐ縫い方をシュネーバルに見せた。
「う」
ちろりと桃色の舌先を見せたまま、シュネーバルは真剣に針を動かした。最後の玉止めだけヨナタンがしてやったが、初めてとは思えない位上手く仕上がっていた。
「シュネーバルはきようだね」
「う!」
「このちょうしでのこりもやろ」
「う!」
チクチクと二人で針を動かす。孝宏は送られてきた手紙の内容をヨナタン達にも教えてくれた。孝宏の親戚も本を良く読むらしい。
「倭之國の方が、物語の本が多いんだって」と言っていたから、栞は配れる位あっても良いだろう。
ヨナタンとシュネーバルは他の布の組み合わせでもせっせと栞を作り、紐で束ねて孝宏の書斎の木箱に収めたのだった。
勿論、家族分の栞は名前の刺繍入りで別に作り、手渡したヨナタンとシュネーバルだった。
何も知らない孝宏は、数日掛けて分厚い手紙を書き、中に入れようと木箱を開けて仰天するのだが、更にその小包を送られた皓が『何か凄いの来たー!』と清涼殿から戻った桃李に突進するのは二ヶ月後の事である。
孝宏の気付かない内に、皆が木箱の中に贈り物を入れていました。
グリューネヴァルトとミヒェルが入れていたなら、ピカピカに磨いた魔石じゃないかな、と思います。




