シュネーバルと杖職人
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
シュネーバルの杖を作りに行きます。
172シュネーバルと杖職人
「イシュカ、金庫開けていいか?」
「ああ。どうぞ」
イシュカの工房にある金庫の前にエンデュミオンが立ち、ダイヤルをカチカチ回してから二つある鍵穴の1つに鍵を挿す。もう一つの鍵穴にはイシュカが持っている鍵を挿した。
「そろそろシュネーバルにも杖を作ろうかと思ってな」
「魔石ならクレスツェンツにもあるんじゃないのか?」
「シュネーバルは手で持つ杖は持てないからなあ。魔石も小さくて質の良い物にして、チョーカーに通せる形にしてもらわないと」
「成程」
シュネーバルは身体が小さいので、杖を持ったら魔石の重さに負けてひっくり返りそうだ。そもそも戦闘職にはならなそうなので、殴る必要もない。
「ここのじゃあ大きすぎるか」
金庫の中の革袋に入っている魔石を確認して、エンデュミオンは金庫の扉を閉めた。
「あとは……魔法使いギルドの金庫かな」
先日大魔法使いフィリーネが、エンデュミオンのギルドカードを返してくれたのだ。自動的に魔法使いギルドに復帰する事になってしまったが、強制依頼を出すのは限られた者だけだし、そもそもフィリーネに〈お願い〉された方がエンデュミオンは動く。
鍵を片方イシュカに戻し、エンデュミオンは二階の居間に行ってフード付きのケープを取り、昼食の用意を始めていた孝宏がいる台所に顔を出した。
「孝宏、エンデュミオンは魔法使いギルドへ行ってくる」
「もうすぐお昼になるよ?」
「用事を済ませたら戻ってくる。午後からシュネーバルの杖を作りに行こう」
「そっか、そろそろ作ってあげなくちゃね」
「エンデュミオンの弟子だから、最初の杖はエンデュミオンが用意する。その材料を取りに行ってくる」
「解った。気を付けてね」
「うん」
孝宏にケープを着せて貰い、エンデュミオンは魔法使いギルドへ〈転移〉した。身体が小さいので、ケットシーが歩いていっては時間が掛かってしまう。
ポンッと魔法使いギルドのロビーに出る。魔法使いギルドは冒険者ギルドに比べるといつでも空いている。魔法使いを名乗るならそれなりに技量が無くてはならない。ある意味資格職なのだ。
リグハーヴスの魔法使いギルドを拠点にしている魔法使いも少ない。大概地下迷宮に潜る冒険者達は、王都を拠点にしている者が多い。王都ギルドは大きいし、名前に箔を付けられるからだろう。リグハーヴスは地下迷宮があるものの田舎ギルド扱いだ。
それでも〈紅蓮の蝶〉がリグハーヴスに拠点を移した事もあり、最近はぽつりぽつりと定住する冒険者も増えている。
エンデュミオンはカウンターの前にあるスツールによじ登った。カウンターの上に目までしか出ない。
「おーい、クロエかヨルンは居るか?」
前肢を振って呼び掛けると、上からヨルンが顔を出した。
「大魔法使いエンデュミオン? 少しお待ち下さい」
ヨルンはカウンターの内側から出て来てエンデュミオンを抱き上げた。そのままカウンターの内側に連れていく。
「良いのか?」
「この方が話しやすいでしょう? カウンターにお座り頂く訳にもいきませんし」
ヨルンが座っていた椅子の、隣の椅子に下ろしてくれる。
「何だ? これ」
エンデュミオンの目についたのは、カウンターの内側のテーブルにあったチラシだった。
「〈コボルト直伝! クーデルカ先生の美味しい野営料理〉?」
「冒険者ギルドは初心者に研修をするでしょう? 魔法使いギルドも違う内容で研修をしようと言う話になって。食事は大事なので、クーデルカに頼んだんです」
「確かにクーデルカの料理は美味しいな」
コボルトは野営料理にも長けている。基本シチュー等の鍋料理になるが、料理が作れない冒険者は携帯食を齧るしかないのだ。
「そこそこ裕福な準騎士を実家に持つ冒険者だと、家に家政婦や料理人がいる場合があって、そうなるとほぼ料理が出来ませんからね」
「そうだなあ、料理はそれなりには作れた方がいいぞ。娘が出来た時に、師匠の料理はいつも少し香ばしいですって言われるからな」
ふう……と、エンデュミオンが哀愁に満ちた溜め息を吐いた。
それは火力を調節しないから焦げるのではないかとヨルンは思ったが、それより引っ掛かる言葉があった。
「娘……?」
確かエンデュミオンを〈師匠〉と呼ぶのは大魔法使いフィリーネだけだった筈だ。
ヨルンの反応に、エンデュミオンは彼を見詰め首を傾げた。
「ん? フィリーネはエンデュミオンの養女だぞ?」
「初耳ですが……」
「弟子を一人しか取れなかったからな。フィリーネは孤児だったし、養女にして財産を遺したんだ。なのにフィーは全然使ってないって言うんだ。使えそうな素材遺しておいたんだがなあ」
不満そうにエンデュミオンは、縞柄尻尾をプンプンと振る。
「そういえば、今日はどのようなご用件ですか」
「ああ、地下金庫の中の物で取り出したい物があってな」
「解りました、応接室へどうぞ」
どうぞ、と言ってもヨルンが抱き上げて一緒に応接室へと行く。
「大きい物でなかったら、これで呼び出せますよ」
応接室のローテーブルの脇にある地下金庫の中の物を呼び出せる魔方陣が描かれた小卓を示す。
「どれ」
床に下ろしてもらったエンデュミオンは、魔法使いギルドカードを、小卓の窪みに嵌め込んだ。そして魔力を込める。
小卓に銀色の光が走り、魔方陣が描かれる。光が収まると、そこに翡翠色の絹地の小袋が現れていた。
「うん、これだ」
エンデュミオンは小袋を覗き込み頷いた。小卓からギルドカードを取り、絹地の小袋と共に〈時空鞄〉にしまう。
「有難うヨルン。もしヨルンやクロエが使いたい素材が見付からなかったら、エンデュミオンに声を掛けてくれ、何かしら持っているから」
「有難うございます」
「ではな」
ポンッと音を立ててエンデュミオンが消える。
「大魔法使いエンデュミオンが魔法使いギルドに復活したのか……」
とはいっても、エンデュミオンに依頼を出す者がいるとは思えないが。依頼は断る事も出来る。エンデュミオンは主憑きのケットシーだ。孝宏から離れはしない。
応接室から出て来たヨルンは、カウンターを見て違和感を覚えた。何かが足りない気がする。
「あ、チラシが無くなっているのか」
カウンターに客が取れるように置いてあった、クーデルカの料理教室のチラシが消えていた。きっと、さっきまでいた魔法使い達が持っていったのだろう。
「エンデュミオンとの会話を聞かれてたのかな」
エンデュミオンの養女がフィリーネだとは知らなかった。エンデュミオンもだが、フィリーネも森林族としては若くして大魔法使いになっている。女性の年齢を考えるのは失礼だが、エンデュミオンがフィリーネを養女にしたのは、彼女が本当に幼い時だっただろう。
振り返れば、本当に親子のように暮らしていたのだと、彼らの会話から感じられた。ちょっぴりフィリーネに弱いエンデュミオン。それは、娘に弱い父親そのものだった。
きっと一生懸命家事をしようと頑張ったのだろうエンデュミオンを想像し、ヨルンは笑みが込み上げるのだった。
昼食後、孝宏はエンデュミオンとシュネーバルと杖職人クレスツェンツの店までやって来た。
エンデュミオンを肩車し、スリングにシュネーバルを入れて歩いている孝宏の姿は、リグハーヴスの街では見慣れ始めていて、顔見知りの住人と挨拶しながら大工通りに近い場所にある店へとやって来た。
「いらっしゃいませー」
ドアを開けるとカウンターの上に立つ木の妖精ゼーフェリンクに迎えられる。ゼーフェリンクは大きな茶色い栗鼠の姿をしていて、くるりと巻いた尻尾の先が若草色だ。ルッツ位の大きさだから、シュネーバルよりも大きい。
「こんにちは、ゼーフェリンク。今日はこのシュネーバルの杖が欲しいんだ」
「小さな杖のお客様! 待ってて、クレスツェンツ呼んでくる!」
ゼーフェリンクが奥の工房に続いているらしき壁の穴に飛び込む。
「うぁー」
スリングから顔を出していたシュネーバルが、ゼーフェリンクの尻尾を食い入るように見送った。ふかふかな物が好きなシュネーバルなので、抱き着きたいのだろう。
「杖を作って貰った後で頼もうな」
「う」
エンデュミオンにシュネーバルが右前肢を挙げた。了解の合図だ。
「お待たせしました」
客が居ない時は奥の工房で細工物を作っているクレスツェンツがカウンターに出てきた。銀髪の人狼であるクレスツェンツに、シュネーバルがスリングの中で尻尾を振る。
「う!」
「この子の杖ですか?」
「そうです。カウンターに上げても良いですか?」
「勿論」
カウンターの上に孝宏がスリングから出したシュネーバルを下ろす。
「どんな杖が良いですか?」
「う?」
クレスツェンツに問われ、シュネーバルは孝宏とエンデュミオンを振り返る。
孝宏の肩の上でエンデュミオンが頭をぽしぽし掻いた。
「実はどんな魔法が得意かどうかも解らなくてな」
「ではシュネーバル、こちらを持ってみて下さい」
「う」
クレスツェンツがカウンターの引き出しから取り出した八角柱の透明な魔石を取り出し、シュネーバルに持たせる、と言うより抱き着かせた。
「検知魔石か」
「はい。色が変わってきましたね」
検知魔石は魔力がある者が持つと、面によってそれぞれの魔法色へと色が変わる。得意な魔法であれば、より色がはっきり変わるのだ。
「ええと、全種類使えますが、特に木の魔法と水の魔法が強く出てますね。魔力も多いですから派生魔法も使えますよ」
カルテの様な紙に、クレスツェンツが検知結果を書き込む。
「これ、俺は何か出るのかな」
孝宏がシュネーバルから検知魔石を受け取る。じわっと魔石の根本の方に全種類の魔法色が薄く色付いた。
「薄っ」
「魔力はありませんけれど、全種類に反応がありますから、精霊や妖精との親和性がありますよ」
「そうなんですか。イシュカもこんな感じなのかな?」
「多分な」
イシュカも森林族を父親に持つものの、魔力は殆どなく魔法は使えない。ただし、精霊や妖精とは親和性が高い。
「シュネーバルは戦闘職になりますか?」
「や」
「ならないらしいぞ。どちらかと言うと護身用だな。でもエンデュミオンとヴァルブルガの弟子になるから、それ相応の杖で頼む」
「手で持つ杖ではないと?」
「ひっくり返るからなあ」
エンデュミオンの乾いた声に、シュネーバルを含め全員が頷く。
「ギルドカードを着けているチョーカーに通せる指輪型で頼む。石はこれで使えると思う。木竜の物だから相性も良いだろう」
エンデュミオンは翡翠色の絹地の小袋をクレスツェンツに差し出した。
「中でも質の良い物を選んで使ってくれ」
「これは?」
クレスツェンツは滑らかな赤いベルベットを貼った薄い木箱に小袋の中身を空けた。コロコロと十数粒の真珠の様な丸い石が出てくる。
『ブルームーンストーンみたいだな、これ』
うっすらと青い石に、孝宏がそんな感想を漏らす。黒森之國語で該当する単語が出てこなかったのか倭之國語だ。
じっと石を見ていたクレスツェンツが、はっと顔を上げてエンデュミオンを見た。
「これは……もしや〈竜の涙〉ですか?」
「そうだ。エンデュミオンの木竜グリューネヴァルトの物だ」
「これを一つ……いえ三つ入れた指輪を作りましょう。シュネーバルは魔力が多いですから」
「ではついでにあと四つ作ってくれ。こちらは石が一つで構わない」
「承知しました」
クレスツェンツは窓際においてある木の苗木の鉢植えを取り、石を見える様に埋め込みながら指輪を作っていった。
「こちらがシュネーバルの〈杖〉です」
「有難う。孝宏、着けてやってくれ」
「うん」
薄青い石が3つ嵌まった指輪を孝宏はシュネーバルのチョーカーに通した。
「う!」
杖を貰ったシュネーバルが、しゅっと両前肢を挙げる。
「似合う似合う」
孝宏に頭を撫でて貰い、千切れそうに尻尾を振っているシュネーバルが微笑ましい。
「で、こっちの石が一つの指輪は孝宏達が持つといい。グリューネヴァルトならこれの場所が解るんだ」
「迷子札みたいな感じ?」
「そうだ。イシュカ達に後で渡してくれ。クレスツェンツ、代金は幾らだろうか。魔石がいいなら魔石もあるぞ」
エンデュミオンは〈時空鞄〉から革袋を取り出してクレスツェンツに渡す。クレスツェンツは革袋の中身を確かめ、五センチ程の桃色の六角柱の魔石を選び出した。
「こちらを」
「うん」
革袋と翡翠色の絹地の小袋を返して貰い〈時空鞄〉にしまい、エンデュミオンは「シュネーバル」と促した。
「う」
ととと、と足音を立ててシュネーバルはゼーフェリンクに近付いた。
「ふかふか、しゅねーばる、ぎゅっしたい」
小さな両前肢を伸ばし、にぎにぎさせる。
「ふかふか?」
ゼーフェリンクがきょとんとする。確かに意味が解らないだろう。
「通訳すると、シュネーバルはゼーフェリンクの尻尾に抱き着きたいんだ。その子はふかふかした物が好きでな。ゼーフェリンクの尻尾はとても立派だから」
「そうなの! ゼーフェリンクの尻尾で良いならどうぞ」
ゼーフェリンクは快く、くるりと後ろを向いてシュネーバルに尻尾を差し出してくれた。
「うー」
むぎゅっと抱き着いたシュネーバルの顔が、ゼーフェリンクの尻尾にすっぽり埋まる。
「んんんー」
白い巻き尻尾をふりふりとご機嫌に左右に振って、シュネーバルがゼーフェリンクの尻尾をたっぷり堪能してから離れた。乱れた毛並みを気にせず、ゼーフェリンクがシュネーバルを撫でる。
「ありがと」
「どういたしまして。また遊びにおいで、シュネーバル」
「う!」
ゼーフェリンクに抱き締めて貰い、シュネーバルは孝宏のスリングに戻ってくる。シュネーバルがスリングの中に落ち着くのを待って、クレスツェンツは孝宏に木製の指輪を四つ渡した。
「先程の魔石だと貰いすぎになりますから、こちらをどうぞ」
「これは〈生命の指輪〉じゃないのか?」
「〈生命の指輪〉って?」
エンデュミオンの反応に、孝宏は掌の上にある指輪を一つ摘まんで、目の高さに持ち上げた。
白っぽい木で出来た指輪は良く磨かれていて、何かの葉の模様が刻まれているが、色などは着いていないし軽い。
「〈生命の指輪〉は身に付けていると死を一度回避してくれるんだ。冒険者なら垂涎の装身具だな」
『ゲームのアイテムみたい!』
「普通、おまけでくれる様な物じゃないんだがなあ」
「ふふ、店売りもしてますよ」
笑うクレスツェンツに、エンデュミオンはなだらかな肩を竦める。
「有り難く貰っておく」
「エンデュミオン、珍しい魔石はうちでも買い取りをしていますので、今度見せてください。買い取れなくても勉強になりますから」
「良いぞ。取って置きを見せてやろう」
実は昔から余り魔石談義が出来る者がいなくて残念だったエンデュミオンなのだ。集めた魔石なら地下金庫に唸る程ある。
「クレスツェンツとゼーフェリンクも、〈Langue de chat〉に遊びに来るといい。温室も入れる様にしておくから」
元々妖精のゼーフェリンクは入ってこれたのだが、住人の方は限定している。冬期の間、妖精の運動不足解消が主目的だったりするからだ。
「ええ、是非」
「ゼーフェリンク、連れていく」
クレスツェンツの方が出不精なのだ。時間があれば工房に籠って細工物を作っている。ゼーフェリンクの方はたまに〈Langue de chat〉に来てクッキーを買っていた。
「有難うございました」
「う!」
シュネーバルがスリングの中から前肢を振って店を出る。〈Langue de chat〉へと歩きながら、孝宏ははあーと息を吐いた。
『魔法もあるんだから、アイテムもあるのかー』
『さっきのグリューネヴァルトの指輪と一緒にギルドカードと着けておくといい』
『うん。特にテオにはあった方が良いよね、この指輪』
何しろ軽量配達屋とは名乗っているが、れっきとした冒険者なのだ。
「う」
スリングの中ではシュネーバルが手に入れたばかりの杖を両前肢で持って嬉しそうだ。もこもことスリングの上から尻尾が動くのが解る。家に帰ったら、イシュカとヴァルブルガに真っ先に見せに行くに違いない。
「おうち帰ったら皆でおやつにしようか」
「うむ」
「う!」
春が近付き緩み始めた雪を踏み締め、〈Langue de chat〉へ帰る。
引っくり返ってしまうので、杖を首からぶら下げる事になったシュネーバルです。
魔法使いコボルトとして育って来ていないので、殴り魔法使いにこだわらない。
生活魔法・治癒魔法から覚えて行きます。
後は護身用に「電撃魔法教えといたー」(クヌート談)と言う感じです。
氷魔法は孝宏とアイスクリームを作る為に覚えるシュネーバルです。




