〈Langue de chat〉の幸運妖精
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
シュネーバルとシュヴァルツシルトは仲良しです。
171〈Langue de chat〉の幸運妖精
「うーん」
黄緑色の瞳を半眼にして、エンデュミオンは灰色ケットシーと翡翠色の竜のフェーブを凝視した。
「土人形なんて、黒森之國では随分昔に廃れてしまったからなあ。でも確かにこのフェーブの中に核があるな」
「核って何入ってるの?」
孝宏の問いに鼻から息を吐き出し、エンデュミオンはフェーブから顔を離した。
「魔石を元にした核だろうな。コレットによればマダム・キトリーのフェーブは悪いものではないと言うが、家付き妖精みたいなものだろう」
「ああ、お手伝いしてくれる奴?」
「そうだ。フィリーネにも確認したら、棚の奥に落ちた物を取ってくれた気がすると返事が来た」
「そっか。じゃあこのまま飾っておこうよ。可愛いし」
「そうだな」
孝宏はフェーブを元通りに窓台に乗せた。小さく「ニャアー」と安堵の鳴き声が聞こえたが、多分気のせいではないだろう。
「シュネーバルはシュヴァルツシルトとまだ裏庭で遊んでるのか?」
「かまくら作ってあげたら気に入ったみたいで。そろそろおやつのお迎えに行くよ」
先日イージドールが氷祭の時はゆっくり遊べなかったからと、シュヴァルツシルトと〈Langue de chat〉に来たのだ。シュネーバルとシュヴァルツシルトは歳も身体の大きさも同じ位だからか直ぐに意気投合し、それからは時々一緒に遊んでいる。
孝宏は一階の台所に下りて、小さい紙袋二つに搾り出しで焼いた小粒クッキーを十粒ずつ入れた。ショールを羽織り、クッキーの小袋を持って裏庭に出る。
「シュネー、シュヴァルツー」
「う!」
「あい!」
呼び掛けにかまくらの中から返事が聞こえた。煉瓦道の脇に作ってやったかまくらを覗き込むと、雪のテーブルの上に木苺やブルーベリーを載せている二人が居た。
「今日は何して遊んでいるのかな?」
「おみせやしゃん」
「きのみ、うってるの」
お店屋さんはいいが、二人とも店員だと客がいない気がする。
「俺が買っても良いの?」
「う!」
「あい!」
「じゃあ、くださいな。お代はこれで良いかな?」
差し出した小粒クッキーの入った紙袋の中身を確かめ、シュネーバルとシュヴァルツシルトは、いそいそと雪で作った器に木苺とブルーベリーを盛り、孝宏にくれた。
「有難う。二人ともそれは後で食べるといいよ。温かい物おやつに食べようか」
「う!」
「あい!」
シュネーバルとシュヴァルツシルトは〈時空鞄〉に紙袋をしまい、孝宏の後をとてとてついてくる。見た目が二足で歩く仔犬と仔猫なので、物凄く可愛い。
台所のドアから中に入り、雪の器ごと陶器のボウルに入れてから、妖精二人のケープや手袋を外してやる。手袋は眠り羊の毛で編んであるので中まで濡れてはいないようだが、布で挟んで水気を取っておかねば。
「お手々洗おうね」
「う」
「じゃぶじゃぶー」
各々抱き上げて蛇口の下で前肢を洗わせてから、床に下ろす。靴も脱がせてやったので、そのまま居間のラグマットの上にころころと転がりにいった。
教会にいる時は修道服を着ているシュヴァルツシルトも、今日は遊びに来ているので濃紺のセーターに黒いズボン姿だ。
今日のおやつはアップルパイだ。オーブンに棲んでいる火蜥蜴のミヒェルに温めを頼んでおいたので、ほかほかだ。そこにエンデュミオンと作ったバニラアイスを乗せる。飲み物はミルクたっぷりの紅茶で。
「おやつだよー」
居間のローテーブルの前にちょこんと座り直した二人の前にケーキ皿を置いてやる。身体の大きさ的に床に座っても高さが足りないので、ここには大工のクルトに頼んで子供用の椅子を置いてある。専ら使うのはシュネーバルとシュヴァルツシルトだ。
「きょうのめぐみに!」
食前の祈りを唱え、シュネーバルとシュヴァルツシルトはアップルパイの上にあるアイスクリームを不思議そうな顔で見詰めた。
「ゆき?」
「ふふ、舐めてごらん」
ぎゅっと握ったスプーンでアイスクリームを掬い舌先で舐め、二人の眼が真ん丸になる。
「あまい」
「ちゅめちゃい」
そして揃って「おいちぃーねー」と頬を前肢で押さえた。可愛すぎて辛い、と孝宏が胸を押さえる瞬間である。
「アップルパイは熱いから気を付けてね」
「う」
「あい」
アップルパイを攻略し始めた二人を置いて、孝宏は濡れた小さな手袋を魔石暖房の近くに並べて乾かす。それからこちらも小さな靴を逆さまにして、中に入っていた雪を振り落とした。靴の中は濡れてなさそうだ。
(霜焼けにはさせられないもんね)
お風呂上がりには肉球に霜焼け予防のクリームを塗らなければ。
孝宏もまさか子育てをする事になるとは思っていなかったが、シュネーバルの世話をするのは楽しい。〈Langue de chat〉は家族数が多いから、皆で面倒を見られるのもあるだろうが。
リグハーヴスには保育所はないから、人族の子供達は親同士が融通しあったり、子守りを雇ったりしているらしい。
その点〈Langue de chat〉は妖精達の保育所みたいだよな、と孝宏は思う。目が多いから誰か彼かは見ていられるし、温室で遊ばせてもおける。いざとなったら、ケットシーの里に預ける手もある。ケットシー達は他の種族の妖精でも、頼めば面倒を見てくれる。
〈Langue de chat〉の敷地はエンデュミオンの縄張りになり、魔方陣が敷かれているので不審者は入ってこれず安全だ。ちなみにエンデュミオンが留守の場合は、ヴァルブルガが守護していると言う。
この家の主はイシュカなので、ヴァルブルガの縄張りじゃないのかと思いきや、先に来たのがエンデュミオンなのでエンデュミオンが優先らしい。
(木苺とブルーベリーで何作ろうかな)
実は温室に行く度に、シュネーバルはこつこつとベリーを集めては数粒ずつ孝宏に持ってきてくれていた。冷凍してためていたので、そろそろジャムを作ってもいい。
「お砂糖あったかなー」
戸棚を開けてジャムを作れる分の砂糖を見付けたので、鍋に冷凍していたベリーを入れて砂糖を振り掛ける。ベリーのジャムは皆好きで、直ぐに食べてしまうので、砂糖はベリーの量の半分で良いだろう。
「孝宏、お茶を頼む。イザークとコレットだ」
店に出ていたエンデュミオンが、木竜グリューネヴァルトを頭に乗せたまま居間の入り口に顔を出した。
「ヘア・イザークって妖精犬風邪引いてた人?」
「ああ。床上げしたからとコレットとお礼に来たんだ。それからシュネーバルに会ってみたいそうだ」
「う?」
アップルパイを食べ終え、ケーキ皿に残っていた溶けたアイスクリームを舐めていたシュネーバルが顔を上げる。同じように皿を舐めていたシュヴァルツシルトと顔を合わせてこてりと首を傾げた。
イザークは鋼色の毛色をした人狼だった。ゲルトと雰囲気が似ているな、と思ったらゲルトの従弟だと言う。
「命拾いしたよ。ハイエルンでもカモミールが品薄になっているって聞いていたから、リグハーヴスで用意されているなんて思わなかった」
「こっちにも妖精犬風邪が流行したからな」
ぽしぽしとエンデュミオンが前肢で頭を掻いた。ケットシーの里のケットシーにカモミールを集めて貰いました、とは流石に説明出来ない。
「リグハーヴス中の人狼とコボルトに感染したからな。こちらでもギリギリだったんだ」
「今年のは例年になく強力だったみたいだ。予防用のカモミールも処方してもらって助かったよ」
お茶を一口飲み「美味しい」とイザークは顔を綻ばせる。ゲルトより感情豊かな人狼である。
「この焼き菓子も美味しいですよ、ヘア・イザーク」
コレットに勧められてイザークはクッキーを齧る。
「本当だ、美味しい。ゲルトから聞いているけど、貸本もやってるとか」
「借りるならカードを作るぞ」
「是非。ところで白いコボルトって……」
「その子だな。シュネーバルだ」
イザークとエンデュミオンの視線が、人狼の背後に垂れたふさふさとした鋼色の尻尾に注がれる。そこにはシュネーバルとシュヴァルツシルトがしがみついていた。大して重さを感じないのだろう、イザークが尻尾を揺らしてやっているので、二人がキャッキャッと声を上げている。
「すまん、シュネーバルはふかふかした物が殊の他好きでな」
「構わないよ。本当に白い毛並みなんだな。ハイエルンでは白いコボルトは幸運妖精と言われるんだよ」
「幸運妖精?」
「幸運を招くと言われている。滅多に見付からないしね」
「幸運ねえ……」
シュネーバルが何かやった事があったかと記憶を探り、フェーブを入れた時の事を思い出す。無作為に入れていたように見えたのに、客に相応しいフェーブが当たっていた。
「幸運を招くとしても細やかなものだと思うが。それにシュネーバルは独立妖精だからな」
誰かに憑いていないので、特定の者のみに幸福を与える訳ではない。
アーデルハイドもシュネーバルに会っているが、特に何も言わなかった。彼女は余りそういった事に拘らなさそうだ。ヨナタンと同じようにシュネーバルを可愛がっていた。
「シュネー、シュヴァルツ、おいで。お昼寝の時間だよ」
「う!」
「あい!」
孝宏に呼ばれてシュネーバルとシュヴァルツシルトがイザークの尻尾から離れ、とたとたと駆けていった。
クウクウ、とシュネーバルが鳴きながら屈んだ孝宏の膝に顔を擦り寄せる。シュヴァルツシルトも孝宏の掌に頭を押し付けて撫でて貰っていた。それを見てイザークが納得したように頷いた。
「ヘア・ヒロがシュネーバルの母親代わりなんだね」
「何故解るんだ?」
「コボルトがあの鳴き方をするのは、親──特に母親に甘える時なんだよ」
「ほう」
一番シュネーバルを世話しているのは孝宏だから、母親認定されても不思議はない。
「ヘア・ヒロに危害を加えようとする者には噛み付くだろうから、気を付けてね」
「お、おう」
現在のところシュネーバルが誰かを噛もうとした事は一度もないのだが、野生児の為もしもの時は本能的に噛むだろう。恐らく我慢せずに噛む。
「仕方ないからその時は、エンデュミオンが噛まれた奴を聖都に送迎してやろう」
エンデュミオンの割り切り振りに、「そういうものなんだ……」とイザークが苦笑いしたがすぐに真顔になる。
「リグハーヴスは領主自ら妖精擁護しているし、住民も妖精に慣れているけれど、他領の冒険者崩れには気を付けて」
「解った」
素直にエンデュミオンは首肯した。
〈Langue de chat〉の敷地内は良いが、問題は店の外だ。いっそシュネーバルに噛ませてから対処した方が楽だな、という考えがちらつくがアルフォンスが煩いかなと思い直す。
「今悪い顔してたね」
「気のせいだ」
エンデュミオンの一番は、飛び抜けて孝宏なのだ。孝宏を害する者などはっきり言ってどうでもいい。シュネーバルに噛まれればいいし、エンデュミオンも呪う気満々だ。但し、孝宏が気に掛ける人々には目を掛ける。
「イザークとコレットが何か困った事があれば、エンデュミオンを喚ぶといい。黒森之國内であれば行けるから。それからこれをやろう」
エンデュミオンはイザークとコレットにマダム・キトリーの宝石の形のフェーブを渡した。コレットにはピンク色のハートシェイプブリリアント。イザークには淡い緑色のスクエアーエメラルド。
「それは暗くなると光るんだ。魔力を使わなくても光るから持っていくといい」
「有難う」
「有難うございます」
明日には一度王都に戻ると言う二人は、お礼にと可愛らしい青い花が封入された花織之國産の硝子のペーパーウエイトをイシュカに渡し、帰っていった。
シュネーバルとシュヴァルツシルトはイザークの尻尾に心残りを見せ残念そうだったが、エンデュミオンは人狼にも方向音痴でもなく社交的な者が、トルデリーゼやクレスツェンツ以外にも居たんだな、とこっそり思ったのだった。
幸運妖精と言われる白いコボルト。
主持ちだと主の幸運度が上昇しますが、シュネーバルは独立妖精なので、フェーブの時の様に関わる人に少しずつ幸運を与えます。
主と契約しないのでどこにでも行けますが、まともに魔法を使えないのと一人では暮らせないので、〈Langue de chat〉から出て行く気はない模様。
ケットシーと違って、コボルトは先輩から魔法を学びます。
シュネーバルの場合は、クヌートとクーデルカ及びエンデュミオンから魔法を習います。
まずは読み書きから覚え中です。近々杖を作って貰う予定。




