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<Langue de chat>のガレット・デ・ロワ

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

時季外れのガレット・デ・ロワです。


168〈Langueラング de chatシャ〉のガレット・デ・ロワ


 リグハーヴスの街にあるお店で、孝宏たかひろが定期的に訪れる店がある。

「こんにちは、ヘア・フロレンツ」

「こんにちは、ヘア・ヒロ、エンデュミオン」

 森林族のフロレンツが店主の輸入品店だ。ここには、倭之國わのくにの米や鰹節はもとより、他の國の食料品や雑貨が置いてある。

 いつもの倭之國産の米を買ってエンデュミオンの〈時空鞄〉に入れて貰い、孝宏は店内を見て回った。お菓子作りの道具などもここで買い集めた位、色んな物があるのだ。

「あれ? これって……」

 新着の物が置いてある棚に目が留まる。そこには小さな陶器の人形が幾つか置いてあった。鶏や羊や牛、教会らしき建物や水車小屋がある。それらは見本で、白い布袋一つに他にも色んな人形が入って売っていた。

 顔が黒くてクリーム色の毛を持つ羊を掌に乗せてみる。

「これ、フェーブ?」

「それは花織之國はなおりのくにでお菓子の中に入れて焼く陶器の人形だそうです」

 フロレンツの説明からしてもフェーブらしい。しかし、フロレンツはどんなお菓子なのかは知らない模様だ。エンデュミオンも孝宏の掌に乗った小さな陶器の羊に、不思議そうな顔をしている。

「孝宏、なんだそれは」

「これはね、フェーブって言うんだ。ガレット・デ・ロワっていうお菓子に入れるんだよ。アーモンドクリームを入れたパイ。俺が居た場所だと、フェーブには意味があったんだけど、ここのにはなさそうかな……?」

 何となく置物として楽しむ為のフェーブの様だ。意味があっても、黒森之國くろもりのくにの物ではないから解らない。

「それにしても結構入ってるな……」

 孝宏の両手に載る袋いっぱいにフェーブが入っている。袋を覗くと同じ物が幾つか入っていたので、明らかに業務用だ。

「あ、店でガレット・デ・ロワ出せば良いのか」

「面白いんじゃないのか?」

 そうしようそうしよう、と孝宏は店にあった三袋全部を買い求め、フロレンツの店を後にしたのだった。


 〈Langue de chat〉に戻った孝宏は手頃な籠にフェーブを一揃い出してみた。飾り物としてこれは取っておこうと思ったのだ。

 全種類出してみると、黄色い王冠や金貨の形、指輪のフェーブもあった。

「やっぱり意味あるのかな? でも気にしないでおこう」

 一度フェーブを洗って布巾の上で乾かしていると、通り掛かったイシュカがまだ洗っていなかった袋の中から、丸まって寝ている三毛猫のフェーブを摘まみ上げた。

「置物……?」

「お菓子の中に入れるやつなんだよ。それ、ヴァルに似てるね、イシュカの部屋に飾ったら?」

「良いのか?」

「うん、沢山あるし」

有難う(ダンケ)

 嬉しそうにイシュカは三毛猫のフェーブを貰っていった。後でイシュカの部屋を覗くと、それは窓台の上にちょこんと乗っていた。

「シュネーも欲しい?」

 袋からフェーブを出してテーブルに並べて遊んでいたシュネーバルに訊くと、すかさず右前肢が挙がったので、一揃いずつシュネーバルとルッツとヨナタンに避けてやった。各々小さな布袋に入れて渡してやれば大喜びされた。

 年長組にも袋を見せれば、ヴァルブルガは花籠、エンデュミオンも翡翠色の竜を選び、部屋の窓台に飾りに行った。

「グリューネヴァルト達も欲しいのある?」

「きゅっきゅー」

「これ欲しいー」

 グリューネヴァルトは開いた本から大木が生えている不思議なフェーブを、ミヒェルは暖炉のフェーブを選び、孝宏の部屋の窓台にエンデュミオンが選んだ翡翠色の竜と共に並ぶ事になった。

「俺達も良いの?」

「好きなのをどうぞ」

 テオとカチヤにも好きなフェーブを一つ選んで貰う。テオは帆船を、カチヤは青い小鳥を選んでいた。

 多分シュネーバル達が欲しがるだろうと、三袋買ってきて良かったと思った孝宏である。二袋は店の経費で買って貰い、一袋は自分で買い取れば良い。

「アーモンドパウダーと卵と粉砂糖、あとはバター。小麦粉も少しっと」

 孝宏は鍋で手際よくアーモンドクリームを作った。流石に今日から作らないと明日に間に合わなそうだ。〈Langue de chat〉で変わった物を出すと、あっという間に右区レヒツの中に伝わって客が訪れるのだ。

 相変わらず、〈Langue de chat〉の客は右区の住人が多い。左右区には大抵同じ業種の店があるので、各々の区内で日常の買い物を済ましてしまえるからだろう。ルリユールははっきり言えば日常的な店ではない。〈Langue de chat〉が貸本をしていると、左区リンクスの住人で知らない者も多いだろう。

 孝宏は冷凍用の保冷庫から、作りおきして冷凍してあったパイ生地を取り出した。麺棒で伸ばして天板に敷いてフォークでプスプスと穴を開ける。

 お客様に出すガレット・デ・ロワだから、孝宏は全員の分にフェーブを入れるつもりだった。それならば丸型より四角の方が効率が良い。

 パイ生地の上に絞り出し袋に入れたアーモンドクリームを均等に絞り出し、ナイフで五センチの升目を印付けた。

「シュネー、お手伝いしてみる?」

「……!」

 妖精用椅子に大人しく座って、孝宏の作業を見ていたシュネーバルに声を掛ける。しゅっと右前肢が元気に挙がった。

「じゃあ、お手伝いしてもらおうかな。まずは手を洗おうね」

 ケットシーと違って人に近いが、指の腹が肉球の様にぷにぷにしているシュネーバルの前肢を蛇口の水で一緒に洗い、エンデュミオンに風の精霊(ウィンディ)魔法で乾かして貰う。

「ここの升目の真ん中にフェーブを一つずつ入れてくれるかな?」

 ウゥ、とシュネーバルが喉を鳴らす。

 洗って乾いたフェーブを摘まんで、まだ柔らかいクリームの中に埋めていく。コボルトは器用な者が多いが、シュネーバルもきっちり升目の真ん中にフェーブを埋めている。意外と几帳面なのかもしれない。

 エンデュミオンが見ていてくれるので、孝宏はもう一枚の天板にパイ生地を伸ばした。

「ぜんぶいれた」

「有難う。こっちの方にも入れてくれるかな? エンデュミオンはフェーブが入った方を冷やしてクリーム固めて欲しいな」

「う」

 椅子ごとシュネーバルを次の天板の前に移動してやり、場所を交代する。シュネーバルは楽しそうにフェーブをクリームに埋めている。何処に何のフェーブを埋めたのか孝宏も解らないので、お客に出すのが一寸ちょっと楽しくなる。

 エンデュミオンが固めてくれたクリームを伸ばしたパイ生地で覆い、再び五センチの升目をナイフで付けてから、葉模様を刻んでいく。その上から卵液を塗る。

「よし、ミヒェルお願い」

「はーい」

 あとはミヒェルにお任せだ。不思議な事に火蜥蜴サラマンダーは、火を使う料理や菓子の焼き時間を完璧に知り尽くしている。

 天板二枚のガレット・デ・ロワを焼き、二階の台所に甘い香りが漂う。最後に食後のおやつ用のガレット・デ・ロワを丸型で作った。初めて作るものは、家族に試食して貰うのだ。

 こちらもシュネーバルがフェーブを埋めた為、誰にどんなフェーブが当たるのか解らなくて、この日の夕食は盛り上がったのだった。


 〈Langue de chat〉は大体、朝九時頃に開店する。

 ちりりりん。

「おはようございます」

「おはようございます」

 朝一番で揃ってやって来たのは、大魔法使い(マイスター)フィリーネと魔法使い(ウィザード)クロエだった。

「……早いな」

 呆れた顔でエンデュミオンは、外見は可憐な少女である淑女二人を迎えた。

「教えて頂いて有難うございます、師匠せんせい

「ヘア・ヒロの新作を食べ逃したら、お怨みするところでした大師匠おおせんせい

「いや来られないのなら、取り置き位はしておいたぞ」

 以前新作のクッキーを食べ逃したフィリーネに、「新作が出る日は教えてくれ」と泣いて怒られたので、前日に精霊ジンニー便を送る様になったエンデュミオンである。一番弟子に甘いエンデュミオンだが、自覚はない。

「いらっしゃいませ、大魔法使いフィリーネ、魔法使いクロエ」

 孝宏はまずは紅茶をポットで二人に届け、その後でガレット・デ・ロワをテーブルの上にそっと置いた。卵液を塗って焼かれたパイ生地は艶々こんがりと焼かれ、ナイフで刻まれた葉模様がくっきり浮かび上がっている。

「まあ、可愛らしいケーキ」

「中に詰めてあるのは何でしょう」

 きっちり五センチ角に切られた初めて見るケーキに、フィリーネとクロエが華やいだ声を上げる。

「中に陶器の人形が入っていますので、ご注意下さい。人形はどうぞお持ち帰り下さい」

 一言添え、孝宏はカウンターに下がった。

 暫くして「ケットシーですわ。ふふ、師匠にそっくりです」と言う声が聞こえた。

 フェーブの中に灰色で縞柄のケットシーがいたな、と孝宏は思い出した。座り立ちしたケットシーで目が黄緑色だった。孝宏の部屋の窓台にも、翡翠色の竜の隣に置いてある。と言うか、グリューネヴァルトがいつの間にか置いていた。

「私は翡翠色の竜です。大師匠のグリューネヴァルトみたいです」

 二人は仕事前にお茶を飲みに来たらしく、フェーブをハンカチで大事そうに包んで帰っていった。勿論本を借りるのも忘れずに。


 ちりりりん。

 次に来たのはリュディガーとギルベルトだった。朝の散歩の帰りに寄ったと言う。

「ギルベルト、このケーキの中には陶器の人形が入っているんだ」

「何故?」

「花織之國の菓子らしい。孝宏の居た所でも似た菓子があって、本来はフェーブに意味があるみたいだが。花織之國でのフェーブの意味が解らないから、置物として楽しむと良い」

「そうか」

 ギルベルトは楽しそうにフォークで少しずつガレット・デ・ロワを掬って食べ始めた。

「あ、黒いケットシーだ。ギルみたいだな」

 最初にフェーブを見付けたのはリュディガーだった。胸が白い黒ケットシーが二足で立っているフェーブだ。

「王冠だ」

 ギルベルトのフェーブは王冠だった。リュディガーはお手拭きの布で綺麗にフェーブを拭き、黒ケットシーの耳に王冠を引っ掛けた。

「可愛いな。マリアンとアデリナにも教えてあげよう。ビーネも喜びそう」

「うん」

 リュディガーとギルベルトが帰った後、孝宏は首を捻った。

『猫率高いな』

 ケーキの何処にどのフェーブが入っているのか解らないので、孝宏は端から順に出していっているのだが。

 次に来たのはリュディガー達に話を聞いた、マリアンとアデリナとビーネだった。

「まあ、指貫ゆびぬきだわ」

「私もです。花が描かれていますね、綺麗です」

「ちゃからもの!」

 ビーネは薄い檸檬色のオーバル・ブリリアントカットをした宝石の形のフェーブで大喜びした。

 フェーブの中には実用的な物もあって、指貫や指輪はそのまま使えた。マリアンとアデリナは、柄違いの指貫を喜んで持って帰った。

 その後はおやつを食べに来たクヌートとクーデルカに、揃って開いた本から大木が生えているフェーブが当たった。お土産に彼らの主の分のガレット・デ・ロワを持たせたのだが、何のフェーブが出たのか気になるところだ。

 カミルにはクロワッサンとブリオッシュのフェーブが、エッダには指輪のフェーブが当たった。一緒に来ていたグラッフェンにはラウンド・ブリリアントカットされた、ほんのり水色の宝石のフェーブだった。

「ちゃからもの!」

 エッダに綺麗にしてもらったフェーブに、グラッフェンは頬擦りしている。宝箱に入れる物が増えた様でなによりだ。

 カミルは自分のフェーブをお手拭きで拭い、孝宏に見せる。

「これ何?」

「クロワッサンとブリオッシュって言うパンだよ。バターを贅沢に使った」

「パン!?」

「ここでは花織之國のパンなのかな……」

「ヒロ、作れる?」

「作れるよ」

「教えて!」

 パン型フェーブから、カミルにクロワッサンとブリオッシュを教える事になってしまった。

「何か、法則あるのかな」

 カミル達をエンデュミオンと見送って、孝宏は腕を組んだ。

「何がだ?」

「何かこう、その人に相応しいフェーブが当たっているような気がして」

「フェーブを入れたのがシュネーバルだからなあ」

 妖精フェアリーが入れているので、何かしらの効果があっても不思議はない。

 孝宏のガレット・デ・ロワは、一週間店で提供されたが、不思議な事に複数回食べた客でも同じフェーブに当たらなかった。


「フェーブ、まだ沢山あるんだよな。そうだ、教会キァヒェにも持っていこう」

「子供達が喜ぶな」

 孝宏は時々教会の孤児院にお菓子を届けている。早速ガレット・デ・ロワを作り始めた孝宏に、シュネーバルがエプロンの裾を引っ張った。

「しゅねーばる、おてつだい、する」

「じゃあ又フェーブ入れてくれる?」

「しゅねーばる、いれる」

 孝宏が見ても無作為にクリームにフェーブを埋めている様にしか見えないのだが、相応しい者に相応しいフェーブが当たるのだ。

 エンデュミオン曰く、「皆喜んでるからいいんじゃないのか?」なのだが、恐らく本場花織之國よりも不思議なガレット・デ・ロワになったのだった。

 エンデュミオンが教会に届けたガレット・デ・ロワは子供達にとても喜ばれ、全員に当たる分だけ届けたので、ベネディクト達大人にも行き渡り、皆で夕食の後のおやつになった。

「これは変わった色の蝶だな……」

 ベネディクトには紫色をした美しい蝶が描かれた指輪が当たり。

「鍵、だよな? これ」

 イージドールには白い鍵だった。鍵の握りが三つ葉の形になっていて紐が通せる穴が空いている。

「ちゃからもの!」

 そしてシュヴァルツシルトには薄い緑色のエメラルドカットされた宝石の形をしたフェーブが当たったのだった。


 リグハーヴスの住人を楽しませた〈Langue de chat〉のガレット・デ・ロワだったが、花織之國のフェーブが本当に不思議なフェーブだと孝宏達が知るのは、もう少し後の話である。


本来ガレット・デ・ロワは一月上旬に食べるお菓子。

孝宏がフェーブを見付けたのが遅かったのと、黒森之國には無いお菓子なのでという事にしています。

このフェーブのお話はもう少し続きます。

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