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アルフォンスのささやかにして最高の御礼

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

妖精犬風邪が終息しました。


163アルフォンスのささやかにして最高の御礼


 アーデルハイドは黒い外套に葡萄色の首巻きをぐるぐる巻いて、ステンドグラスが填まる〈Langueラング de chatシャ〉の緑色のドアを開けた。

 ちりりりん。

「いらっしゃいませ──アーデルハイド、もう大丈夫なのか?」

 カウンターに居たテオに、アーデルハイドは首巻きを下にずらして笑った。

「漸くな。寝込んでいた間に、リヒトとナハトがルッツにお土産を貰ってきたよ。〈暁の砂漠〉に帰省してたんだな」

「うん。今年は新年祝賀会ノイヤァフレヤァに行ってきたんだよ」

「はは、遂に引っ張り出されたのか」

 アーデルハイドはテオが〈暁の砂漠〉の族長の息子だと知っていた。弟が族長になるからと、毎年逃げ回っていたのも当然知っている。

「暖かい奥に座ると良いよ。予約していた本もあるし。持っていくから座ってて」

 今は客が居ないので、席は選び放題だ。

有難う(ダンケ)

 孝宏の本なら系統を問わずに読むので、新刊が出たらアーデルハイドは予約している。

「今日はルッツは店に出ていないのかい?」

「いや、今はおやつを食べに行ってるだけだよ」

「おやつたべてきたー」

 言ってる傍からルッツが店に出てきた。その後ろからシュネーバルも走り出てくる。

「わぁ、シュネーバル!」

 テオが掴まえようとする手をすり抜け、シュネーバルはルッツと一緒にアーデルハイドの前に立った。

「おやおや」

 笑ってアーデルハイドはルッツとシュネーバルを抱き上げて膝に乗せた。

「この子がシュネーバルか。リヒトとナハトと遊んでくれたんだってね」

「……!」

 顎の下を指先で掻いて貰い、シュネーバルの尻尾が揺れる。

「ルッツもお土産を有難う」

「あいっ」

 アーデルハイドが来た時にはいつも顔を見せているので、ルッツはそのままアーデルハイドの隣の椅子に座ってしまう。シュネーバルもアーデルハイドの膝にちょこんと座っている。

「シュネーバルはまだ病み上がりだから、店に出てないんだよ」

「もしかして妖精犬風邪コボルトエッケルトンか?」

「そう。シュネーバルがエンデュミオンの温室に紛れ込んだから、妖精犬風邪の流行が解ったんだって」

「おやおや、それでは私の恩人の一人か」

「そうだね」

 テオはアーデルハイドの座るテーブルに革袋に入れた本を置いた。

「シュネーバル、混んできたら奥に戻るんだよ?」

「……」

 しゅっとシュネーバルが右前肢を挙げた。

 テオが一階の居間に居る孝宏たかひろにアーデルハイドの来訪を伝え、カウンターに戻る。

「スヴェンは仕事?」

「ああ、ザシャと今度の〈氷祭〉の打ち合わせだ。氷像を建てる場所に魔法陣マギラッドを描くそうだよ」

 主に氷の妖精(アイス)ナハトと地下小人ノームグエンとギヨームの仕事になるだろうけれど、と外套を脱いでいたアーデルハイドのセーターを握るシュネーバルの小さな指先を指の腹で撫でる。

「いらっしゃいませ、フラウ・アーデルハイド。やっぱりこっちに居たか、シュネーバル」

 アーデルハイドの膝の上で前肢を振るシュネーバルに、孝宏は笑うしかない。

「生姜のジャムを入れたミルクティーです。あと、エァドゥベーレンとバニラの市松クッキーです」

 エンデュミオンにフリーズドライして貰い粉末にした苺を生地に練り込んでピンクを出した、孝宏的にはおめでたい色のクッキーだ。

「有難う、ヒロ」

「お元気になられて良かったです」

「エンディがカモミールを運んでくれたおかげさ。今日はエンディも〈氷祭〉の打ち合わせか?」

「俺が言い出しっぺだったりするんで、魔法陣作る手伝いに行きました」

 騎士団長マインラートの魔力解放治療にと、「氷像を作ってみたら」と言ったのは孝宏だ。しかし孝宏は魔法を使えない。

 きっと今頃配置が甘い魔法陣に修正を入れつつ、スヴェンとザシャと魔法談義に花を咲かせているだろう。

 エンデュミオンは自分の持つ魔法の知識を、若い魔法使いに教えるのが好きなのだ。スヴェンとザシャは召喚師サモナーだが、エンデュミオンの知識は召喚師の魔法陣にも及んでいる。

 ちりりりん。

「こんにちは。師匠せんせいはいらっしゃいますか?」

 ドアベルを鳴らして入ってきたのは、大魔法使い(マイスター)フィリーネだった。

「ええと、今日は騎士団の訓練場に行ってます」

 多分、魔法使いギルドからの方が訓練場は近い。

「あああ……」

「もうすぐ帰ってきますから、一休みしてください」

 がっくり来たフィリーネに、孝宏は椅子を薦める。

「有難うございます」

 緑色のソファーに腰を下ろしたフィリーネは、斜め向かいに居たアーデルハイドに会釈し──そのまま固まった。

「あ、あのその子は」

 見付かったのなら仕方がない。孝宏はフィリーネに紹介した。

「シュネーバルです。大魔法使いフィリーネがいらっしゃったのはこの子の事ですか?」

「はい。領主様がそろそろ面会しても大丈夫かと仰られて」

 アルフォンス・リグハーヴスは妖精犬風邪の完全終息まで待ってくれていたらしい。

 ちりりりん。

「ただいま」

こんにちは(グーテンターク)

「こんにちは」

 スヴェンに肩車されてエンデュミオンが帰ってきた。後ろからザシャも入ってくる。

 いつもなら賑やかなリヒトとナハトは、スヴェンのスリングの中で眠っていた。ザシャの水魚マイムラーレはひらひらと蒼く美しい尾鰭を揺らして、定位置の肩の上に浮かんでいる。

「お帰り、エンディ」

 スヴェンからエンデュミオンを受け取り、孝宏はそのままフィリーネに届ける。

「師匠、これから領主様の所へ一緒に行って下さい。ヘア・イシュカとヘア・ヒロ、シュネーバルもです」

「…………茶位飲ませろ」

 聞こえない言葉で「嫌だ」と聞こえた気がした。エンデュミオンは王様や領主と言った立場の人間が好きではないのだ。

 しかし、ごねてもアルフォンス自らが来るのが目に見えているので、エンデュミオンは自分で行ってさっさと帰ってくる。

 スヴェンとザシャはアーデルハイドの向かいの席に座り、ルッツとシュネーバルを撫でていた。

 孝宏は台所に戻ってお茶とクッキーを用意しそれを届けてから、工房のイシュカの元へと顔を出した。

「イシュカ」

「ん?」

 イシュカとカチヤが作業の手を止めて顔を上げて孝宏を見た。窓際の椅子でレースの花を編んでいたヴァルブルガも緑色の瞳を瞬かせる。

「領主様がシュネーバルに会いたいみたい。大魔法使いフィリーネが来てる」

「解った。カチヤ、店の方に出てくれるか?」

「はい、親方マイスター

 道具を木箱に戻し、革の前掛けを外してカチヤが台所に向かっていく。今日のヨナタンは二階で機織りをしているのだ。

 イシュカとヴァルブルガも道具を片付け、二階から外套を取ってきて身に付けた。

 そしてエンデュミオンとフィリーネが一息ついたのを見計らい、店に出る。

「お待たせしました。シュネーバル、おいで」

「……だっこ?」

「うん、抱っこ」

 前肢を伸ばしてくるシュネーバルをショールで包んで孝宏が抱き上げる。エンデュミオンはフィリーネに抱き上げて貰っていた。イシュカはヴァルブルガを片腕に抱いている。

「よし、さっさと帰ってくるぞ」

「師匠……」

 恨めしげな顔で睨むフィリーネから目を反らし、パチンと音を立ててエンデュミオンは〈転移〉した。


 領主館の玄関前に〈転移〉して、階段を上がる。

「……!」

「やっぱり気になるよねー」

 紋章の付いたドアノッカーに目を輝かせたシュネーバルに、ドアをノックさせてやる。

 ドアを開けた執事のクラウスに覚えのある応接室に通されて、お茶を頂いてアルフォンスを待つ。

 大きな栗で作られたマロングラッセをシュネーバルが嬉しそうに食べていたので、栗が好きなのだろう。食べ物の好みが結構エンデュミオン寄りかもしれない。孝宏が心にメモをしていると、応接室の扉が開いた。

「呼び立ててすまないな」

 アルフォンスがクラウスと共に部屋に入ってきて、一人掛けのソファーに腰を下ろした。そして座り直した孝宏の膝の上で、ヴァイツェア産の苺を両前肢で持って「あー」と口に押し込むシュネーバルに目を細める。

「美味しいかい?」

「……!」

 しゅっと伸ばした右前肢を、孝宏が掴まえてナプキンで拭う。口元も拭いて貰い、シュネーバルはウルルルと喉を鳴らした。

「アルフォンス。この子がシュネーバルで、雄の北方コボルトだ。グレーテルによればまだ一歳程度らしい。魔法使いの素質があるな」

 孝宏の隣に座っていたエンデュミオンが説明する。

「ああ、体色が淡いのだね」

「野生で生きていたから今まで見付からなかったんだろう。このまま〈Langue de chat〉で預かる。住人登録もイシュカにして貰ったしな」

「すっかりなついている様だし、その方が良いだろう。ハイエルン公には手紙を書いて送るよ」

「ああ頼む。シュネーバル、エンデュミオンが魔法を教えてやるからな」

 立てた縞々尻尾をゆらゆら揺らして、エンデュミオンがご機嫌な声で言った。

「っ!?」

 コフッとフィリーネが紅茶を噴き掛け、慌ててカップを置いてナプキンで唇を押さえた。

「師匠!?」

「ん?」

「師匠が教えるって、一体どんな魔法使いコボルトを育成する気ですか!」

「……最強の魔法使いコボルトかな?」

 肉球を顎に当て、エンデュミオンはフィリーネに流し目を送る。

「可愛らしく言っても駄目ですよ。バレたらハイエルン公爵とハイエルンの魔法使いギルドから苦情が来ますよ」

「うう、フィリーネがエンデュミオンから弟子を奪おうとする」

「泣き真似しても駄目ですよ」

 冷ややかなフィリーネに、エンデュミオンは鼻を鳴らした。

「フン、ハイエルンの魔法使いを衰退させている奴等に言われたくないな。それにエンデュミオンの知識をシュネーバルに教えても問題はないぞ。シュネーバルは独立妖精だから、主を作らないからな」

 〈主〉に命令されて襲撃したりはしないのだ。逆に命令した相手を襲撃するだろう。

 アルフォンスがカップの縁を指先で弾いた。

「シュネーバルと友好関係を築けた魔法使いだけが、伝授系の高位魔法を教えて貰えると言う事か……」

「そういう事だ。エンデュミオンのはクヌートとクーデルカが得意な魔法陣や封入系統とは異なるしな」

「師匠のは魔力さえあれば即撃ちも可能な、攻撃と防御系統ですからね」

「簡易魔法陣ならヴァルブルガの方が得意だぞ」

「?」

 イシュカの膝の上で、クリームの掛かった苺を食べていたヴァルブルガが不思議そうな顔をしている。好物の苺を堪能していて、話を聞いていなかったらしい。

 ヴァルブルガは刺繍で魔法陣を発動させたり出来るのだが、これは刺繍が上手くないときちんと発動してくれない物なのだ。布で作ると繰り返し使えて便利だとしか、多分ヴァルブルガは考えていない。

 ちなみに、〈Langue de chat〉の台所にも〈温める魔法陣〉〈冷やす魔法陣〉の刺繍がある布があり、孝宏が料理に活用している。

「まあ、クヌートとクーデルカと遊んでいるうちにも魔法は覚えていくだろう」

 あっさりとまとめ、エンデュミオンは横からシュネーバルが差し出した苺を頬張った。

「ところでエンデュミオン」

「何だ?」

 ごくりとエンデュミオンは苺を飲み込んだ。

「カモミールの手配をしてくれた様だな。感謝する」

 微笑むアルフォンスに、エンデュミオンはぽしぽしと頭を掻いた。

「ああ、もしかして妖精犬風邪は領主に報告義務があったのか?」

「実はな。とは言え初めてリグハーヴスで発生したから、ドクトリンデ・グレーテルすら忘れていたよ。まあ、その話はもう良いんだが、カモミールを集めるのにケットシー達に頼んだのではないか?」

「頼んだが、代金代わりにアロイスの干し肉と薫製肉ベーコンのシチュー、カールの黒パンシュヴァルツブロェートゥを渡したぞ」

 ちゃんとした取り引きだと、釘を指す。

「それはそれとして、領主の私からも御礼がしたいのだ。ケットシー達が喜ぶものは何だろうか」

「……そうだな。ケットシーは服を着ないからそれほど布は欲しがらないしな。やはり食べ物が喜ぶんだが」

 そこでエンデュミオンはポンと肉球を合わせた。

「新年祝賀会で飲んだ金色の林檎ジュースが良いな。あれは美味しかった。ルッツも気に入っていたし。それと胡桃やアーモンドを飴掛けにした物と、花の形の飴細工、果物の砂糖漬けがいい。イェレミアスなら作れるだろう?最近腕が上がってきたし。今日の菓子も美味い」

「その様な物で良いのか?」

「ケットシーは綺麗な物が好きなんだ。きっと喜ぶ」

「そうか。では用意させたら届けて貰っても構わないだろうか」

「ああ、良いぞ」


 リグハーヴス領主アルフォンスからとしてケットシー達に届けられたささやかな贈り物は、最高の贈り物として受け取られた。

 ケットシー達は嬉しさの余り夜通し歌い踊り、住人達が寝静まったリグハーヴスの街に祝福の光を降らせた。

 唯一、聖都シルヴィアナの天体観測所でのみ観測された祝福の光は、大規模過ぎた為に「あれは何だ」と騒動を巻き起こすのだが──リグハーヴスでは誰も知らず、話題にも上らないのだった。


シュネーバルは〈Langue de chat〉のなかで育つため、色々な技能を身に着ける予感。

野性児なので、結構すばしっこいです。

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