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テオとルッツと新年祝賀会(後)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

社交界デビューです。


158テオとルッツと新年祝賀会ノイヤァフレヤァ(後)


 大広間は新年祝賀会ノイヤァフレヤァ用に飾られ、その場にいる人々も礼服を身に纏っているため、とてもきらびやかだった。

「いーじゅ、きらきら」

「そうだねえ」

 お腹の隠しポケットからレンズを取り出して目に翳したシュヴァルツシルトが、興奮してイージドールの司祭服をぎゅっと握っている。

 そういえばケットシーは魔石みたいなきらきら光る物が好きだったなと、テオは思い出した。

 名前を紹介されて大広間に入り、ロルツィングと一緒に知り合いの挨拶回りに連れていかれ、会った人の顔と名前を覚えるのにいっぱいいっぱいだ。

 仕事柄人の顔と名前を覚えるのは得意な方だが、一辺に沢山覚えるとなると流石にきつい。

 ロルツィングが挨拶する相手は、ティルピッツとレヴィンが合格を出しているだけあって、ルッツの善人判定も潜り抜けた。

 イシュカと孝宏たかひろも合流したハルトヴィヒとフォルクハルト、リュディガーとギルベルトと一緒に挨拶回りをしていた。今はリグハーヴス公爵アルフォンスと話をしているのが見える。

「テオ、りんごジュースちょうだい」

「喉乾いた?」

「あい」

 手に持っていたグラスの林檎ジュースのストローをルッツの口に入れてやる。王宮の林檎ジュースは金色に澄んでいた。多分すりおろしたか、煮た林檎を丁寧に濾しているのだろう。

 メイドが運ぶ盆の上には林檎酒シードル葡萄酒ワインもあったが、ルッツも飲めるジュースにしたのだ。

 チューと美味しそうに林檎ジュースを飲んでいるルッツの耳の付け根を、ロルツィングが指先でかしかしと掻いた。くるる、とルッツの喉が鳴る。

「大体挨拶しおえたな。陛下への挨拶もすんなり終わったし」

「すんなりって言うかさ……」

 リグハーヴス・ハイエルン・フィッツェンドルフ・ヴァイツェア・〈暁の砂漠(モルゲンロート)〉の公爵及び族長は、王座のマクシミリアン王に新年の挨拶をするのである。

 今回初めてロルツィングと一緒に拝謁したテオだったが、王座の下に立った時ルッツがいつもの様に「こんちは(グーテンターク)!」と挨拶したのだ。

 妖精フェアリー精霊ジンニーは人の権威は通用しない。しかし、通常は人の世の慣例により、王より先に口を開かずに待つ事が多い。だがルッツは子供なので、余り頓着せずに相手が善人であれば自分から挨拶をする。むしろ友好的に挨拶をしたのだから、王の背後に控えて肩に光竜を乗せたツヴァイクの頬が、笑いを堪えてひくつくのをテオは見てしまった。

 実はテオ達の前にイシュカ達が挨拶しており、エンデュミオンが「久し振りだな、マクシミリアン、ツヴァイク」とやらかしていたのもある。

 初めて孝宏と対面させたので、しっかりと牽制したのだろう。この大広間でもイシュカと孝宏は周囲の視線を集めていた。

 今や貴族や準貴族の中に、ヴァイツェア公爵の長男イシュカ発見と、そのイシュカの元に降りた〈異界渡り〉孝宏の話は知れ渡っている。

 鮮やかな赤毛と漆黒の髪は黒森之國くろもりのくにでも珍しいので、人波の中でも目立った。

 テオも〈Langueラング de chatシャ〉の住人である事はマクシミリアン王も既知であり、國としても貴重な〈異界渡り〉の孝宏を頼むと言われてしまった。

 國としては、孝宏の知識が欲しい所だろうが、リグハーヴスが保護区として聖都シルヴィアナに認定されているので、王都でも手出しは出来ないのだ。

 スコーと音を立ててルッツが林檎ジュースを飲み終わる。近くを通り掛かったメイドに「ごちそうさまでした」とグラスを返し、テオはアルフォンスと話し終えたイシュカ達の元へ歩き寄った。

「テオ、そっちも一段落か?」

「うん」

 大広間では楽団が演奏を始めていた。中心部分から自然と人気が退き、マクシミリアン王がエレオノーラ王妃と最初のダンスを始める。王のダンスが終わったら、心得のある者達が進み出て行く。黒いフロックコートの裾と女性の色鮮やかなドレスが曲に合わせてふわりふわりと舞う。

 生憎〈Langue de chat〉組はダンスの心得がないので、大広間の壁近くに並べてある円卓の軽食や菓子の方が気になる。

「タルト菓子が多いかなあ」

 エンデュミオンを抱いたまま、孝宏がテーブルの上を興味深げに検分している。

 テーブルにあったタルトは一口大に焼きしめた器型の生地に、クリームと果物を詰めた物だ。但し、大粒の濃い紫色のチェリーが盛られていたり、オレンジや桃は薔薇の形に整えられているのが豪華だ。

 一口大に切られたケーキの上には小さな飴細工の花が乗せてあったりもする。

 甘い物以外にも硝子の器に盛られたサラダや、レバーペーストを固めた物もあった。側にある薄く切った黒パンに塗って食べるのだろう。

「あ、チューリップ」

 孝宏が指差したのは、手羽元の肉を先端に寄せて香辛料をまぶして焼いた物だった。チューリップという花に似ている形らしい。

 料理はテーブルに付いているメイドに頼めば皿に乗せてもらえる。

 ギルベルトは自分でメイドに頼んで、皿にチューリップとレバーペーストを乗せたパン、フルーツサラダのカップを乗せてもらっていた。リュディガーがケーキを幾つか見繕ってもらっている。それもギルベルトと分けるのだろう。

 少年サイズのギルベルトは普通に歩いて移動し、壁際にあるテーブルに皿を持っていく。

 ルッツ達の場合は小さいので、床を歩かせると少々危ない。テオはルッツを肩車してから、食べたいものをメイドに伝えさせた。

 他のケットシー達も皿に料理を取ってもらい、嬉しそうにしている。美味しいものを食べる事、居心地の良い場所で眠る事、可愛がられる事が彼等には重要なのである。

 一角にケットシーが集合している風景と言うのは中々に人目を引いていたが、知り合い以外に声を掛ける猛者はいない。

 ティルピッツもレヴィンもフルーツサラダカップをロルツィングに貰っていた。

長閑のどかになったものだなあ」

 骨の部分に紙を巻いたチューリップを握ったエンデュミオンが、感慨深げに息を吐く。

「そうだな、今は六領の均衡が安定しているからな」

 エンデュミオンの隣の椅子に座り立ちして、細長く焼いたプレッツェルを齧っていたティルピッツが頷く。

「少しばかりリグハーヴスに定住妖精が増えてきたがな」

 ティルピッツの横で、ギルベルトに桃のタルトを貰ったレヴィンも尻尾をひらりと振る。

 エンデュミオンが鼻を鳴らす。

「フン。妖精は憑いた主にしか興味はないのだから、喧嘩を売らなければ滅亡したりはせん」

「お前は〈柱〉なのだから洒落にならん」

「大概の妖精は本当に穏やかに生活したいだけだろう。コボルトだって魔法が使えても普段は遊びに使っているし」

 クヌートとクーデルカは魔法騎士に魔法を教えてもいるが、それは領外には公にはしていない。本来ハイエルンだけの物なのだが、ハイエルンでは廃れかけている事実がある。

 はぐり、とエンデュミオンが肉に齧りつく。「結構美味いな」と綺麗に骨だけにした後、孝宏に口元をナプキンで拭って貰っている。

「エンデュミオン、おいしーねー」

「おいちーねー」

 いつの間にかトウモロコシのスープをヴァルブルガにスプーンで飲ませて貰っていたルッツとシュヴァルツシルトが、両頬に肉球を当てて幸せそうな声を上げる。

 テーブルの近くにいる女性達から華やいだ声が湧いた。妖精は普通街中では簡単に見られない。リグハーヴスでの遭遇率が異常なので、これだけ妖精が居るのを見るのは珍しいのだろう。特にケットシーは見た目が可愛らしい。

「テオー」

「なあに?」

 前肢を伸ばしてきたのでテオはルッツを椅子から抱き上げる。

「食べてみたい物あった?」

「あのね、おかしもってかえりたいの」

「崩れそうな物は無理かもしれないけど、頼んでみようか」

「あい」

 ルッツを抱いたまま、テオはお菓子のテーブルの側にいるメイドの少女に声を掛けた。

「すみません、少しで良いのでこの子が持って帰れる物はありますか?」

「飴細工と果物の砂糖漬けはいかがでしょう。紙にお包み出来ますよ」

「あいっ」

「お願いします」

 メイドの少女は同じテーブルを担当していた他のメイドに声を掛けてから、一度部屋の奥にある使用人の控え室に行って、手に内側が蝋引きになった白い紙の小袋を持って戻ってきた。

 花の形の小さな飴細工と、苺や薄切りにしたオレンジやライムの砂糖漬けを別の小袋に入れてくれる。

「こちらをどうぞお持ちください」

「有難うございます」

「ありがと」

 小袋を受け取ったルッツは、大切そうに〈時空鞄〉にしまいこんだ。


 ダンスが出来る者や、結婚相手を探す目的があるなら兎も角、テオ達は王への挨拶が主目的だったりする。

「そろそろお暇しようか」

 ロルツィングが椅子から腰を上げた。

「うん。イシュカ、俺とルッツは三日位〈暁の砂漠〉に居るね」

「久し振りの帰省なんだろう? ゆっくりしてくると良いのに」

「暑いからルッツがバテちゃうんだよ。砂漠蚕の服を作ってやらないと煮えちゃう」

 溜め息を吐いたテオに、ロルツィングが笑って言った。

「帰る頃にはグートルーンが、ルッツの服を縫い上げてくれていると思うぞ」

「それは助かる。ヒロ、お土産にドライフルーツ持って帰るよ。ナツメヤシなんかも」

「わあ、有難う」

 南のヴァイツェア特産はドライフルーツだが、同じく南にある〈暁の砂漠〉でも作っている。そしてナツメヤシの加工品は〈暁の砂漠〉だけの物だ。

 前庭の〈転移陣〉で別れ、それぞれの土地に戻る。〈転移陣〉を使わなくても〈転移〉出来るのだが、目立つので止めておく。

 イシュカ達と一緒にフォルクハルトも付いていっていたので、数日〈Langue de chat〉で過ごすのだろう。

 〈暁の砂漠〉への〈転移〉先はレヴィンが調整し、ロルツィングの家の前に出た。

「ユストゥス」

 一番手前の応接用の建物の欄干に、ユストゥスが腰掛けて脚をぶらぶらさせていた。

「お帰りなさい」

 慌てて欄干から廊下に降り、ロルツィング達を迎える。ルッツはテオに抱き着いて、ユストゥスに後頭部を見せていた。まだ少し拗ねている様だ。

「あの、テオフィル兄、お願いがあるんだけど」

「なんだい?」

 もじもじしつつも、ユストゥスはテオの目に視線をきちんと合わせた。

「ええと……ルッツと話しても良い?」

「……?」

 ルッツがくるりと首を捻り、テオに抱かれているため同じ位の高さにあるユストゥスを見た。

「ルッツ、どうする?」

「あい」

 前肢をユストゥスに伸ばしたルッツに、テオは微笑んだ。

「ユストゥス、ルッツを抱っこしてあげて」

「え、えっ!? あ、うわ、軟らかい……」

「軟らかいし温かいだろ」

 ユストゥスの腕に移ったルッツは、抱き慣れていない細い腕の中でもぞもぞ動いた。

「お尻の下に腕置いてあげて」

「う、うん」

 どうにかこうにか安定してルッツを抱き、ユストゥスはほっとした顔になる。

「二人で話しておいで」

 ユストゥスの頭を優しく撫で、テオはぽんと背中を叩いてやった。

「うん。父さん、〈精霊の泉〉に行っても良い?」

「構わないぞ。泉に落ちるなよ」

 ロルツィングに許しを貰い、ユストゥスはルッツを抱いて〈精霊の泉〉に歩いていった。

「仲直りするかな?」

「子供の喧嘩だからね。大丈夫だと思うよ」

 本当にルッツを怒らせたのなら、とっくに呪われている。

「ユストゥスも若い妖精に会うのは初めてだしなあ」

「ルッツの反応は予想外だったんだろうよ」

 ティルピッツとレヴィンが頷き合っている。エンデュミオンより歳上の爺さん妖精なので、ユストゥスと同等の喧嘩は出来ない。

「ルッツならユストゥスの良い友達になるだろう」

「そうだね」

 現在〈暁の砂漠〉には、ユストゥスより歳上か歳下の子供しかいない。ルッツの方が幼いとは言うものの、ユストゥスに面と向かって反撃する子供は初めてだったろう。

(取っ組み合いさせても、ルッツは負けなさそうだけどなあ)

 テオが育てているせいなのか、ルッツは他のケットシーよりも戦闘能力が高いのだ。身体が小さいので、一撃必殺狙いで急所を教えているからだろうか。

 何にせよ、仲良くなるに越した事はない。

 〈精霊の泉〉の柵の向こうに消えていくユストゥスの背中を見送り、テオ達は母屋に入ったのだった。


 ユストゥスは〈精霊の泉〉のある広場に入り、祭祀にも使う東屋の日陰の下へ行った。ルッツが暑さに弱いのは初日に知ったからだ。体毛が青みのある黒毛にオレンジ色の錆なので、太陽の熱を吸収するのだろう。

 東屋の下には涼み用に縁台が置いてあるので、そこにルッツと並んで腰掛ける。

「……」

「……」

 沈黙が辛い。ユストゥスは思いきって口火を切った。

「……ルッツ」

「あい」

「ティルピッツとレヴィンに怒られた。血族に憑く契約をしている二人と、個人に憑くケットシーは違うんだぞって」

 ケットシーは選んだ主の一生に付き添う。その覚悟をもって憑くのだと。主を持っているケットシーに、憑いた主から離れろと言うのは、とてつもない侮辱なのだと。

「ごめんね、ルッツ」

「あい」

 こくりとルッツが頷いた。

 それから〈時空鞄〉に前肢を突っ込み、取り出した白い紙袋をルッツはユストゥスの膝の上に置いた。

「おみやげ。おいしいよ」

「なあに?」

 紙袋を開き、ユストゥスの目が輝く。

「凄い、これ飴なの?」

「あい。こっちはくだもののさとうづけだよ」

「有難う、ルッツ」

「おいしいものはみんなでたべるんだよって、ヒロがいうの。だからユストゥスにあげる」

「うん」

 紙袋の中に指を入れ、中心が黄色い透明な花弁を持つ花の形をした飴細工を取り出して、「今日の恵みに」と食前の祈りを唱えてからユストゥスが口に入れた。

「美味しい」

 もう一つ桃色の花の飴を取り出して、ユストゥスはルッツの口元に近付けた。

「一緒に食べよう」

「あいっ」

 あーんと開けたルッツの口の中に飴を入れる。カラコロと口の中で飴を転がすと、果物の味が広がった。

「母さんにもあげたいな。そうだ、母さんがルッツの涼しい服を縫ったって言ってたよ」

「すずしい?」

「うん。砂漠蚕の服は涼しいんだよ。母さんの所行こうか」

「あいっ」

 まだまだぎこちない手付きでルッツを縁台から抱き上げ、ユストゥスは日向に出た。

「あっついねー」

「暑いね。砂漠蚕の服が出来たら、テオフィル兄が砂漠に連れていってくれるって言ってたよ。暑いからまだ涼しい夜明けに行くんだよ。〈暁の砂漠〉の夜明けはとても綺麗なんだ。太陽が上がってくると空が虹色に変わるんだよ」

「ルッツ、にじすき」

「俺も一緒に連れていって貰えるかなあ」

「ユストゥスもいっしょにいくって、テオにいう」

「うん」

 ぽつぽつと話ながら、ユストゥスは母屋へと足を向けた。大人しく腕に抱かれているルッツは、軟らかくてぬくぬくと温かかった。


 ルッツとユストゥスは、生涯に渡り篤い友情を育む事になる。

 これがその第一歩だった。


ルッツとユストゥス仲直りです。

お土産は、エンデュミオンやギルベルトも、留守番をしている家族あてに包んで貰いました。

チューリップは孝宏がチューリップと言ったために、それで認識されてしまったお肉料理……。

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