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ロルツィングの来訪(後)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

同盟聖約。


147ロルツィングの来訪(後)


 ぽんっとルッツの〈転移〉で、リグハーヴス領主邸の玄関前に到着する。

「にゃー」

 イージドールが持ち上げて、シュヴァルツシルトが小さな前肢で、ドアノッカーを鳴らす。間も無く扉が執事によって開けられた。

「ようこそいらっしゃいました。応接室へご案内致します」

 執事のクラウスに案内されたのは、いつもとは違う応接室だった。祝賀会を開くのに使ったりもしていそうな、広い部屋に猫足のソファーやテーブルが置いてある。そして大きなガラス張りの掃き出し窓は、庭園へと繋がっていた。

「おお、これは中々の物だ」

 ティルピッツとレヴィン、ルッツが窓辺に走り寄る。森の一角を模して造園された庭に、妖精フェアリーは釘付けだ。シュヴァルツシルトの為に、イージドールも窓辺に寄った。

「ん?」

 庭園の奥に続く小道から、黒褐色のコボルトが二人前肢を繋いで歩いて来るのが見えた。

「クヌートとクーデルカ?」

 彼等は領主邸の宿舎に住んでいるので居てもおかしくはないのだが、本来ここは領主の私的な庭の気がする。

 クヌートとクーデルカは、ルッツに気が付いたのか窓の向こう側まで来て右前肢を挙げた。イージドールは窓を開けてやる。

こんにちはっ(グーテンターク)

 コボルト二人にルッツが前肢を挙げる。

「こんちはー。おさんぽ?」

「お散歩」

「ルッツ達は?」

「ロルツィングたちがね、アルフォンスとおはなし」

 くるりとクヌートとクーデルカの視線が、ティルピッツとレヴィン、そして部屋のソファーに座るロルツィングに向かう。

「こんにちはっ」

「こんにちはっ」

 自分達より年長の妖精とその主に、巻き尻尾を振って二人が挨拶する。

「こんにちは」

 ティルピッツとレヴィンは軽く右前肢を床から持ち上げた。体型的に垂直には上がらない。

「こんにちは、可愛いコボルト。しかし珍しいな、魔法使い(ウィザ-ド)コボルトがハイエルンを出ているなんて」

「それに双子なんだよな?」

 ティルピッツとレヴィンがパチパチと瞬きしている。里を出たコボルトが兄弟揃っているのは珍しいのだ。コボルトも、誰かに憑かないと里を出ないものだからだ。

 クヌートとクーデルカはそっくりで、慣れないうちはクーデルカの耳の先の白さで見分けるしかない。

「こちらに入って来たらどうだね?」

 ロルツィングの言葉に、クヌートとクーデルカは首を横に振った。

「クヌートとクーデルカ、お客様じゃない」

「だからこっちいる」

 クヌートは〈時空鞄〉から毛布を取り出し、芝生の上に広げた。その上にコボルト二人が座る。

「ルッツもー」

 ルッツが芝生の上に飛び降り、毛布に転がる。

「いーじゅ……」

「はいはい」

 じっとおねだりの視線で見詰められ、イージドールはシュヴァルツシルトも毛布の上に乗せてやった。

「では我らも」

 ティルピッツとレヴィンもいそいそと毛布の上に寝そべる。

「うむ。上等の環境に整えてあるな」

「ここの庭師は解っているな」

「この奥のお庭も素敵」

「泉湧いてる陽だまりがある」

 コボルトのお薦めに、年長妖精の瞳がキラリと光る。

「なんと」

「それは素晴らしい」

「にゃん!」

「シュヴァルツは僕とじゃないと行けないよ。領主様にお許し頂いたらね」

 乗り気になっているシュヴァルツシルトをイージドールが止める。視力が弱く、身体の小さなシュヴァルツシルトが泉に落ちたら困る。

「あいー」

 素直に返事をする。まだ殆ど二足で歩けないので、悪戯もしないシュヴァルツシルトである。

「お待たせして申し訳ない」

 アルフォンス・リグハーヴスが部屋へ入ってきた。そこへメイドがワゴンでお茶を運んでくる。

「庭園に勝手に入ってすまぬ」

「いや、構わない。普段からクヌートとクーデルカに解放してあるのだ。森に近い環境で落ち着く様だから」

 詫びたロルツィングに、アルフォンスは笑って手を振った。

「イージドール、テオフィル」

 ロルツィングに呼ばれ、二人もソファーに腰を下ろす。

 庭ではクーデルカが〈時空鞄〉から水筒と木をくり貫いて作られたコップを取り出し、お茶を配り始めた。木の皮の包みも取り出し広げる。

「生姜のケーキ(クーヘン)と干し果物のケーキ」

 干し果物と木の実がふんだんに入ったケーキは、騎士隊長パトリックの奥さんから貰ったレシピだ。一口大に切られているケーキを、妖精達は「今日の恵みに!」とお祈りして頬張る。

「シュヴァルツシルトは良く噛んで」

「あいー」

 クーデルカがシュヴァルツシルトの隣で面倒を見てくれているので、イージドールは唖然としているアルフォンスに顔を向けた。

「〈時空鞄〉を使いこなしているのか……」

「クヌートとクーデルカは魔法使いコボルトですから。ケットシーも使えますよ」

 テオも頷く。〈黒き森〉を出られる様になって直ぐテオに憑いたルッツの場合は、〈時空鞄〉に大した物は入っていないが、配達に行く時は最低限の物は持たせている。

 基本的に妖精の〈時空鞄〉に入っているのは、おやつ位のものなのだ。

「ヘア・ロルツィングは中々社交界に出ておいでにならないな」

「〈暁の旅団〉の族長たる私が、のこのこ社交界に出ていけば、良からぬ事を囁かれるだろう」

「そなたの見目が麗しいから、構って欲しいのだろうよ」

「ご冗談を」

 実際ロルツィングは整った容貌をしているのだが、既に愛妻を持つ身であり他の女人には興味がないのだ。

「だがたまには王宮の社交場においでになられては?御子息もお連れになって」

「っ!」

 ごふ、とテオがお茶を吹き掛けた。

「お、俺も!?」

「私の長男だからな」

「俺にはルッツが憑いているんだよ?」

「ティルピッツとレヴィンはお前を気に入っているがな。まあ、お前の弟が成年になるまでは、お前が第一継承者だな」

「ええー」

 テオの反応にイージドールが吹き出す。

「こればかりは仕方がないな、テオフィル。今度の新年祝賀会に僕も一緒に三人で王宮へ行こうか? 社交界に今代の〈人質〉の顔を見せに行くと言うのも一興じゃないか? シュヴァルツシルト付きだけど」

「……それは王家へ対する脅迫ではないか」

 アルフォンスの顔がひきつる。〈人質〉がケットシー付きで祝賀会など、回りの準貴族達への威嚇にしかならない。

「ならば、ヴァイツェアにもヘア・イシュカを伴って貰おうか? ヘア・リュディガーも」

養父とうさん、ヴァルブルガは人見知りだから難しいかも。ギルベルトは単体で公爵扱いだと思うし。多分呼べば面白がって来そうだけど」

 ギルベルトは元王様ケットシーだが、中々無邪気なところがある。

「現在人に憑いているおもだったケットシーとコボルトが、全てリグハーヴスに住んでいるのだからな。私は結構胃が痛いぞ」

「敵対しなければケットシーやコボルト側から攻撃したりはしない。〈暁の旅団〉が王家を攻撃しないのと同様にな」

 攻撃されなければしない。それは〈暁の旅団〉が守り通してきた歴史だ。例え王家を凌駕する攻撃力を有していても。

「いーじゅ! しゅゔぁりゅちゅしると、おさんぽいきたい!」

「ルッツもー」

 庭組はおやつを食べ終え、庭の奥へ行く事になったらしい。

「庭を拝見させて頂いても宜しいですか?」

「ええ、どうぞ。あの小さな黒いケットシーはヘア・イージドールに憑いた子かな?」

「はい。〈薬草ハーブ飴玉(ボンボン)〉のラルスの弟で、シュヴァルツシルトです。シュヴァルツ、領主様にご挨拶しよう」

 イージドールは庭からシュヴァルツシルトを抱き上げ、アルフォンスの元へと連れていく。シュヴァバルツシルトはレンズを取り出し、じっとアルフォンスの顔を眺めた。

「こんちわー」

「こんにちは、シュヴァルツシルト」

「あい」

 ふにゃりとシュヴァルツシルトが笑う。どうやらアルフォンスは合格を貰った様だ。

「ちなみに翡翠色の兎がティルピッツ、青銀のたてがみの子馬がレヴィンだ。私に憑いている妖精だ」

 少し大きくなったレヴィンの背中に、ルッツとクヌート、クーデルカが乗せて貰っている。ティルピッツは座り立ちをして、ぐいぐい顔を前肢で擦っていた。


 妖精達の後にテオとイージドールが付いて、庭の奥に向かった。歓声が聞こえるので、楽しんでいるようだ。

 メイドが淹れ直した紅茶を、ロルツィングとアルフォンスは静かに口に運ぶ。

「テオフィルとイージドールはリグハーヴスに定住する事になる。ルッツとシュヴァルツシルトの加護があるとは言え、ヘア・アルフォンスには〈暁の旅団〉の民を領内に置くと言うのは不安であろうな」

「ははは、エンデュミオンが居ると判明した時点で、このリグハーヴスは他の領主にしてみれば脅威でしかなかろうよ。今では誰が呼んだ訳でもないのに、妖精達が集まっている」

「リグハーヴス領は住民が妖精と共存出来ているからだろう。ハイエルンの様に隷属させられたりもしない。フィッツェンドルフにも余り妖精が居ると言う話は聞かないな」

 フィッツェンドルフは聖都シルヴィアナと隣接しているので、信仰が篤い者が多い。月の女神シルヴァーナが愛でていると言われるケットシーがフィッツェンドルフに居れば、祈りの対象にされそうな気がする。

「〈暁の砂漠〉にも妖精が居ると聞いたが」

「ああ、うちも普通に共存しているな。妖精憑きも多い」

 環境が厳しい〈暁の砂漠〉は、昔から妖精や精霊と共存しているのだ。

 妖精達のはしゃぐ声が聞こえる自然の森に似た庭園を、ロルツィングはソファーの肘掛けに凭れて眺める。初冬にも関わらず、暖かな日差しが差し込んでいる。

「今が平和な時代で良かったと思う。妖精も人も、ああして笑っているのが良い」

「クヌートはうちの騎士二人のコボルトだが、戦闘には出さないとはっきり告げられている。そう、誓ったのだそうだ。勿論クーデルカも戦闘に出すつもりはないが」

「あの子達はまだ子供だろう」

「七つだそうだ」

 さわさわと葉擦れの音が、応接室の中に聞こえる。

「妖精や精霊は我らの良き隣人だ。利用するものではない」

「全く」

 ロルツィングは身体を起こし、アルフォンスの紫色の瞳を正面から見詰めた。

「我が〈暁の旅団〉は、息子テオフィルと末弟イージドールが無事である間、リグハーヴス公爵領に弓弾かぬと誓おう。有事あれば、我らはリグハーヴス公爵領へ馳せ参じよう」

「我がリグハーヴス公爵領は、正当な理由なき王家への反逆がない限り、〈暁の旅団〉へ剣を向けぬと誓おう。他領が〈暁の旅団〉へ進軍した場合は、リグハーヴス公爵領は〈暁の旅団〉に加勢する」

 そして、二人は声を合わせる。

「よって聖約なさしめ給え」

 キラキラと二人の上に銀色の光の粒が降ってきた。月の女神シルヴァーナが聖約を聞いていたと言う証だ。

「次は王都の新年祝賀会でまみえよう」

「テオフィルとイージドールを連れて行こう」

「先に王宮には知らせる事をお薦めするよ」

「そうしよう」

 暗に他の領主には知らせる必要はない、と言うアルフォンスに二人は声を上げて笑った。

「さて、私も素晴らしい庭園を拝見させて頂こうかな」

「では、私がご案内させて貰おうか」

 ロルツィングとアルフォンスは揃ってソファーから立ち上がり、掃き出し窓から庭に降りて、賑やかな声のする方へと歩き出した。


リグハーヴスと<暁の砂漠>で同盟を結ぶ。

その内ヴァイツェアとも同盟結ぶんじゃないかなーと思います。

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