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グラウの夜泣きと編みぐるみ

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

ヴァルブルガ、暗躍します。


140グラウの夜泣きと編みぐるみ


 あーん、あーん。

 グラッフェンが来て最初の晩、子供の鳴き声にクルトとアンネマリーは目を覚ました。子育て中の二人は、子供の鳴き声に敏感だ。

「グラウかしら。見てくるわ」

「いや、俺が行こう。手に負えなかったら連れてくるよ」

 エッダの部屋は二階なので、妊婦のアンネマリーが、薄暗い階段を踏み外したら一大事だ。

 クルトは寝室を出て、光鉱石のランプが壁に付いている階段を上がり、鳴き声の聞こえるエッダの部屋のドアを叩いた。

「エッダ、入るぞ」

 部屋の中では子供用寝台の上に起き上がったグラッフェンが泣いており、エッダがその頭を撫でていた。

「どうした?グラウ」

 クルトはグラッフェンを抱き上げ、パジャマの袖で涙を拭いてやった。グラッフェンがクルトの胸に顔を押し付ける。

「おしめは……濡れていないな」

 一応確かめるが、気持ち悪くて泣いていたのではないらしい。

「でぃー、いにゃい」

「寂しくなっちゃったか」

 エンデュミオンが書いてくれたグラッフェンの近況では、夜泣きするとは書いていなかった。

「エンディには明日会いに行こうか。夜だから、エンディも寝てしまっているよ」

「……あい」

 布団に寝かせ掛け布団を引き上げ、とんとんとお腹を軽く叩く。

「このお布団、エンディの匂いがするだろう?」

「でぃー」

「眠って明日になったら、エンデュミオンに会いに行こうな」

「あいー」

 すんすんと鼻を鳴らしていたが、程無くグラッフェンは眠り始めた。

「小さい子には良くある事だよ、エッダ。大丈夫だ」

「うん」

 エッダの頭を撫でて、布団に入ったのを確かめてから、クルトも寝室に戻ったのだった。


「ほら、これは何処に入るかな?」

 クルトは三角に形成した木片を、グラッフェンに渡した。

 朝食の後片付けをしているアンネマリーとエッダに代わり、クルトはグラッフェンのお守りをしていた。

 夜泣きの後は目を覚まさず、グラッフェンは朝まで寝ていたので元気だ。どうやら、おしめを濡らさずに寝ていられる時もあるらしい。

「にゃん」

 グラッフェンは両前肢で木片を構え、クルトが持つ箱をキラキラした眼差しで見ている。

 この箱はクルトがエッダが産まれた時に作ったもので、形や大きさの違う穴が空いている。その穴と同じ形の木片を穴から箱の中に入れる玩具だ。端材で作ったので、木片の色は薄かったり濃かったりするが、エッダは気に入って遊んでいた。

 次の子が産まれたら遊べるだろうと取っておいたのだが、グラッフェンに出してみたら早速遊び始めたのだ。

 ゆっくりとクルトが箱の面を変えて見せると、持っている木片と同じ大きさの穴を見付けたグラッフェンが押し込む。コロン、と箱と木片がぶつかり合う音に、肉球を叩いて喜ぶ。

「上手い上手い」

「にゃん」

 ケットシーの赤ん坊は、平原族の赤ん坊と何ら変わらなかった。少し毛深いだけで。子供好きなクルトにしてみれば、早めに息子が一人出来た様なものだ。

「お待たせ。片付け終わったわよ。洗濯は後でゆっくりするわ」

 アンネマリーは生活魔法が使えるので、屈まなくても洗濯は出来る。

「じゃあ、<Langueラング de chatシャ>に顔を出してくるな」

 丁度本も返す日だったので、革鞄に入れた本を持ち、グラッフェンを抱いたエッダと出掛ける。

 ちりりん、ちりん。

「いらっしゃ──何かありました?」

 昨日の今日でグラッフェンを連れて来たクルトとエッダに、イシュカが心配げな顔になる。

「いや、本の返却だよ。グラウもエンディに会いたがってたし」

「これにするね」

 借りる本を選んだエッダが、グラッフェンを連れて二階に居たエンデュミオンに会いに行った。クルトもアンネマリーが借りる本を選び、エッダの分と合わせて貸し出し手続きを取る。

「持ち帰り用のクッキーを一袋頼めるかな」

「十二枚入りで銅貨五枚です」

 最近売るようになった、持ち帰り用のクッキーの味は日替わりだ。今日は表面にアイシングが掛かったレモンクッキーと林檎のドライフルーツを刻んで混ぜたクッキーだった。

 レモンクッキーは、<Langue de chat>と聖都シルヴィアナの女神教会でしか食べられない。<Langue de chat>の物は、丸くてレモン風味のアイシングが塗ってあるのが特徴だ。

 エッダが戻ってくるまで一休みしようと、閲覧スペースに入ったクルトは、いつもの席でレース編みをしているヴァルブルガを見付けた。

 グラッフェンの子守りが無くなったので、また編み物を始めたのだろう。

「ヴァル、一寸ちょっと良いかな」

「なあに?クルト」

 手を止めて、ヴァルブルガがクルトを見上げた。大きな緑色の瞳はいつも潤んでいる様に見える。

「エンディの匂いのするケットシーの編みぐるみって出来るかな」

「……グラッフェンの?」

「ああ。昨日夜泣きしてエンディを恋しがっていたから」

「出来るの」

「頼めるかな」

「うん」

 こくり、と頷きレースの道具を籠に詰めてから、ヴァルブルガがカウンターの奥に行って今度は毛糸を持ってきた。灰色と黒、白い毛糸を用意して編み針で編んでいく。速い。

 いつもは単色で編んでいる事が多いケットシーの編みぐるみだが、迷いなく縞模様の尻尾を編んでいる。

 ゆっくりとクルトがお茶を飲み終わる頃、エッダとグラッフェンが戻ってきたので、ヴァルブルガに編みぐるみを託し、帰宅したのだった。


 ヴァルブルガの仕事は速い。せっせと編み針を動かして、鯖虎柄のケットシーを編んでいく。

 編んでいる途中で邪魔をされたりしないので、あっという間にパーツを作り上げた。眠り羊の毛糸で作り、中には眠り羊の毛を詰める。しかし、今回は〈エンデュミオンの匂いがするもの〉が必要である。

 夜になりヴァルブルガは、お風呂にお湯を張りに行く孝宏たかひろを掴まえた。

「え?エンデュミオンの抜け毛が要るの?」

「うん。ヴァルブルガ、クルトに頼まれてグラッフェンの為の編みぐるみ作っているの」

「あー、匂いか。うん、解った」

 孝宏は目から光が抜けているエンデュミオンを抱いて、バスルームに行った。暫くして良い匂いになったエンデュミオンが一足先に居間へと逃げていく。風呂上がりのエンデュミオンは、身体を乾かすと水を飲みに台所へ行くのだ。

 ヴァルブルガはそっとバスルームに顔を出した。

「これで足りるかな」

 孝宏はブラシに付いたエンデュミオンの抜け毛を集めて紙に包み、ヴァルブルガに渡した。

「うん、有難う(ダンケ)

 イシュカと共同の部屋に戻り、ヴァルブルガは編みぐるみに眠り羊の毛を詰め、木綿の袋に入れたエンデュミオンの抜け毛をお腹の中に隠した。後は他のパーツにも眠り羊の毛を詰め繋ぎ合わせてから、鼻や口元にステッチを入れ、緑色の魔石釦を目として縫い止める。

「出来た」

「それ、随分エンディに似ているな」

 風呂に入る用意をしていたイシュカが、後ろから覗き込んできた。

「クルトに頼まれたの。グラッフェンの為の編みぐるみ」

「そうか」

「んしょ。一寸行ってくるの」

「お風呂だぞ?」

「すぐ戻るの」

 ヴァルブルガは編みぐるみを抱えて部屋を出て、まずはエンデュミオンの所に行った。

「エンデュミオン。これ、ぎゅってしてすりすりして」

「なんだ?これ」

 自分に似た編みぐるみに怪訝な顔になりながら、エンデュミオンが鯖虎柄の等身大ケットシーの編みぐるみを抱き締め、すりすりと頬擦りする。

「これで良いのか?」

「うん、有難う」

 それからヴァルブルガは廊下に出て、グラッフェンの元へと〈転移〉した。

 既にエッダの寝台横の子供用寝台で寝ていたグラッフェンの隣に、ケットシーの編みぐるみをそっと置く。

「にゃ……」

 寝返りを打ったグラッフェンが、編みぐるみに抱き付き頬擦りする。嬉しそうだ。

「おやすみ、グラッフェン」

 ヴァルブルガはグラッフェンの頭を撫でて、イシュカの元へと帰還した。


 夜中におしめを濡らして泣いたグラッフェンの様子を見に来たクルトは、編みぐるみに気付いて驚愕する事になる。ヴァルブルガの仕事の速さに驚いたのだ。しかもいつの間にか配達されていたとは。

 翌日編みぐるみの代金を支払いに来たクルトだが、ヴァルブルガは「贈り物なの」と、一クレセントも受け取らなかった。

「でぃーのにおい」とグラッフェンが喜ぶ編みぐるみの作り方は、ヴァルブルガと孝宏しか知らず、二人は製造方法を秘匿したのだった。



ヴァルブルガも五十年生きているので、たまーにエンデュミオンの裏をかいたりするのです。

エンデュミオンが知るのは、暫く経ってからではないかと……。

グラッフェンがお気に入りなら良いか、とそのままにしそうです。

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