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さらにやんごとなきお客様

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

ケットシーの呪いはしつこいのでお気を付け下さい。

14さらにやんごとなきお客様


 公爵アルフォンス・リグハーヴスが自らが治めるリグハーヴス領に戻った頃には、北東の地では雪景色になっていた。

 本来であればもっと早く帰郷出来た筈なのだが、馬車の車軸が壊れたり、注文していた品が届かなかったりと、些細な不幸が幾つかあった。

 そもそもの発端は、彼の領地の北に北西領(ハイエルン)にかけて横たわる、王家直轄地〈黒き森〉への地下迷宮ダンジョン魔物狩り派遣だった。

 派遣される騎士や傭兵が疲弊しない為に幾つかの組に分けて参加させるのだが、今回は地下迷宮未経験者も多く、道案内を付ける事にしたのだ。

 地下迷宮内に尽きずに沸いてくる魔物から取れる魔石は、黒森之國くろもりのくにの特産物でもある。これは國内ばかりではなく、他國へ輸出もしているのだ。

 いまだ底が知れぬ地下迷宮だが、通い慣れた冒険者に道案内をさせようにも、彼らこそ日常的に地下に潜っている。適任者が居らず、派遣者の日程組みの為に王都に詰めていたアルフォンスも頭を悩ませた。

 冒険者は日々の糧の為に地下迷宮に潜っている。道案内の依頼金に振り向いたりはしない。おまけに、騎士や傭兵は道案内するものを下に見る傾向にある。

 そんな折り、リグハーヴスの冒険者ギルド長から、ケットシー憑きの冒険者が出たと連絡が入った。

 彼らにも事情はあるだろうが、派遣期日が迫っていた。王も各公爵も、彼らに強制依頼を出し、王都とリグハーヴスを往復させる決定を下した。

 その冒険者が半ば拉致されて王都に連れてこられたと、アルフォンスは後に知った。

 しかしその頃には派遣が始まって一ヶ月が経過しており、冒険者ギルド本部長が、王都にあるアルフォンスの別邸に駆け込んで来た時には、その冒険者とケットシーは既に王都を去っていた。

 冒険者に憑いたケットシーは、強制依頼を撤回しないと関係者を呪うと宣言し、実際にギルド長に不幸があったと言う。

(つまり、これもその呪いの余波なのだろうな)

 王もベッドの柱に足の小指をぶつけたと言う。それだけケットシーを怒らせたのだろう。

 例え王でも精霊ジンニー妖精フェアリーに手出しは出来ない。彼らは月の女神シルヴァーナの庇護下にあると言われている。

 彼らが憑いた者も、当然遇されて然るべきなのだ。

 冒険者とケットシーに支払われた謝礼は、雇った騎士や傭兵に、支払われる給金よりも遥かに安い。地下迷宮で命を懸けないから、と言う理由で。

(全く、自分で地下迷宮まで辿り着けもせぬ者が何を言うか)

 ちなみに、北東領リグハーヴス家と北西領ハイエルン家の男は必ず地下迷宮を経験する。もし不測の事態があれば、〈黒き森〉に接するこの二領が剣と盾として王都を守らねばならないからだ。

 故にリグハーヴス家の紋章は〈アドラー(スフィアーツ)〉であり、ハイエルン家の紋章は〈アドラーシールド〉なのだから。

 夕闇の迫る下街をゆっくりと馬車は走る。公爵が領に帰郷した事を民に知らせる為だ。

 漸く見えて来た丘の上の我が家に、アルフォンスは知らず笑みを浮かべていた。


「お帰りなさいませ、御前様」

「ただいま、クラウス。留守中、何かあったか?」

「商業ギルド長と新しいルリユールが挨拶に参りました」

「そうか」

 アルフォンスは帽子と上着、ステッキを執事のクラウスに渡し、寝室のバスルームで顔と手を洗ってから、妻のロジーナの居間を訪ねた。

「ただいま、ロジーナ」

「お帰りなさいませ、旦那様」

 五歳違いのロジーナは、まだ二十歳を幾つか超えたばかりで、赤みのある金髪(ストロベリーブロンド)の少女の様な若々しさだ。まだ子供が居ないのもあるだろう。

 彼女の頬にキスをして、アルフォンスは椅子に腰を下ろした。

「お疲れですのね」

「まあ、色々あってね。ロジーナの方は何か楽しい事でもあったか?」

 当初は共に王都へと出掛けたのだが、長引きそうだったので、ロジーナだけを先にリグハーヴスへ帰したのだ。

「こちらをご覧になって下さいます?」

 ロジーナは二人の間にあるティーテーブルの上に載っていた薔薇色の本をアルフォンスに渡した。

「これは?ルリユールに作らせたのか?説話集とは違うのか。……開かないぞ?」

「うふふ。この本は借りた者しか開けないのですわ。それに汚損・破損・模写防止、時限返還の魔法が付いておりますの。うちの書記でも書き写せませんでしたわ」

「はあ!?」

 公爵家の書記は魔法使いだ。手紙などに呪いの類いが紛れ込んでいても処理出来るように、王家や貴族、豪商は魔法使いの書記を雇う。

 当然それなりの師に師事した魔法使いだ。それが、解読出来なかったと言う。

「この本はなんだ?<Langueラング de chatシャ>とは店名か?」

「下街にあるルリユールですわ。貸本もしておりますの。独自の物語の本なのです。面白いですわよ」

 ロジーナは元々魔法使いで、研究書を読むのが好きだ。その為、領主館には彼女が集めた研究書が並んだ図書室がある程だ。

「貸本と言う事は、これも借りたのか?」

「ええ。売らない、と言われましたので。どうしても読みたかったものですから」

 その辺りはロジーナは柔軟だ。読めるのならば、買おうが借りようがどちらでも良い。

「一回一冊なのが物足りないですけれど、銅貨三枚で二週間借りられます。子供から大人まで借りていましたわ。魔法使いクロエも居ました」

「ほう……」

「失礼致します」

 ロジーナの部屋付きメイドがワゴンでお茶(シュヴァルツテー)を運んで来た。ポットからティーカップに紅色の茶を注ぐと、嗅ぎ慣れない香りが広がった。

「このお茶は?」

「アールグレイですわ。ベルガモットと言う柑橘類の香油で香り付けたものだそうですわ」

 ソーサーからカップを取り、アルフォンスは紅茶を一口飲んだ。ベルガモットの香りが鼻から抜ける。

「変わっているが美味いな」

「これは<Langue de chat>の店員に教えて貰ったのです。この少年はケットシー憑きでしたわ」

 アルフォンスは紅茶を噴く所だった。

「ケットシー!?」

「ええ。大魔法使い並みの魔法を使うのは、このケットシーでしょう。少年は黒髪黒目で、異國の風貌です。気になりませんか?旦那様」

 ロジーナの言わんとする事を、アルフォンスは察した。

「〈異界渡り〉か」

「黒森之國では暫く〈異界渡り〉が現れていませんから、詳しくは聖都の者でないと解らないでしょうけれど」

「リグハーヴスに降りたか……」

 〈異界渡り〉は保護した者や國に富を与えると言う。特にケットシー憑きとなると、下手な者の手に渡るとまずい。

「未成年なら理由をつけてこちらで保護出来るが」

「歳は聞きませんでしたけれど、不幸そうではありませんでしたから、大丈夫かと。あのケットシーが目を光らせておりますから。魔法使いクロエも常連ですし」

「そうか。しかし、王都と聖都には知らせぬ訳には行くまい」

「なるべく穏便にとお願いして下さいませ」

「ああ。私も様子を見に行ってくるか……」

 アルフォンスの呟きにロジーナが手を打ち合わせた。

「まあ、では一緒に参りましょう。早目に返すと無料でもう一冊期限内に借りられますの」

 例え上級階級出身でも、ロジーナは月々の自分の小遣いは決めていた。彼女は不要な物は買わない主義だ。

 そんな彼女におねだりされ、アルフォンスはすんなりと頷くのであった。


 ちりりりん。

「いらっしゃいませ」

 店に入って来た客を見て、イシュカは「おい!」と突っ込みそうになった。

 銀髪に紫色の瞳、と言う王族と公爵家の優勢遺伝色を持つ男性と腕を組んでいるのは、公爵婦人のロジーナだ。つまり、隣の男は公爵アルフォンス・リグハーヴスだろう。

「こんにちは店主マイスター。又本を借りに来ましたわ」

「……有難うございます。フラウ・ロジーナ」

 公爵夫人と呼べば、閲覧スペースにいる平民の客が萎縮しかねないので、敢えて呼ばない。

「初めて御目にかかります、ヘア・アルフォンス。俺はマイスター・イシュカです」

「こちらこそ、宜しく」

 握手を交わし、微笑む。

「こちらでは本を貸していると聞いたが?」

「はい。そちらの棚の本です。一回一冊銅貨三枚で、期限は二週間です」

「私が読める本はあるだろうか」

「どの本を読むかは読む人の自由、と言うのが<Langue de chat>の決まりです。どうぞ試し読みをなさって下さい」

 結局、ロジーナは薔薇の書の読んでいない本を借り、アルフォンスは〈月下げっか(つるぎ)〉の一巻目を借りた。

 〈月下の剣〉は騎士に人気なのだろうか。孝宏たかひろはリーンハルトが真面目に〈月下の剣〉を読んでいるのに気付き、「萌え要素感じないのかな、この國の人」と首を捻っていたが、アンネマリーやクロエは存分に楽しんでいるようだ。受け止め方は読者次第と言う事だろう。

 閲覧スペースではやはりいつもの場所に、エッダとエンデュミオンが座っていた。

 アルフォンスがチラリと自分を見たのに気付いたが、エンデュミオンは「いらっしゃいませ」と挨拶をしただけだった。

 お茶と菓子を運んで来た孝宏に年齢を確認しただけで、アルフォンスとロジーナは久し振りのデートを楽しみ帰って行った。


「領主夫妻って、並ぶと派手だねえ」と二人を見送った孝宏に、イシュカは「お前は十六だったのか」と思い出した様に言った。

「知らなかったの?」

「ああ。聞いていなかったぞ」

 もっと幼いと思っていた事は、黙っておく。

「成人しているなら問題ないか……」

 恐らく、領主夫妻は孝宏が〈異界渡り〉だと気付いている。未成年なら自分達で保護するつもりだったのだろう。

(王都と聖都がどう出るか)

 出来ればこのまま平穏な生活がしたいと思う、イシュカだった。



強制依頼を出されていたテオとルッツの話題が今頃出て来ています。

ルッツは呪いをちょろっと発動させていたので、半月ほど該当の人達は小さい不幸に見舞われていました。

脚の小指ぶつけるとか、シャツのボタンが取れるとか。

しかし、アルフォンス・リグハーヴスは、テオとルッツがリグハーヴスに拠点を移した事をまだ知らない……。


ちなみにイシュカは孝宏を未成年かと思っていましたが、百七十センチは身長があります。童顔なだけで。イシュカもテオも孝宏より大きいです。

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