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ジークヴァルトと火竜

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

竜の卵が孵ります。


138ジークヴァルトと火竜


 今日は風が強く、魔法使いのトラムの窓もカタカタと鳴っている。それでも大魔法使い(マイスター)エンデュミオンの守護魔法で守られたこの塔は、びくともしないのだが。

 朝方少し冷えていた気がして、ジークヴァルトは暖炉の熱鉱石を灰から幾つか出して部屋を暖めた。

 ジークヴァルトだけなら少し位我慢しても良いが、今は火竜の卵を孵している最中だ。

 エンデュミオンから託された火竜の卵は、ジークヴァルトの魔力と温もりを吸収し、めきめきと成長している。既に幼竜が収まれる大きさになり、移動にはスリングに入れて抱えていく必要がある。

「おっと、定期便かな?」

 一階の転移陣に魔力が通った気配がした。二週間に一度、<Langueラング de chatシャ>からレオンハルト王子宛に本が送られてくるのだ。最近はジークヴァルト宛に菓子等も入っている。エンデュミオンは孫弟子の食生活を心配しているらしい。

 現役大魔法使い時代は弟子を一人だけしか持てなかったエンデュミオンだが、ケットシーに生まれ変わった今は、あちこちで色々と世話を焼いている様だ。

 ジークヴァルトの師匠せんせいである大魔法使いフィリーネに言わせると、「エンデュミオンが楽しんでいるのだからあれで良い」のだそうだ。

 塔の壁に沿ってある階段を降りて、やはり転移陣に届いていた手籠を回収して部屋に戻る。

 籠の中にはレオンハルト宛の若草色の本と、ジークヴァルト宛の宵闇の本、それと蝋紙に包まれたケーキが二本入っていた。片方は甘いケーキでレオンハルトとのおやつ用、もう片方は甘くないおかずになるケーキで、ジークヴァルトの食事用らしい。

 有難くケーキを台所のテーブルに置き、そろそろ来る筈のレオンハルト達の為に、薬缶でお湯を沸かす。

 コツコツ。

「ん?」

 何か聞こえた。

 コツコツ。

 それはジークヴァルトの腹の辺りから聞こえていた。

「あ、卵か!」

 エンデュミオンから聞いていたのを思い出した。孵る時に音がするから叩き返せと言っていた。

 ジークヴァルトは卵をテーブルに載せ、軽く握った指で殻を叩いた。

 コツコツ。……パキリ。

「わ、割れた」

 卵にヒビが入り、パラリと殻の欠片がテーブルに落ちる。中からコツコツ突いて卵を割り、紅色の身体をした火竜の幼竜が顔を出した。

「ぴゅ」

 黄緑色にも見える琥珀色の瞳が、ジークヴァルトを見詰める。

「初めまして、アルタウス。俺はジークヴァルトだよ」

─ジークヴァルト。アルタウス、お腹空いた。

 頭の中に、アルタウスからの思念が届いた。不思議な感覚だ。

「卵からまず出ようか」

 アルタウスを手伝い卵から出してやる。湿っている身体をキッチンタオルで冷えない様に、頭だけ出して包む。

 丁度お湯が沸いたので、煮沸消毒しておいた哺乳瓶に粉ミルクを入れて溶き、水の精霊(マイム)魔法で人肌に冷ます。初期幼竜のミルクは人用で構わないのだ、とエンデュミオンの幼竜育て指南書には書いてあった。

「はい、どうぞ」

 まだ歯の生えていない口に、吸い口を入れて貰うなり、アルタウスは勢い良くミルクを飲み始めた。

─うまー。

 口に合った様だ。

「ミルクを飲んだら沐浴しようか」

─うまー。うまー。

 今はミルクに夢中の様だ。満足するまで飲ませ、両翼の間を指先で撫でて、飲み込んでいた空気を、けぷっと出させる。

 アルタウスの卵の殻は布でまとめて、戸棚の上の籠に置いておく。何かに使えるのか解らないからだ。

「温かいお湯に入るぞー」

 バスルームの洗面台に栓をして布を敷き、温めのお湯を溜めてアルタウスを浸ける。ガーゼで滑らかで紅色のまだ薄い鱗の付いた全身を撫でてやり、柔らかい布で水気を拭き取る。

 布を敷き込んだ籠にアルタウスを入れ、ジークヴァルトは暖炉の前に行った。火竜は他の竜より暖かい場所が好きだし、今日は冷えているので風邪を引かせたくない。

 暖炉の前に敷いてあるラグマットの上に籠を置き、ジークヴァルトも<Langue de chat>から届いた本を持ってアルタウスの隣に座る。

「ぴゅ」

ぬくい。

 お腹いっぱいになったアルタウスが布が盛り上がった部分に顎を載せ、うつらうつらし始めた。

 ガコン。カタカタカタ……。

 塔の入口扉に鍵が差し込まれ、組み込まれたからくりが動き出した。

「レオンハルト王子かな」

 ジークヴァルトはエンデュミオンに言われた通り、アルタウスの存在を王家に知らせていなかった。

 彼がアルタウスの卵を手に入れた後で、エンデュミオンの働き掛けにより、王宮宝物庫に保管されていた竜の卵が放出されたのだが、ローデリヒを含め今回は騎士に託されている。

 その中で、ジークヴァルトは魔法使い(ウィザード)だ。見付かれば第一次選考を通った騎士に回せと言ってくる者達も居るのは、想像に難くない。

 しかしもうアルタウスは孵ってしまったので、取り上げられる心配はなくなった。

 ドアにノックされたので、「どうぞ」と招き入れる。

「お邪魔する」

 レオンハルトと侍女のティアナと護衛騎士のハインリヒが居間に入って来る。

「今日は冷えているな」

「暖炉に当たって下さい。大師匠から本とケーキが届いていますから、おやつにしましょう」

「では私がご用意致しますね」

 毎回お茶(シュヴァルツテー)を淹れてくれるティアナが台所に行く。アルタウスの哺乳瓶やミルク缶がそのままになっているが、仕方がない。

 暖炉の熱鉱石で指先を炙りに来たレオンハルトが、アルタウスの籠に気が付いた。

「……ジークヴァルト」

「はい、何でしょう」

「この子は火竜に見えるのだが」

「火竜のアルタウスですよ。入手先は大師匠です。先日ここに来て託されました」

「ぴゅ」

 知らない人の気配に、アルタウスが籠から這い出てジークヴァルトの膝に移る。

 生真面目なハインリヒが顔をしかめる。

「竜の卵を手に入れたら、王宮に報告するべきではないのか?」

「大師匠から口止めされていたので」

「昔は拾った者の所有になったそうだしなあ」

 レオンハルトはその辺りの事が書かれた物を読んでいたらしい。

「ローデリヒ兄上が木竜の竜騎士になったから、調べてみたんだ。兄上の卵はまだ孵らないみたいだ」

「俺より後で手にされていますからね。今のところ自分で竜と交渉したのはローデリヒ王子だけですか」

「そうみたいだ。兄上は凄いな」

 ジークヴァルトは微笑んだ。エンデュミオンが巣まで連れていったが、交渉を本人にさせたのは、ローデリヒが近衛騎士団に入った後の立場を考えてだろう。成人しシャルロッテと結婚すると同時に、今までの王の兄弟達同様に位階二位に叙され臣籍扱いになる可能性が高いのだ。

 親竜と自ら交渉したとなると、一目置かれる。

「レオンハルト王子も成人されたらツヴァイクと〈黒き森〉に入られるのでしょう?」

「そうだ。私のケットシーを探しに行くんだ」

 レオンハルトが目を輝かす。ケットシー憑きになりたいからと、竜騎士の選考を受けないレオンハルトに、陰口を叩く臣下もいたが、マクシミリアン王がそれを認めたのだと知らされると静かになった。

「お茶をお持ちしました。アルタウスのミルクの時間はまだ良いのですか?」

有難うございます(ダンケシェン)。先程飲ませたばかりです」

 アルタウスはジークヴァルトの膝の上で眠り込んでいた。腹が減れば思念で教えるだろう。

 ティアナが切り分けて来てくれたケーキは、こっくりとしたチーズの風味の生地が詰まったものだった。食べごたえがある。

 アルタウスはまだ食べられないので、離乳が始まったらまた作って貰おうと思う。


 レオンハルト達が帰って行った後、ジークヴァルトは暖炉前のラグマットに寝転がり、腹の上にアルタウスを載せた。俯せでプヒュプヒュ言いながら寝ているのが可愛い。

「どんな子に育つのかなあ」

 竜にも性格に個性があるので、楽しみで仕方がない。

 レオンハルトの報告を受けたマクシミリアン王からの呼び出しが精霊ジンニー便で届くまで、微睡みにたゆたうジークヴァルトだった。


ジークヴァルトと竜の卵のその後です。

余り塔から出ないジークヴァルト。アルタウスものんびり育ちそうです。

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