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リグハーヴスの竜騎士(後)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

リグハーヴスの竜騎士のお話、その三。


135リグハーヴスの竜騎士(後)


【騎士団備品管理担当オスカー】


「悪いオスカー、制服破いた」

 カウンターに置かれたのは脇腹に穴の空いた白い騎士服だった。

 オスカーは持ってきた張本人の、同期で同室のアレクシスの整った顔を呆れた眼差しで見た。

「破いたって、穴空いてるけど。何やった?」

「酔っぱらいの冒険者の仲裁。ナイフ振り回してきてさ」

「危ないなー。怪我はないのか?」

「何とか。繕えるかな」

 騎士団の制服は支給品だが、多少破けたからといって直ぐに新調はされない。しかし外警担当の制服は消耗が激しい。

「直しておくよ」

「頼む。今日のデザートやるから」

「はいはい」

 アレクシスを見送り、オスカーは破れた箇所を点検した。裏に当て布をして破けた箇所を上手く繕えそうだ。

 オスカーは学院を卒業した歴とした騎士である。だが、生家が仕立屋をしていて、息子のオスカーも幼い頃から仕立てを学んだ。

 魔法の才もあったオスカーが騎士になったので、実家は妹夫婦が継いでいる。

 が、世の中何が起きるか解らない。リグハーヴス騎士団に所属されたオスカーは備品管理担当になり、騎士達が破いた制服等の繕いをしているのだから。

 仕立てや繕い物は嫌いではないので、不満もなくやっているが、騎士団で備品管理担当と言うと閑職なのだそうだ。

 光鉱石のランプを点けて手元を明るくし、オスカーがアレクシスの制服の繕いに勤しんでいる間にも、他の繕い依頼や、痛みすぎたシャツや靴下の支給をして貰いに来る騎士がちらほらと居る。閑職と言えど、暇でも無いのだった。

「オスカー」

 夕方になり、再びアレクシスがやって来た。勤務を交代してきたのだろう。備品管理室も基本的に日勤なので、オスカーの仕事も終業時刻だ。

「はい、穴塞いだよ」

「有難う。殆ど目立たないじゃないか、流石だな」

 オスカーが穴を塞いで洗濯しておいた制服を広げ、アレクシスが笑顔になる。

 一度アレクシスが制服を宿舎の部屋に置きに行ってから、二人で食堂に行く。

 カウンターで夕食を受け取り、オスカーとアレクシスは空いている席に座った。

「うん、美味しい」

 良く煮込まれた狂暴牛のシチューは、肉がホロホロになっていて柔らかい。黒パンも今日焼かれたものらしく、しっとりしている。サラダはレモン風味のドレッシングが掛けられていて、オスカーの好みだ。今日のデザートは桃のタルトだった。

「そうだ、これ見たか?」

「ん?」

 アレクシスが腰のポーチから取り出したのは折り畳まれた紙だった。スプーンをシチューの皿の縁に置き、紙を受け取って開く。

「竜騎士募集?」

「そう。なんでも王宮の宝物庫にある竜の卵を放出するんだってさ。卵が見付かった地域に戻す事になったとか」

「へえー。騎士なら申請書を出せるんだ」

「うん。出してみないか?」

 二人なら年齢制限にも掛からない。しかし、オスカーは戸惑う表情を見せた。

「俺、備品管理なんだけど。申請して良いと思う?」

「申請しちゃ駄目だって書いてないから良いだろ。それに選考通過するかも解らないんだしさ」

「……それもそうか」

「な?」

 食事を再開し、オスカーは黒パンシュヴァルツブロェートゥを千切った。

「話した事あったっけ?俺の祖父は竜使いだったんだよ」

「え、本当に?」

「祖父の子供の頃までは、卵を拾っても届け出る慣習は無くてね、闇竜を孵して配達してた。闇竜は空間魔法が使えるから〈時空庫〉があったんだ」

 〈時空庫〉は〈時空鞄〉よりも大きな空間魔法だ。布や仕立て物を配達する時に、闇竜と共に行っていたものだ。

「その竜はどうしたんだ?」

「祖父が亡くなった後、〈黒き森〉に帰ったよ」

 竜は主代えを殆どしないのだ。

「そっか……」

「子供の頃は良く子守して貰ったけどね。懐かしいなあ」

 今思えば、竜に子守して貰うなど、かなり貴重な体験だったのかもしれないな、とオスカーは思い出し笑いをしてしまった。


 ツヴァイクに精霊ジンニー便で送った申請書は、きちんと届いていたらしい。半月後にオスカーとアレクシスは他の騎士達と共に会議室に集められた。一人一人呼ばれて、面接室に入る。

 オスカーの名前が呼ばれ、面接室に入る。

(なんか凄い面子なんだけど……あ、竜だ)

 エンデュミオンの頭にしがみついているのは、翡翠色の木竜だった。

(木竜って、王領の森に居た気がするんだけどなあ。でもあの様子じゃエンデュミオンの竜だよね)

 どういう事なのだろう。はて、と思いながらもツヴァイクと、エンデュミオンを膝に載せている銀髪の男性の質問に答える。

(あれ?銀髪紫瞳って、王族?ツヴァイク居る筈だよね……)

 祖父が闇竜使いだった事なども話し終わる頃、銀髪紫瞳の男性がマクシミリアン王だと気付いたオスカーだった。

 控え室に戻ったオスカーだが、次に呼ばれたのがアレクシスで、マクシミリアン王が居ると教える間が無く、帰って来たアレクシスとそっと目を逸らしあった。

 宝物庫の竜の卵と言う希少物ゆえに、王自らやって来たのに違いない。それよりも、エンデュミオンが絡んでいるとは思わなかった二人である。


 騎士全ての面接が終わった後、最終選考に残った者の名前が貼り出された。同時に第一選考通過者の名前も貼り出されたが、こちらは補欠と言う事だろう。

「あった……」

「うん……」

 最終選考にオスカーとアレクシスは残っていた。

「最終選考に残った者はこちらへ」

 ツヴァイクの声で、恐る恐る二人は面接をした部屋に入る。残ったのは、騎士隊の二人と、騎士団の副隊長側仕えギードもだった。

「では箱の端から掌を上向きにして入れて、そのまま目を瞑れ。卵の方が勝手に来る」

 ごくりと喉を鳴らし、布で中身が解らない箱の中に手を差し入れる。

 コロ、コロ、と言う音が微かに耳に届き、コロリと掌に仄暖かい物が載る。

「闇竜だ……」

 オスカーの手にあったのは、白地に黒いマーブル模様の卵だった。

「祖父が闇竜使いだと言っていたな。知っていると思うが、闇竜は空間魔法の使い手だ。有事の時は空間魔法を展開して人々を守る事も出来る。大切にしてやってくれ」

「はい」

 竜騎士は竜が選ぶので、どの卵が来るか解らないと事前に言われていたのだが、闇竜が来てくれたのは素直に嬉しかった。

 アレクシスは緑色のマーブル模様の卵を持っているので、木竜だろう。エンデュミオンに卵を確認して貰ってからオスカーの元に来る。

「温かいんだな、この卵」

「うん。生きているからね。ちゃんと育てないとね。責任重大だよ」

「孵るまで殻が割れないってのだけが、安心と言うか」

「解る。まあ、不安な時はエンデュミオンに聞きに行こうよ」

 あの大魔法使いは、竜使い歴六百五十年なのだから。

 生まれ変わったせいで、ケットシーなのに竜使いになったエンデュミオンは、翡翠色の木竜グリューネヴァルトを頭に載せ、楽しそうに黄緑色の目を細め、尻尾をゆらゆらと揺らすのだった。



【騎士団外警担当アレクシス】


 アレクシスの家系は騎士一家である。

 曾祖父も祖父も父も母も兄も姉も騎士になり、王領騎士団と近衛騎士団に所属すると言う、上位位階の者達にもそこそこ覚えめでたい家柄である。

 そして末子のアレクシスも学院卒業間近になり、所属先が決定される時期になって、このままでは王領騎士団か近衛騎士団に配属されると焦るに至った。

 親や兄姉に囲まれて仕事をするなど辛すぎる。末子可愛がりで、有難くも暑苦しく、このままでは駄目になると思ったのだ。

 友人のオスカーも、王領の実家を妹夫婦が継ぐので、自分が王領に留まれば義弟の目障りになるだろうと考えていた。下手に裁縫の腕がある分余計に。

 二人はリグハーヴス公爵領への配属願いを出し、地下迷宮ダンジョンもあり冬は雪が降ると言う敬遠されがちな領地である事から、あっさりと希望が通ったのだった。

 親兄弟に知らせておらず独断で決めたので、配属先が決まった後でしこたま怒られたが、後悔はしていない。


 目を開けると、白地に緑色のマーブル模様の卵があった。

「お早う、カペル」

 竜の卵に朝の挨拶をして撫でる。隣のベッドではオスカーが同じ様に「お早う、エクヴィルツ」と挨拶していた。アレクシスは起き上がり、オスカーに挨拶した。

「お早う、オスカー」

「お早う、アレクシス」

 卵を託されてから、一週間が経っていた。毎日卵を抱え、一緒に風呂に入り、一緒に寝ると言う生活だ。

 交代でシャワーを浴び、騎士服に着替えた。紐の付いた袋を首から下げ、騎士服の中に入れる。

「食堂行こうか」

「うん」

 騎士団付属の食堂に向かう。腹の辺りにある卵はほんのりと温かい。

 カウンターで朝食のトレイを受け取り、空いている場所に行って座る。

 今日はチーズ入りのオムレツだ。トマトと煮豆のソースが掛かっている。白パン(ヴァイスブロェートゥ)黒パンシュヴァルツブロェートゥ林檎アプフェルは籠に盛られてテーブルに置かれている。

 先にトレイをオスカーに運んで貰い、アレクシスは紅茶シュヴァルツテーのティーポットとカップを運ぶ。

「今日の恵みに。女神シルヴァーナの感謝を」

 食前の祈りを唱え、フォークを取って食べ始める。

「……」

「……」

 周りから視線を感じる。ぽそぽそと「家族が王領の近衛騎士団で」と聞こえるので、アレクシスの事を言っているのだと解る。卵を託されてから聞こえて来始めたのだが鬱陶しい。

 朝食を食べ終え、二人はトレイを返却し、食堂を出る。

「じゃあ、仕事終わったら迎えに行くから、<Langue(ラング) de() chat(シャ)>に行かないか?」

「解った」

 オスカーが了解の印に片手を上げ、備品管理室に行くのを見送り、アレクシスも外警詰所に向かった。

 外警担当で竜騎士になったのはアレクシスだけだ。オスカーは備品管理担当、ギードは副隊長側仕えなので、基本内勤なのだ。

「竜騎士様がご出勤だぞ」

 アレクシスが詰所に脚を踏み入れるなり囃し声が掛かった。騎士団員のハンネスだな、と思いつつ出退勤を現す名前入りの木札を返す。赤い面が出勤になるのだ。

 相棒のティモに「お早う」と挨拶して、巡回地区を確認する。一ヶ月毎に担当地区が変わるのだ。

左区リンクスの北だよ」

 先に確認して前日までの報告書を読んでいたティモが教えてくれた。

「有難う。行こうか」

「うん」

 アレクシスも報告書に目を通し剣帯を確認して、詰所を出る。

「……ハンネスは羨ましいんだと思うよ。彼は第一次選考も通らなかったから」

 アレクシスは自分より低い位置にある、薄くそばかすが散ったティモの顔をしげしげと眺めてしまった。確かティモは第一次選考は通った筈だ。

「羨ましいからと言って、陰口を叩くのはどうかと思うけど」

「でも、アレクシスは王領騎士団や近衛騎士団に家族が居るだろ?王やツヴァイクに顔が知られていたりするんじゃないの?」

「親は兎も角、俺はこの間初めて王とツヴァイクにお会いしたよ。質問にも親の事なんて無かったし」

 王家の血を引く者の髪と瞳の色は特有だから、「あ、これ王様だ」と気付いたのだ。

「そもそもうちには昔から竜騎士って居なかったんだよ。だから俺が竜に選ばれるかなんて、あちらも解らないよ」

「そうなの?」

「そうだよ。エンデュミオンが言うには、竜が騎士を選ぶんだってさ。卵を託された時だって、自分で選んで無いんだ。布を被せて卵が見えない状況で、転がって来るのを待つんだよ」

 もしコネで最終選考に残っても、卵に選ばれないかもしれないのだ。

「何その方法」

「吃驚だろ?最終選考にどうして俺達を選んだのかは、エンデュミオンにでも聞かないと解らないなあ。仕事終わりで<Langue de chat>に行くから聞いてみる」

「それでハンネス達が大人しくなると良いけど」

「あんまり煩ければマインラート団長が喝入れるさ」

 基本的に詰所の奥の団長室にいるマインラートだが、耳は良い。何なら地獄耳だとアレクシスは思っている。

(あんまり手を煩わしたく無いんだけどなあ)

 マインラートが団長室から出てくる時は、大抵怒られる時なのだ。実はアレクシスの父親と学院で同期だったらしいのだが、氷魔法の使い手だと聞いている。そして平原族の筈なのだが、外見が若い。まだ二十代半ばに見えるのだが、本当は四十代である。

(団長が怒ると部屋が寒いんだよな……)

 ハンネスは怖いもの知らずに違いない、とアレクシスはうんざりしたのだった。


「で、エンデュミオンに聞きに来たと?」

「うん」

「話しても良いが、日頃の行いで決まるのだぞ?」

 向かいの椅子に座ったエンデュミオンは、ぽしぽしと前肢で頭を掻いた。少し毛が逆立つが、気にしていない。

「あの選考はな、第一次はエンデュミオンが振り分けた。竜の子を育てるのに向かない者は却下だ。噓吐きだったり、人を貶めたりする者はまず無理だ」

「ああ……」

 ハンネスはここで落ちる。もう確実に落ちる。

「で、最終選考で竜騎士を選んだのは、竜の卵自身だぞ。面接室には最初から陰に卵が置いてあって、面接を聞いているんだ」

「聞こえてるの!?」

「人の胎児だとて外の音が聞こえていると言うではないか」

 何を言っているんだと、エンデュミオンが呆れ顔になる。

「あそこには木竜のグリューネヴァルトと光竜のゼクレスが居ただろう?二人に手伝って貰って、卵に聞いたんだ。誰を竜騎士にしたいかと。だから、あの時点で、もう誰がどの卵を手にするかは決まっていたんだ」

「本当に竜が竜騎士を選んでいるんだ……」

 オスカーにエンデュミオンが鼻を鳴らす。

「そう言っただろう?」

 確かに言ってはいたが、そこまでとは思っていなかっただけだ。

「疑うなら、<Langue de chat>のエンデュミオンがなぜ選考から外したか説明してやるから来い、と伝えておけ」

「……解った」

 そんな事をされたらハンネスの精神がゴリゴリ削られる気がする。立ち直れない予感すらする。

 お茶とクッキー(プレッツヒェン)を楽しみ、本を借りて騎士団に戻ったオスカーとアレクシスは、建物全体がひんやりとしているのに首を傾げた。

「何かあったのかな」

「あ、お帰り」

 詰所近くでティモが箒で床を掃いていた。掃き集めているのが、見間違えでなければ氷に見える。

「さっきマインラート団長がハンネス達を叱り付けてね。その腐った性根が竜を嫌悪させるんだって仰って──あとはいつもの通り」

 そして魔力が溢れて詰所が凍ったと。

 マインラートは魔力過多なのだ。感情が高ぶりすぎると、辺りを凍らすと言う不便体質なのである。

「軽度凍傷患者続発で、ベンノ副隊長とギードに団長が叱られてたよ……」

「あー、今は医務室の団員不在だからな。オスカー、仕方がないから手伝いに行こう」

「うん」

 実はオスカーもアレクシスも、そこそこの〈治癒〉が出来るのだ。

 このお手伝いを切っ掛けに、「部所は関係ない。魔女ウィッチグレーテルの所で〈治癒〉レベルを上げてこい」と団長命令を下される二人だった。


リグハーヴス竜騎士選抜試験、オスカーとアレクシス編です。

初めて騎士団長の存在もチラリ。次回は騎士団長のお話です。


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