黒森之國の竜騎士達
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竜騎士を選抜します。
132黒森之國の竜騎士達
ある日一通の通知が、黒森之國の騎士達を震撼させた。
『竜騎士募集。条件は今季卒業確定している者を含む騎士である者。性別は問わず、平原族、採掘族、人狼は三十歳までの者とする。位階の上下は不問とする。精霊便にて、ツヴァイクまで申請する事。申請用紙は各騎士団・騎士隊にて備え付けあり』
竜騎士は騎士の憧れの職である。限られた者しかなれない上、竜と組めるのだ。
平原族と採掘族、人狼に年齢制限があるのは、なるべく竜と共にあるべきと考えれば仕方のない事だ。しかし、位階の上下が不問と言うのは画期的だった。位階が低くても竜騎士になれる、と言う事なのだから。
審査が通るかどうかは解らなくても、申請書を送るだけなら出来る。騎士達はこぞって申請書を送ったのだった。
「で、これをどうするんだ?」
「どうするって、面接するんだ。当たり前だろう?」
エンデュミオンは申請書を領地ごとに仕分けながら、ツヴァイクに答えた。
「エンデュミオンはケットシーだからな、会えば善人かどうか解る」
「それ、エンデュミオンありきじゃないか」
「別にエンデュミオンじゃなくても、ルッツやギルベルトに頼んでも面白がってやってくれるぞ?」
「竜騎士の選定に元王様ケットシー引っ張り出さないでくれないか……?」
騎士が泣くではないか。
「主、終わった」
「きゅいっ」
手伝っていたゼクレスとグリューネヴァルトが重ねた紙をテーブルに運んでくる。
「有難う」
ツヴァイクが二人の頭を撫でる。
「で、次は卵の選別だな。ほら、マクシミリアン項垂れてないで、宝物庫に案内してくれ」
椅子に座っていたマクシミリアンの膝を、エンデュミオンがパシパシ叩く。
マクシミリアンが呻き声を上げた。
「……ツヴァイク、なぜこの状況に対応しているんだ?」
「さっさとやっちゃった方が良いだろう。先伸ばししても意味がないんだし。王宮嫌いのエンデュミオンが折角手伝ってくれるって言うんだから。気が向いている時にやって貰った方が呪われなくてすむ」
「全くだ」
「解った解った、私が悪かった」
「にゃう!?」
立ち上がるなりマクシミリアンはエンデュミオンを抱き上げた。
「ふむ。ケットシーは柔らかいのだな。赤子の様だ」
「きゅいっ」
グリューネヴァルトがマクシミリアンの肩に乗る。
「エンデュミオンに何かしたら、グリューネヴァルトが突くぞ」
「突くな。宝物庫まで運ぶだけだ」
ここまで王に遠慮がないのはエンデュミオンだけだろう。見た目は可愛いケットシーだが、中身は六百歳超えの大魔法使いなのだから。
マクシミリアンはツヴァイク達も連れて宝物庫まで行き、最初の間に入り扉に鍵を掛ける。それから奥の扉を開け二の間へ。竜の卵はさらに奥の三の間にある。
棚に並べてある軟らかい布を詰め込んだ箱の中に、竜の卵は入れてあった。
「こんな寂しい場所で……」
はあ、とエンデュミオンが溜め息を吐く。
「温めなくても声位掛けてやれ。……ほら、もうすぐお前達の竜騎士を捜してやるからな」
エンデュミオンは卵を一つずつ肉球で撫でてやる。
「ゼクレス、卵が何処の地域のものか解るだろう?教えてくれないか?」
「うん」
五つ空き箱を用意し布を詰め、ゼクレスが言う通りに選別していく。
「なるべく卵の出身地と騎士の居住地は同じ方が良いのだ。だから、各々の地域ごとに騎士を選ぶ」
「騎士と竜の属性もあるだろう」
「勿論。申請書に何を特化したいかも書いて貰っているからな。後は竜の方が選ぶ。今日は王領の騎士の面接だな?」
「ああ、頼む」
「じゃあ、この子達だけで良いのかな?」
ツヴァイクは王領で発見された竜の卵が入った箱だけを持った。
「うん。他の子達は別の日まで待って貰う」
扉に鍵を掛けながら宝物庫を出て、面接会場へと移動する。
「ところでマクシミリアン、ローデリヒ王子の申請書があったが、まだ学院に入ったばかりだろう。それにレオンハルト王子は良いのか?」
ローデリヒは第一王子、レオンハルトは第二王子だが、王太子はレオンハルトだ。
マクシミリアンはツヴァイクに頷いた。
「ローデリヒはレオンハルトの近衛になるから、竜騎士になれるのであればその方が良い。レオンハルトの方はエンデュミオンに断られた」
ぺしりとエンデュミオンは裏拳で、マクシミリアンの胸を叩いた。
「レオンハルトは竜使いにもなれる素質があるが、ケットシー憑きになりたいんだから仕方がないだろう。成人したらレオンハルトのツヴァイクと一緒に〈黒き森〉に放り込め」
基本的に王のツヴァイクは、学院滞在中に本人同士が決める事が多い。
ツヴァイクは吹き出した。
「乱暴だなあ」
「ケットシーの〈祝福〉があるから、迷わないでケットシーの集落に行くから大丈夫だ。レオンハルトのツヴァイクがケットシー憑きになるか、竜使いになるかは解らんがな」
レオンハルトのツヴァイクが騎士か魔法使いかはまだ不明だ。
エンデュミオン達は小部屋に入った。椅子に座ったマクシミリアンの膝にエンデュミオンが乗り、面接者の申請書を束ねた物と赤鉛筆を持つ。グリューネヴァルトは相変わらずマクシミリアンの肩に乗っていた。
ツヴァイクとゼクレスは一人一人面接者を小部屋に入れて行く。面接者は部屋の中に王とケットシーと木竜が居る事にまず目を剥いていた。
エンデュミオンは相手を見るだけで善人かどうか判断出来るので、質問はマクシミリアンとツヴァイクにして貰う。竜騎士を束ねる大元締めは彼等だからだ。特に重要な質問は、高所恐怖症でないかどうかだ。
面接が終わり騎士が部屋を出てから、エンデュミオンはその者の申請書に合否を書き込む。
竜の卵は各領に五個から多くても十個程しかないので、この後更に篩に掛ける事になる。最終選考に残らなくても、今回一時審査を通った者は、今後竜の卵が見付かり騎士団に届けられれば竜騎士になれる可能性がある。
「昔みたいに自力で竜の巣から盗むか、交渉して託される奴は居ないのかね」
赤鉛筆の尻で耳の付け根を掻きつつ、エンデュミオンは鼻を鳴らした。マクシミリアンはその頭を見下ろした。
「エンデュミオンの場合はどうしたのだ?」
「ヴァイツェアの森の奥に居た木竜に交渉した。卵を五つ抱えていたから、育て切れないと思った」
通常竜が一度に産むのは三つ位なのだが、珍しく多産の木竜を偶然見付けたのだ。
「悪用しようと思っていなければ、竜に襲撃される事はないのだがな。下手に怖がって親竜を害して卵を奪おうとするから、半殺しにされるのだ」
「きゅっきゅー」
「成程……」
ドアからツヴァイクが顔を覗かせた。
「次はローデリヒ王子を呼ぶぞ」
「頼む」
一度ドアが閉まり、ノックの後再びドアが開いた。緊張した表情のローデリヒ王子が入ってくる。少し硬い動きで、部屋の中心に置いてある椅子に座った。
一通りの質問をマクシミリアンとツヴァイクにさせた後、エンデュミオンはニヤリと笑った。
「ローデリヒ、お前には竜騎士の素質があるぞ」
「え、本当ですか?」
半信半疑で来ていたのか、ローデリヒが驚く。
「だがな、今回は現役か学院の卒業が決まった騎士に卵を渡すと要項に書いたから、宝物庫の卵はローデリヒには渡せない」
「そうですか……」
見るからにしゅんと萎れたローデリヒに、グリューネヴァルトが「きゅっ!」と鳴いた。思念で伝えられた言葉に、エンデュミオンが思案する。
「ふーむ、そうか?グリューネヴァルトが良いのなら構わないぞ。マクシミリアン、一寸これを持っていてくれ」
申請書の束をマクシミリアンに渡し、エンデュミオンは乗っていた膝から降りた。マクシミリアンの肩からパタパタとグリューネヴァルトが羽ばたき、エンデュミオンの頭に乗る。エンデュミオンはローデリヒの元へ行き、ズボンを掴んだ。
「少しこのまま待っていてくれ。一寸出掛けてくる」
ぱちんと音を立ててエンデュミオンとグリューネヴァルト、ローデリヒが姿を消した。何処かへ〈転移〉したのだ。
「一体何処へ行ったんだ?」
「さあ……」
「卵を取りに行くって言ってた」
「え!?」
ゼクレスに二人は振り返った。竜である彼にはグリューネヴァルトの思念も聞こえていたのだ。
「何処まで!?」
「ローデリヒの竜だから、王領の森」
「エンデュミオンの竜以外にも竜が居るのか!?」
「居る。あれだけ広いんだから」
そんな事は誰にも知られていなかった。餌場に来るのはグリューネヴァルトだけだったのだ。
「グリューネヴァルトの他は野生。野生の竜は余り人に近付かない」
「そういう理由か」
グリューネヴァルト以外の竜が目につかない訳だ。
ぱちん。
「ただいま」
「きゅいっ」
十分程してエンデュミオン達が部屋に戻ってきた。
「ただいま戻りました」
上気したローデリヒの手には、白地に緑色のマーブル模様の卵があった。
「それ……」
「この子はグリューネヴァルトの番の卵だ。王領だから安心して子育てが出来るらしいぞ。四つ産まれたから、一つはローデリヒに育てて貰っても良いそうだ」
ちゃんと番にも了承を取ってきた、とエンデュミオンがローデリヒの脚をぽんぽんと叩く。
「ローデリヒが自分で交渉したからな、この子の竜だ。ローデリヒ、育て方はツヴァイクに教えて貰え」
「はいっ」
卵をシャツの中に入れたローデリヒを護衛騎士に預けて部屋に帰らせる。それからエンデュミオンは再びマクシミリアンの膝に登り、残りの騎士達の面接をしたのだった。
日を改めて各地の竜騎士希望の騎士達と面接し、最終選考に残った者はマクシミリアン王直々に卵を託された。
竜騎士は各々の領地の所属となり、王もしくは領主に仕える。
リグハーヴス公爵領で竜の卵を託された騎士の中には、騎士団の若き騎士ギードや騎士隊副隊長のラファエルも居たのだが、それは又別のお話。
竜騎士選抜、王都の様子でした。
ローデリヒ王子も竜の卵を手に入れました。王にならない王子が臣籍降下するのはエンデュミオンも知っているので、ローデリヒの立場が悪くならない様にとの配慮も少し。
竜と直接交渉した竜騎士は、殆ど居ないのです(現時点での生存者ではエンデュミオンとローデリヒだけです)。




