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クーデルカと杖職人

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

クーデルカの杖作成です。コボルトは殴り魔法使い。


127クーデルカとツーベァシュタープ職人


 裾にレースの付けられた生成のカーテンの隙間から射し込む光に、ヨルンは目を覚ました。いつもと違うのは、宿屋の部屋だと言う事と、ふかふかとした温もりが傍にある事だ。

「……」

 隣ですぴょすぴょと寝息を立てている、黒褐色の毛で覆われた妖精犬コボルトに瞬きしてしまう。

「……わぅ」

 先端の白い大きめの三角耳がピクピクと動き、クーデルカが藍色の瞳を開ける。ころ、と寝返りを打ってヨルンに抱き付いた。

「お早う、ヨルン」

「お早う、クーデルカ」

 耳の間を撫でてやれば、巻き尻尾が揺れる。

 昨日の宴の後、ヨルン達は集落の宿屋に泊まったのだが、そこにクーデルカもちゃんと付いてきた。コボルト料理で満腹だったので、一緒にお風呂に入ってベッドに潜り込んだ次第だ。

 コボルトは料理が上手い。手先が器用だし、食いしん坊だからだろう。

 ベッドから起き出してシャワーを浴び、クーデルカの顔をお湯で絞った布で拭いてやる。昨夜の内にマイム風の精霊(ウィンディ)魔法で洗っておいた服に着替え、ヨルンとクーデルカは一階の食堂に下りた。

「お早う。ヘア・ヨルン、クーデルカ」

「お早うございます。フラウ・アーデルハイド、ヘア・スヴェン、リヒト、ナハト」

 先に食堂に下りて来ていたアーデルハイド達に挨拶する。針鼠の姿が無いが、きっと鞄の中で寝ているのだろう。

 朝食のメニューは一つで、テーブルに着くと店員が運んで来てくれる。

 カリカリのベーコンと腸詰肉ブルストにマッシュポテト、それに目玉焼きが載っている。葉野菜とトマトのサラダと玉蜀黍のスープが付いていて、籠に入ったてのひら大の丸い白パン(ヴァイスブロェートゥ)黒パンシュヴァルツブロェートゥは好きなだけ食べて良いのだ。

 コボルトと共生している集落らしく、子供用の椅子も置いてあり、リヒトとナハトとクーデルカもちゃんとテーブルに向かえた。

「今日の恵みに。女神シルヴァーナに感謝を」

 皆で食前の祈りを唱え、パンを手に取る。リヒトとナハトに関しては、深皿に細かく切ったベーコンとパン、マッシュポテトを入れて貰い、サラダやスープは別皿で食べさせて貰っている。二人でクーデルカ一人分を食べていた。

 クーデルカはツーベァシュタープは盗られたものの、誘拐はされなかったので栄養状態は良さそうだ。器用にフォークやナイフを使い、食事をしていた。

 食後のお茶に移り、アーデルハイドが紅茶シュヴァルツテーミルク(ミルヒ)を入れた木製のマグカップをスプーンでかき混ぜながら、ヨルンとクーデルカを見た。

「さて、今日は転移陣でリグハーヴスに行く、で良いかな?」

「一番近いのはハイエルン南の魔法使いギルドでしょうか?」

「いや、コボルトに頼めばリグハーヴスの魔法使いギルドに送って貰える筈だ」

 転移陣が無い場所に行くには、一度行っている場所でないと安全上行かないが、既に転移陣が刻まれている場所であれば送れるものなのだ。

大魔法使い(マイスター)と同等ですか、コボルトは」

 一般の魔法使い(ウィザード)は転移陣が刻まれた場所同士しか〈転移〉しない。エンデュミオン派の大魔法使いだけが、自ら転移陣を発露させ〈転移〉出来ると言われている。

「リグハーヴスの転移陣から私達が来たから、解りやすい筈だ」

「魔力の匂い、辿る」

 クーデルカも頷く。

 宿代を支払い荷物を〈時空鞄〉にしまって、ヨルン達はクーデルカの家に行った。コボルトの家は人族の子供までしか入れない大きさだ。

 ドアから覗いて見えたのは、一間の部屋だった。居間兼台所兼寝室なのだ。

 クーデルカはリネンや着替えが入っているらしき木箱をベッドの下から引っ張り出した。蝶番の付いた飾り彫りのある飴色の箱の蓋を開け、台所から木をくり貫いて作ったコップと皿、スプーンとフォーク、皮鞘が付いたナイフを入れる。クーデルカの食器はそれだけだった。ピカピカに磨かれた鍋とフライパンも追加する。

 それから別の木箱に棚にあった瓶詰めを入れていく。果物のシロップ煮やジャム、楓の樹蜜の様だ。瓶が動かない様にパッチワークのベッドカバーを詰め、箱の蓋を閉める。その箱二つをヨルンが〈時空鞄〉にしまった。

 魔法書は布鞄に入れて、肩から斜め掛けにしている。

 主を得たコボルトは、集落に家を持たなくなる。コボルトの家は空きが出れば、次に独立した者が使うらしい。ベッド等の家具もそのまま引き継いで使うのだそうだ。

 クーデルカの荷物をしまっている間に、アーデルハイドとスヴェンが集落にいるコボルト達に〈転移〉をお願いしてくれていた。

「リグハーヴスの転移陣にお願い出来るだろうか」

 地図を見せるアーデルハイドに、杖を持った魔法使いコボルト達は彼女の匂いをすんすんと嗅いで「おー」と杖を掲げた。大丈夫の様だ。

「これはお礼に皆で分けておくれ」

 アーデルハイドはスヴェンが〈時空鞄〉から出した<Langueラング de chatシャ>の紙袋をコボルトに渡した。非常食にもなるので、アーデルハイドがまとめ買いをしていた物だ。〈時空鞄〉の中の物は傷まないので、結構便利だ。

 紙袋の中を覗き込み、クッキーを見付けたコボルト達は一斉に尻尾を振った。

 コボルト達が世話をしてくれていた馬達を引いたアーデルハイド達を中心に、魔法使いコボルト達がぐるりと囲み、杖の石突きを地面に置いた。ぶわりと地面に〈転移〉の魔法陣が銀色に広がる。

「〈転移〉!」

 魔法使いコボルト達の可愛い声の詠唱と共に景色が揺れる。次の瞬間、リグハーヴスの魔法使いギルドの転移部屋に居た。

「あ、馬も一緒だったのを忘れていた」

 ギルド同士の〈転移〉は室内に出るのだ。

 こういう事もあるので、馬用になだらかな坂の出入り口もある。スヴェンが馬用入口の扉を開けに行き、アーデルハイドとヨルンが馬を引いて外に出した。建物の外にある馬繋ぎ棒に手綱を結び付けてから、改めてギルドの受け付けに向かった。

「お早う、魔法使いクロエ」

「アーデルハイド、お帰りなさ──」

 読んでいた分厚い魔法書から笑顔で顔を上げたクロエだったが、ヨルンが抱いたクーデルカを見て固まる。

「ヘア・ヨルンはクーデルカにちゃんと憑かれているから安心してくれ。まだ大魔法使いフィリーネから連絡は無いのだろうか」

 昨夜の内にアーデルハイドはフィリーネに精霊便を送っていた。

師匠せんせいに連絡済みなのですね。こちらにはまだ連絡がありません」

「そうなのか……。これからクーデルカの杖を作りに行く。<Langue de chat>にも寄ってくるが、また戻って来るから」

「解りました」

 クロエに見送られ、アーデルハイドと手を繋いだスヴェンが先に立って大工通りに向かう。鋸やトンカチの音が響く通りに、小さな工房があった。

「いらっしゃいませー」

 ドアを開けるとカウンターに尻尾の先が緑色の大きな栗鼠リスが居た。クーデルカとあまり大きさが変わらない。

 クーデルカが栗鼠に言う。

「クーデルカ、杖欲しい」

「杖のお客様!クレスツェンツ呼んで来る」

 栗鼠が壁に空いた穴から奥に飛び込み、間も無く銀髪の人狼とやって来た。

「アーデルハイド、久し振り」

「久し振りだな、クレスツェンツ。今日はこの子の杖を頼みたいのだ」

 アーデルハイドが手で示したヨルンとクーデルカに、クレスツェンツは驚いた顔になる。

「もしかして、クヌートと血が繋がっていますか?」

「クヌート、一緒に産まれた」

「良く似てらっしゃいますね。ゼーフェリンク、水晶狼の魔石を持ってきて」

「はいよー」

 ゼーフェリンクと呼ばれた栗鼠が壁の穴に飛び込み、尻尾に魔石を掴んで戻ってくる。それは先端の尖った透明な六角柱の魔石で、先端側がうっすらと蒼と碧に染まっていた。

 窓際にあった鉢植えを運んできて、クレスツェンツはクーデルカをカウンターに立たせる。

「どんな杖が良いですか?」

「殴れるの」

 クーデルカが即答する。基本、コボルトは殴り魔法使いである。魔法も使うが、杖でも殴る。

 ぽわりと魔石と木の枝を包むクレスツェンツの両手が光り、苗木がにょきにょきと成長していく。クーデルカの身長に合わせた所でクレスツェンツは手を止め、ゼーフェリンクが削り取る。

 クーデルカに〈灯火〉を試し打ちさせてから、魔銀製の石突きを先端に嵌め込む。

 杖の上部に魔石が嵌まった意匠の杖だった。細い蔓が魔石に絡んでいるのが飾りにも見えるが、コボルトの杖は簡素な物が好まれ、クーデルカも気に入ったらしく抱き締めた杖に頬擦りしている。

「どうも有難うございます」

 銀貨十枚の代金を支払い、ヨルンは杖を掴んだクーデルカをカウンターから抱き上げた。

「これはサービスです」

 クレスツェンツはヨルン、アーデルハイド、スヴェンそれぞれに〈生命の指輪〉を渡した。

「良いのか?クレスツェンツ」

「本職が杖で、装備小物は趣味だから」

 装備小物を主体に買いに来る客には、きちんと売っているらしい。

「石突きが傷んだら交換に来て下さい」と言うクレスツェンツとゼーフェリンクに見送られ、店を出る。

 すりすりとクーデルカがヨルンの胸に頭を擦り付ける。

「有難う、ヨルン」

「どういたしまして」

 大工通りから歩いて食料品が売っている通りに出る。パンの焼ける香ばしい香りが近付き、〈ヴァイツェン(スフィアーツ)〉の前に辿り着く。

「ベティーナ!」

「ベティーナ!」

 いつも試食をくれるベティーナに、リヒトとナハトが大喜びで声を掛ける。

「いらっしゃい。はいどうぞ」

 ベティーナはリヒトとナハト、クーデルカにシナモンロールパンの切れ端を咥えさせた。ヨルンも一切れ貰い、目をみはる。

「美味しい」

「これはうちの息子達が作っているのよ」

 アーデルハイドとスヴェンは白パンと黒パン、シナモンロールパンを買っていた。ヨルンも〈時空鞄〉に入れておけるので、買う事にする。

 パンの入った紙袋に頬擦りするクーデルカを見て、ベティーナが首を傾げた。

「この子……クヌートとは別の子よね?」

「はい、クーデルカです。クヌートとは兄弟みたいです」

「そうなの。クヌートに会ったら喜ぶでしょうね」

 ベティーナに頭を撫でて貰い、クーデルカが尻尾を振った。

「次は<Langue de chat>?」

 街の中では迷子になるアーデルハイドと手を繋いだスヴェンが問う。

「そうだな。エンデュミオンに教えておかないと」

「エンデュミオン?」

 不思議そうな顔をしたクーデルカに、リヒトとナハトが歌う様に答える。

「エンデュミオンはエンデュミオン」

「ケットシーのエンデュミオン」

「ふふ。<Langue de chat>に行ってみると解るぞ。あそこには北方コボルトのヨナタンも居るからな」

「楽しみ!」

 ヨルンの腕の中でびょこんと跳ね、クーデルカは楽しげに笑った。



クーデルカの杖も水晶狼の魔石です。

次回はクヌートとの再会です。

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