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騎士と南方コボルト(後)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

ケットシーもコボルトも食いしん坊です。美味しいご飯を食べさせてあげましょう。


115騎士と南方コボルト(後)


 目を覚ましたコボルトの目の前に、青いケットシーの編みぐるみが鎮座していた。昨夜客間で一人で寝るコボルトに、錆柄さびがらケットシーのルッツが貸してくれたのだ。自分と同じ位の大きさがあるので、隣にあると少し安心した。

(良い匂い)

 微かにラベンダーの匂いがする寝具。いきなり預けられたコボルトに、客間を使わせるなんて驚いてしまった。

 ハイエルンで冒険者に誘拐されてリグハーヴスの地下迷宮ダンジョンに連れて行かれ、魔力が枯渇するまで鎖を着けて引き回された。

 安全地帯オアシスで「コボルトを捨てて行く」と話しているのを聞き、冒険者に噛みついてやった。背中を切り付けられたが全員に噛み付き、鎖を引き摺りながら脱出用の魔方陣マギラッドに飛び込んだ。

 地下迷宮の外に出てから鎖の付いていた首輪を外し、なけなしの魔力で〈転移〉した。落ちた先が人間の真上だとは思わなかったが、ディルクとリーンハルトは騎士の誓いを立ててまでコボルトを保護してくれた。

い人)

 布団の中で尻尾が動いてしまう。

 連れてこられた<Langueラング de chatシャ>と言う場所には、人間とケットシーが四人ずつとコボルトが一人居た。赤ん坊のケットシーまで居たのには吃驚びっくりした。

 森林族の魔女ウィッチに怪我を直して貰い、午後には別の森林族が来て服を作るのだと採寸して行った。

(ご飯も美味しい)

 消化が良い物をと出してくれたシチューはとても美味しかった。

 ヨナタンと言う北方コボルトは、ルリユールの徒弟カチヤに憑いていた。カチヤと同じベッドで寝起きして、専用の織機を貰っていた。ハイエルンのコボルトでは考えられない待遇だ。

 しかも、機織りは趣味で織っていると言う。座布団と言うクッションや、グラウの掛け布団がコボルト織だった。普段使いにされたコボルト織に、郷を思い出して和む。

 ぐうー。

 コボルトのお腹が鳴った。余り知られていないが、コボルトは種族的に食いしん坊なのだ。

 ここの人間はケットシーとコボルトと住んでいるからか、その辺を解っている。

 もう少し横になっていたい気もするが、お腹が空いた。ドアの外で物音が聞こえるので、誰か起きているらしい。

 むくりと起き上がり、コボルトは後ろ向きにベッドを降りた。小物箪笥の上に置いてあった服に着替える。身体の大きさがエンデュミオンと同じ位だったので、彼の服を貸してくれたのだ。ヨナタンはコボルトより一回り小さかった。

 細くドアが開けてあったので、隙間を広げて顔を出す。カチカチと爪を鳴らして居間に行く。

「む。おはよう、まだ寝ていても良いのだぞ?」

 居間にはエンデュミオンと揺り籠に入ったグラウ、台所には孝宏が居た。

「少し眠い。でもお腹が空いた」

「そうか。朝食まで何か摘まむか?」

 エンデュミオンは気軽にラグマットから立ち上がり、台所に行った。

「……」

 コボルトはぺたんと揺り籠の横に座った。

「みゃうー?」

 グラウが揺り籠の中で立ち上がり、コボルトの耳目掛けて抱き付いて来た。厚い耳に顔を擦り付ける。

「きゃー」

「……」

 嬉しそうなので好きにさせておく。赤ん坊は可愛い。

 持ち手付きのトレイを運んで来たエンデュミオンが、コボルトの頭に抱き付いているグラウを見て目を細める。

「すまん」

「可愛いな」

「エンデュミオンの弟なのだ」

 トレイをラグマットに置き、エンデュミオンがグラウを抱き上げて膝に乗せる。

「なーっ」

「また後で遊んで貰え」

「うー」

 コボルトに前肢を伸ばすが、エンデュミオンにたしなめられ、グラウは目の前に出された魚の形の編みぐるみに抱き付く。

「これを摘まむと良い」

 コボルトにトレイを示す。トレイには大きめのクッキー(プレッツヒェン)が二枚乗った小皿とストローの刺さったミルク(ミルヒ)のコップが載っていた。有難く貰う事にする。

「今日の恵みに」

 掴んだクッキーは生地にドライフルーツの苺を刻んで混ぜてあった。

「美味しい」

 サクサクと食べていると、グラウをあやしていたエンデュミオンが「あ」と声を上げた。

「昨日、ディルクとリーンハルトにクッキー渡し忘れた」

 いつもお茶を飲まない時は袋に入れてあげているらしい。

「今日も来るって言っていたからお茶に誘おうよ」

 台所から孝宏たかひろの声が届く。パンケーキの様な美味しい香りが漂って来ていた。

「うん、そうしよう」

「ディルクとリーンハルト、来る?」

「来るぞ」

 コボルトが尋ねると、エンデュミオンは断言した。

「普段は一週間か二週間に一度だけど、コボルトが居るからな」

「珍しいから?」

「いや、心配だからだろう」

「……」

 フス、とコボルトは鼻を鳴らした。


 そして本当にディルクとリーンハルトは夕方になってやって来た。

「クヌート!」

 居間に来るなりディルクがコボルトを抱き上げた。

「昨日より元気そうだな」

 魔力が枯渇しても死なないのだが、元々魔力を多く持っている者は、魔力が減ると倦怠感を感じたりするのだ。

「クヌート?」

 名前らしきもので呼ばれたので、コボルトは自分を指差してみる。

「うん。名前がないと呼び辛いからね。リーンハルトと二人で考えたんだよ」

「どうかな?」

 リーンハルトがディルクの腕の中のコボルトの額を撫でる。

「クヌート、嬉しい」

 黒褐色の巻き尻尾が揺れる。

「昨日クッキーを渡しそびれてしまったからな。お茶を飲んで行くと良い」

「あー、すっかり忘れてた」

 笑ってディルクは薦められたソファーに腰を下ろす。隣に座ったリーンハルトの膝にクヌートを乗せる。

 ラグマットの上のテーブルに孝宏がクッキーが乗った皿とティーカップを運んで、ティーポットの紅茶シュバルツテーを注いだ。

「苺の美味しい」

 朝食べたクッキーが皿にあるのに気付いて、クヌートは二人に教える。

「クヌートのお薦めか。今日の恵みに。……うん、美味しいね」

「……」

 フス、と鼻を鳴らして、クヌートが尻尾をブンブン振る。

「クヌートの魔力は二、三日したら回復すると思うが、アルフォンスは何と?」

「昨日執事のクラウスづてに伝えて貰ったよ。地下迷宮ダンジョンとハイエルンに関しては、領主様の方で手配して下さるって」

「そうか」

 コボルトがディルク達に憑く事については構わないのだろう。アルフォンスは妖精フェアリーを庇護する領主だ。それにディルクとリーンハルトを守るついでに、クヌートは領主館も守ると言う期待もありそうだとエンデュミオンは思う。

「そう言えばクヌートはツーベァシュタープを持っていなかったな。杖はどうしたんだ?」

「地下迷宮で折れた」

 エンデュミオンの問いに、ちょっぴりクヌートの耳が伏せる。魔法使い(ウィザード)コボルトは魔法の安定と魔力消費量低下、威力増大の為の杖を持っている物なのだ。勿論無くても魔法は使えるし、精霊ジンニーに力を借りる事も出来る。

「杖って、武器屋で売っているよな?」

「ああ」

 ディルクにリーンハルトは頷いた。クヌートに合わせるなら特注になるだろうが。折れたと言うのだから、鈍器としても使える性質の杖だろう。

「それから、リグハーヴスに居るケットシーと火蜥蜴サラマンダーには会っておくと良い。とは言ってもエンデュミオンも右区レヒツの火蜥蜴しか知らないが。カールとエッカルトの店に居るぞ」

 左区リンクスには滅多に行かないので、知り合いはいないのだ。左区のパン屋と他の鍛冶屋にも火蜥蜴が居る店はあるだろう。

「解った」

「服は明日にはマリアンが持って来ると思うぞ」

「頼んでくれたのか。有難う」

「ヨナタンがコボルト織の布を使ってくれるよう渡したから、今回は代金は要らないそうだ」

 コボルト織で服を作れる機会は貴重なので、マリアンとアデリナは今頃至福の時を過ごしているに違いない。

「あとはまあ、コボルトにはおやつが必要だから、領主館で用意出来ないのなら、イグナーツに頼むか<Langue de chat>で用意するかどちらかだな」

 領主館の宿舎の食事にデザートは無いとゲルトが言っていた。

「憑いている妖精に美味しい食事を与えるのは主の役目だぞ」

「<Langue de chat>でクッキーを売って貰えるのか?」

 ディルクの言葉に、孝宏は思考を巡らせた。

「需要があれば袋売りしようかとも思いますけど。……十二枚入りでハルドモンド銅貨五枚位でしょうか」

「安くないか?色々な味なのだろう?」

 孝宏のクッキーは一枚が大きめだ。

「一日の数量は限定ですね。カウンターに置いてある分のみって感じでしょうか。勿論クヌートのは取り置きしますよ」

 魔力が戻ればクヌート一人で〈転移〉して、おやつを買いに来られるだろう。

「是非頼みたいな」

「良いですよ。後でイシュカとも話して決めますね」

 店売りにはしなくても、ディルクとリーンハルトだけに売っても構わないのだ。

「じゃあ、明日は夜番だから、昼間に会いに来るよ。杖を見に行こうか」

 クヌートの頭を撫で、ディルクとリーンハルトがソファーから立ち上がる。へにょりとクヌートの尻尾が垂れた。

「クヌート、後二日位の我慢だ。魔力が戻れば一緒に暮らせるから」

 エンデュミオンがクヌートの肩を叩く。クヌートは魔力量が多いので、枯渇してしまうと戻るのに時間が掛かるのだ。きちんと魔力が戻らなければ、襲われても反撃中に魔力切れを起こすだろう。

「コボルトは自分の魔力を使う事が多いのだな。普段は精霊魔法を使うと良いぞ。自分の魔力を温存出来る」

「……!」

 フス!とクヌートは鼻を鳴らした。

「精霊もな、甘い物が好きなのだ。たまにお礼をあげると、友好的に力を貸してくれる」

 フスフス、とクヌートが首肯する。

「……知らなかったのか?」

「知らない」

 大魔法使い(マイスター)は研究者である。普通の魔法使い(ウィザード)は、精霊が菓子が好きだとは知らないのだ。

 ディルクとリーンハルトを見送った後、新たな弟子を得たと感じたエンデュミオンに、精霊魔法の講義を受けるクヌートだった。



魔法使いコボルトは本来杖を持ち歩いています。因みに殴り魔法使いです。杖で、殴る。

エンデュミオン、弟子になりそうな者なら種族は問いません。自分の知識を授けます。

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