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冬のスリラーナイト

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

常連客向けの読み聞かせ会を行います。ご案内にある開催時刻に<Langue de chat>にご参集下さい。お茶とお菓子のサービスがございます。


11冬のスリラーナイト


「これは……」

 タイプライターで清書をした原稿を読み終わったイシュカは、言葉を濁して自分の反応を窺う孝宏たかひろを見た。

『俺の国に伝わる物語を、黒森之國くろもりのくに風に書き直したものなんだけどね』

 一応原稿の最初の頁にも〈某國に伝わる物語を黒森之國風に改稿したもの〉と入れてある。出てくる人の名前や風俗は、黒森之國風にしてある。

『俺の国では、こう言う話を〈怪談〉って言うんだ』

「〈怪談〉?」

『怖い話って言うか、不思議な話って意味かな。黒森之國にも霊とかお化けは出るの?』

「説話集にはそんな話があるぞ。死んだ人間が現れて、心残りを晴らしてくれと言う話だ」

 イシュカに代わり、エンデュミオンが孝宏の膝の上で、三角の耳をぴるぴると動かした。

 今は配達に出掛けているが、昨夜テオとルッツにこの原稿を読んで貰ったら、部屋からルッツの叫び声が聞こえていた。その為、恐る恐るイシュカに原稿を渡したのだが。

「人を選ぶ話ではあるかもな」

「やっぱりかー。どうしようかな」

「色んな話があるのは良いだろう。製本しよう。何色の革にする?」

「んー、白かな。タイトルは何にしよう」

「〈怪談〉で良いのではないか?元は他國の話なのだし」

 〈怪談〉だとそのまんまラフカディオ・ハーンになってしまう。タイトルに著作権はないから良いのだろうか。異世界だし。結局、タイトルは〈怪談〉にした。


 ぱたぱたと窓にみぞれが当たり始めた。十一の月の終わりになり、積もる程ではないが雪が降り始めるようになった。

 ちりりりん、りん。

「ただいまー」

「ゆきおんながくるよう」

 ルッツを抱いたテオが店の中に入って来た。上着に雪がポツポツと白く乗っている。

「おかえりなさい、テオ、ルッツ」

「ヒロ、あの本怖いよ。おかげでルッツが離れない」

「あー、ごめん」

 ルッツにへばり付かれたまま苦笑いするテオに、一応孝宏は謝った。やはり子供には怖いか。エンデュミオンは平気なのに。

(エンデュミオンは面の皮厚そうだからなあ)

 天気が悪いので貸本の客も居ない閲覧スペースのソファーにルッツを座らせ、テオは雪で濡れた上着を脱いだ。濡れた面を内側に畳み、ソファの背に掛ける。

「熱いお茶(シュヴァルツテー)、淹れようか」

「うん、有難う」

「今日はもう店じまいだな。暗くなって来た」

 イシュカがドアに掛け金を下ろした。用事がある人は、ドアを叩くだろう。


 たっぷりの熱いミルクティー(ミルヒテー)と皿に並べられたクッキー(プレッツヒェン)に人心地ついたテオは、汚さないように隣のテーブルに置かれていた〈怪談〉を指差した。

「それさ、きっと誰かに声に出して読んで貰った方がより怖いかもしれないよ。昨日俺がルッツに読んでやったらこれだし」

「ううー」

 ルッツが唸る。片方の前肢はしっかりテオの服を掴んでいた。

「俺の国、そう言う催し、あったよ」

「あるの?ここでやったりしないの?」

「誰が読むんだ?孝宏は……無理だな」

 つっかえ過ぎて怖くないだろう。多少の演技力も必要だ。その場の全員の視線が、クッキーを齧っていたエンデュミオンに集中する。

「ん?」

 両前肢でクッキーを持ったまま、エンデュミオンがパチパチと瞬きする。

『スリラーナイトやってみる?エンディ』

『冬の怪談か。ふふ、面白そうだな。どうせなら常連客を招待してはどうだ?子供は止めておいた方が良いだろうが』

『子供はお昼に読み聞かせとか?お茶とお菓子を出して』

『そうだな』

 最終的に次の安息日、<Langueラング de chatシャ>で昼は子供達と母親に向けての読み聞かせにし、夜は大人向けのスリラーナイトを開催する運びとなった。

 常連客の住所は解っているので、イシュカがチラシを銅版画で刷ったものをエンデュミオンに精霊ジンニーで配達して貰った。

 子供達にはフリッツとヴィムのまだ本になっていない新作掌編を読む事にしている。大人には〈怪談〉だ。一応〈不思議で怖い話〉とはチラシに書いた。

 両親共にスリラーナイトに来る場合は、二階で子供をテオとルッツが見ている事にした。本好きの子供達だから、ケットシーと本があれば大人しくしていられるだろう。


 前日から孝宏はお菓子作りを張り切った。常連客だけとはいえ、黒森之國は一家族に子供が二、三人居る事が多い。幾らあっても良いだろう。

 カップは数が足りないので持参して貰う事にした。忘れて来た人が居たら、この家のを出す。

 子供の集まる時間は午後二時にしたが、気が早いエッダ等は三十分前から母親アンネマリーを引っ張ってやって来た。

 フリッツとヴィムの物語が好きな騎士ディルクは、昼も来たがったが仕事で来られず涙を飲んだ。夜は騎士リーンハルトと来るらしい。

 イシュカとテオは、菓子をザラ紙に包んで紙の端を集めて捻った物を、来た順に子供と親に渡した。二時近くになってから、孝宏がテーブルの上に出して貰ったカップに、お茶を注いで行く。

 そっと紙をほどいて中を見た子供達が歓声を上げた。菓子は味違いのクッキーが五枚に、ガナッシュを挟んだマカロンが三つだ。

 時間になり、一つだけ離して置いてあった椅子にエンデュミオンがよじ登った。その手にイシュカが真新しい若草色の本を渡す。

 本のタイトルは〈少年と竜〉。

 フリッツ達が住む國に流行り病が広がり、王様が冒険者達へ叡知えいちの竜に病気の治し方を聞き出してくるようにお触れを出す。しかし、数多くの冒険者が失敗し、フリッツの師匠フォルカーに強制依頼が出される。フリッツとヴィムはフォルカーと共に竜の住む山に行く、と言う話だ。

 エンデュミオンが若草色の表紙を開き、前の巻までの粗筋を読み始めたところで、子供達の目はケットシーに釘付けだった。

 読み聞かせはフリッツ達が強制依頼を受け山に向かう、と言うところで終る。

「もっと読んで」と言う声に、エンデュミオンは「十二の月には棚に並ぶよ。そうしたら自分で読んでごらん」と答えた。

 子供達は新たに始まったフリッツとヴィムの冒険に盛り上がり、母親達は日頃溜まったあれこれ話に花を咲かせていた。

 子供達はエンデュミオンとルッツに任せ、孝宏達は時々お茶をサービスしながら、決めた時間までお客をもてなした。


 夜のスリラーナイトは、夕食が終わった頃とし、七時からにした。

 子供達とは異なり、皿に菓子を盛るスタイルにした。クッキーはラムレーズンや、刻んだチョコレートを混ぜ、マカロンのガナッシュも香りのある酒の風味を効かせたものだ。

 ただし帰りが夜道になるので、飲み物はお茶だ。

 カウンターの上や、テーブルの上に乗せられた光鉱石のランプが、暖かみのある色でふんわりと店内を照らしている。部屋の隅までは光が当たらず、闇の部分もあるのがスリラーナイトには相応ふさわしい気がした。

 ちりりりん。とドアベルの音を立てて最初に来たのは、魔法使いクロエと大魔法使いフィリーネだった。

「いらっしゃいませ、フラウ・クロエ。お久し振りです、マイスター・フィリーネ。ランプをお預かり致します」

「良く来た」

 にま、と笑ったエンデュミオンに、フィリーネはイシュカに聞こえない様にそっと囁いた。

「チラシを有難うございます。師匠せんせい

「ふうん?好きな場所に座ると良い」

 縞模様のある長い尻尾をふりふりしながら、エンデュミオンは台所にいる孝宏に客が来始めた事を知らせに行った。

 次に来たのは、大工のクルトとアンネマリー夫妻だった。エッダは祖母が見てくれているらしい。

 ディルクとリーンハルトは、二人で一緒に来た。本を借りに来る時は別々の事が多いので、二人一緒なのは珍しい。

 鍛冶屋のエッカルトは家族で来た。下の娘コルネリアはテオとルッツに二階の居間で預かってもらう。何故二階かと言うと、一階の居間だとうっかり〈怪談〉が聞こえるかもしれないからだ。

 他にも普段は子供か母親だけが貸本に来ている家庭の夫達も連れられて来ていた。

 やはり夜なので、護身に連れて来られたのだろう。

 孝宏は客に皿に載せた菓子を出し、やはり持ってきて貰ったカップにお茶を注いで回った。

 開始時間になり、ランプの明度が落とされ、魔法でぼんやりと自分を光らせたエンデュミオンが客の前に出て行く。誰かが息を飲む音が聞こえた。

(こんなもんじゃないけどな)

 これからのスリラーナイト読み聞かせに、孝宏は客に手を合わせたくなった。

 やると決めたらエンデュミオンはノリノリだった。

 何処か可愛らしい少年の声で語られる〈怪談〉。

 家宝の十枚セットの皿を割った罪を着せられて殺され、空井戸に放り込まれて埋められた女が、皿の枚数を数える時にはエコーが掛かり、雪女の話では何処からともなく時折冷たい風が首筋を撫でる。

 背負っていた背中のモノが、自分が殺した子だと判明した時の寸止め具合も完璧だった。

 エンデュミオンが読み聞かせを終え、ランプの明度が戻った時、誰ともなくほうっと溜め息を吐いた。

 それから歓談の時間となり、〈怪談〉の感想や四方山話よもやまばなしへ移っていった。

 大工のクルトと鍛冶屋のエッカルトは直接会うのは久し振りだったらしい。今度呑みに行く約束をしていた。

「どうだった?」

 部屋の隅の席にいてマカロンを頬張っていたフィリーネは、エンデュミオンの声に喉を詰まらせそうになった。

「師匠……っ」

「まず、お茶を飲め」

 ごくり、と少し冷めたお茶を飲み、フィリーネは恨めしげな顔になる。

「味わっていたのに、酷いです」

「帰りに残っていろ。孝宏に貰ってやる」

「本当ですか?」

 ぱあっと現金に喜ぶ外見は乙女な大魔法使いと、隣にいるクロエにエンデュミオンは再び感想を求めた。

「どうだった?」

「あれ、物凄く色々魔法を使っていますね」

「ふふ。孝宏が言うには〈効果〉なのだそうだ」

 話の途中で玩具の生首を落とす仕掛けも提案されたが、「気絶する人が出る」とイシュカに断固阻止されたのは秘密である。

「怖かったですが、面白かったですわ」

 他の客の反応も同様だった。この様な催しは殆ど無いのだそうだ。お金を取る訳でも無く、完全に<Langue de chat>のサービスなのだが、ご愛顧してくれている客への感謝の気持ちだ。


 カウンターで預かっていた客のランプを返しながら見送り、<Langue de chat>最初のスリラーナイトは無事に終わった。


 後日棚に並んだ〈怪談〉は、子供にも密かに人気の本となる。

「あれを読んで、子供が夜に一人で眠れなくなった」と言う苦情もあったが、「一緒に寝てあげて下さい」と謝りつつお願いした孝宏だった。





<複数で読める本>として<怪談>を選ぶ孝宏です。

怪談初心者の黒森之國人用に、ソフトな怪談にしています。

ルッツが保父さんを引き受けたのは、怪談を聞くのが怖いからです。

効果音で叫び声、生首落下は<Langue de chat>がホラーハウス認定されると困るので、イシュカに却下されました。

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― 新着の感想 ―
ホラー好きなのでいずれ上級者向けも執筆してほしいですねw
[良い点] あれこれ話っていいですね。とても素敵な言葉を見つけてしまいました。書いてくれてありがとうございます。
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