ヨナタンとお座布団
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
お座布団の魅力には抗えない妖精達だったりします。
108ヨナタンとお座布団
春が近くなり窓から射し込む光も暖かくなって来た。
トン、カラリ。トン、カラリ。
<Langue de chat>の二階からは、ヨナタンが機を織る音が聞こえる様になっていた。
マリアンは服飾ギルドの倉庫に、コボルト織で使う草木染めの糸を置いてくれる様に掛け合ってくれた。服飾ギルドとしても、貴重なコボルト織の為ならと、二つ返事で糸を取り寄せてくれたらしい。
糸が届いた翌日からヨナタンは織機に縦糸を張り始めた。向かって左の方には様々な色糸が並んでいるが、右に行くにつれて色糸は減り、生成の糸ばかりになる。
「フラウ・マリアンの生地見本では見なかった柄だけど、ヨナタンが考えたの?」
「……!」
フス!と鼻を鳴らし、ヨナタンが右前肢を挙げる。
同じ部屋で寝起きしているので、カチヤは少しずつ出来上がって行く布地が楽しみだ。
「ヨナタン、あの布本当にお座布団にして良いの?」
孝宏はヨナタンとカチヤに昼御飯のサンドウイッチを出した。今日はスモークサーモンとクリームチーズのサンドウイッチと、バナナと苺と甘いクリームのフルーツサンドだ。今は孝宏とエンデュミオン、カチヤとヨナタンの休憩時間だった。
カチヤは現在、午前中はイシュカの手順本の写本をしている。同じ時間ヨナタンは機を織っている。午後からはカチヤは店に出るが、ヨナタンは一緒に付いて来たり、昼寝をしていたりと自由に過ごしている。
「……」
孝宏の質問にヨナタンは、しゅっと前肢を挙げた。
織機に糸を通している頃、床に座って杼の小管に緯糸を巻いていたヨナタンに、床に座る作業が多いならお尻が痛くない様に座布団を作ろうか、と言ったら「この布で作る!」と身振りで主張されたのだ。
あれから五日経ち、そろそろ一反出来上がりそうだ。仕事が早い。
「幅が少し足りないのではないか?」
口元にパセリ入りのクリームチーズを付けたエンデュミオンが、お茶を淹れていた孝宏を見上げる。
「うん。だから布が出来上がったらフラウ・マリアンに相談に行くよ」
ヨナタンがマリアンから譲って貰った織機は、コボルトの自家用型なのだ。コボルトは身体が小さいので、布の身幅も勿論狭い。
「そう言えば、見本用の布も三つ要るね、ヨナタン」
ヨナタンのとコボルト織ギルドのと、マリアンの分である。マリアンには織機のお礼にはお菓子をと言われていたが、コボルト織の見本布収集をしているのが解ったので、ヨナタンが織り上げる度にあげる事にしたのだ。
「……」
こくこくと頷き、ヨナタンはスモークサーモンのサンドウイッチに齧り付く。はみ出たクリームチーズが指に付いたのか、ピンク色の舌でぺろぺろ舐めている。
相変わらずヨナタンは喋らないが、たまに織りながら「トントン、カラリ、トン、カラリ。一筋送ってトンカラリ」と小さな子供の声で背後から歌が聞こえる事があり、カチヤは振り返らずに黙って聞いていたりする。
テオに連れて来られたばかりの頃から比べて、ヨナタンは毛並みは良くなり少し肉付きが良くなった。頭を撫でられても家族に関しては怯えなくなった。ルッツと廊下を走り回る事もあり、体力も付いて来た感じがする。そんな時は暫く走らせた後で、大概イシュカかテオに回収されているのだが。
カチヤが謝ると、「男の子はこんなもんだよ」と孝宏は笑うのだった。
三日後、孝宏はエンデュミオンとカチヤとヨナタンと一緒に〈針と紡糸〉に顔を出した。
「こんにちは」
「いらっしゃい。応接室にどうぞ。ギルご案内してね」
「うん」
カウンターにマリアンと居たギルベルトがとことこと先に立って、応接室のドアを開ける。ギルベルトは孝宏の腰丈まであるので、ドアノブに余裕で前肢が届く。
応接室のソファーに座ってから、孝宏は肩から提げていた布鞄から、ヨナタンが織った布地を取り出した。布見本も一緒に渡す。
「まあ、もう一反織ったの?」
「そうなんです。これで座布団を作りたいんですが、幅が足りないので布を足すにしても良いものが無いかと思って」
「座布団?」
「平たいクッションみたいなものです。床に座る時に使います」
ギルベルトが大きな緑色の目を輝かせた。
「もこもこしない?」
「うん、平たいからね」
じっと視線を感じる。目が大きい分、見られている感じがする。欲しい、と。
「ギルのも作ろうか?」
「うん!」
「……!」
しゅっとヨナタンも手を挙げる。賛成らしい。
マリアンは何かを言い掛けたが、妖精同士で納得しているのだから構わないと納得したのだろう、やれやれと微笑んでヨナタンの織った布を広げた。
「……これ、ヨナタンが織ったのよね?」
「そうですよ?」
マリアンは顎に軽く握った指先を当てた。
「コボルト織って全体的に縞模様がある物ばかりなのよ。だから生成の生地部分だけがあるコボルト織は初めて見たわ」
「ヨナタンには好きに織って良いと言ってますが……」
孝宏とカチヤは顔を合わせた。そして孝宏はぽんと手を打った。
「あと、俺の国の織物の事を教えました」
「ヨナタンはまだ子供だからなのかしら、固定観念が無いのね」
「それか、縞模様織るのに飽きたんじゃないかと」
違法労働させられていた間ずっと織っていたのだから。
しゅっ。
カチヤの膝の上に居るヨナタンの右前肢が挙がった。
「飽きたんだ……」
「あらあら。でもこれからは好きな柄が織れるわよ、ヨナタン」
フスフス!
ヨナタンが鼻を鳴らす。ぴょこぴょことカチヤの膝の上で跳ねる。楽しみらしい。
ヨナタンの布を暫し眺め、マリアンが頷く。
「そうね、こっちの色糸と同じ色の布を継げば良いんじゃないかしら。コボルト織じゃないけど、同じ糸で織られた布があるのよ」
マリアンがソファーから立ち上がり、応接室に置かれた花の彫刻が綺麗な箪笥から布見本の束を持って来た。
「草木染めの一色織りよ」
「へえー、綺麗ですね」
「染色液に何度潜らせるかで、色が濃く変わっていくのよ」
グラデーションの布の束に、ヨナタンがカチヤの膝から乗り出す。小さな前肢で布を捲り、選んでいく。決めた布の上でぺちぺち掌を叩く。
「ギルは何色が良い?」
「緑」
孝宏の問いに即決したギルに、ヨナタンは深めの若草色を選んだ。
「ヨナタンが選んだ布を下さい。あと内袋用の生成の布も。中に入れる眠り羊の毛は、服飾ギルドに買いに行きます」
布と羊毛を手に入れた孝宏は、手縫いでちくちくと座布団を縫い始めた。座った時に痛くない様に、釦を使わず内袋を入れ込められる形にする。表布が汚れても外しやすい。
三日程掛けて縫い上げ、羊毛を詰めた内袋を入れて形を整える。一色織りの布が同じ草木染めだからか違和感なく出来上がった。
「ソファーにも座れるしなあ」
六枚作ったのだが、二枚はギルベルトの緑色の布を継いだ物だ。ここの居間に置く物は、浅い藍色の布を継いだ物だ。
一枚座布団を持ち、カチヤの部屋に行く。
トン、カラリ。トン、カラリ。
新たな布を織っているヨナタンに声を掛ける。
「ヨナタン」
筬の動きが止まり、くりっと振り返る。
今ヨナタンが織っているのは、生成の生地にコボルトが良く使う色糸の霰が散っている布だ。これはカチヤの手順書の表紙になる予定だ。
「お座布団、出来たよ」
「……!」
背凭れのないスツールから降り、ヨナタンが座布団を持つ孝宏の脚に抱き付く。頭を撫でてやり、床に座布団を敷く。
「はい、どうぞ」
「……」
いそいそと座り、ヨナタンは嬉しそうな顔になった。そしてころりと座布団の上で丸くなる。
(お昼寝布団扱い!?)
見ている間に、すぴょすぴょと寝息が聞こえ始める。
(あれー?)
孝宏はカチヤのベッドの足元に広げてあった膝掛けを、ヨナタンに掛けてやった。
頭を掻きつつ居間に戻った孝宏は、重ねた座布団の前に居るルッツに気が付いた。
「ルッツ」
「ヒロ、できた?」
「出来たよ」
座布団をテーブルの回りに置いて見せる。
「こんな感じかな」
「ほわー」
目をキラキラさせてルッツは座布団に座った。肉球でぺしぺしと触り、ころりと丸くなる。
(あ、既視感)
しかしルッツは直ぐに起き上がり、一階に降りて行ってしまった。
「お気に召さなかったのかなー」
テーブルに載せたままだった裁縫箱をしまいに部屋に戻った孝宏は、再度居間に戻って来た時に目を疑った。
(うお!?)
座布団にケットシーが丸くなっていた。しかも三人。いつの間に二階に上がって来たのか気付かなかった。ルッツはエンデュミオンとヴァルブルガを呼びに行っていたのだ。
時計を見るといつも昼寝をしている時間ではある。
(お昼寝布団に決定かな)
ギルベルト用の座布団を二枚作って良かった。一枚だとギルベルトならはみ出る。
エンデュミオン達に膝掛けを掛けてやり、孝宏はギルベルト用の座布団を抱えて階下に降りた。
「ルッツがエンディとヴァル呼びに来てたけど、何かあった?」
カウンターに立っていたテオが、不思議そうな顔をする。
「お座布団で皆お昼寝してる」
「……ヨナタンも?」
「うん」
「……何か仕込んだ?」
「眠り羊の毛だけかな。毛に安眠効果あるの?」
「いや、毛には無かった気がするけど」
「何でだろう」
首を傾げる孝宏から、テオが座布団を取り上げた。
「〈針と紡糸〉に届けてくるよ。エンディ、寝ちゃってるんだろ?」
孝宏は一人で歩かせて貰えない。〈異界渡り〉なので、誘拐防止らしい。リグハーヴスの住人は孝宏が〈異界渡り〉だと薄々気付いているし、ケットシー憑きだと知っているが、他の領地から来ている者ならば知らない。
うっかりすると、誘拐犯は生きているのを後悔する程エンデュミオン達に呪われる事になるので、孝宏も一人で出歩かないのだ。想像するだけで犯人が哀れ過ぎる。
「じゃあ、お願い。カウンターに居るよ」
「直ぐ戻るよ」
二枚となると嵩張る座布団を軽々持ってテオは路地に出ていった。眠り羊の毛なので、座布団としては軽いのだが。
何故かコボルトとケットシーに絶大な人気となった座布団は、ギルベルトもお気に入りの逸品となり、お昼寝の際には欠かせない物となる。後日、ラルスにも座布団は届けられ、喜ばれた。
自分達が座る分を、新たに作るか悩む孝宏だった。
孝宏、座布団を作る。
結局、ケットシー達にも全員分作っています。




