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<Langue de chat>と妖精犬

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

テオとルッツ、コボルトとリグハーヴスに帰って来ました。


105<Langueラング de chatシャ>と妖精犬コボルト


 黒森之國くろもりのくにでは、街道沿いに宿屋の他無人の小屋が立ててある。急な天候の崩れに旅人が逃げ込める為にだ。

 無人小屋を利用して馬を時々休めつつ、テオは漸くリグハーヴスの街に着いた。ちなみに無人小屋を使った時は、軒下に積んである薪を割って、使った分を小屋内に置くか、幾ばくかの金を鍵付きの小箱に入れる決まりだ。

 テオはお湯を沸かす為に薪を使い、愛馬に飼い葉を貰ったので、半銀貨を小箱に入れた。

 鍋代わりになる携帯食器でお湯を沸かし茶葉を入れて作った紅茶シュバルツテーに、金柑の砂糖漬けを入れた物を、ルッツとコボルトと飲む。

 熱々のお茶は飲めないので、程よく冷めた物を美味しそうに二人はちゃむちゃむ舐めていた。

 グラノーラバーとドライフルーツを齧りながら、周りの気配を探っていたが、〈転移〉をしたからか怪しいものは感じ取れなかった。


 リグハーヴスの街の中に入り、契約している馬小屋に愛馬を頼み、テオはルッツを肩車して、振り分け鞄とコボルト入りの毛布を抱えて<Langueラング de chatシャ>に早足で向かった。

 依頼終了報告を冒険者ギルドにしなければならないが、後回しだ。契約していないコボルトを見られたら、騒ぎになってしまう。

 辺りは既に薄闇が降り始めていた。時間的に<Langue de chat>は閉店する頃だろう。

 市場マルクト広場から一本内側に入った路地にある、青銅の〈本を読むケットシー〉の吊り看板。その下のドアを開けて、テオは漸く安堵した。

 ちりりりん。

「ただいま」

「ただいまー」

「お帰り、テオ、ルッツ。で、何を連れて来た?」

 待ち構えていたのは鯖虎柄さばとらがらのエンデュミオンだった。黄緑色の目がきらりと光る。

「待って、お客さんは?」

「もう帰った」

「そう。じゃあ鍵を掛けるね」

 ドアに鍵を掛け、テオは抱えた毛布の中をエンデュミオンに見せた。移動で疲れたのか、コボルトはすっかり寝入っていた。

「……未契約のコボルト?」

「契約しているコボルト連れて来たら犯罪だよ、エンディ」

「む。それはそうだが。二階に行こう」

「お帰りなさい」

 そこにカチヤがひょっこり顔を出した。一階の台所を片付けていたのだろう。

「あ、カチヤ丁度良いところに。この子お願い」

「はい?」

 テオからコボルト入りの毛布を受け取り、カチヤが目を丸くするが、小麦色の毛並みのコボルトに笑顔を見せた。

「可愛いですね」

「ルッツと同い歳位なんだって」

 テオは肩車しているルッツを床に下ろした。荷物も持ってルッツもとなると流石に重い。何しろ少し無理をした移動だったのだ。疲労を感じていた。

 皆で二階に移動し、カチヤはコボルトを毛布ごとソファーに寝かせた。ルッツは、コートを脱いでラグマットに座り込んだテオの膝の上に座る。テオはルッツのケープを脱がせてやった。

 台所で皿を出していたイシュカが、そんなテオに声を掛ける。

「お帰り、疲れてるな」

「ただいま。一寸ね」

「イシュカ。テオとルッツがコボルトを連れて来た」

 ぽしぽしとエンデュミオンが頭を掻きながら言った。

「コボルト!?そうか、今回はハイエルンに行ったのか」

「偶然宿で見付けてね。拐われてた場所から逃げてたみたいで。来た頃のヴァルみたいだよ、あの子の身体」

「にゃう……」

 ラグマットの端に座っていたヴァルブルガが、心配そうにコボルトを覗き込む。孝宏も台所から出て来た。

「その子、ご飯はちゃんと食べられる?」

「うん。ゆっくり食べさせてるけど。蜂蜜ホーニック入りのミルク(ミルヒ)が好きかな」

霊峰蜂蜜ハイリガーベァクホーニック、ドクトリンデ・グレーテルに貰わなきゃね」

「往診もして貰おうと思ってる。それからフラウ・マリアンも呼ばないと」

「フラウ・マリアン?」

 怪訝そうな顔になった孝宏達に、テオは振り分け鞄から風呂敷に包んだコボルトの服を取り出した。

「コボルト織のズボンを着ていたんだ。縞模様で産地が解らないかと思って」

「成程」

 コボルト織は縦糸もしくは横糸に複数の色糸を使う。本来コボルト織は自家用の物であり、当然柄には個人別地域別がある。仕立屋のマリアンならばコボルト織も知っているだろう。

「それで、なんだけど。この子の世話をカチヤに頼めないかと思うんだ」

「私、ですか?」

 唐突な指名に、カチヤが驚く。

「連れて来た以上、俺が責任を負う。でも<Langue de chat>に居れば安全だけど、俺とルッツは配達で留守にするし、ケットシー憑きだから俺には甘えるのを遠慮すると思うんだ。カチヤは精霊ジンニーとも妖精フェアリーとも契約していないだろ?」

「はい。そうですけど……」

 コボルト自身が懐くかは別だろう。

「この子、職人型のコボルトだし大人しい子だから、性格が穏やかなカチヤなら懐くんじゃないかな。……言いにくいけど、叩かれていたみたいで、頭撫でられると怖がるんだ」

 ギラリとエンデュミオンの黄緑色の目が光った。

「……呪うか」

「のろう」

「呪うの」

 犯人はケットシー三人の呪いが確定した様だ。

「……」

 もぞりとコボルトが動き、目を開けた。自分の回りに人とケットシーが沢山居るのに驚いて毛布の中から飛び起きる。

「……!」

 着ていたテオのセーターの裾を踏み、コボルトは隣に座っていたカチヤの膝に転がった。

「わっ、大丈夫?」

 慌ててカチヤはコボルトを抱き起こした。そのまま膝に座らせる。

 フスフス鼻を鳴らして、コボルトがテオを見る。

「リグハーヴスの<Langue de chat>に着いたんだよ。説明してたルリユールだよ」

「……」

 コボルトが頷く。

「コート代わりにセーター着せてたんだ。カチヤ、動き難いから脱がしてあげて。下にルッツのセーター着てるから寒くは無いと思う」

「はい。……前肢を上に挙げてね、そう」

 テオのセーターをコボルトから脱がし、カチヤは微笑んだ。セーターの下からくるりと巻いた尻尾が出て来たからだ。

「コボルト」

「……?」

 テオに、こてりとコボルトが首を傾げる。テオは一通り居間に居る者達の紹介をした後に付け加えた。

「カチヤは妖精や精霊と契約していないから、遠慮しないで甘えて良いよ」

「……」

 コボルトはカチヤの匂いをスンスンと嗅いだ。巻き尻尾がふりふりと振られる。

「気に入られたみたいだな」

 コボルトも善人かどうか判断出来る能力がある。

「あの、この子名前は?」

 カチヤがコボルトの後頭部を撫でた。小麦色のコボルトが気持ち良さそうに目を細める。

「無いんじゃないかな。誰とも契約していないんだから。ケットシーと同じで、契約主が名前を着けるんだと思う」

「そうだな」

 テオにエンデュミオンが首肯した。

「ふむ。ちなみにカチヤならなんて着けるんだ?」

「え、と、男の子ですよね……ヨナタン」

 しゅ、とコボルトが右前肢を挙げた。フスフス鼻を鳴らす。

「ヨナタンで気に入ったのか?」

 エンデュミオンが確認を取るが、コボルトはこくこくと頷いた。

「じゃあ、カチヤのコボルトって事で、ヨナタンは商業ギルド登録だな。イシュカ、お願い」

 職人型コボルトを冒険者ギルドには入れられない。

「え、あの、もしかして今ので契約になるんですか!?」

 しゅ、と再びコボルトの前肢が挙がる。テオが知る限り、このコボルトが前肢を挙げる時は肯定の意味だ。

「そうだって言ってるよ」

「実際問題、ヨナタンが未契約のままだと、所在が知られた時ハイエルンが返還を求めてくるかもしれないのだ。コボルト織は本来ハイエルンの特産品だから。ヨナタンは機織はたおりの織り子だろう。右前肢の人差し指の爪が特徴的だ」

「……本当だ」

 カチヤがヨナタンの右前肢を持って確認する。爪の先が細かい山形にガタガタしていた。機織りしている時、浮いた糸を落ち着かせるのに使う為に、織り子はこうして整えるのだと言う。エンデュミオンは物識りだ。

「あとな、街に住むならギルド登録しないと脱税する事になるだろう?」

 妖精の場合、人と契約して同居すると人頭税じんとうぜいを取られるのだ。

「リグハーヴスにコボルトはヨナタンしか居ないから、ギルドから連絡を貰うアルフォンスが一寸ちょっと胃を痛める位で済む筈だ」

 アルフォンスとは、アルフォンス・リグハーヴス公爵、つまりリグハーヴス領主の事である。

 ヨナタンの身に起きた事を説明しておけば、コボルトの実情をコンラート・ハイエルン公爵にアルフォンスから伝えて貰えるかもしれない。

「よし、先ずは夕食を済ませようか。それから俺とテオでギルドだ」

「賛成。お昼は携帯食糧で済ませたんだよ。荷物を部屋に置いてくる。ルッツ、ヨナタン、手と顔洗って来よう」

「あい」

「……」

 小さな錆柄さびがらケットシーと、カチヤの膝から降りた小さな小麦色のコボルトが、テオの後ろにとことこ付いて行く。可愛い。

「……親方マイスター。ヨナタン、喋りませんね」

「怪我は無いようだから、明日ドクトリンデ・グレーテルに来て貰うか……」

 ヨナタンは夕食のコンソメで煮たロールキャベツを綺麗に平らげた。付け合わせの揚げ芋も尻尾を振りながら食べ、おやつに孝宏が作った抹茶味のアイスクリームもピカピカに器を舐めた。

「美味しかった?」と聞いた孝宏に、ヨナタンはしゅっと右前肢を挙げた。食後はケットシー達と飯事ままごとで遊び始めたので、イシュカとテオはギルドに行ってくる事にした。

 コートを着て、店のドアから路地に出る。既に陽は落ちて、各家の玄関灯がぽつぽつと点いている。

「行き掛けだから、頼んで行こうか」

 二人は〈ナーデル紡糸(スピン)〉のドアを叩いた。少しの間の後でマリアンがドアを開けた。

「遅くにすみません」

「いいのよ。リュディガーに用事?」

「いえ、明日フラウ・マリアンにうちに来て欲しいんです。その、コボルト織の資料があればそれと。詳しい事は明日説明します」

「ええ、解ったわ」

 マリアンは快諾してくれたので、おやすみの挨拶をして、イシュカとテオは魔女ウィッチグレーテルの診療所に向かった。

「ドクトリンデ居るー?」

 診療所のドアは魔女グレーテルが在宅していれば開いている。テオが呼び掛けると、すぐに生成のエプロンをしたグレーテルが診察室のドアから現れた。料理中だったのかもしれない。

「どうしたね?」

「急患じゃないよ。明日往診に来て欲しいんだ。栄養不良っぽいコボルトが居るから」

「コボルト?未契約のかい?」

 流石にグレーテルの顔色が変わる。

「カチヤと契約したよ。ハイエルンで俺とルッツが保護して来た。違法労働させられてたみたいだ」

「解ったよ、明日伺おう。霊峰蜂蜜を持って行こうかね」

「うん、頼もうとしていたところ」

「まずはヒロの作った食事と、睡眠をたっぷり摂らせておあげ」

「解った。じゃあ明日宜しく」

「お手数掛けます、ドクトリンデ」

 それからまずは商業ギルドに行く。カウンターには職員のインゴが居た。大概の店は閉店時間なので、ロビーには人気がない。

「ヘア・イシュカ、ヘア・テオ。こんな時間に珍しいですね」

「ヘア・インゴ。うちの住人が増えたから、登録しておこうと思って」

「またケットシーが増えたんじゃないでしょうね」

「いや、コボルト」

 笑いながら登録用紙とペンを出したインゴに、真面目にイシュカは答えた。

「……え?」

「コボルトがカチヤに憑いたんです」

「……すみません、ギルド長呼んで来ますので、用紙に記入していて下さいますか」

 速足でインゴが奥にあるギルド長室のドアをノックし、返事も待たずに入って行った。そして一分経たずに商業ギルド長トビアスと一緒に戻って来た。

 カウンターに手を付いて、壮年のトビアスが身を乗り出して来る。

「コボルトだって?」

「俺とルッツがハイエルンで保護したんです。言っておきますが、ちゃんと一緒に来るかどうか確認して連れて来ましたよ」

「はあー、ハイエルンでも領主自ら保護強化しているコボルトだぞ。良く見付けたな」

「拐われてた場所から逃げてたんですよ」

「ああくそ、やっぱり厄介事だったか」

 がしがしとトビアスが鉄灰色の髪を掻く。

「未契約のコボルトだったんで、問題は無いですよ。そう言うコボルトが居たってハイエルンに知らせないといけないですけど。もうカチヤと契約しちゃいましたし」

「その子は魔法使いか?職人か?」

 それにはイシュカが答える。

「職人です。織り子ですね」

「おい……コボルト織の職人だと?」

「そうなりますね」

 ごくりとトビアスの喉仏が上下する。

「もしかして、その子が作った反物は売るのか?」

「コボルト用の織り機が手に入るか解りませんし、ヨナタンが織る気になるかも解りません。随分酷使されていた様ですから」

「そうか……。まあ、<Langue de chat>に居るのなら安心だな」

「何かあればケットシー総出で呪いますからね」

「全くお前の店程護りの堅い場所はないよ」

 トビアスが苦笑する。イシュカは書き終わった登録用紙をカウンターに滑らせた。

「では登録をお願いします。名前はヨナタン。小麦色の毛並みのコボルトです。歳はルッツと同じ位だそうなので、まだ子供です」

 トビアスとインゴが息を飲んだ。

「そんなに幼くて織り子働きをさせられていたのか!?」

「ハイエルンに、織物工房への抜き打ち強制視察を打診しましょう、ギルド長!」

「ああ」

 トビアスには孫が、インゴには幼い娘が居る。この二人が燃えるには充分だった。ハイエルンのギルドへの対処は本職二人に任せ、商業ギルドを出る。

「次は冒険者ギルドか」

「後回しにして悪いな」

「いや、商業ギルドに登録してからの方が無難だから」

 市場マルクト広場に面する冒険者ギルドのドアを、ギッと音を立ててテオが開けた。

「こんばんは、テオ。ヘア・イシュカも」

「こんばんは、フラウ・トルデリーゼ。はい、今回の受領証」

「……はい、確かに。報酬はいつも通り口座振り込みで良いのね?」

「うん。それでね」

 テオは声を潜めた。

「コボルトを一人保護して連れて来た。カチヤに憑いたから、一応フラウ・トルデリーゼには知らせておくね」

「まあ……」

「ギルド長、エンディ達に呪われるから、余計な事はしないと思うけど、気を付けてて」

「ええ。こちらに登録しないって事は職人さんなのね?」

「うん」

「<Langue de chat>に顔を出してくれる様になるかしら?」

「どうかなあ」

 人狼のトルデリーゼは、コボルトに興味があるのだろう。アーデルハイドやゲルトも、ヨナタンの存在を知ったら会いに来るかもしれない。

「楽しみにしているわ」

「うん、それじゃ」

 イシュカもトルデリーゼに会釈して、テオと冒険者ギルドを出た。

「やれやれ、ギルド長が表に居なくて良かったよ」

 ノアベルトが居るとややこしくなる。テオは腕を夜空に突き上げ伸びをした。

「さて、帰ろうか」

「疲れているんだろう?」

「これでもルッツのお陰で楽したんだけどね。この後仕事入れてないから少しゆっくりするよ」

 ヨナタンも心配なので、最低でも半月は<Langue de chat>に居るつもりだ。

「ヨナタンの事、ラルスとギルベルトにも知らせないとね」

 ラルスとギルベルトはケットシーだ。

「そうだな。召還師サモナーの二人にもかな」

 スヴェンとザシャは妖精達と契約をしている。そして特に、スヴェンの妖精は<Langue de chat>に遊びに来る。

「エッダとカミルにもだな」

 二人は孝宏のパン作りの弟子だ。

「精霊が居る所なら、エッカルトの所もじゃない?」

 早い話、知り合いには追々ヨナタンの事を知らせておいた方が良さそうだ。コボルトは怯えると最悪攻撃に出る習性がある。噛み付かれるとかなり痛いらしい。

「さて、帰ってルッツを風呂に入れるかな」

「そうだな」

 まだまだ冷え込む冬の夜。雪を軋ませながら、イシュカとテオは<Langue de chat>に戻るのだった。


ヨナタン、カチヤに憑きました。職人型コボルトなので、職人が好きです。

右前肢を上げるのが、挨拶や肯定の意味です。

ヨナタンはヴァルブルガと同様に、商業ギルドと服飾ギルドに加入します(メインが商業ギルド)。

ヨナタンが織る織物については、後程。

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