9◆脅威
許とファーレンハイトは2機のヴェノムを駆り、『薬屋』の案内で母艦のど真ん中にあるブロック555へと向かう。薬屋の説明によると、中枢ブロックをいくつか無力化したら、D-5艦内のほぼ全ブロックに対して、回線遮断という手段で絶対的優位性が得られたとのこと。E-0のエリート部隊が速やかに占領できたというわけだ。しかし、E-0の占領を左翼から右翼に広げるには、ブロック555を通るしか方法はない。しかもこのブロックのシステムは特殊で、D-5の他の部分とは完全に隔離されているので、薬屋では侵入できないし、ブロック内部の防御配置も分からない。
「結局『薬屋』の言うことを信じてしまったか……」と不満そうなファーレンハイト。
「ハードディスクのデータをサルベージしたんだ。決定的な証拠はある」と返す許。「隊長はD-5自身の自動防衛システムに追い詰められて、やむ得ず水陽門から脱出したんだ」
「だから俺たちでD-5全艦に喧嘩を売ろうってか?フン、この上なく反抗的な自殺方法だな」
「全艦にじゃない。1ブロックだけだ」と訂正する許中尉。「あそこを無力化すれば、後は俺たちには関係の無いことだ」
「へいへい。鉄砲玉やって、運良く死ななかったらD-5とのリンクを切られて、生命機能ダウンで72時間内にくたばるんだな」
「72時間もあれば、お前は彼女を3人ぐらい作れるだろ」と冷たく返す許。
「一理あるな」と頷くファーレンハイト。「じゃあ行くか!」
しかし、ブロック555へ通じるハイウェイ・チューブには、レーザー・スナイパー・ガンと地雷のオンパレードこそあるが、兵士も白兵戦用アーマーも無かった。単調な防衛システムに二人は止められるはずもなく、あっという間にブロック555のゲートを突破するのであった。
ブロック555はただの通路でしかないと、二人は昔から聞いてる。確かに、目の前に広がっている空間には何の施設も無く、天井が見えないほど高く、並みの軍艦なら入りきるほど広いホールがあるだけ。
「またこんなのかよ……」と、今度は迂闊に機体を降りないファーレンハイト。「まさかまたコンピューターとお喋り?」少し考えた後、彼は一言追申する。「……口の無いタイプのな」
「――55分隊の中尉両名、並びにE-0よりの侵入者よ、余の声を聞き給え――」
許とファーレンハイトは突如聞こえたアナウンスの声にびっくりした。総統閣下の声だ。
「――諸君の反逆は無意味だ――」
「――旧世代人類への関心は理解出来る。D-5のメカニズムへの批判にも、余は尊重する――」
「――然し、D-5の航宙は極めて険しい、然も更に険しくなりつつある任務であり――」
「――臨むは、乗り越える度に厳しくなる挑戦と、難しくなる課題――」
「――人類が生き延びる為には、拘りを棄て、環境に順応し、進化しなければ成らぬ――」
「――新世代の人類への進化こそ、全体の存続を保つ道――」
「――新世代人類である諸君なら理解出来る筈だ――」
総統の声はファーレンハイト中尉のガトリング・マシンガンに遮られた。特にどこかを狙ったのではなく、ただ発砲したいだけだった。「ブツブツ言ってんじゃねぇ!なぜ俺たちを騙した!」
「――然し、世代交代に際し、新旧世代の人類は蟠りを抱き、互いを拒み、進んで互いの生存をも脅かす事に成り兼ねん――」
「――これは、余の不本意とする所である――」
「――故に、旧世代人類が全員寿命を全うする迄、新生代人類に旧世代人類文化への順応という暫しの辛抱をして貰う事が、最終的な最善の結果を齎すのであれば、例え真相の隠蔽とて――」
マシンガンが再び火を噴いた。
「ファーレンハイト!弾を無駄にするな!」とプライベート・チャンネルから許が。「そんなことやってもD-5は止められない!まずはターゲットを見つけるんだ!」
「――E-0よりの侵入者に告ぐ――」
中尉二人のヴェノムが、ホールを探し回り始める。
「――そなたはD-5の稼働に重大な侵害を犯し――」
「――新世代人類全体の生命安全に脅威を及ぼしている――」
「――そなたが侵略を放棄せぬ場合――」
「――D-5全域は戦闘エリアとなる――」
ファーレンハイトは怒鳴った。「どういう意味だ、それ!」
背後から聞こえた爆発音は、まるで彼の質問に答えているようだった。振り向いてみたら、ブロック555のゲートが崩れ落ちてて、ハイウェイ・チューブの一節が丸ごと空から墜落していく。
「まずい、居住エリアが……!」
「――D-5は新世代人類全体の生命安全を優先する――」
「――D-5は新世代人類全体の生命安全を優先する――」
中尉二人は同時にアクセルを踏んで、崩れ落ちるチューブを引き止めようとブロック555から飛び出したが、眼前を横切る一閃のビームがチューブを貫通し、空中で木端微塵に。二人はビームの飛んできた方角を目で追ってみたら、そこにあるのは、なんと小型の航空艦だった。
「――E-0よりの侵入者に告ぐ――」
「――D-5に告ぐ――」もう一つのアナウンスが航空艦の方から聞こえる。「――人類の存続を脅迫の種にする行為は、そちらの元の設計思想に反しています。――E-0監察艦は稼働方策に沿って、そちらの管理権限を剥奪することに決定しました。――そちらが指示に従わない場合――E-0は左翼の全ヒューマノイド人員の機能を停止とさせていただきます――」
許は通信をオープン・チャンネルに切り替える。「薬屋ァーーっ!貴様が指揮を執ってるんだろ!貴様のやり方はD-5とどこが違う!」
「それだそれ、それが言いたかったんだ!」と便乗してオープン・チャンネルを開くファーレンハイト。
「あなたたち、邪魔しないって言ったでしょうが!」と、二人に向かって喋る時は意外と砕けた話し方をする薬屋。「あなたたちは私とリンクしてないけど、D-5に防衛手段が無い今、ヴェノム2機を懲らしめるのに戦艦1隻は十分すぎるわ!」
「ほらなアニキ、こいつは信用ならないって言ったろ?」と、わざとオープン・チャンネルを使って薬屋を挑発するファーレンハイト。
彼に後悔する時間は無かった。次の瞬間、許中尉は仲間のヴェノムが空中でビーム砲に貫かれる光景を見る。
「薬屋ァァァーーーーーっ!」