6◆危機
艦外防衛局のウッズ局長は、今年で定年退職を迎える予定である。髪の毛が真っ白になっても精力衰えず、外防局の指揮下にある各部隊の訓練の様子を毎日視察している。自分の元気は半分以上、他部門への優越感から来ていると彼は考えている――D-5は1億5千万人が住む国家である同時に航宙艦である。一億を超える人間が穏やかな毎日を過ごせているのは、外防局のような機構が毎日デブリや隕石を観測し、排除やダメージ修復などの対処をしてくれるお蔭だ。所詮は大気圏の無い世界だから、外防局が大気圏の代わりの働きをしてくれていると言っても過言ではない。しかし、地球にいた時から空気を無視していた人類は、宇宙に移民した後でも艦外防衛を無視している。ウッズ局長が長年先頭に立ってきたのは、D-5を守る使命感だけでも、外防局長という職への忠誠心だけでもなく、他の人達に危機感が欠如していると考えているからである。彼の真剣さは、危機感の足りない者達への当て付けなのだ。
そういう彼は今日やっとわかった。自分の危機感も、所詮この程度だったと。
「340隊、後退!」彼は水陽門の側面にあるメンテナンス用エレベーターに立って、メガホンで怒鳴っている。「ゲートは放棄だ!60秒後、防衛ブロックを完全封鎖し、切り離しを行う!」通告を終えた彼はすぐエレベーターの下を飛び過ぎる工事用アーマーに飛び移り、現場から離脱する。
「局長!内部ブロックで騒動を起こしてる55分隊の副官両名が、水陽門に接近中であります!60秒後に接触します!」コナームのパイロットが彼が後部座席に入ったのを確認するや否やこう報告した。
「60秒後はもう水陽門は無いんだ!封鎖警告を奴らにも転送してやれ!」
「迎撃はしなくていいんですか?」
「今更ゲートのこっち側でドンパチやってどうする?迎撃すべき相手は水陽門の向こうにいるだろうが!」と返す局長だが、生きて帰れたら部長の野郎をブン殴ってやりたいというのが本音である。
「了解!」と通信をオープン・チャンネルに切り替えるパイロット。「55分隊、許 漢文中尉、フランク・ファーレンハイト中尉!50秒後に水陽門防衛ブロックを完全封鎖し、D-5から切り離します!防衛ブロックのゲートを越えないでください!繰り返す、50秒後に水陽門防衛ブロックを完全封鎖し、D-5から切り離します!防衛ブロックのゲートを越えないでください!」
中尉二人の乗るヴェノムはもうD-5に繋がっていないから、今のオープン・チャンネル通信も伝わるかどうか分からない。彼らが辿り着いた時、ゲートが既に閉じている上に340分隊の戦闘機とアーマーに固く囲まれていればベストだ。そんな状況を見たら、彼らだって迂闊には動けないはずだ。
「少尉。ゲートを越えたら、こっちも通信を切ろう」と局長の声が後部座席から聞こえる。
「えっ?でも、D-5のコントロール無しに……」
「嫌な予感がするんだ。全員に通達してくれ――通信を切れ、そして防衛ブロックから離れた後、340分隊は隔離ネットワークモードに切り替えろ。チャンネルは、751」
「はっ!340分隊長、応答せよ!」
轟く爆発音が無線通信を遮った。コナームを操縦する少尉は背後から襲ってくる衝撃波を感じ取り、急いで滞空中のコナームの安定を保とうとする。
「どうした!」
「はっ!水陽門に爆発が発生したであります!」少尉はバックカメラに表示された状況を読み上げるしかない。
「入ってきたか……!封鎖はあと何秒?」
「18!」
「ヴェノムは?来たか?」
「そ、それが……来てません!ヴェノム2機、位置不明!」
「怖気付いたか。その方がいい……。少尉、これからの戦い、コナームは足手まといだ。俺に分隊長機に乗り換えさせろ。貴様は後方へ退避だ」
「はっ!」少尉は一瞬の躊躇いもなく返事した。逃げるチャンスがあるなら、もちろん逃げるさ。次の1秒、水陽門の外から来たニュートロン砲撃が、コナームのスラスターを4基破壊してしまう。ショックの後にスピードを落としつつ墜落していくコナームの中で、少尉はイジェクト・ボタンを押し、後部座席の局長を脱出させる。彼は心の中で適切な処置をした自分を褒めて、第二波のニュートロン砲撃の中に消えていくのであった。
機外へ射出された外防局長は、ジェット・パックの角度を調節して、無重力の空中で自分の身体を水陽門の見えるアングルへと回した。
「大して……デカい敵じゃあないじゃないか……」彼は先ほど肩甲骨を砕かれた痛みを耐えながら、メガネの録画ボタンを押して、門の外の敵機を撮る。白兵戦用アーマーと同じくらいのサイズで、数は50~60程度。「さすがにD-5の情報システムは戦艦サイズを見逃すほどポンコツじゃあないな……」だが、彼の気休めも、3秒しか持たなかった。数十機の小型機が集団作戦しているのに、近くに母艦が無いはずは無かった。ゲートが閉ざされた2秒前、彼は遂に虚空から現れる黒い戦艦の艦体を目撃する。「……ステルス技術まで……」
彼は今日やっとわかった。自分の危機感も、所詮この程度だったと。