3◆間違い
「どうして中尉二人程度に、艦内の白兵戦用アーマーを5機も奪わせたんだ!」防衛部長は手を机にズバーンと叩き付け、充血した目で5本の指を睨んでる。「5機だぞ!人数すら足りなかったじゃないか!」
「調査によりますと……ハッカーは事前に艦内の防衛システムに侵入し、3体のアーマーオペレーターのプログラムにウィルスコードを埋め込んだ模様です」と、内防局長がエアコンの効いたオフィスの中でハンカチで頻りに汗を拭きながら、部長に報告をする。「オペレーターと5機のメラームは現在D-5から完全に切り離されており、補給は不可能なので、最大でも72時間以内に機能が停止する見込みですが……」
「これは謀反だ!」部長は手を上げ、拳を握っては机にドーンと叩き付け直した。「あの5機のメラームは並みの代物じゃないぞ!ここまで攻めて来たら、72時間も要らずに我々は全滅だ!奴らは今どこにいる?」
「5機とも水陽門に向かって移動中です。部長、彼らの目的は反乱ではなく――」
「だが行動は反乱そのものだ!今すぐあの5機をD-5に繋げ直せい!ウィルスに罹ったあの3匹もだ!」
隣の席でずっと沈黙を保っていた情報局長が口を開けた。「お言葉ですが部長、接続を切って自律行動に移ったメカをD-5に繋げ直すのは簡単ではありません。況しては奇襲に長けた【ヴェノム】相手となると猶更です。我々は既に対策用の【フレイグランス】を派遣しておりますが、状況が許さない場合は破壊するしかありません」
「あの5機に何億がかかると思って……」
「部長」と、冷徹に返す情報局長。「奴らに再び水陽門を開くことを許してしまったら、何億かで解決できる問題じゃなくなりますよ」
部長は身体から力が抜けたかの様に、ソファに倒れ込んだ。「……水陽門が開かなければ、その『問題』は消え去ると言うのかね?」
「……外防局長が欠席している現状では、その質問に答える権限は我々にはありません」
地球から離れて4000年。防衛部という組織は、地球を発った時代から存在していたが、防衛部長は今、もしや自分が「4000年間最も愚かな防衛部長」という名を歴史に残すかもしれないと思っている。彼のせいじゃなかったはずだが、早朝から今まで、彼は自分でも見てられないほどの間違った対策を重ねてきたのだ。然し、間違いだとしても、見てられなくても、実行された以上、引き返すことは許されない。D-5の最高安全責任者に間違いは無い。間違ったとしたら、彼こそが正しくて、他の全てが間違っていることになるのだ。
だから屈大尉は見殺しにして、目の前の危機は隠蔽して、外防局長はこの会議から排除したし、大尉の副官両名を殺すことも惜しまないのだ。これだけの事をしたところで、外からの力に彼の間違いが証明されるであろうと、承知しているにも拘らずに。
「――ブロック300から350を封鎖し、反乱分子を処理しろ」
情報局長は立ち上がり、部長にお辞儀をする。「仰せのままに」
部長のオフィスから出た内防局長と情報局長は、視線を交わした。部長が指示した行動は、今朝既に一回実行したものであり、それを少々スケール・アップして、もう一回実行するだけのことだ。更に大きいスケールでの三回目が来ることも、もう二人には想像がついているし――その時、処理されるのはどっちなのか分からないがな。二人とも、逃げたいという目つきをしているが、もうこの年だし、どう逃げろと。というか、若かったとしても、このD-5の中のどこに逃げる場所がある?
「……許中尉はどうやって防衛システムに侵入したのかね」と尋ねる内防局長。
「現在調査中です。デバイスを奪還することができたら直接調査できますが、それまでは――」
「今更トボけるのはやめよう」と言いながら、内防局長は最後の汗を額から拭き取った。「どのみち、明日が来る前に、我々は全員スキャンダルまみれさ。情報局のデータがなければ、ここまでやるのは不可能だった。情報システムに一体何が起こった?」
情報局長は首を横に振った。「本当にわかりませんよ……。先輩の仰るとおり、最初に侵入されたのは、我々のシステムだったんです。あの『薬屋』と名乗るハッカーは、政府のネットワークに何年も嫌がらせを仕掛け続けていたんですが、大した損害を与えられなかったから、奴の技術じゃ大規模な破壊は無理だと判断されていました。結局この数年間、奴は我々を試していたに過ぎなかったわけですよ」
「で、その『薬屋』ってのが許中尉?それともファーレンハイト中尉?」
「いや、ハッキリとは……。もしかしたら、我々の中にまた他の反乱分子が潜んでいて、彼らをサポートしている可能性も。なにがどうあれ、今一番厄介なのは、彼らではありません」
「はぁ……」と頭を垂れてしまう内防局長。「ウッズさんが生きて帰ることを祈るしかないな」