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歴史を書き直す大蛇  作者: Kinra
2/11

2◆裏切り

  「10分。(チン)、知ってるよね?10分は600秒よ。600秒もあれば、ハッカーがデータベースにどれだけ手を加えられたかわかってる?」


  アーカイヴ管理課の白秘書(防衛部に於ける階級は少尉)は、ガムテープを彼女の首に巻き終えて、ハサミでカチャッと切る。そして彼女の首に軽く叩いて、テープの端っこをそっと押さえる。「……知ってるよね?今日はもっと深刻な緊急事態が起きてるんだから、業者の人は午後まで来れないの。今はとりあえず漏電を防いでおくわ」


  彼女は頷いた。ただ、どうも上官は彼女の仕様(スペック)をよく知らないようだ。こんなに外れやすい頭部をしているくらいだから、もちろん頚部に漏電防止機能は付いている。空白の10分間を気にする素振りをしながら、上に報告もせず、彼女の故障の手当てばかりしている上官の行動も、矛盾に見える。


  「どうせあの二人でしょ?」白秘書はまるで彼女の心が読めるかの様だ。「二人とも優秀だけど、気が短いのよね」


  彼女は頭を垂れて、顎をそっと撫でる。頷く、頭を下げる、顎を撫でる、これらの動作ができるのは身体に異常が無い証拠だが、彼女の思考の中に、「不安」としか言いようの無いパターンが浮かび上がっている。


  身体が彼女を裏切った。仕様通りなら、経験通りなら、既に静止した頭部の位置を10秒以内に特定し、身体に接続し直すことはできたはず。なのに彼女は2パートにバラされたままアーカイヴ室の前に10分も横になった挙句、通りすがりの一等兵(プライベート)に見つかって管理課に送られていた。再接続した後も、身体がコントロール下に戻ったのはいいが、断裂時のトラブル対応に失敗した原因についてのログは、見つからなかった。


  ログが無いはずは無い。


  ――消されたのでなければ。


  屈大尉もこうやって裏切られたんだろうな、と彼女は考える。D-5の艦外緊急救援システムは彼を救わなかった。そして今、彼が転落した本当の原因すら、上書きされてしまった。手を掛けたのは、彼女だった。


  白秘書はバラ色の口元を緩め、優しい目で彼女を見つめながら、その前髪をそっと撫でる。「まあ、考えすぎずに。アイツらにはあなたに謝るように言っておくから、この件はこれでおしまい。ヒューマノイドに謝罪はあんまり意味無いかもしれないけど、これも文化ってヤツね。こんなに綺麗な前髪を持ってるんだもの、ヒューマノイドにとっては意味の無い文化も、もっと知っておくべきだわ」


  考えすぎずに、か。常に次の実行スレッドがある自律思考型ヒューマノイドにとって、どれほど考えたら考えすぎなのだろう。上官は、連想は彼女の職務ではないと言いたいのかもしれない。屈大尉の身に起きた出来事と、自分の身に起きたそれとのアナロジーはしなくて良い、と。午後になれば、メーカーの人は彼女の頚部を点検しに来るから、身体の行動履歴(ヒストリー)はその時に調べてもらえば良いのだ。いっそ、ファーレンハイト中尉が謝罪しに来る時まで待っても良い。


  「しなくて良い」と「しても良い」と立場が合致している場合、逆の選択をする理由は無い。


  「理由」は無い。


  「理由は無い」。


  理由は「無い」。


  未だ嘗てないほど、「無い」という概念が怖い。なぜ無いのか?有ったのを消されたからなのか?


  「――青、どこ行くの?」白秘書の声、響いた時は既にオフィスのドアの向こう側だった。彼女は足元の電磁石をオフにして、無重力の廊下で滑空する。人間と同じ、筋肉のパワーで反力を生み出すことでしか移動できない彼女だが、350秒間も最高効率で連続動作できるから、生身の人間ではとても追いつけられない。350秒――アーカイヴ管理課から一番近くの高速輸送キャリッジまで走って、水陽門の所在ブロックまで乗って、降りて、門まで走るとして、途中の障害物も考慮すれば、かかる時間も大体この程度だ。


  【水陽門】とは、D-5左翼の艦尾近くにある軍事用ハッチの名称。管理責任者は宙防軍第340分隊であり、儀仗隊である55分隊には無縁な場所のはずだが、55分隊長の屈大尉は本日早朝、この水陽門から艦外へ転落し、消息不明になった。後に彼女が聞いた話によると、この日ではD-5の地球離脱4000太陽年目を記念すべく、55分隊によるエアロバティックショーが、居住区の【スカイ・スクエア】で上演する予定だった。分隊を率いる屈大尉には、水陽門に現れる理由が全く無かった。


  理由は無い。


  突如の震動が、彼女の不安に満ちた思考を中止させた。現状を確認した時、彼女はもう下士を二人突き飛ばしていて、一人で輸送キャリッジに突っ込んでいた。「ピーン」の音と共に、キャリッジの外に取り残された下士二人の呆然とした顔がぐいっと歪み、二本の長い茶色の帯の様に伸びていっては、輸送線路の先へ消えた。外の景色は一瞬にしてトンネル中の暗闇に。彼女は目的地を入力し、黄ばんだ車両の中に座って、首をクネクネしてみた。


  故障しているに違いない。行くべき場所にはやはり行くけど、午後はちゃんと管理課に戻って、メーカーの人に点検してもらわないと。できればいっそ、前日のバックアップメモリーに復元してもらっても構わない。


  再び「ピーン」の音が聞こえた時、ブロック340に着いたと思いきや、上を見てみたら電光掲示板には【124】と書いてあった。次にサイレンが聞こえた。キャリッジ内に、サイレンの音とはとても似つかわしくない落ち着いたアナウンスが流れてくる。「誠に申し訳ありませんが、緊急事故の為、本輸送キャリッジはここで臨時停止となります。ご迷惑をおかけいたします。誠に申し訳ありませんが、緊急事故の為、本輸送キャリッジはここで臨時停止となります。ご迷惑をおかけいたします」


  キャリッジまで彼女の予定を裏切る。なんなのだ、今日は。


  彼女は車内で待ちつつ、運転再開までの見込み時間と、今すぐキャリッジを脱出して水陽門まで走った場合の所要時間を計算する。一定値である後者に対し、前者は長くなる一方。結局、彼女はキャリッジ後部の非常口を開け、線路に飛び移り、トンネル内で一番近い脱出口を見つけて、ブロック124の荷物用通路に入るのであった。


  4分後。移動中に蒐集した伝言データから、彼女はもっと大きな「裏切り」を知ることになるのであった。

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