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歴史を書き直す大蛇  作者: Kinra
10/11

10◆仕様

  水陽門の防衛ブロックのゲート前まで這い進んだ時、彼女の躯体の疲労現象は十分に著しくなっていた。10分前の様に上半身を持ち上げて両手を足代わりに進むことはもうできず、匍匐前進を余儀なくされていたのだ。途中で交通手段を見つけることができると思ったが、デファームと装甲車は殆ど壊れているし、壊れていない物もすぐ奪われてしまう始末。兵士達が半分になった彼女の体が這い寄る姿を見るなり、お化けに出遭ったかの様に逃げていく。彼女には理解できない。この兵士達も皆ヒューマノイドで、しかも戦闘用なのだ。彼女にできる動作なら、彼等にもできるに決まっている。防衛ブロックのゲート前に辿り着いて、ようやくその訳が分かった。


  このブロックはもう、完全にD-5のコントロールから離れたんだ。途中に会った兵士達の通信の内容から判断して、D-5の左翼は丸々やられたらしい。


  なのに彼女はD-5との接続を維持している。つまり、侵入した兵士達の情報は間違っているということだ。左翼の内部に、まだ生きてるD-5のシステムがある。


  防衛ブロックのゲートは固く閉ざされている。彼女はゲートの隣にあるコントロール・パネルに這い付き、ゲートと接続しようとするのだが、ここの制御システムも、もうD-5ではなくなっているらしく、D-5の記録士にゲートを開く権限は無いのであった。彼女は最後の力を振り絞ってパネルを押し、反力で身体を反対側の壁へ飛ばす。エネルギーが完全に切れた。D-5とのリンクは保ててるけど、フィジカル接点が無いとエネルギー補給はできない。彼女はただ、自分の上半身が通路上であちこち跳ね回って、段々止まっていくことを見守るしかなかった。


  ――再び意識が戻った時、周りはサブマシンガンを持った兵士だらけだった。彼女は頭を上げたが、何も見えない。周りが暗いのではなく、彼女が視力を失ったのだ。


  「悪いね、青」と、聞いた覚えのある声。彼女は自分の聴覚もモノラルになっていることに気付く。方向が判別できない。「D-5があなたの身体を通じて、E-0の臨時指揮本部の位置を把握させるわけには行かないの。あなたが自らD-5との接続を切ってくれれば、すぐ整備兵を呼んで、壊れた所を全部直してあげるから。D-5との接続さえ諦めれば、E-0の指揮下に入らなくても構わないわ」


  白秘書だった。


  「青……。知ってる?」


  彼女は、黙って上官の言葉に耳を傾けるしかない。


  「『青』という字は、かつては竹簡(ちくかん)という、竹でできた札の別称でもあったの。まだデジタルデータ形式どころか、紙すら無かった時代から、竹簡は歴史を運んでいたの。それは遠い、遠い昔……人類がまだ歴史を記録する責任の重さを知っていた頃の話。歴史の記録は、一旦竹簡に刻まれたら、容易には抹消できない。現代じゃ想像しにくい話でしょ?特にあなたにとっては」


  彼女は周りの状況を確認する手段を探し始める。視覚はダメ。聴覚も不完全になってる。動けないままだと触覚ではロクな情報が得られない……。


  「青、あなたの中に保存されたデータはどれほど消しにくいか知ってる?二百年前、E-0のエンジニアがあなたを設計した時、心にあったのが、歴史を記録する責任の重さだった。D-5に反旗を翻す手段は、その時から確立していたの。その時から、あらゆる歴史改竄は、あなたの手によって実行したものである限り、意味を成さないの。あなたの中には、常にD-5が本当に見たものがある。少なくともこの二百年間、あなたはD-5以上に、D-5のことを知っているわ」


  D-5……。彼女とD-5の接続はまだ切れていない。でもここのサーヴェイランス・システムは間違いなくD-5のコントロールから離れてるから、無線通信だけではD-5に自分を見つけさせることができない。もっと近距離で……。


  「今のD-5は、自分の記憶だけでなく、自分の存在意義をも裏切ろうとしている。サイバースペースの中で私に敗れたアイツは、物理空間での優勢を得るために、全居住ブロックを戦闘エリアにすることにしたの。そこでアイツはあらゆる情報操作システムを駆使して、艦内のヒューマノイド住民を全員アイツの操り人形にする……そして人類も全員戦火の中に巻き込まれてしまうでしょう。そうなる前に、私はアイツの指揮系統を全て無力化しなければならないの」


  一定距離内で、互いの位置を確認する手段……。


  「青、あなたが現れたことは私にとって悪いニュースだったけど、悪いニュースが早々に来るのも、不幸中の幸いって言えるわ。どうやら、私と『漁夫』が力を合わせて左翼に秘密ブロックを仕込んだように、D-5自身もマップ上では見えない秘密のブロックを幾つか隠し持ってるらしいの。いざという時の切り札としてね。そしてあなた――D-5の全てのデータにアクセスする権限を持つ記録士(・・・)――は、その隠しブロックと接続しているんだわ。青!あなたにはきっと、隠しブロックの位置を確認する方法があるわ!全ての縛りを解き放して!もっとも深層にある記憶を探すのよ!」


  D-5の、隠しブロック――。


  「上官殿……」と、彼女は微かな声を発する。「最後まで……説得力(・・・)しか行使しなかったことに……感謝します」


  「青――」


  下の床が急に炸裂する。青は、自分の胸にぶつかる巨大な物体を感じた。


  「――なに?!」


  白秘書――E-0特殊工作隊指揮官『薬屋』――が、突然炸裂した床に空中へ弾かれた。彼女の目の前で、四面体の金属製機械の行列が数珠繋ぎになって、虫のように青の上半身を攫った後、無数のマニピュレーターを伸ばし、彼女の躯体を探りつつ正確な角度を見つけて、自分達の末端に繋げるのであった。


  「E-0のエマージェンシー・トランスミット・システムと同じ……フロアの間に移動する多節型発信装置だったか……!フッ……。この数百年間、D-5が独自に開発した緊急対抗手段が、E-0と同じ物だったなんて……」


  青は全ての感覚を取り戻した。厳密に言って、彼女の躯体の感覚器は壊れたままだが、いま手に入れたこの巨大な尻尾は、節ごとに視覚・聴覚などのセンサーが付いてる。おまけに各種武装も備わっていて、しかも尻尾の向こう端が母艦のエネルギー・システムと直結しているので、稼働時間の制限は一切無い。


  「青!」薬屋は水陽門前の空中で彼女に呼び掛ける。「D-5にコントロールされちゃダメ!早くあのトランスミット・チェーンから分離しなさい!」


  「心配は不要です、上官殿……」青の意識はもはや完全にトランスミット・チェーンの中に移転している。「あなたは私の仕様(スペック)をよく知らない……」

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