カレーの香りは宇宙を漂う
彼らは人間ではなかった。
いわゆる宇宙人であり、地球人と比べようもなく、その文明は発達していた。
そんな彼らは今、何をしているのか。
彼らの文明では、争いはなかった。資源を無限に生み出せるようになった彼らの種族には、奪い合うという行為は無駄だった。貧富の差もほとんどなかった。
だから、彼らは娯楽を求めて、もっぱら旅行をしていた。
広い宇宙の中、一つの宇宙船が移動していた。
宇宙船の中には三人の『彼ら』がいた。
「あと、どのくらいで次の星に着くのね。」
「三万年くらいだな。」
「ちょっと長いの。」
彼らの寿命はほとんど永久的だった。その長い寿命のおかげで、気ままにどこへでも行くことができた。
「だから、ワープ機能のある宇宙船を選べばよかったの。」
「このくらい我慢するんだな。せっかちなんだな。」
「景色を楽しむのね。」
「ここ十年くらいずっと真っ暗なの。」
「十一年たったら流星が見えるかもね。」
「そんなこと言って、わかってるの。みんなも同じこと思っているの。」
「……暇だな。」
「暇だね。」
「暇なの。」
彼らは暇だった。
彼らが前の星に旅行してから、すでに二万年ほどが経過していた。それでも、彼らの寿命からしてみれば大したことはないのだが。
しかし、我々人間と彼らの感覚は非常に似ていた。暇になったら、暇つぶしをしたいとは彼らも思うのだ。だが、彼らはすでにさまざまなことをやっていた。しりとりをしたり、宇宙船内で、球技を楽しんだり、ガーデニングをしたり(彼らは数万年の間に独自の品種改良までしていた。)、数万枚のカードで神経衰弱をしたり、想像力を働かせて小説を書いたり、自分の書いた小説を読んだり、とにかくやりつくしていた。ちなみに自分の書いた小説を自分で読むのは非常に恥ずかしくなってしまったので途中でやめてしまった。
彼らは次にする暇つぶしを考え始めた。
二年が過ぎた。
「あ……なの。」
「どうしたね。」
「まだ外真っ暗なの。」
「……。」
三年が過ぎた。
「……あのね。」
「どうしたんだな。」
「前の星にあった『料理』ってものをやってみないかね。」
「それはいい考えなの。」
意外にも彼らはまだ、料理をしていなかった。それもそのはずで、彼らは食物を摂取する必要がなかった。地球人と違う彼らの体は、体内で栄養を循環し続けるシステムを持っていたからだ。しかし、口は存在していた。地球人のいうところののどちんこや男性の乳首ほどに役に立たない器官ではあったが、暇つぶしには使えるだろう。
「今更だけどね、気になるレシピもあるのね。」
「何なの。」
「『カレーライス』っていうのだがね。」
「どんな食べ物だな。」
「英雄が好む食べ物らしいね。」
「ほう、いいな」
「どんな英雄が食べるの。」
「その星の電波から情報を見てみるとね、どうやら『戦隊』と言われる英雄集団の中で『黄色』を司る戦士が好む食べ物らしいね。」
「『戦隊』とはどんな活動をしとるんだな。」
「それが、その星を支配しようとしている悪人を一人ずつ誘い出しては五人ほどでリンチにして、各個撃破しているようなのね。」
「非常に堅実な方法だな。」
「頭いいの。」
「ところが悪人の方もただではやられないのね。殺されそうになると……。」
「どうなるの。」
「巨大化するね。」
「巨大化なの!」
「巨大化とな! そいつの体の仕組みは我々をも超越しとるな。あの星にはそんな恐ろしい生物がいたのだな。」
「巨大化した悪人を相手に『戦隊』はどうするの。」
「彼らも巨大化するね。」
「そんな。」
「あの星の人はそんなことができたの。全然気づかなかったの。」
「ああ、しかし、巨大化できるのは選ばれたものだけらしいね。その戦士は『カレーライス』を食べた後に食べていたときに使う食器を目に当てて巨大化していたね。」
「なんと、『カレーライス』の力だったの。」
「それで、巨大化した後はどうなるんだな。」
「腕をこう、交差させるとそこからレーザーが出て、悪人を攻撃していたね。」
「レーザーとな!」
「どうやら、あの星の住人には隠された力がたくさんあったようなの。で、レーザーを受けた悪人はどうなるの。」
「爆散するね。」
「えっ?」
「えっ?」
「爆散するね。」
「その場で死刑とな! なんと恐ろしい民族だな。」
「もっと平和的な民族と思っていたの。そんなに好戦的なの。」
「しかし、そんな力を与える『カレーライス』に興味がわかないかね。」
「わくな。」
「わくの。」
話を聞いていたらわかるが、彼らが電波から受け取った情報は非常に偏っているうえに混線していたようだ。
「早速、『カレーライス』を作ってみたいのだけれどね。実は、うまく電波からの情報を受け取れなかったね。完成品の画像と一部の材料の写真は手に入れられたね。これね。」
そういうと、目の前に画像が出てきた。
「これが、『カレーライス』なの。白い粒に茶色いソースをかける料理なの。それにしてもこの茶色いソースはあれなの。排便みたいなの。」
「え、それは……、」
「それは……、」
「……うまそうだな。」
彼らの感覚は地球人とは違うのである。
「じゃあ、まずは材料を揃えようね。」
「この白い粒は、あの星で採取した覚えがあるな。ガーデニング室から取ってこよう。」
そう言って、彼らの一人がガーデニング室へ向かった。
戻ってきた彼が持っていたのは紛れもなく米だった。
「これで、この白いのは大丈夫ね。」
「次はソースなの。」
「どんなものが入っているんだな。」
「一部だけどこれね。」
そういって、見せた画像には玉ねぎと人参が出ていた。
「うーん、ガーデニング室にあるかな。」
「あ、この橙色のやつはもしかしたら、あれかもなの!」
そういって、また一人ガーデニング室へ向かった。
戻ってきた彼が持ってきたのは、サツマイモのようなものだった。
「なんだ、それは違うんじゃないかね。」
「待ってなの。これをこう……。」
そう言って、彼はサツマイモのようなものをパキッと割った。すると芋の中は鮮やかなオレンジ色だった。つまり、紅芋だった。
「おお、これなんだな!」
「よく気が付いたね。」
間違っているとはつゆ知らず、彼らは喜んでいた。
「そうか、地面に埋まっている部分かもしれないね。もう一つもわかったかもね。」
そういって、またまたガーデニング室に向かった。
そして、戻ってきた彼は間違いなく玉ねぎを持っていた。
「写真の通りだな。」
「それは皮がついているの。」
「そうだね、剥いておくね。」
玉ねぎの皮を剥き始める彼ら、皮を剥くとまた皮が出てきて、それを剥いたらまた皮が……。
彼らは玉ねぎの皮を全部剥いてしまった。
「これはまだ実になっていなかったようなのね。」
「仕方ないな。」
「一つくらい大丈夫なの。」
「そうだね。あとは材料の写真は無いから、完成品から予想するしかないね。みんな思いつくかね。」
「どうも、今集めた材料だと茶色くなりそうにないな。」
「あのごろっと入っているやつも気になるの。」
悩む彼ら。ちょうど二か月経とうとしたころ。
「「「あ!」」」
と、三人同時に何か思いついたようだ。
そして、それぞれが思い思いの材料を持ってきた。
「そういえば、隠し味にこれを入れるとあったのを忘れていたね。茶色いソースはきっとこれね。」
彼はチョコレートを持っていた。
「茶色いソースはこれもきっと入っているな。」
彼の持っているのは、ピーナッツバターだった。
「あのごろっと入っていたのはきっとこれなの。」
彼は剥いた栗を持ってきていた。
「材料はこれでよさそうだね。『カレーライス』はどうやら煮込む料理だからね。この鍋に材料を入れてね。」
彼らは集めた材料をどかどかと鉄製の鍋に入れていった。
「これを『じっくりコトコトと煮込む』と情報があったね。加熱機に入れればいいかね。」
「『じっくりコトコトと煮込む』とな。どのくらいの長さかな。」
「とりあえず短い時間からでいいんじゃないの。」
「そうだね、じゃあ、まず一年くらいにして。」
彼らの時間間隔は地球人と違うのだ。
「温度はどうするかな。」
「あの星の熱源は主になんだったの。」
「『太陽』だね。じゃあ、六千度くらいで。」
そういって、彼らは鍋を加熱機に入れ、時間と温度の設定をした。
「それじゃあ、できるまで待っているね。」
一年後。
彼らはワクワクとしながら加熱機の扉を開けた。
そこには、何もなかった。
鍋すらもなかった。高すぎる温度にすべてが蒸発し、消滅していた。
彼らはもう一度材料を用意して、加熱機に入れた。
時間と温度を短くした。
それでも、彼らは何度も失敗し、ようやく焦がさずに煮込めたのは五年後のことだった。
「できたね。」
「案外早くできたな。」
なんども言うが、彼らの感覚は地球人とは違う。
「すぐに食べるの。」
彼らは皿を用意した。
スプーンも用意した。
そして、米を皿に入れた。
カラカラカラッ。
乾いた皿に乾いた米が転がる。
彼らは生米を入れた。
「じゃあ、ソースをかけるね。」
一人が鍋のふたを開ける。
ぷーんと漂う、甘ったるい香り。
トロリと見た目だけはカレールーのようなそのソースを皿に注ぐ。
「じゃあ、食べようね。」
「食べるんだな。」
「食べるの。」
そう言って、彼らはスプーンでルーと生米を混ぜ合わせ、それをのせて口に運ぶ。
ボリッ……ボリボリッ!
堅そうな音をたてながら彼らは食べる。
「これはあれだね。」
「あれだな。」
「あれなの。」
「……うまいね。」
「うまいな。」
「最高なの。」
彼らは『カレーライス』を満足げに頬張る。
宇宙船の窓から見える景色は今日も真っ暗。
それでも、彼らは楽しそうである。
次の星まで、しばらくかかる。
彼らはまた、暇をつぶす。
彼らの宇宙船は結構なぼろのようです。電波情報はよく混線します。彼らは一体何を見たのでしょうね。