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椿

作者: 樹朱

ある冬の日。

師の家にお邪魔したお嬢さんとその護衛は師とともに、庭を散歩していた。

途中、雪が降る寒い季節なのにもかかわらず、赤い花が咲いていることに気が付く。その花のことを師に振った、一場面。


世界観は地球に似た、別世界ですあしからず。

「花はいいね、美しいよ。ごらん。この冷たく白い雪の中、赤く色づいて。美しい」

「そお? あんまり好きじゃないなぁこの花。美しくないよ」

「まぁ共感は得られずともいいよ。でもこの花は美しいよ。一人の女性に愛された過去を持つ。美しくないわけがなかろう」

「ふーん。一人や二人、あんたみたいな変人がいてもおかしくはないけど」

「おやおや。世間知らずなお嬢さんだ。君は知らない? 『椿姫』というお話を」

「つばきひめ? なにそれ」

「言ったでしょう、それがこの花を愛でた女性のお話さ。とても美しい女性でね。悲恋の話だよ。興味があれば読んでごらん。それにほら、よく彼らが好む花とも言うだろう」

「彼ら? 誰よ」

「君の身近にいる人たちだよ、お嬢さん。君の安全を守り、戦いに赴く者。力を信じ体現する者たちだ。言葉は悪いが潔く死ぬ者たち。いるだろう、君のすぐ後ろにも」

「……護衛のこと? そんなに武力とか好きそうじゃないけど」

「いやいや大きく捉えると、の話だ。この花はぽとん、と花丸ごと落ちるのだよ。有名な桜のように花弁が一枚一枚はらりと散ることなく、ね」

「風情がないわね」

「ばっさり言うねぇ。ぽとりと落ちるのもまた風情だよ。積もった雪の上に儚くも落ちた花。真っ白い雪の中に赤い花が一輪落ちている。美しいじゃないか」

「で、それのどこを彼らが好むって?」

「ぽとん、と一輪落ちてきてしまうところさ。潔いだろう? 惜しむように花弁を一枚ずつ失っていくよりも、ね」

「未練がましいってこと? 桜は」

「いいや、あれはあれで美しいよ。ただ彼らは潔さを好んだということだよ。自分たちと同じ生き方だと思ったんじゃないかな」

「たかだか花でしょ。生き方なんて重いもの、重ねるほうもどうかしてると思うわ」

「そうかい? 私は嫌いじゃないね。何と自身を重ねるもその者の自由だ。それに美しいものと重ねたほうが人生も色づくよ、きっとね」

「どうだか。重ねるよりも着飾ったりマナーを学んだりしたほうがよっぽど有い」

「あぁそうだ。これなら君も知っているだろう」

「なによ?」

「玉椿。命を預かる妖精の話だ」

「あぁ、知っているわ。王を新たに戴く時に古の王から命を抜いて、新たな王に届ける話ね。あの妖精がこの花の精なの?」

「そうだよ。この花は実をつけるんだ、丸い硬い実をね。そこに王の命が込められる。一輪で落ちてしまうことも王の交代を告げるように見えていたんだろうね」

「花が落ちるたびに王が交代してちゃたまんないけど」

「実話やたとえ話、うわさが混ざって物語は出来上がるものだ。多少のウソや違いは飲むか、楽しまなきゃ。たった一つの花だけれど紡がれてきた話は多いよ。そうして見ると美しさだって増すだろう?」

「……まぁ、そうかもしれないわね」

「でしょう。だからどんな小さなことでも、それが紡がれた物語を知ろうとなさい。そこにはたくさんの感情が埋もれているだろうけど、君なら美しさを見いだせるだろう、きっとね。あぁ、でもひとつだけ謝っておこうか」

「何?」

「この花は美しいよ。この花にまつわる話もいくつか聞かせたけれど、どれもこの花をよく表していると思う。すてきだ。けれど」

「……?」

「好きにはなれないんだよねぇ。こんなに美しいのに。どうしても蕾の段階で摘んでばらばらにしたくなるんだ。だからうちのはこれだけしか花が咲かないんだ。今咲いているのは私の目と手から逃れられたものということだよ。全く、忌々しいことだよ」

「……なんだか私はちょっと好きになったわ、この花」



地球に似た、別世界の話ゆえに椿の逸話に関して同じだったり違ったものもあったりします。武士は椿嫌いだったとか、あえて逆にしたところもあります。深く突っ込まないでさらりと読んでもらえれば幸い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の世界観がすてきですね。登場人物の会話にその人がちゃんと生きている感じがしてすんなりと入り込めました。師はてっきり椿が好きなのかなと思っていましたが好きではなかったんですね、、ちょっと…
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