Tsubaki , in the Alley
◆◇◇
「…………ん、…………此処は何処?」
目を擦りながら辺りを見回してみるが、そこは薄暗い路地の中。
レンガ造りの壁で囲まれた路地。
私はこんな場所は知らない。
近所にレンガ造りの建物なんて無いし、そもそも外出した覚えも寝た覚えもない。
何故私がこんな所、しかも野外で無防備に寝てるなんて有り得ない。
誘拐?それはない。拘束されているわけでもないし、ご丁寧に靴まで履かせてくれている。
ついさっきまで兄さんとテレビを観ながらイチャラブしてたはずなのに……。
…………取り敢えず、路地から出よう。近くに兄さん達もいないみたいだし、あの夢の事も気になるし早く兄さん達を捜そう。
「よぅ、お嬢さん。俺に付き合ってもらおうか?」
急に後ろから肩をガッシリを掴んできた。
振り向くとくすんだ金髪のアクセサリーをあちこちに身に付けたチャラ男がいた。
「おほっ!ちょー美人じゃんか」
「ちょっと口臭いんで喋らないで、それに肩が汚れるから放して」
「な、なんだと!」
「喋るなと言ったはずよ。それに私に付き合えですって?何で私が“ピーッ”で“ピーッ”で“ピーッ”そうなクソ虫に付き合わなきゃいけないのよ!せめて兄さんの様に素晴らしい人間になってからにして頂戴!」
「あ、あの、ちょっ、兄さんって……だ、だれ?」
「あら、これじゃクソにも虫にも失礼ね。それに兄さんと比べるのも烏滸がましいわ!」
「女の子がクソって……それに、兄さんって……」
「ナンパしてる暇があるならゴミ拾いでもして社会奉仕でもしなさい。それか兄さんの役に立ちなさい。このチリ野郎が!」
「…………はい」
そのままチャラ男はゴミを拾いながら路地から出ていった。
ちゃんとゴミ拾いするなんて…………気持ち悪い。
これだから最近のチャラ男は軟弱で困るわ。
それに比べて兄さんは最高だわ。
運動は何でもできるし、頭もかなり良いし、本当に何でも出来る。
兄さん以上の男性なんていないわ。
私も兄さんの様になろうとして、まず形から入ろうと思って長い髪を切って髪型を揃えようと思ったけど、兄さんが「その美しい黒髪を切ってしまうのかい?椿には長い髪が似合う。その美しさを俺にもっと魅せておくれ」って言ってくれなきゃこの髪も切ってたわ。(実際は「髪切るのか?勿体ないから止めとけ止めとけ」です)
他にも貧乳の私に「俺は貧乳が好きなのさ。貧乳最高!」って言ってくれたり。(実際は「貧乳は嫌いかって?…どっちでもいい」です)
兎に角兄さんは格好よくて優しくて強い素敵な男性ですわ。
私がどれだけ兄さんを愛してるか解ったかしら?
って私は誰に言ってるのかしら?
楓と桜は……いっか。
別に仲が悪いわけじゃない。ただあの二人も兄さんの事が大好きだから私が勝手に嫉妬しているだけ。
私達は基本的にとても仲が良いと思う。
まぁ、兄さんラヴ度は私が一番だろうけどね。
ふぅ。かなり脱線した気がするわ。
兄さんがいないからちょっとだけ、ほんのちょっとだけイラついてテンションが変になってしまったわ。
ほんのちょっとだけ……。
さて、今度こそ路地を出ようかな。
路地を抜けるとそこはやっぱり見覚えのない大通り。
レンガで揃えられて造られたヨーロピアンの建物が並んだいる。
石畳で綺麗に舗装された道を大勢の人が行き交う。
赤や緑、金や銀などのカラフルな頭髪に、見たことのない服装、ヨーロッパ人風の顔立ち。
明らかに人外の奴。
だって翼生えてる人いるし、鱗が付いてる人もいる。
ただのコスプレでもなさそうだ。空飛んでる人もいるし……。
さすがにこんなにたくさんのワイヤーを使うようなドッキリはしないでしょ。
それに有名人でもない私に仕掛けたって何の得にもならないでしょうし……。
でもこう見るとどの種族も仲良さそうに生活している。
どうやら種族間での争いは無いと考えてもいいでしょう。
でも明らかに人間の数が圧倒的に多い。
それは恐らくここが人間の国だからだからでしょうね。
次に大通り沿いに並ぶ出店の商品を見ると見たことのない食べ物や物が置かれている。
紫のレモンって食べられるのかしら?腐ってもこんな色にはならないわよね……。
「…………まるでファンタジーな世界ね」
というか、ファンタジーな世界そのものに来ているのね。
日本……いや、地球じゃ有り得ない物もあるし。
それにしては、行き交う人が皆日本語を喋っている。
ヨーロッパ人っぽい顔して日本語って……………。
しかも口の動きと聞こえてくる音声が明らかに違い、それが一層不快にさせる。
「チッ……………気持ち悪い」
違和感が抑えきれずに自分でも気づかず内に口に出していたようだ。本当に気持ち悪い!
ここで目の前の赤い髪をツンツンに尖らせた髪型の少年と目が合う。
同い年位だろうか?さっきからコッチをジッと見てるが、こんな派手な知り合いはいない。
派手と言っても先程のチャラ男のようにアクセサリーは身に付けてない。
ただ髪の色が派手というだけだ。
というか、この人はいつから目の前にいたのだろうか?今の今まで気付かなかった。
………何この人。泣いてるんだけど。
コッチ見て泣いてる。
新手の詐欺かしら?会いたかったよマイシスター的な感じで迫ってくる。
まぁ、さっきも言ったがこんな派手な知り合いはいない。
もし兄さんが何らかの理由で姿が変わってしまっても、私ならそれが兄さんだってことに気付ける自信がある。
でも明らかにコイツからは兄さんの気配を全く感じない。
「…………気持ち悪っ」
こういうのは黙って去るのが正しいわね。
さて、これからどうしようかしら?
兄さん達もコッチに来てればいいけど………。
取り敢えず、今私が分かる情報を整理しましょう。
パッと見この世界の通貨は違うようだ。
はぁ、そもそも地球の金も持ってないけど……。携帯すら持ってないし…。
言語は共通。言葉は通じるし、看板の文字も読める。
でも何らかのチカラが働いて無理矢理翻訳されてる感がある。これも魔法のチカラなのかしら?
生活様式は中世ヨーロッパくらいだろうか。
あとはファンタジー定番の魔法とかあるのかしら? 翻訳が本当に魔法か分からない今、本物の魔法を見てみたい。
やっぱりファンタジー世界の情報収集といえば酒場でしょ。
取り敢えず歩き回って酒場を探そう。
◆◇◇