Kiri , During a Break
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「うそ……勝っちゃった……」
「だから強くなるって言っただろ。まぁ、楓が特殊なだけだと思うけど……」
普通の二重人格の人はこうはならないだろう。
まぁ、二重人格の時点であまり普通とは言いにくいけどな。
「むぅ、負けてしまったか……」
「そうね、レイシー。それより私達のギルド、勝ったの私達だけよ」
「……確かに。これは鍛え直しが必要か。……よしっ私達は帰るぞ。世話になったな」
レイシーさん達は漸く重い腰を上げて帰るようだ。
やはり少し悔しそうに見えるのは気の所為じゃないと思う。
それにしてもこの人達は結局最後まで此処にいたな。
レイシーさんに至ってはほぼ最初からいたし……。
「おっと、忘れるとこだった。最後に、お義兄さん……カエデを私に下さい!」
「とっとと帰れぇ!」
この人は何処までもマイペースな人だった。
「フフッ、君達兄妹は本当に面白いな。私はお義兄さんの実力も気になるぞ。明日の試合、楽しみにしてるからな……チュッ」
「っ!?」
「「あっ!?」」
俺をからかっていたレイシーさんが不意に直ぐ目の前まで来ると、右頬にとても軟らかい感触を感じた。
それと同時に複数の声が聞こえたが、誰が発したものなのかは分からなかった。
呆然としている間にレイシーさん達は既に退室した後だった。
「あの雌豚が!私の兄さんにキスするなんて!うがぁ!!」
コイツが発したのは間違いないだろう。
「台風みたいな人だったね」
「……今のは忘れよう」
「兄さん!私が今、上書きしてあげます!」
襲い掛かってくる椿を左手で抑え付けながら、先程の試合を振り返る。
久し振りのテンションマックスの椛の登場だったが……。
それにしたって椛は相変わらずのバグキャラだったなぁ。
此方の幻想魔法を使ってなかったか?
まぁ、アイツ自身がファンタジーそのものみたいなもんだからな。
それより問題は……。
「これで決勝進出ね。カエデもあんなに強いことが分かったし、明日は結構いい線いけるんじゃない?」
和気藹々と話すルナやマスター達には悪いが、そう上手くいかない。
「あぁ、それについて一つ言っておかないといけないことがあるんだけど……明日の最終戦、楓は出れないぞ」
「……はぁ!?どういうことよ!」
「そうだよ、キリ君!一体どういうこと?」
その理由はさっきの話で分かってくれると思ったんだけどな。
いや、分かってないのはこの二人だけっぽいな。
「さっきも話しましたけどリミッターっていうのは自分の身体が壊れないように掛かってるもので、外せば何らかの反動があるんですよ。明日は動けないでしょうね」
普段運動を全くしない楓だ。
人格が入れ替わったといっても身体は変わらず楓だからな。
普通の軽い運動をしても筋肉痛で動けなくなるような奴だ。
あんな動きをしたら確実に筋肉はズタボロだろうな。
「そうよね。なんの制限も無しにあんな力が出せるはずないわよね」
「そういうこと」
「じゃあ、明日の試合は?」
「一対一だったら棄権の方がいいだろうな。二対二以上だったら後方で支援魔法くらいは使えるんじゃないか?」
「それは仕方無いわね……」
「たっだいまー!」
明らかに暗くなっていた空気が、その張本人である楓に……いや、椛にぶち破られる。
「どうだった、兄ちゃん!ボクの活躍!」
「あぁ、凄かったぞ……」
そう言いながら椛の頭を撫でる。
俺の肩に届かないくらいの身長の椛を見下ろす形になってしまうが、その時にあの大男をぶん殴った右手を見る。
今は撫でられて気持ち良さそうに目を閉じているが、椛の右手は紫に染まり、かなり腫れ上がっている。
誰が見ても折れてるんじゃないかと疑うような状態だ。
「ただもうちょっと加減しような。あんな無茶な動きして……骨も折れちゃったろ?」
「うん……痛い」
「まったく……」
「だってぇ……回復魔法とかないのぉ?」
「魔法はお前の方が知ってるだろ?あんだけ本読んでたんだから」
今の人格は椛でも記憶は共有しているし、そもそも脳も楓だ。
あれだけの戦闘力を持っていながら超天才。
まさにバグキャラだ。
「ルナルナー、回復魔法は?」
「ルナルナって私?……回復魔法なんてそんな便利な魔法無いわよ。薬草ぐらいよ怪我に効くものなんて……」
「えぇー、何その異世界にあるまじき設定。回復魔法くらい用意しろ!」
「設定とか言うな椛」
「でも、魔力を身体に纏うように流すと自然治癒力が上がるらしいわよ」
「なんか地味だなぁ。ボクはパパッと治してほしいのに」
魔力を流して自然治癒力が上がる?
魔法は細胞を活性化させる作用があるのか?
それならよくある魔力で身体強化とかが出来るんじゃ……そうか、俺達がこの世界に来て身体能力が上がったのは俺等の膨大な魔力の所為か。
この魔力をちゃんと制御出来るようになれば、もっと効率よく身体能力を強化出来るようになるかもしれない。
「椛、ルナの言う通りにやっておきな」
「はぁい……こんな感じかな」
既に自分の感覚でそういうことが出来るんだから凄いよな。
魔力を纏うように流すって訳分かんないし。
「モミ姉大丈夫ですか?」
「おぉ、サク!相変わらずちっちゃいね」
「ちっちゃくないです!」
「そういえばツバはさっきから何やってんの?」
「あっ」
左手で抑え付けてたのすっかり忘れてた。
いや、待てよ。
俺は抑え付けてはいるが、別に掴んでる訳じゃないから何時でも脱け出せるはずだぞ。
ってことは、コイツまだ諦めてない?
「ウフフッ。兄さんに撫で撫でされてる」
「いやいやいや、してないから!撫で撫でしてないから!」
俺は慌てて手を離す。
「相変わらずだなぁツバも」
「あら?椛おかえり」
あんなにギャーギャーやってたのに気付いてなかったのか。
『さぁ!最後の決勝への駒をかけた“黒龍の息吹”と“真実の瞳”の勝負が今始まります!第一試合は…………』
『決着だぁ!四対一で“黒龍の息吹”の勝利!明日の対戦はダークホース“戦乙女の茶会”対、優勝候補“黒龍の息吹”だぁ!』
『明日が楽しみですね』
予想通りと言うべきか、“黒龍の息吹”が順当に決勝に駒を進めた。
“真実の瞳”の人達も頑張ってはいたが、マスター以外は敗北。
やはり“黒龍の息吹”は選手の層が厚い。
結局、今日までの試合で“黒龍の息吹”のマスターのランディ・バイソンとやらは一度も出てこなかった。
ランダムの選手選びで一度も選ばれないというのも少し気になるな。
「明日はやっぱり黒龍か。よし、今日は早く帰って明日に備えてゆっくり休もう」
マスターの掛け声と共に皆立ち上がり、控え室を後にする。
夕食は帰り道で買った調理済みの物で簡単に済ませる。
ベッドで横になり今日の事を振り返る。
…………あれ?今日、俺何もしてなくね?
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