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進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
三章 暴力
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後編

 赤色燈がうるさく光る。既に変身を解いた典史はビルの壁に寄りかかり、暴れる怪鳥がトラックの檻に放り込まれる様子を眺めていた。大した怪我人も無く、彼の手も汚れていない。今回の彼の顔は穏やかだった。

「神原くん、神原くんか?」

 急に呼ばれて典史は振り返る。コートを着た初老の男が、警官を二人引き連れてこちらへ近づいてくるところだった。典史はその顔を見ていきなり叫んだ。

「署長!」

「久しぶりだな。君には何枚感謝状を送ったことか……しかしどうしてここにいる。関係者以外は立入禁止にしたはずだが」

 怪訝な顔をする署長に、典史は困ったように肩を竦めた。その仕草に署長の眉間はさらに険しくなった。そんな時、一人の青年が会話に割り込んでくる。先ほど典史に助けられた機動隊員だ。

「関係大有りです。怪物を取り押さえたのはこの男ですよ」

「何だって?」

 署長はまじまじと典史を見つめた。

「何を言っている? 取り押さえたのは『ホワイト』が変身した『グリーン』だと言っていただろう」

「ええ。その通りです。ですから、この男が『ホワイト』であって『グリーン』なのですよ」

 署長は顔に手を当てて呻いた。

「何を言っているのかさっぱりだ。君ほどの真面目な青年が嘘を付くとは思えない。しかし、どう考えてもそれは嘘としか思えない。どうして生身の神原くんがあんなのに化けると言うんだ?」

「しかし本当なのです。この現場の幾人かも見ています」

「ふむ。君がそこまで言うなら……その可能性も考慮しよう……」

 ため息をつくと、署長は帽子をかぶり直して典史を見据えた。

「ともかく、無事なのは良かった。後は私達の仕事だから、君はとりあえずここを出ていってくれないか」

「そうですね。ではここで失礼するとします」

 典史は署長に軽く頭を下げると、路肩に止めてあった黒いバイクに跨りさっさと歩きだした。その背中を見つめながら、機動隊員は静かに拳を握り締める。それに気がついた署長は、おもむろに口を開いた。

「悔しそうにしているね。武藤」

「否定は出来ません」

「ならもっと鍛えておくことだ。後もう少しで完成するんだろう?」

 鉄の檻の中で暴れる怪物の姿を睨めつけながら冬木は静かに言う。武藤は元々険しい顔をさらに厳しくし、凄まじい形相で走りだしたトラックを見送っていた。

「了解です」


 鉄の檻の中で、鴉の怪物はけたたましく鳴きながら暴れていた。しかし、どれほど激しく動いても典史に縛られた身体は動かない。それを実感すればするほど、尚の事怪鳥は暴れ続ける。

非常口を示す緑色の光だけが怪鳥を照らしている。怪鳥は目を見開いてその光を睨みつけ、そして甲高く鳴いた。

 そして怪鳥は変身を始めた。翼が巨大化し、腕には刃のように鋭い刺が生える。蔦を引き裂き、怪鳥はついに立ち上がった。強張る身体を打ち震わせ、自由の身となった怪鳥は地下室全てが震えるほどの声で叫んだ。

「リーク、イィ!」

 そのまま怪鳥は鉄格子を掴み、思い切り押し広げた。途端に警告灯で地下室は赤く染まる。上階から慌ただしく足音が響き、一人の男が銃を構えて降りてくる。檻から一歩踏み出し、鴉はその赤い瞳で男の怯えた表情を捉えた。

「リーク」

「うわああ!」

 ただでさえ棘だらけの凶暴な外見をした怪鳥がさらにただならぬ雰囲気を漂わせている。男は叫び、狂ったように麻酔弾を一発二発と撃ち込んだ。弾は鴉の固く隆起した胸に二発とも突き刺さる。しかし効果は無い。鴉は鬱陶しげに麻酔薬の詰まった部分を掴み、抜き捨てた。そしてさらに怒りで眼を光らせる。

「ひいっ」

 男は蒼白になり階段を駆け上がる。その背を怪鳥の叫びが追いかけ、震え上がった男は階段を踏み外して転んだ。腕を振り上げ、一足飛びに男へ迫る。男が振り返った瞬間、その鉤爪が首筋を切り裂いた。

「ぎ――」

 断末魔を上げる間も無く、男は顔を引き裂かれた。さらに怪鳥は胸を切り裂き、腹を捌き、肩の肉を引き千切る。鴉は手にある肉を喰らうと、そのまま男の死体に覆いかぶさった。


 典史は蒼白な顔で跳ね起きる。余りにも鮮明な夢だった。それどころか、今も脳裏に屍肉を求めて研究所へ飛び出す怪鳥の姿が焼き付いている。典史ははっとなって左腕を見つめる。紅い篭手が彼の手を覆っていた。

「あの鴉」

「どうしたの?」

 冴子が眠い眼を擦り、上段のベッドから典史を覗き込んだ。そして彼の左手に取り付いた篭手を見てはっとなる。

「典史……行くのね」

「当たり前だろ」

 典史はジャケットを羽織り、典史は部屋のドアを乱暴に押し開けて飛び出した。そのままバイクに跨り、典史は右手を天に突き上げる。光が集まり、プレートへと変わる。

「くそっ」

 典史はプレートを篭手にはめ込む。そして彼は騎士となり、バイクはハヤブサとなる。典史はバイクに向かって発破をかけると、アクセルを全開にした。ハヤブサは甲高く鳴き、人気の無い道を疾走する。血のように紅い篭手を見つめ、典史は思わず叫んでいた。

「俺のせいだ……俺のせいだ!」


 研究所には悲惨な光景が広がっていた。あちこちに研究者の死体が転がり、鮮血が床にも壁にも飛び散っている。返り血を浴びた怪鳥は、研究所を逃げ出そうとする白衣の人々を追う。そしてその爪その棘で、切りつけ貫き引き裂いた。

 幾人かが何とか研究所の出口にたどり着き、蜘蛛の子を散らすように飛び出した。しかし外は鴉の独擅場だ。外に出た鴉は、強靭な翼で飛び上がる。逃げる人々に襲いかかり、爪で切り裂く。次々に人を仕留め、最後に鴉は白衣の女性へ襲いかかる。足がもつれて女性は転び、彼女は死を意識した。

しかし、鴉が爪を振り上げた瞬間、白い影が飛び出し割って入った。振り下ろされた腕を掴むと、鴉の勢いを使ってそのまま地面に叩きつける。

こうして現れた白い騎士は、激昂してぎらつく紅い目で鴉を見下ろした。

「こうなるってわかってたら、最初から殺しておけば……」

典史は腰の剣を抜き放ち、鋭く怪鳥に斬りかかる。怪鳥は飛んで一閃をかわし、典史を蹴り飛ばした。

「ぐあっ」

 急降下のスピードが乗った一撃に、典史は宙を舞う。受け身を取って起きるも、続く爪の一撃を受け止めるのがやっとだった。何とか踏ん張り、典史は怪鳥の腕を掴んで捻り倒す。そして胸に剣を突き立てた。だが、鉄のように硬いその身体に剣は全く刺さらない。

「ヴゥ!」

 鴉は唸って剣を跳ね除け、起き上がりざまに典史に一撃加えて夜空に飛び上がる。典史もマントを翼に変えるが、遥か高くを飛ぶ鴉には追いつけない。まごつく間に再び鴉は急降下してきた。何とかそれを剣でいなすも、鴉は再び空へと舞い上がる。

「くそっ……何か無いか……」

 舌打ち混じりに典史は周囲を見渡した。この研究所の所有する池や林がある。それを見つめて典史ははっとなった。

「よし」

 典史は池に向かって駆け出した。鴉が追う。典史は池に右手を突き出した。水が一部飛び出しそこに集まる。そして青いプレートとなった。典史は反転し、鴉の一撃を肩当てで受け止める。そして巴投げで池に投げ込んだ。典史は池に落ちた鴉を睨み、青いプレートを手甲に嵌めた。

 途端に鎧は真っ青に変わり、目は緑に光る。背中の翼は引っ込み、巨大な鰭へと変わる。典史は自分を一瞥し、池へと飛び込んだ。水面へ行く怪鳥の翼を掴み、再び水底へと引きずり込む。鴉は苦しみ暴れた。そこへ典史は掌を向ける。渦が巻き起こり、怪鳥を岩壁に叩きつけた。怪鳥はさらにもがく。典史は力を込め、渦を強める。怪鳥は溺れて水を飲んだが、死力を振り絞って渦から逃れ、地上へと這い上がった。

「人を殺した報いを受けろ!」

 地上に飛び出し、白い鎧姿へと戻った典史は濡れそぼった姿の鴉を見据える。鴉は口を利けず、立ち上がることもままならない。典史は白く輝く拳を固く握り、左手で鴉の首を掴んで引き上げた。鴉の目に僅かな怯えが浮かんだが、典史はもう容赦しなかった。

「お前達のような奴は、こうしてやる!」

 鴉を前に突き出し、その胸に拳の強烈な一撃を叩き込んだ。地面を転げながら飛んでいき、鴉は道路に投げ出される。しばらく潰れた虫のように蠢いていたそれは、急に七転八倒を始めた。

「レ……グ、ナァアア!」

 怪鳥が薄ぼんやりと光り始める。目から耳から鼻から白い光を発し、怪鳥はあのイナゴと同じくレグナの名を叫ぶ。その口から光が発したその瞬間、怪鳥は爆炎に包まれた。爆風にマントを翻し、典史は沈黙したまま鴉が燃え尽き灰になっていく様を見つめ続けていた。


 東の空が白む頃、冴子は膝を抱えてテレビを見つめていた。キャスターが、速報で川上生物科学研究所が壊滅した事を知らせていた。そして、たった一人の生存者を守ったのは、またしても現れた騎士、通称『ホワイト』であると。

「ただいま」

 典史はふらふらとソファに崩れ落ちる。その目は虚ろだった。冴子は神妙な顔で彼の呆然とした表情を見つめる。

「お疲れさま。……辛そうね」

「ああ。俺が最初からあの化け物を殺しておけば、あの研究所の職員達が殺されるような事にはならなかったんだ。それを、俺が逃げて仕留めなかったからあんな事に……」

 典史は鼻をすする。握り締められた左手からは、真紅の血が溢れる。

「でも、でもダメだ。怖いんだ。その時には頭に血が上って、我を忘れて……そんなことになる俺が怖いんだ……」

「典史……大丈夫。辛かったら私に言って。聞いてあげることぐらいしか出来ないけど……」

「ごめん」

 冴子の言葉には答えず、典史はよろよろと立ち上がる。そして彼はやつれた顔のまま寝室に赴き、その扉を閉めきってしまった。冴子は肩を落とし、唇を噛む。

「私じゃ頼りにならないのかな……」



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