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進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
二章 戦い
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後編

「ただいま……」

 典史はドアを重苦しく引き、靴を適当に脱ぎ捨てて自身のアパートに足を踏み入れた。玄関のコート入れにジャケットを引っ掛け、典史はそこそこ広い居間へと足を踏み入れる。そこには、テレビをじっと見つめる冴子がいた。彼女はぐるりと振り返ると、強張った笑みで典史を見つめた。

「お帰り。案外早かったわね」

「あ、ああ……」

 典史は戸惑い目を瞬かせた。別に彼の部屋に冴子がいたからではない。そもそも家賃を浮かせるために、典史は冴子とルームシェアをしているのだ。よってそうではなく、彼女の口調に微妙な怒気を感じ取ったからに違いなかった。

「典史、ちょっとここに座りなさいよ」

「ひっ」

 案の定、冴子は笑みの中に鋭い剣幕を覗かせている。典史は獣に立ち向かった時とは大違いの情けない声を上げ、言われるままテーブルを挟んで彼女の前に正座する。

「……また、未確認生物と戦ったんでしょ」

「な、何でわかった?」

「何でも何も、ニュースで流れてたのよ。多数の警官に重傷を負わせた哺乳類らしき特徴を持つ未確認生物は、鎧姿の何者かに撃退されたって。あなた以外にいないでしょ? そんなの」

「い、いかにもその通り……」

「分かってないの? あなたがどれだけ危ないことをしてるのか。あなたが立ち向かった未確認生物は、警察の人を何人も大怪我させたのよ。運良く無傷みたいだけど、ヘタしたらあなただって……」

「冴子。お前がいつだって俺のことを心配してくれてるのはわかる。すごく嬉しいし、感謝してる。でも……ダメなんだ。耳元で誰かの助けを呼ぶ声がガンガン聞こえるんだ。そして紅い篭手が現れる……まるで俺に戦えって言うみたいにさ……冴子には悪いけど、俺はそんな状態にあって、誰かに手を差し伸べないなんて出来ない」

 いつになく真剣な彼の目。冴子は思わず黙りこみ、典史の目をじっと見つめる。彼の引き締まった表情は揺るがない。冴子は溜め息をついた。

「典史。あなた、何だか変な事に巻き込まれちゃったみたいね」

「……かもしれない」

 冴子は一瞬俯いて逡巡したが、やがておもむろに顔を上げ、小さく微笑んでみせた。全てを包み込むような優しい眼差しに、典史は思わずはっとなる。

「私、しばらく説教は止めにする。もうどうしたって何したってあなたはきっと戦いに行くんだもの。仕方ないわね」

「冴子……」

「でも約束して。絶対、絶対に無茶はしないって。危ないと思ったら逃げて。死んだら、絶対許さないから」

 典史は頷いた。

「安心しろ。俺は死なない」


 真夜中、獣は暗がりにじっと潜んでいた。レグナの攻撃が散々に効いたらしく、常に物音に怯え小さくなっていた。

 ふと獣は空を見上げた。月が空高くに昇り、獣を微かに照らす。獣はしばし月を見つめていたが、突如歯を剥き出して唸り始めた。その筋肉は大きく隆起し、獣の身体をいっそう巨大にする。牙も爪も鋭く変わり、目はさらに血走る。

 獣は立ち上がる。目をかっと見開くと、月を見上げて力の限りに吼えた。その声に人々は振り返り、そして悲鳴を上げて逃げ出す。白い息を吐きながら獣はその背中を睨みつけ、路地を飛び出した。


 市街地の南側は阿鼻叫喚の地獄と化した。怪物は、通りを行き交う人々をその爪で切り裂き、通る車をその巨躯で押しつぶし始めたのだ。

「ルフェタハ!」

口から鮮血を滴らせ、狼は喚きながら中に乗っている人々ごと車を引き裂く。そして顔についた鮮血を舐めながらその中から人を引きずり出し、その爪で首を掻っ切り胸を貫く。死体を投げ捨てると、狼は背を向けて逃げ出す人々に飛びかかり、その巨大な顎で一人の首を食い千切り、爪で切り裂いていく。

 その背後から、一台のパトカーが死体を乗り越え獣に向かって突っ込む。だが、その突撃さえも怪物には無意味だった。獣は飛び上がってパトカーのボンネットに乗ると、そのままガラスごと運転する警察官の心臓を貫いた。

「こっちに! こっちに逃げて!」

 先の機動隊員も盾を携えて逃げる人々を必死に誘導していた。もう彼には怪物をどうしようもない。それでも、どうにか人々を守ろうとしていた。

「ユーグ!」

血まみれの怪物と視線がぶつかった。歯を食いしばり、隊員は盾を突き出して飛びかかってきた怪物に衝突した。盾ごと弾き飛ばされ、彼は建物の柱にしたたか打ち付けられる。赤い涎を垂らし、獣は血まみれの爪をこちらへ向けている。

「こ、この……」

 獣は吼え、爪を振り上げた。隊員は思わず目を見開く。その時だった。


「許さねえ……絶対に!」

 白いマントが風になびく。純白の鎧を纏ったレグナが、狼の右腕を握り締めて相対していた。赤い双眸が、刃のように鋭く獣を捉えていた。

「レグナ!」

 怪物は叫ぶと、彼の腕を振りほどいて飛び退った。典史は全身から怒気を立ち上らせ、腰に差さっている剣を抜き放った。

「この化け物!」

 怒りに突き動かされ、典史は怪物に向かって飛び出した。怪物の貫手を手刀で叩き落とし、剣で肩口を突き刺す。そのまま根本まで突き刺すと、苦痛に悲鳴を上げた怪物の喉を掴んだ。

「うるせえっ!」

 典史はさらに腕に力を込めると、怪物の喉笛を握りつぶした。そして怪物を地面に投げつける。怪物はよろよろと起き上がるが、最早声を出すことままならなくなっていた。

「アアァ!」

 血を吐きながら怪物は叫び、典史に突っ込んだ。典史の剣を手で握り締め、血を流しながら彼の手から引き剥がす。そして獣は爪で硬い鎧を引っ掻き、飛びついて押し倒し、その首筋に噛み付く。

「ぐあっ」

 その硬い皮膚は何とか獣の牙を受け止めたが、それでもこのままでは首の骨を潰されてしまう。引き剥がそうにも腕は押さえつけられている。彼は何とか息を整え、渾身の力で身を起こした。そのまま獣の腕を振りほどき、顎を掴んで獣を引き剥がす。

「食らえっ!」

 獣の腹に拳を深く打ち込む。怒りに満ちた一撃は凄まじく、獣は夥しい量の血を吐いた。息も絶え絶えに起き上がった獣は、ついに堪えかね逃げ出した。典史はその背中を刺すように睨み、腰を低く落とした。

「逃がすかよ……」

 真紅の手甲が光り、同時に背中のマントが激しく波打つ。そのままマントは真っ二つに裂けて舞い上がる。そしてマントは、一対の巨大な翼へと変わった。彼は飛び上がる。そして、逃げる獣の背中へと突っ込んだ。

「はぁっ!」

 典史は右手を引き、鋭い貫手を放った。それは獣の心臓を貫き、潰す。そして、何か硬いものを捉えた。震えはじめた獣の背に降り立つと、刺さった右腕を引き抜く。

「レ……グナ……」

 獣は掠れた声で呟くと、突然白い砂となって崩れ落ちた。典史は荒い息のままで血だらけの右手に捉えた物を見つめる。それは、まさに牙を剥く獣の姿であった。

 だが、それ以上に血まみれの右手が彼の目を捉える。目眩、吐き気、寒気が彼を襲う。たまらず彼は変身を解き、その場に崩れ落ちて胃の腑に溜まったものを全て吐き出した。

「ちくしょう……」

 呻く彼の横で、プレートに描かれた獣の牙が、街灯の光を浴びて禍々しく光っていた。


ドアの開く音が部屋に響く。冴子は目をこすりながら起き上がり、居間の電気を付けた。途端に冴子は息を呑む。当然である。そこには、右腕を血に染めた典史が呆然と座っていたのだ。

「典史! どうしたの!」

「……いや。別に俺は大丈夫だよ」

 悄然とした様子の彼に、冴子は首を傾げ、そっと隣に座る。

「ねえ、どうしたの?」

 典史は黙ってテレビを付ける。次々にチャンネルを変えていき、一つの映像の前で彼は手を止める。そこには、一旦は逃亡した未確認生物が十数名の死者を出したこと、そしてその後に現れた白い騎士との交戦の果てに未確認生物は始末されたという報せが淡々と行われていた。冴子は静かに典史を見つめる。

 典史は唇を噛み、苦々しげに呟いた。

「後悔はしてない。あんな化け物、生かしておくわけにはいかねえからな。……でもよ、何だか辛いんだよな……」

 冴子は頷くと、その肩をそっと叩いた。

「辛いと思えるのは、典史が優しい証拠よ。とにかく、無事で良かった」

 典史は冴子の微笑みを静かに見つめ、そして小さく頷いた。

「ありがとな。冴子」

 二人は身を寄せ合う。夜の涼しい風が滑り込み、二人を優しく包んでいた。




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