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進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
二章 戦い
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前編

 数日後、二人はヨーロッパの廃墟研究のプロジェクトから十河大学チームが外されたという報せを研究室の小型テレビで見つめていた。

「あらら。やっぱりあの篭手を紛失したっていうのが止めかしらね……」

「だろうなあ。あの人には悪いことしたかもしれないな」

 典史は腕組みしながら顔をしかめる。結局、あの日以来紅い篭手の行方はようとして知れない。そもそも手がかりも何もあったものではないので、典史に探す気は無かったのだが。

 二人がこうしてぼんやりしていると、紙束を抱えた笹倉教授が研究室に戻ってきた。

「ほらっ! 典史くん、冴子くん、手伝ってくれ!」

 彼はそう言うと、二人の前に紙束の一部を手渡す。学部生達に課する中間テストの解答用紙だった。

「はいはい。任せてくださいよ。……字ぃ汚いなあ。読み辛いったらねえよ……」

 赤ペンを手にして一枚目の解答用紙を目にした途端、彼はため息をつく。冴子は素早くペンを走らせながら彼の文句に応じる。

「何かあればパソコンだもの。字を書く機会が少なくなってきてるのよ。そもそも、典史が人の事言える?」

「言えるわい! 馬鹿にするなよ。俺はこういうテストみたいにちゃんと書くべき時は書けるんだ」

 冴子の言葉に噛み付きつつ、典史が意地になって彼女より早く赤ペンを走らせていると、影のある笑みを浮かべながら笹倉は彼を見つめる。

「ふむ。実験の記録レポートはちゃんと書くに値しないと?」

「あうっ。い、いや。そんな事はありませんよ。……僕は三十分以内に素早くお届けするのがモットーなので、ある程度の丁寧さはご勘弁頂いてるんです」

 典史は目を泳がせ、冗談交じりに呟く。笹倉はさらに影を濃くし、眼鏡を光らせながら追撃を仕掛ける。

「全くナンセンスだ。そんな業務態度は顧客をバカにしているとしか思えないね」

「……そ、そんなつもりはありませんよ。次は丁寧な字で書きますから、もう僕で遊ぶのは勘弁して下さい」

「典史ぃ。口じゃなくて手を動かしなさいよ」

「……くっそぉっ。教授も冴子もバカにしやがって、ったく」

 頭を掻きながら丸付けに集中し始めた彼をちらりと見遣り、冴子と笹倉はこっそり目配せして笑いあった。


 夕刻。涎を垂らしながら人気の無い路地を彷徨う異形がいた。全身を波打つ毛に覆われ、手の先、足の先には黒く鋭い爪が生えている。その耳元近くまで裂けた口からは、これもまた鋭い牙が覗く。その目は激しく血走っていた。

 そんな獣をビルの屋上から見下ろす人影があった。それは全身を黒いマントで覆い、黒いフードを被っており、その姿や顔は窺えない。そんなローブ姿の人物は、大通りへ行く怪物の姿をただただ見つめ続けていた。


 その頃、ようやくテストの採点から開放された典史は、バイクに跨り風に当たっていた。GSX‐R600。中古な上に出力もそこそこだが、これでも、バイクをかじる人間なら必ず知っている『ハヤブサ』の系譜の一つなのだ。いつか本物を新品で。そう思いつつ、今日も典史は流線型が美しいそのバイクを走らせていた。

 しかし、そんな彼の楽しい時間も今日はすぐに去ってしまった。突如耳鳴りと幻聴が彼を襲ったのである。

――助けて――

 典史は思わず路肩にバイクを止め、耳を押さえる。その左腕のグローブが突如赤い光に包まれていく。そして、あの時の紅い篭手が再び彼の手に宿った。典史は驚愕の顔でそれを見つめる。

「また、何か怪物が出やがったのか……」

 典史は右手を天に突き上げた。光がバイクごと彼を包み込み、プレートを形作る。典史は息を一気に吸い込み、そのプレートを現れた篭手に嵌め込んだ。

 そして彼は白い騎士へと変身する。しかし、今回変身したのは彼だけでは無かった。彼の跨る黒いバイクは、いきなり白い姿に生まれ変わり、それどころかバイクのカウルはハヤブサのような顔になり、身体となり、翼となったのである。

「ど、どうなってるんだ……」

 典史は戸惑いじっと足元のバイクを見つめる。変身したそれは、生物的な温かみすら帯びていた。愛機に起きた事態に呆然としていた典史だが、再び耳鳴りが強くなる。

「そうだ。こんな事してる場合じゃねえ!」

 典史はアクセルを回した。途端にハヤブサは甲高く叫び、一気に加速を始める。最早本物のハヤブサ1300すら比べ物にならない。典史はハンドルを握り締めると、ぴたりとバイクに身を伏せた。

「よし……行くぜ!」


中央公園にほど近い町並みの中で、先程の獣は暴れていた。荒い息を吐き、怒りに任せて乗り捨てられた車にその爪を振り下ろし、バラバラにしていく。

道路には血まみれの警官達が倒れていた。まだ誰も死んではいない。しかし、彼らを助ける余裕もなく、機動隊員達は遠巻きにしてビルの入口を守るしかなかった。目の前の怪物に銃は効かず、むしろ逆上させてしまった。正直なところ、豪腕の怪物に襲い掛かられた時、ビルに篭っている人々を守りきれる自信も彼らには無かった。

 とはいえ、大人しくしていればそれで済むわけもない。一通り車を壊し終わり、中に残されていた食品を口に放り込むと、怪物はその黒い鼻をひくひくと動かした。そして、それはねっとりと涎を垂らしながらデパートの方を向く。来る。その入口を守る隊員たちに緊張が走った。

 怪物は飛び出した。そしてその爪で、盾を構える隊員を呆気無くなぎ倒す。そのまま強化ガラスを叩き割ると、怪物はデパートの中へと押し入った。怪物は化粧品の匂いに軽く顔をしかめ、地下から漂ってくる食べ物の匂いを目指して誰もいない一階をひた走った。

「……待てっ!」

 どうにか立ち上がった機動隊員の一人が、警杖を構えて怪物の後を追った。足音を忍ばせ、動かなくなったエスカレーターを慎重に降りる。すると、肉をパックごと飲み込む怪物がいた。

隊員は怪物を遠巻きにし、食事中のそれに気づかれないように歩く。ともかく、一人では太刀打ちできない。人々がいる上階に行けば命を棄ててでもというところだったが、地下にいる分にはそうする意味はない。

そんな事を考えてその場を離れようとした隊員だったが、その時、耳に微かなすすり泣きを聞いた気がした。また、目の前の獣も肉を掴もうとする手を止めた。

隊員は獣が向いた方角へ全力で駆け出した。野菜の陳列スペースを抜け、菓子類の棚が並ぶ空間に辿り着く。そこには、棚の陰にうずくまってすすり泣く少女の姿があった。そして振り向けば、食事を邪魔され、目を血走らせて追いかけてくる怪物がいた。

隊員はその目を狙って拳銃を放つ。しかし獣は硬い脳天で受け止め、そのまま飛び上がって隊員に襲いかかる。何とか警杖で爪を逸らしたが、勢いを殺しきれず隊員は突き飛ばされる。痛みに呻いたが、彼は何とか立ち上がる。怪物は、涎を垂らして少女を見下ろしていた。

彼は唇を結ぶと、蒼白な顔で獣を見上げる少女に覆いかぶさった。

「ヴヴ……」

獣は唸り、毛を逆立てて二人に飛びかかった。


「待てよっ!」


しかし、いきなり何者かがその首根っこを掴んで引っ張った。投げ出された怪物は床を滑り、陳列棚に激突する。

「お、お前は……!」

隊員はそう呟かずにはいられなかった。あの未確認生物が襲来した夜、夜空から突如舞い降りた騎士が再び目の前に立っているのだ。

「今度は狼か……? 派手にやったな……許さねえからそう思いやがれ!」

その苛烈な口調は、彼の怒りを如実に示していた。狼は牙を剥きだして一声吼えると、騎士に向かって突っ込んだ。騎士は爪の一撃をかわして脇に回り、大外刈の要領で引き倒す。

 戦士は剣を抜き、一太刀浴びせる。狼は身を捻って避け、跳ね起きて飛びかかった。騎士は恐れず踏ん張り、怪物の大きく開かれた口に向かって思い切り右拳をねじ込んだ。

「さあ、顎を閉めてみろよ」

 狼は蛙のような声を上げてもがく。だが、喉まで拳を突っ込まれてはとても口を閉じることなど出来ない。白目を剥きながら何とかその拳を外すと、狼は敵わないと感じたのか、ついに尻尾を巻いて逃げ出した。

「おい、待て!」

 騎士は全速力でその背を追いかけた。隊員ははっとなると、少女にその場にいるよう言いつけさらにその後を追いかけた。エスカレーターを駆け上り、デパートを飛び出す。

 そこには、道路の真ん中で立ち尽くす騎士の姿があった。


「逃がしたか……」

典史は溜め息をついて剣を収める。その時、横でガラスを踏む音がして典史は振り返った。

「おい」

見れば、機動隊員が一人銃を構えて立っていた。騎士はおもむろに両手を挙げ、困ったような声を上げる。

「いやいや、善良な一市民に銃口を突きつけないでくださいよ」

「一市民? どこに鎧兜を着込んだ一般人がいる? 黙ってその兜を脱げ」

「兜は脱げないけど、まあ……」

騎士は左の手甲についたプレートを外した。光が彼から発散され、鎧は洋服へ、黒い肉体は肌色の肉体へと還る。そして左腕の手甲はどこへともなく消えていった。

 ヘルメットを脱いだ青年は事もなげな表情だが、初見の隊員はやはりそのようなわけにはいなかった。

「な、何が一体どうなっている……」

「さあ。俺の方が知りたいくらいですよ」

隊員は静かに銃口を下ろすと、青年から視線を逸らしながら、ほとんど聞き取れないような声でぼそりと呟く。

「まあ、何だ、その……助かった」

「ああ、それは良かったです」

 青年は一瞬照れたように頭を掻いたが、すぐに真顔へ戻って首を振る。

「……しかしあの怪物は捕まえ損ないました。油断は出来ませんよ、まだ」

 彼は道の真ん中に止まっている黒いバイクに跨り、エンジンをかける。再びヘルメットを被り、ハンドルを握った典史を、隊員は慌てて呼び止めた。

「待て、どこに行く?」

「どこって、家に帰るだけですよ」

 それだけ言うと、彼は前を見据え、アクセルを回し走り去ってしまった。隊員はその黒いヘルメットを脱ぐと、舌打ちをして顔をしかめた。

「くそっ……Dシステムが完成していれば……」

 悔しさがありありと浮かぶその目には、点のようになった青年の姿がくっきりと映っていた。


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