後編
基地から飛び出していく二つの点を見つめ、冴子は深刻な顔をしていた。その様子に気が付き、倫香は不安そうな顔で彼女の顔を覗き込む。
「どうしたの。冴っち」
「……何だか嫌な予感がする」
「え?」
冴子は浅く息をして、大通りへと建物の上を進んでいく点を見つめる。そこで待ち受ける点は、点とは最早言えないほどに大きい。冴子は白衣を脱いでデスクに放ると、コートを肩に引っ掛けた。倫香はそんな冴子を止めにかかる。
「ちょ、ちょっとどこに行くのさ! 私達が行ったって出来ることなんか無いよ!」
「分かってる! ……でも、心配、ううん、本当に不安なの!」
「不安? でも、危ないよ……」
「行かせて二人とも! お願い!」
冴子は顔を歪ませて叫ぶ。二人は顔を見合わせた。先日の借りもある。二人は彼女に強いことを言えなかった。倫香は上目遣いに彼女を見つめる。
「なら……絶対に危ないことしちゃダメだよ。いつも典くんに説教してるけど、私にしてみれば冴っちだって十分『素質』あるんだから」
「……うん。気をつける。」
冴子は頷くと、典史から貰ったコートを着て走りだした。
衛士とミハエルは呆然と目の前の怪物を見つめていた。その姿はどの動物とも似て似つかない。無理にたとえるなら、巨大な鱗に包まれた鯨に、腕と足をくっつけたような姿だ。顔らしき部分には目も鼻も口もない。驚くべきはそのサイズ、優に十メートルは越していた。
「……何だ、あれは……」
衛士は思わず唖然としてその巨体が駅やビルを蹂躙する様を見つめてしまう。口も何も無いそれは何故か声を発していた。
「ドグ、フォトラエハノ……」
またも怪物は訳の分からない言葉を発している。しかし、今の衛士には翻訳家が付いていた。彼らは口々に衛士に向かって語りかける。
――神の御心のままにと言っている
――彼らは歪められている
――歪みを正すのだ
(彼ら? 目の前にいるのは一体だろう)
衛士が耳を疑うと、彼らは再び訴えかけてくる。
――あれは一つではない
――凝り固まった怨念の集合体
――最早自らが何であったかすら定かでない
(怨念の集合体だと?)
衛士が三体にさらに尋ねていると、いきなりその怪物を見上げていたミハエルが叫ぶ。
「衛士殿! あれは、あれは我が同胞です!」
「何だと?」
「あの鱗に目を凝らしてください!」
言われるまま、衛士はバイザーのズーム機能を使って怪物の鱗を注視する。そして彼は息を呑んだ。
その鱗は、全て犬や猫の顔をしていたのだ。
一方、典史もまた異形の怪物を見下ろして言葉を失っていた。
「嘘だろ……? 何だよあれ……」
眼下では、怪物が公園の噴水や街路樹をなぎ倒し、さらに近くのビルをその巨大な腕で破壊していた。典史は巨大な斧を取り出すと、頭上に高々と振り上げる。
「……とにかくやらねえと!」
気合の叫びを上げ、典史は一気に怪物へと向かって急降下する。そして、怪物の脳天にその鋭い両刃の斧を叩きつけた。怪物の頭は一気に真っ二つとなり、鮮血を雨のように降らせる。斧を構え直し、典史は見上げた。怪物を見上げた。
「やったか!」
しかし怪物は全く怯まなかった。すぐに真っ二つとなった頭は一つに戻ってしまう。怪物は手を天に突き上げると、その爪の先から何か黒いものを大量に噴き出した。それは地面に落ちると、まるで種から芽が出て伸びるように狼か獅子かと言うような凶暴な顔立ちの獣となる。典史は威嚇をしながらこちらへ近づいてくるそれらを見つめながらはっとなる。
「そうか。あの怪物は、こいつらの集合体なのか」
獣は吼えると、一斉に飛びかかってくる。典史は一旦飛び上がってそれをかわすと、倒れた街路樹のそばに飛び降り、それを緑のプレートへと変える。そして獣たちを剣で牽制しながら、プレートを篭手に嵌め込んだ。
「はぁっ!」
典史は緑の戦士となり、そのまま地面を強く踏み込む。背中から茨が伸び、二体の獣を縛りつける。そのまま持ち上げると、典史はその獣を振り回して他を吹き飛ばした。そして身の丈の二倍近くある斧を振り回して寄ってきた獣を吹き飛ばす。そして右手を突き上げ、再び白いプレートを手に取った。
「衛士に聞いたから……何となく分かるぜ。無責任な飼い主、多いもんな……」
典史は篭手にプレートを嵌め込むと、天使へと姿を変える。
「でもなあ! 世の中にはやっていいことと悪いことがあるんだよ! こんな風にして人間に復讐しようってんなら! 俺はそれを許さない!」
典史は翼を広げ、巨大な剣を振り上げて飛び出す。怪物は腕を突き出し、黒いものを典史に向かって飛ばす。剣を振り回して黒いものを跳ねのけ、怪物の脳天に向かって剣を突き刺す。
飛び上がると、さらに大量の小さな斧を取り出して化け物に向かい投げつけた。次々と化け物の身体に斧は突き刺さる。
「ウウゥ……」
化け物は全身から呻き声を上げる。典史は両の拳を白熱させると、そのまま懐に飛び込んでその腹に一撃を加える。そして急上昇し、顎にももう一撃を加える。しかしその時、その傷口から大量の獣が飛び出し、典史を突進で地面に叩きつけた。
「あぐっ!」
典史はどうにか立ち上がると、獣の集団攻撃を飛び退いてかわし、巨大な鎌を振り回して獣の首を刈り取って消滅させる。息を荒げ、典史は化け物を見上げる。
「くそ……ふざけた奴だ」
典史が吐き捨てた時、突如典史は視線を感じて脇のビルを見上げる。その屋上には、ローブの男がいた。
その一方、衛士とミハエルもまた化け物に苦しんでいた。
「衛士殿! このままでは埒が明きません!」
ミハエルはその爪で獣を引き裂きながら叫ぶ。隣では、二本の刀を振り回して次々に獣を切って捨てていた。しかし、化け物が定期的に黒い何かを発射してくる以上、どれだけ戦ってもきりがない。
「ミハエル。雑魚の相手は任せられるか?」
「お任せを。何とかしてみせます」
ミハエルは頷くと、全身を躍らせ獣を次々に切り裂いていく。衛士は目を閉じ、背中に翼を呼び寄せた。
『今、私達で相手のオーエネルギーの発信源を探っている。衛士くんは何とかそれまで時間稼ぎをしてくれ!』
「了解!」
衛士は翼を広げて一気に飛び上がる。そして怪物の頭に取り付くと、渾身の力で刀を振り下ろした。そして剣を頭に突き刺し、そのまま回転して化け物の頭を抉る。化け物はもがき、全身で呻いた。衛士は飛び上がって暴れる化け物から逃れるが、その傷口から飛び出してきた獣に捕まり地面に叩きつけられる。
「ぐあっ」
いくらスーツが強化されたとはいえ、十数メートルから叩きつけられては苦しい。翼が壊れ、衝撃のあまり衛士は気を失いかけた。
「衛くん! 大丈夫?」
「……今のところな」
衛士は何とか身を起こすと、目の前に山のようにそびえ立つ怪物をしかめ面で見上げた。怪物は彼の前に手を突き出し、大量の黒い何かを噴きかけた。
「お前が! お前が全ての元凶か!」
典史は立ち上がり、獣を切りさばきながらビルの屋上から自らをじっと見下ろすローブの男に向かって叫んだ。男はニヤリと笑うと、頷いてみせる。
「そうとも!」
「そうかよ!」
叫ぶと、斧を振り回して周囲の獣を蹴散らし、怪物に向かって投げつける。そして飛び上がり、ローブの男を睨みつけた。
「どうしてだ! どうしてこんなことをする! 今まで何人が犠牲になったと思ってんだ!」
「全ては神の計画のため。人柱になった者は幸いだ。彼らは神に赦され、天国へと参ることが出来よう」
「計画? 何の計画だ――うあっ」
怪物が飛ばした獣達に襲われ、典史は地面に叩きつけられる。歯を食いしばり、典史は獣の腹に貫手を差し入れ、その腹から剣を取り出して振り回す。切り払うと、再びローブの男に向かって突っ込んだ。
「貴様が何を目指そうと、俺はお前を許さない!」
典史はローブの男に向かって剣を振り下ろそうとする。しかし、典史は見えない壁にぶつかってその一閃を遮られる。
「神の使いたる私に、ただの借り者風情が敵うと思うな!」
典史は正体不明の力で再び地面に叩きつけられる。満身創痍で立ち上がった彼の目に町並みを破壊し続ける怪物の姿が目に入る。
「ダメだ……このままじゃこの街の人が、暮らせなくなる……そんなことさせない。させるもんかぁっ!」
その時、彼を取り巻くものという物が全て光を放って岩へと変わる。そしてその光は、怒りに咆哮する典史の元へと集まっていく。途端に彼の鎧も、肉体も、翼も、全てが篭手と同じ真紅に染まる。兜の奥で光る目も赤へと変わる。そして、鎧には無数に目の模様が浮かび上がり、背中にはもう一対の翼が生えた。立ち上がった典史はその真紅の身体で怪物を睨みつける。
「でやあぁぁっ!」
典史は手を天に突き上げると、ビルにも届く高さの剣を取り出す。そしてそのまま天高く飛び上がりながらそれを振りかぶり、怪物に向かって振り下ろした。
「ヴアアァ……」
全身を真っ二つにされた怪物は、一気に全身から血を噴き出す。そして、そのままその場で光となって消えてしまった。典史はそれを見届けると、上で会心の笑みを浮かべているローブの男を見つめた。
「この野郎! 何を笑ってやがるんだ!」
典史は叫ぶと、男に掌を向けて光の束を飛ばした。しかし、その光も何かに阻まれ届かない。男は喝采を上げると、一気に空へと浮かび上がった。
「ついに来た! 裁きの天使に再び目覚めた! 待っていたぞ我が半身よ! 今こそ、我が手へと戻るがいい!」
叫ぶと、男は左手を典史に向けた。途端に典史は全身の激痛に目を見開く。変身が解け、典史はその場に崩れ落ちる。そして篭手は彼の左手から消滅し、男の左手に宿った。
「さあ、神の審判の始まりの時だ! ソドムとゴモラのように! 世界の全てを火と包み! 神の審判を今! この世に!」
男は左手を突き上げ、その手に雷が落ちる。そして彼は変身した。ローブは破け、彼の身を纏うのは腰巻きだけとなる。そして彼の肉体は真紅に染まって筋骨隆々となる。背中には三対六枚の翼が生え、その肉体には無数の目が開く。その姿は、まさに裁きの天使、セラフィムだった。
「そ、そんな……」
典史は呆然と真紅の天使の姿を見上げる。希望が絶望へとひっくり返った瞬間だった。天使は牙を剥き出しにして笑うと、人差し指を典史に向けた。
「さて……まずはお前から死んでもらうぞ」
天使の人差し指が光る。典史は思わず両手で身をかばい、目を背けた。そんな彼の前に突然陰が差し込む。
「うあっ」
弱々しい呻き。典史ははっとして顔を上げる。そこには、光に胸を貫かれた冴子がいた。




