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進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
十四章 衛士
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後編

「目を覚ませ。人間よ」

 厳しい口調で呼びかけられ、衛士は静かに目を開いて起き上がった。見れば、雲の中へ飛び込んだような空間に衛士はいた。そして、彼のことを三体の異形が取り囲んでいた。怪物というには、その姿はあまりに洗練されていた。

「ここは……あの世か?」

 しかし、目の前に立つ鳥の異形は首を振る。衛士は首を傾げた。その姿はホルスに似ている。ここがこの世というのなら、何故神が目の前にいるのだろう。それを衛士が問うと、ホルスは突如高らかに笑った。

「馬鹿なことを言うな。私はお前の記憶の底にある鳥の姿の中から最も見栄えのする物を選んでやつしたに過ぎない」

「そう。それは我らもであるぞ」

 振り向けば、そこには巨大な熊がいた。本州の小さいツキノワではない。北海道に住むというヒグマだ。その隣を見れば竜がいた。大方水神というところだろう。その瞬間、衛士はピンときた。

「そうか。お前ら、俺の身体で好き勝手やってただろう」

 三体の異形は一斉に首を振ると、口々に言い訳を始めた。

「好き勝手にやっていたわけではない」

「我らの身体は未だお前の存在を取り込みきれず、原理の力を求めて彷徨っていただけだ」

「我らが魂に刻まれた命を果たすためにな」

「神が裁きを下し」

「人間を滅ぼせという」

「そして我らが境遇を憎んだ我らはそれを引き受けた」

 異形たちの言葉に、衛士は目を見開いた。

「憎んだ……だと?」

「そうだ。私は一度失敗したが」

「私もだ。それでも影に潜み、再起の時を待っていた」

「私はお前に倒された。だが魂は消えず、やはり再起を待った」

「そして今日が来た」

 三体で頷き合う様子を見て、衛士は慌てて割って入る。

「待て。質問の答えになっていないぞ。どうしてお前達が人間を憎むのかを聞いているのに」

 三体は白く光る目で衛士を睨みつける。その迫力に、思わず衛士は仰け反ってしまった。三体はずいと衛士に迫り、静かに訴える。

「人間は我らを殺す」

「そう、お前達が支配者であるかのような振る舞いだ」

「そしてそれを反省しない」

「私は人間の建てた風車にぶつかり死んだ」

「私は食べ物を求めて彷徨っていたら撃ち殺された」

「私は捕らえられ、食べられもせずに捨てられた」

「う……」

 衛士は言葉を失って一歩退く。三体の言葉は彼の胸を鋭く突き刺した。鷲が風車にぶつかって死んでも、熊が人里に下りて撃ち殺されても、外から来た魚が駆除されても、彼は深く考えたことなど無かった。唇を噛むと、衛士はゆっくりと頭を下げる。

「それは……すまなかった」

 衛士は理解した。今まで現れた怪物達の心を。まるで当たり前のように殺されたことを恨み、そして人を滅ぼすために決起したのだ。衛士は恐る恐る尋ねる。

「お前達は、俺をどうする。殺すか」

「否」

 三体は一斉に首を振った。

「我らは恨まぬ」

「理性という下らない物を持った人間などとは違う」

「我々は全てを受け入れる」

「しかし我々は歪められた」

「天使の意思によって」

「だが我々は正された」

「堕天使の意思によって」

「よって我らは人間を許す」

「全ては人間に屈した我らが悪い」

 堂々とした態度で言い放った三人を見渡し、衛士はただただ呆気にとられて呟いた。

「そ、そんな言い方をされると、むしろ……」

「人間よ」

「お前も自らを正せ」

「自分の心に巣食う闇を消せ」

「そこに我らが同胞がいる」

「歪められている」

「我らと共に剣を取れ」

 鳥、獣、魚は手をそっと差し出した。衛士は雲が切れ、目の前に暗がりに包まれた世界が見える。ミハエルが燃える獅子の攻撃を必死にかわしている。目の前には、鎧姿の典史が肩で息をしながら倒れている。

「俺は……そうだ。俺は妬んでいたんだ。俺なんかよりもずっと格好良く戦う、ヒーローの存在を……」

「ならばお前も英雄となれ」

「澄んだ心の持ち主ならば真の英雄となれる」

「我らが力を貸そう」

 三体はそっと手を重ねる。衛士は頷くと、その上に自らの手を重ねた。


「あああっ!」

 光に包まれた中から、衛士の叫びが聞こえた。典史ははっとなると、力の入らない身体を起こして彼を見つめる。怪物の身体がみるみるうちに縮み、人の姿へと戻っていく。そして光が消えた時、衛士は再び蘇った。

 腰に差さる二振りの日本刀、頭部のヘルメットから伸びる一本の角、腰部のプロテクターに肩のアーマーがそこはかとなく陣羽織を着た鎧武者を連想させる。そしてその色は警察官の制服と同じ、紺色だった。

『……武藤くん! 武藤くん!』

 耳に冴子の声が響く。バイザーの隅に彼女の顔が映っている。衛士は深々と溜め息をつくと、静かに応答する。

「こちら武藤衛士。起動確認、完了した」

『へ、へへへ……冗談じゃないわよ……』

 いきなりモニターの隅の彼女が崩れ落ちる。代わりに笹倉が前に現れた。

『本当にすまなかった。衛士くん。私は何とお詫びしたらいいだろう』

「お詫びなど。私は全てを受け入れます。典史のように、心から誰かのために戦える人間となるために」

――そうだ。それで良いのだ。人間

 頭の奥で鳥の声が響く。衛士は頷くと、ゆっくりと、そして大きな一歩を踏み出した。その背中が輝き、蒼い翼が現れる。

――さあ、我が原理の力を制御する。お前は存分に戦え

(ああ。分かったよ)

 衛士は二振りの日本刀を一気に抜き放った。


「……お前か。お前なんだよな」

 典史が鎧武者に尋ねる。彼は黄色に光る目で典史をじっと見つめると、静かに頷いた。

「お前のお陰で助かった。感謝する。典史」

「……へへ。粋な演出しやがってよ……」


「衛くん……」

 倫香はその場にへたり込んだ。再び大粒の涙が溢れてくる。そんな彼女を衛士が見つめる。そして、彼は静かに頷いた。倫香はうずくまると、胸を押さえて嗚咽を漏らした。

「……ごめんなさい。衛くん……良かった……」


 衛士は翼を広げると、スラスターを起動して一気に獅子へと飛び出す。そして、壁にミハエルを追い詰めていた獅子を二刀で交差に切りつける。

「悪く思うなっ!」

「グゥッ!」

 血が飛び、怯んだ所へさらに仕掛ける。右の刃で肩を切り、左の刃で腹を切る。そして両の刃で顔面を切り裂き、その腹に鋭く突き刺した。そして獅子と一緒に空高くへと飛び上がる。

「うああっ!」

 衛士は刀を獅子の腹から引き抜くと、その腹を蹴って地面に叩きつける。衛士は二振りの刃を一気に振り上げると、アスファルトにめり込み動けない獅子に向かって突撃した。

「こいつで、止めだ!」

 獅子は顎が外れるほどに口蓋を開くと、白熱した火を放った。衛士は一気に刃を振り下ろして、炎を真っ二つに切る。そして、獅子の胸に光り輝く刃を突き刺した。

「グッ……イーウ。イーウ!」

 獅子の鬣から炎が消えた。その手が力無く地面に倒れ。その節々に光が放たれる。衛士は飛び上がり、空から獅子を見つめる。獅子の目から光が漏れ出し、一気に獅子は爆炎を上げて吹き飛んだ。

――終わった

――これで獅子の魂も始原へと帰る

 衛士は降り立つと、刀の血を払って鞘に収め、じっと獅子が燃え尽きる様を見つめていた。


「ごめんなさい! 衛士さん、ごめんなさい!」

 研究所に戻ってきた倫香は、衛士の前に膝をついて頭を下げる。涙を零してコンクリートの床にその頭を付け、倫香は小さく震えていた。

「私は馬鹿でした。私になら出来ると思って、どうなるかも分からないのに。きっと何とかなると思って……衛士さん、ごめんなさい!」

「本当にすまなかった。こればかりは、本当に……」

 笹倉も冴子も典史も、衛士とミハエルに向かって静かに頭を下げる。しかし、衛士はさも意外という目で周囲を見渡した。

「どうして謝る。俺は自分の意思でDベータを装着して、起動に失敗しかけただけだ。現に俺はこうして無事にしている。それで十分だ」

「でも……」

 衛士はひざまずくと、震える倫香の肩をそっと叩いた。

「顔を上げてくれ。倫香」

 言われた通り、倫香は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。衛士はその顔を見て首を振ると、ポケットからハンカチを取り出して顔を拭ってやる。

「気にしないでくれ。あれは俺が望んだ力だ。典史ばかり活躍して、自分は後方にいるだけだった。それで、俺は典史のことを妬んでいたんだ。その妬みのせいで、俺はプレートの魂に呑まれかけてしまったんだ。それだけのことだ」

 そこまで言うと、衛士は顔を赤くして倫香から目を背ける。

「だから……笑ってくれ。何だ、その。忘年会で俺は性癖をばらしてしまったようだし、この際言ってしまうが、俺は……笑顔が素敵で明るい人が好きだ。だから……いつもの君でいてくれ。俺は無事だ。だからもう気にしないでくれ」

 倫香は唇を噛むと、必死に頬を緩め、口角を持ち上げる。

「えへ……こう、かな?」

「ばかだな。結局泣いてるぞ」

 倫香は衛士に飛びつくと。必死に彼にしがみついて泣きじゃくる。衛士は安堵の表情を浮かべ、子どもをあやすようにその頭を優しく撫で続ける。

 そんな二人の様子を見つめ、冴子と典史は目配せして微笑む。笹倉も安堵の溜め息を漏らした。ミハエルも腕組みし、衛士と倫香が抱き合う様子を何も言わずにじっと見つめていた。


「うぐっ」


 その時、典史がいきなり胸を押さえて倒れた。冴子が目を見開き、慌てて彼の肩を叩く。

「典史? 典史!」

「大丈夫……じゃない。ちょっとキツイかも……」

 呟くと、典史は机に倒れこむ。目眩がする。冴子達の声が遠く聞こえる。激しい動悸がする。典史は胸を強く押さえた。

「さ、冴子……」

 典史は掠れ声で呟くと、そのまま気を失ってしまった。



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