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進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
一章 変身
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後編

 夜になって、ようやく典史と冴子は笹倉教授のいる研究室に戻って来ることが出来た。その頃には、二人とも警察の事情聴取やら何やらで参りきっていた。

「笹倉教授。ただいま帰還いたしましたぁ」

「遅くなりました。教授」

 二人は研究室に戻るなり、自分の席にへたり込んでしまった。そんな二人を眺め、若き俊英の笹倉教授は苦笑する。

「すまなかった。散々な目に合わせてしまったね。講演会然り、事情聴取然り……」

「へらへらしてる場合じゃないですよ、全く。結局怪物は市街に野放しですし。ここを襲撃されるかもしれないんですよ」

「あ、いや、そうだね。すまない」

 典史の文句に笹倉は真面目な表情を繕う。そして、眼鏡の位置を直しながら、彼は元々細い目をさらに細めて冴子に尋ねた。

「時に、冴子くん。結局途中であんな事になってしまったようだが、ある程度の収穫はあったのかな」

「……あったといえば、ありましたが」

「何だい? その煮え切らない態度は」

 典史の方をちらちらと窺いながら口ごもる冴子を、笹倉は訝しげに彼女を見つめた。典史は椅子に深くもたれ掛かったまま頷く。

「何やら未知の金属がどうだこうだって言ってましたが、現物が消えちゃったんですよ」

「はい? 消えた?」

「ええ。綺麗サッパリ、全く。一応は未確認生物の出現事件として扱われるようですが、別のセンでは怪物の衣装で気を引いている間に装飾品を盗み出そうとした盗難事件という可能性も上がってるらしいですよ」

 典史は真相を知っているだけに、その口調は白々しい。その態度が気になったか、笹倉はさらに眉間にしわを寄せた。

「む? 何か知ってそうな口ぶりだねえ」

「ええ。知ってますとも。教授がそれを信じるかどうかですが」

「ふむ? どういう意味だね」

 笹倉がさらに問い詰めると、冴子が突然立ち上がり、ホワイトボードにあるペンを手に取った。

「えっと、教授。今典史が装飾品が消えたって言いましたけど、比喩でも何でも無く、本当に消えてしまったんです。光になって、ぱっと。で、それ以前にですね……」

 冴子はぶつぶつ呟きながらホワイトボードの上にペンを走らせていく。そこには、ホールで典史が変身したレグナの姿が簡単にではあるが描き出されていく。

「典史がこんな感じのに変身したんですよ。装飾品を左手にはめて、何か色々して」

「うん?」

 笹倉はいよいよ顔色を変えた。慌てて立ち上がり、眼鏡を改めて直しながら冴子の方へ近づいていく。

「ちょっと待って、ちょっとね。訳がわからないよ、さすがに……」

「実証したいのは山々なんですけどね。申し上げた通り、綺麗さっぱりその篭手は消えてしまったんで、再現しようにも何にも出来ないんですよ」

「ふむ……君等が嘘を言うような人間ではないってことは僕も分かってるんだけどねえ……ん? 典史くん、どうしたんだ」

 笹倉が悩ましげに唸りながら顎をさすっていると、突如典史が頭を抱えて呻き始めた。

「あ、く……声が聞こえる。声が。『助けてくれ』って……」

「え?」

 その時、どこからとも無く飛んできた赤い光が、彼の左手へ集まり、真紅の篭手へと変わった。典史は目を見開き、冴子と笹倉は仰け反った。

「な、何だ! 一体どうなってるんだ!」

 笹倉が素っ頓狂な声を上げる。冴子も目を白黒させて典史の左手に取り付いた篭手を見つめる。典史はじっとその篭手を見つめ、そして不敵に笑った。

「俺に戦えって言ってんだろ。これは……!」

 典史は勢い良く立ち上がると、笹倉の前に飛び出す。

「丁度いい! 教授に見せてあげますよ! 『レグナ』の姿を!」

 典史は啖呵を切ると、天に向かってその手を突き上げた。そして彼を光が包み、右手で一枚のプレートへと変わる。そのプレートを見せつけるようにして、典史は叫んだ。

「変身!」

 プレートを篭手に嵌め、典史は白い騎士へと変身を遂げる。笹倉は反射的に携帯を取り出し、その姿を写真に収めた。それを見て典史は頷く。

「これでQ.E.Dだ。行ってくる!」

「あ、ちょっと!」

 典史はマントを翻す。その時、マントが光り、一対の翼へと変わった。その翼が見せる神秘的な光に、制止しようとした冴子は魅せられて思わず呟く。

「天使……」

 典史は自分の背中に生えた翼を一瞥すると、研究室近くの窓を開け、そのサッシに足を掛け、身を乗り出した。

「待ってろ誰か。今行く!」

 典史は窓から飛び出した。その瞬間に折りたたまれた翼は大きく広がり、彼を空へと押し上げた。彼は一気に夜空へ飛び出すと、助けの声が響く彼方へと向かって一気に飛んでいった。


 その頃、市街地の中ではイナゴの怪人が激しく暴れていた。炎上する車で通りが煌々と照らされる中、それは街路樹の枝をもぎ取ってその口へ運びながら、片手間に逃げ惑う人間へと襲い掛かる。前腕から生える巨大な爪をもって、イナゴは人々を切り裂こうとするのだ。人々を守るため、機動隊の面々が駆けつけ、盾を構えてイナゴを取り囲む。

「タォトナウ、イ……」

 イナゴは首を傾げながら訳の分からない事を呟く。そして枝だけになった街路樹を放り投げ、イナゴは機動隊に向かって襲いかかった。それは昼ごろ大ホールに現れたそれとは大違いであった。筋肉はさらに分厚く盛り上がり、腕の爪も、顎の刃も尖さを増している。そんな怪人に、機動隊は為す術もない。

「む……」

 盾を構える仲間の隙から、一人の隊員が拳銃を怪人に向かって撃ちかける。しかし、ちっぽけな弾は怪人には全く歯が立たず、むしろそれを挑発することになってしまった。イナゴは不機嫌そうに顎の刃をかちかち鳴らし、拳を固めて機動隊に飛びかかる。盾を一気に飛び越えて、それを構える人を押し潰す。そして腕を振り回し、仲間を容赦なく傷つけていく。

「下がれ! 下がれ!」

 隊員は拳銃をホルスターに戻し、傷ついた仲間を引っ張り、盾を構えながら防衛線を下げていく。その時、彼はビルのそばでうずくまり、泣いている少年の姿を見つけた。そして、怪人も同時にそれに気づく。炎の加減で、怪人の爪が怪しく光った。

「逃げろ!」

 その隊員は叫び、隊列から飛び出して少年と怪人の前に立ち塞がった。そして、怪人の爪を盾で受け止める。しかし、その一撃は重く、彼は少年の近くまで跳ね飛ばされてしまった。

「ぐぅっ」

 隊員はその険しい表情で再び銃を抜き、怪人の目を目掛けて銃を撃つ。しかし、怪人は片手であっさりとそれを防ぎ止めてしまった。

「こいつ! おい、早く逃げろ」

「あ、足が……!」

 見れば、足が血まみれになっており、膝のあたりには金属片が突き刺さっていた。彼は目を見開くと、再び怪人を見据える。

「わかった。大丈夫だ。お前はやらせない……」

 隊員は立ち上がり、一歩一歩と近づいてくる怪人を睨みつけた。怪人は腕を持ち上げ、その爪を見せつけるようにする。隊員は両腕を顔の前に持ち上げ、守りの構えを取る。

「エレフゥェレンィ、トノド」

 再び怪人は何事か呟き、その両腕を振り上げる。その時、空に一筋の光が現れた。


「うああっ!」

 レグナとなった典史は一直線に怪人へと飛びかかり、その頭を掴んで地面に叩きつけた。そして典史は地面に舞い降り、怪人を睨みつける。

「随分派手にやったな……許さないからそう思え!」

 叫ぶと、立ち上がった怪人の腹に一撃を叩き込む。生身の時とは違う、確かな手応えを感じた。怪人は体液を吐き、数歩後ずさりしてレグナを睨みつけた。紅く光る両の眼が、怪人を静かに見据えている。

「オォン!」

 怪人は飛び上がり、両手を振り上げて襲いかかった。しかし典史は動じない。一歩飛び退くと、振り下ろされた両手を易易と捌き、その腹に今度は蹴りを叩き込んだ。

「ヴ……」

「この野郎が!」

 鋭い拳の一撃が、怪人の肩を捉えた。ビルの壁に叩きつけられ、怪人は再び呻く。苦しみながら立ち上がると、片腕がだらんと垂れ下がっている。どうやら肩がどうにかなったらしい。

「ちょっとおいたが過ぎたな、怪物。今度こそは逃さねえ」

 典史はドスの利いた声で呟き、右の拳を握りしめる。途端に左手のプレートが光り、そして右手も同時に光る。その光を見た途端、怪人は狂ったように叫んで飛びかかってきた。

「これでどうだ!」

 典史は合わせて跳び上がると、怪人の一撃を身を捻ってかわし、その腹に光る拳を叩き込んだ。

「ヴァアアッ!」

 深々と典史の拳を受けたイナゴは、口から黄色の体液を激しく吐き散らし、地面に仰向けに倒れた。そして、途端に怪人は苦しみもがく。その身体の節々が光りだす。

「レグナ! レグナァアアッ!」

 怪人は潰れた顔で典史を睨みつけ、光り輝く手をのばす。その途端、怪人は炎を上げて爆発した。


 隊員は慌てて少年のことを爆風からかばう。微かに目を開き、突如として現れた白い騎士の姿を見つめる。騎士はじっと怪人が巻かれた炎が消えゆくのを見届けると、いきなり翼を広げた。隊員はハッとし、銃を抜きながら彼へ近づいていく。

「おい! お前は、一体……」

 騎士はじっと隊員を見つめたが、やがて空を見上げ、滑るようにその宵闇へと飛び出してしまった。その隊員は眉間にしわを寄せ、電光のように現れたその騎士の姿を険しい顔で見つめていた。

「一体何なんだ……あれは……」


 研究室に冴子の溜め息が響く。典史は膝を抱えて椅子に縮こまり、上目遣いで彼は冴子の三角につり上がった目を見つめる。

「典史。あんたはいつもいつも……」

「はい。反省してます。でも、別に大した怪我も無く帰ってきたわけだし、許してくれたっていいんじゃないかな……」

「そりゃあねえ。でも、いつまでも典史は危ないことに首を突っ込んでいるっていう自覚が足らないから、こうして説教してるのよ。結果論から言えば無事で済んだけど、あの未確認生物は車まで破壊したって言うし、ヘタしたら怪我じゃ済まなかったかもしれないのに。いい? 聞いてる?」

「いや、はい。すいません……」

 平謝りしている典史と、飽きもせず説教を続ける冴子。いつもの平和な光景を見つめ、笹倉は苦笑した。その時、側に置かれている携帯が震える。

「もしもし。ああ、衛士(えいじ)くんか」

『……速報で見たでしょう。あの『ホワイト』を』

「ホワイトか。そう呼ぶことにそっちではなったんだね」

『そんなことはどうでもいいです。教授。Dシステムはまだ完成しないのですか』

「もう少し待ってくれ。君の身体データに基づく調整を行っているところなんた」

『……そうですか。ならば出来る限り迅速にお願いします』

「りょーかい」

 笹倉は携帯を切ると、不敵な笑みを浮かべていつの間にか談笑を始めている典史達を見つめた。

「さて……この未確認生物騒ぎはこれでお終いなんだろうか……」

 窓の隙から、晩秋の冷たい夜風が静かに吹き寄せていた。


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