表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
十四章 衛士
29/35

前編

 遡ること十分前。笹倉と倫香は会心の笑みで隣の部屋のスーツを見つめていた。

 黒色だったスーツは銀色に輝いている。そして、その胸のプロテクターは鳥の顔を思わせる形に変わり、右腕のプロテクターは熊の頭を思わせる形になり、そして、左足首の裏には、魚の鰭を思わせる刃が備わっていた。

「成功! 成功した!」

 倫香は思わず叫んだ。笹倉も腕組みをして満足気に頷く。スツのステータスモニターを注視していた冴子も、ようやく安堵の溜め息を漏らして脱力する。

「あああ……良かったぁ」

 座って待ち構えていた衛士は、膝を叩いて立ち上がる。

「こうしている場合じゃない! 早乙女、今すぐ装着する!」

「うん。了解!」

 倫香がボタンを操作すると、スーツの前半分が外れ、人一人分の隙間を作る。衛士はそこに滑りこむと、両手両足を軽く広げた。

「装着!」

 衛士が叫ぶと同時に、プロテクターが吸い寄せられて彼の全身を覆う。そして頭からヘルメットが被さる。ヘルメットの右耳についたスイッチを操作し、衛士はバッテリーシステムを作動させる。

 バイザーが緑色に光り、プログラムを確認する白文字が目の前に浮かび上がっていく。衛士はじっとその起動画面に目を通し続ける。その向こうには画面に注目する四人の姿があった。衛士は唇を噛み、焦れたように尋ねた。

「まだか。早乙女……」

『もう少し。もう少しだから待ってて』

 衛士は拳を握りしめる。バイザーの奥の表情がふと悔しげに歪んだ時、いきなり画面が狂った。

「な、何だ……」

 文字化けの列がバイザーを埋め尽くす。微かに見える四人も明らかに慌て始めた。

『衛くん、衛くん……』

 倫香の声が砂嵐に混じって微かに聞こえる。衛士はそこはかとない恐怖に息を荒くする。そして、いきなり衛士は激痛とともに全身が溶けゆくような感覚を覚えた。

「あ、あああ!」

 衛士は悲鳴を上げると、そのまま意識を闇の中へと引きずり込まれていった。


「え……何で?」

 倫香は呆然と目の前の怪物を見つめていた。怪物は自分に括りつけられたワイヤーを引き千切ると、全身を震わせ咆哮する。倫香は思わずその場にへたり込み、虚ろな目で怪物が目の前で暴れる様を見つめていた。

「ウァアッ!」

 怪物はその目を光らせると、出場口に繋がる巨大な扉を破壊し、そのまま外へと飛び出していった。静寂が部屋を占める。倫香は破壊された扉を見つめ、ぽかんと開いた口で呟く。

「ええ……?」

 彼女は混乱のあまり全く今の状況を呑み込めずにいた。しかし、彼女の頭脳はあまりにも切れすぎた。すぐに彼女の頭は現状解析を始め、混乱を整え、今何が起きたかを正確に理解したのである。

「うわあぁっ!」

 倫香は絶叫した。その小さな拳をコンクリートの床に何度も何度も、狂ったように叩きつける。

「私のせいだ! 私が! 私が衛くんを! うわあ!」

 飛び出しそうなほどに見開かれた目で天を仰ぎ、爪が食い込むほど両手で強く頭を抱える。

「衛くん! 衛くん! 衛くん!」

「早乙女、おい、早乙女!」

 ミハエルは崩れ落ち、ぼそぼそと想い人の名を呼びながら涙を垂らし続ける倫香の肩を叩く。しかし、正気を失いかけている彼女は全く反応しない。慌てて隣に立つ笹倉の顔を窺ったが、こちらはこちらで彫像のように硬直して動かない。唯一動いているのは、モニターを注視して何やらキーボードを叩いている冴子だけだった。

「さ、冴子殿……」

 その時、いきなり冴子は機材を乱暴に叩いた。ミハエルはその背中から確かに立ち上る怒気を見て硬直する。彼女は振り向くと、思い切り拳を固めて笹倉教授の頬を殴り飛ばし、崩れ落ちている倫香の白衣の襟を掴んで引っ張りあげた。

「ミチ!」

「あ……なに……?」

「目を醒ませ、このバカ!」

 冴子は倫香を突き放すと、思い切りその頬に平手打ちを放った。倫香はよろめいてミハエルに倒れこむ。赤くなった頬を押さえ、倫香はさらに涙を零す。

「痛いよお……」

「痛い? そりゃ痛いでしょうね! あんたがすべきはこんな所で泣いてることじゃないでしょ! さっきあんたが言ったんでしょうが。何かが起きた時にどうにかするのが一番大事だって!」

「で、でも……」

「でももテロもない! ……あなただけの責任じゃないわ。これはみんなで研究したんだもの。……だから、私も手伝うから、武藤さんを助けましょうよ」

 冴子は倫香の肩を掴むと、自身も涙ぐみながら必死に呼びかける。倫香は上目遣いに冴子を見つめ、しかし俯く。

「けど、あんな怪物になっちゃったら、もう……」

「見なさい。これを」

 冴子は倫香を引っ張り立たせ、ステータスモニターの前に引っ張っていく。頬を押さえて呆然としていた笹倉も立ち上がり、その後ろから覗きこむ。ミハエルも同じく見つめた。

「ミチは人間を変身させるレグナそのものを真似しようとはしなかった。やっぱりミチは天才なのよ……」

 そのモニターはバグだらけの画面になっているが、稼働は続いている。それはつまり、怪物のようになってしまったあのスーツの中で、機械的な処理が続いているという証だった。

「まだあれは完全な化け物じゃない。だったら、きっと武藤さんを元に戻す手段だってあるはず。だから、ミチ。諦めちゃダメよ」

 冴子はその手に無線を握らせる。倫香は唇を震わせると、涙を零しながら頷き、そのまま基地を飛び出した。続いて冴子はミハエルに命じる。

「ミハエル。あの子一人じゃ頼りないから、助けてあげて。あと、これを典史に渡して。あと、ミチのコートも」

「承知した」

 獣に変身したミハエルは、冴子から渡されたスピーカーのコードを腕に巻き付け、腕にコートを握り、そのまま倫香の後を追って飛び出した。そして、冴子は頬をさすっている笹倉を見据える。笹倉は肩を竦めてしまった。

「まさか君に修正される日が来るとは思わなかったよ」

「私も教授をぶん殴る日が来るとは夢にも見ませんでしたよ。……私達も出来るだけのことをしますよ。もしかしたら、こちらからの操作で何とかなるかもしれません」

「ああ。分かった」


 倫香は全速力で駆け出したが、元々インドア系の彼女は運動が出来る方ではない。彼女は凍った道路で滑り、転んでしまった。全身が痛む。倫香は涙ぐみながら、必死に立ち上がって走り出そうとする。そんな彼女の肩を毛むくじゃらの柔らかい物が叩いた。

「早乙女」

 見上げれば、獣と化したミハエルがこちらを見下ろしている。その手にはコートもあった。

「私が背負おう。その方が間違いなく早い。これも着るんだ」

「……ありがとう。ミハエル……」

 ミハエルはコートを着た倫香を背負うと、再び全速力で駆け出した。


「ぐうっ」

 典史は怪物の薙ぎ払いを剣の腹で受け止める。渾身の力で怪物を持ち上げると、そのまま怪物を地面に投げ倒す。その足にミハエルが乗り、強引に押さえ込もうとする。典史も胴体に馬乗りとなってその腕を押さえる。

「典史殿! ここからどうするのだ!」

「ど、どうするのだ、つっても……これ以上やれることが……」

「だがいつまでもこうしては――うおっ」

 二人は怪物に跳ね飛ばされ、そのまま逆に踏みつけられる。ミハエルの鎧にヒビが入り、典史は再び呻く。そんな光景を呆然と見つめ、倫香は冷や汗を流す。

「あ、ああ……」

 その時、手に握られていた無線から声が響く。

『応答して! ミチ! 応答!』

「さ、冴子!」

 倫香は縋るように無線に耳を押し当てた。向こうの声は慌てている。

『ねえ! 典史から返事が来ないんだけど! どうしたの!』

 冴子の言葉にはっとなり、倫香はミハエルに向かって叫んだ。

「ミハエル! 通信機!」

「し、しまった。そうだ」

 ミハエルは全身の力を振り絞って怪物を押しのけると、腕に巻き付けてあったスピーカーを典史に手渡す。

「冴子殿が通信を求めている」

「冴子が? ……よし」

 典史は首にスピーカーと小さな無線機を巻きつけた。

「冴子。今受け取った」

『典史? 良かった間に合って。そこにもう一体怪物が近づいてるの! 気をつけて!』

「何だと?」

 典史は怪物の突進をどうにかいなして飛び上がる。すると、道路の彼方に獅子の頭を持った怪物が見えた。その鬣、そして腕と足は炎に包まれている。

「何だあいつは……」


 炎の獅子を見下ろし、黒いローブの男は満面の笑みを浮かべる。うっとりした口調で彼は呟く。

「おお……さすがは獅子の魂よ。聖なる炎に目覚めたか」

 そして一気にしかめ面となり、男は遠くに戦う怪物と天使、そして獣の姿を睨みつける。

「さて。人間がちょろまかと動きまわる様は見ていて滑稽だったが……そろそろ面倒だ。叩き潰せ」

 獅子は咆哮を上げると、戦場に向かって一気に駆け出した。


「まずい! 何とかならねえのか、冴子!」

『頑張ってるってばこっちも! 何とか耐えて! お願い!』

 典史は怪物の突撃をミハエルと共に受け止めながら叫んだ。しかし、冴子の返事は芳しくない。典史はミハエルと顔を見合わせた。

「とりあえずは私が向こうの者と戦う! 典史殿は衛士殿を頼む!」

「ああ。頼んだ!」

 ミハエルは典史の肩を叩いて駆け出した。炎の獅子はその灼熱の拳を振り上げる。ミハエルは歯を食いしばると、そこへ飛び込んで脇腹を切り裂いた。

「ドグ、フォトラエハノ!」

 獅子は赤く輝く目でミハエルを睨みつけ、一気に全身を躍らせ飛びかかった。反射的に腕でその身をかばうが、一気に両腕が燃え上がりミハエルは叫ぶ。

「ぐうっ! 貴様!」

 地を転がって火を消し去ると、ミハエルは跳ね起きながらその腹に蹴りを叩き込んだ。獅子はその足を燃え盛る両手で掴む。思わず悲鳴を上げ、ミハエルは飛び退った。しかし、今度は火の消えが悪い。

「ぬぐっ……おのれ……」

「ミハエル! 足出せ!」

 水流が飛び、ミハエルの足の火を一瞬で消し止める。振り返ると、獅子のような意匠の兜を被った青い鎧の典史がいた。近くの消火栓が折れ、水が噴き出している。

「一旦変われ! そいつも危険だ!」

「承知した!」

 典史は怪物を水流で押し退け、ミハエルと位置を変わる。そして、大量の水で獅子を押し流す。炎が弱まり、獅子は呻く。

「レグナ!」

「このまま……!」

 押し切ろうとした時、典史は突如激しい動悸を感じてその場に膝をついた。放水も止まってしまう。そして獅子の炎は再び盛んに燃え盛る。

「レグナァ!」

『気をつけて! その怪物のエネルギー反応が増大してる!』

「……くそっ!」

 獅子の口に炎が溜まり、一気に吐き出した。典史は力を振り絞り、両手を目の前にかざして再び水を打ち出す。しかし、典史は炎に押し負け身を焼かれる。

「ぐああ! ……炎には!」

 炎の渦の中、三度典史は智天使のプレートを呼び出して変身する。そしてあらん限りの力を込めて獅子の炎を自身の炎で払った。しかし、すぐに典史は崩れ落ちてしまう。

『の……み! だ……じょうぶ?』

「やべえよ……」

 スピーカーが熱でやられてしまった。典史は首から引き剥がして力なく取り落とす。双眸の白い光も消えかかっている。霞む目で前を見れば、再び獅子は炎を吐き出そうとしていた。しかしその口に弾丸が突き刺さり、思わず獅子は怯んでしまう。

「援護だ! 援護しろ!」

 機動隊がライフルを構え、必死に獅子に撃ちこんでいた。


「……考えろ。考えろ私……」

 倫香は震えながら怪物を見つめ続ける。そもそもあれはオーエネルギーによってプロテクターの組成を変化させたものだ。ミハエルも、典史も、オーエネルギーでその肉体組成を変化させて変身している。倫香は青い顔で目を伏せた。

「そうだ……これなら。これが上手く行けば、もしかしたら……」

 倫香は顔を上げると、典史を見て叫んだ。

「典くん! お願い! 衛くんにオーエネルギーをぶつけて!」

「何?」

「光る拳で殴ったら、怪物がいきなり吹き飛んだって、前に言ってたよね! あれは、おそらくオーエネルギーで構成している身体の組成があなたのオーエネルギーで崩されたからよ! それを衛くんにやるの!」

「け、けど、そんなことして平気なのか?」

「……典くんならやれる。いや。典くんじゃなきゃ出来ないよ。これは、きっと……」

 ミハエルは立ち上がり、怪物のことを蹴り飛ばして典史に駆け寄った。

「私が時間を稼ぐ! 典史殿は衛士殿を!」

「……分かった。やってやるさ」

 獅子に向かって駆け出したミハエルを見送り、典史は今一度力を振り絞って立ち上がり、口を大きく開いて咆哮する銀色の怪物を見つめた。

「衛士ぃっ! 目を醒ませぇっ!」

 右手を光らせ、翼を広げ、一気に典史は怪物の懐に飛び込む。怪物は両腕を振り下ろす。典史の拳が胸を捉え、怪物の腕が背中を捉えた。

「あぐっ」

 典史は地面に叩きつけられ、力なくもがく。しかし、彼はやった。怪物は全身を光らせ、天を見上げて硬直する。

「グアアッ!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ