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進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
十章 敗北
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後編

 隣町に位置したとある市街地。人間よりも二回りは大きな鷲の怪物が暴れていた。その足の巨大な爪で襲いかかり、掴んで空へ飛び上がる。そしてタップリと悲鳴を上げさせてから放り落とす。文字通りバラバラになる人を見下ろし、怪人はその目に薄ら笑いを浮かべた。

「フフ……ハハハ!」

 そして鷲は逃げる人々を追って地上に舞い降り、その背中を切り裂いた。血飛沫が舞い、怪鳥の白い羽毛を血に染める。鷲はその手についた鉤爪を口の中に入れ、その血を舐める。

「フフフ……」

 鷲は押し殺したように笑うと、足をもつれさせながらどうにか逃げようとする人々を嘲笑うようにその爪で掻き切っていく。老若男女関係なく、その爪の餌食となっていく。そして、鷲は一人の獲物をビルの壁に追い込んだ。その爪に、嘴に鮮血を滴らせながら、鷲はゆっくりと近づいていく。

「や、止めてくれ! 殺さないでくれ!」

 若い男は壁に身を押し付けながら必死に懇願する。鷲はその赤く血走った目で若い男を見下ろすと、掠れた声で尋ねた。

「お前は私を覚えたか」

「は?」

「私はお前の記憶に焼き付いたか。焼き付いていないか!」

「や、焼き、焼き付き、ひぃっ!」

「そうか。ならばそのまま焼き付けるがいい。この私の姿を! この私の、姿を! 永久に焼き付けるがいい!」

 鷲は狂気に駆られた甲高い声で叫ぶと、男を見逃し再び非道を始めた。今度は逃げ出す車のボンネットを踏み潰し、フロントガラスを突き破った。悲鳴が街に響き渡る。車は脇に逸れ、他の車を巻き込んでビルに突っ込んだ。そこから女性が後ろのドアを開いて這い出してくる。そんな哀れな姿を見下ろし、鷲はその足の爪で彼女の背中を貫いた。

「あ、ああ、あああ……」

 躊躇なく無残な行為を働く怪鳥に、生き証人にされた男は恐怖のあまり失禁した。破壊された車から火の手が上がる。屍から溢れる血で道路が染まる。恐る恐るそばを見れば、目を見開き、恐怖に顔を歪めたまま死んでいる少女の姿が目に飛び込んできた。

「うわぁぁっ!」


 鷲はその狂った目で人々を見渡し、次々に標的を変えて襲いかかっていく。甲高い叫び声を上げながら、低空を飛び、通り過ぎざまに次々に人々を切り裂いていく。そして空に舞い上がると、オフィスの窓に張り付き、取り憑かれたように血が舞う光景を見つめている人々に襲いかかった。

「私の姿を抱いて、死ねッ!」

 その足でガラスを蹴破ると、そのまま人々を引き摺り外に放り投げた。そして落ちていく人々を追い、その爪で引き裂いていく。色とりどりの断末魔を聞きながら、鷲は地面に砕けた屍を踏みつけ高笑いする。

「さあ、私の姿を目に焼き付けるがいい。恐怖せよ、絶望せよ! そしてその生涯永遠、私に怯え畏れながら生きていくがいい!」

 鷲は黒くけぶる天空を見上げる。誰もが自分を見ている。誰もが自分を恐れている。誰もが自分を知るだろう。誰もが自分を忘れないだろう。誰もが、誰もが。その欲望のまま、鷲はその巨大な血に染め抜かれた翼を広げようとする。しかし、強い力にその翼は押さえ込まれる。背後に、青い閃光が輝いた。

「満足かよ。てめえ」

 押し殺した声とともに、鋭い衝撃が鷲の背中を貫く。鷲は吹き飛び、燃え上がる車に叩きつけられた。

「ぬおおっ!」

 鷲は翼を羽ばたかせて背中の火を叩き消し、正面に立つ白い戦士の姿を見つめる。そして、その左手に宿る真紅の篭手を、確かに捉えた。

「それは……それはァッ!」


 典史は目を剥いて、全身を毛羽立たせた鷲を見つめる。目の前の鷲は人間の言葉を使っていた。かつて対したあの熊と同じだ。あの暴力に取り憑かれて欲望のまま暴れた怪物と同じだった。典史は拳を握りしめて吼える。

「お前は人間の心を持ち続けているんだろう! それなのに、それなのにどうしてこんな残酷な真似が出来んだ! ここまでのこと、化け物だってやらねえよ!」

 しかし、鷲は典史の話など聞いてはいなかった。ただ嘴をわなわなと震わせ、典史の左手の篭手を睨み、絶叫した。

「ホワイトォッ!」

 鷲は一気に飛びかかった。典史は横っ飛びでかわして振り向く。鷲はそこに襲い掛かる。典史は腕を受け止め、突撃を受け流して地面に引き倒す。

「てめえは許さねえ! 絶対に!」

 右手を白熱させ、起き上がりかけた鷲の胸を殴りつけた。鷲の胸が青い炎に包まれ、鷲は絶叫を上げる。しかし、復讐心に駆られる鷲の胸の傷は一気に塞がり、羽毛も生え変わった。典史は驚愕のあまり思わず息を呑む。

「許さないのは私の方だ! この、泥棒めがぁ!」

「泥ぼ――」

 驚きで固まってしまった典史の顔面に鷲の一撃が炸裂する。輝く兜は呆気無く割れ、道路に突き倒された典史の半面が顕になる。漆黒の顔に、高い鼻、青く光る目、耳元まで裂けた口と鋭い牙。それを見た鷲は、低く笑う。

「泥棒め、一体どちらが怪物だというのだ。その顔、まさに化け物ではないか」

「……このぉっ!」

 典史は立ち上がると、剣を抜いて飛びかかり、鷲に切りかかる。その一撃は確かに肩を捉えた。しかし、全てを焼きつくす灼熱の剣のはずが、鷲はその刃を握りしめ、引き剥がしたのである。そして、その足の鋭い爪で典史の腹を蹴りつける。怪物の一撃を尽く受け止めてきた鎧にも呆気無く穴が空く。

「ぐぁっ!」

 典史は腹を押さえて呻く。そこからは血が止めどなく溢れていた。痛みで霞む視界。しかし典史は歯を食いしばって立ち上がる。だが、そこへ容赦なく鷲の爪が襲う。

「泥棒め、泥棒め、泥棒め! 貴様が、貴様が、貴様が!」

「ああぁっ!」

 典史はその爪で容赦なく全身を切り裂かれる。肩を、腕を、脇腹を。硬い皮膚と筋肉が防いで深手にはならないが、鮮血がだらだらと溢れ、典史はみるみるうちに衰弱した。そして、典史はついに膝をついてしまう。目の前に憤怒をまとって立つ鷲を見上げ、典史は掠れ声で尋ねる。

「あんたは……あんたは、まさか、荒俣教授、か!」

「その通りだ。貴様が、貴様がその篭手を盗まなければ! 私は考古学の一ページに名を刻んだはずだった! それが! 貴様のせいで全てを失った! 許しがたい。許しがたい!」

「あぐっ」

 鷲は典史を蹴り飛ばす。爪が典史の腹に突き刺さり、さらに血が噴き出した。もはや虫の息になりながらも、典史は無理矢理起き上がって叫ぶ。

「……なら俺だけ殺せばいいだろう! 何故、何故こんな事したんだ! お前は!」

「私が存在を記憶に刻むためだ! 殺し尽くし、破壊し尽くす! そうすれば人々は恐怖を覚える! 天災、暴君、疫病……恐怖は伝説と容易に変わる! そうだ! 私は人間に恐怖で私の存在を焼き付ける! そして、未来永劫伝説として語り継がせるのだ!」

「……この、化け物以下の最低野郎がぁっ!」

 典史は立ち上がると、一気に翼を広げた。その背中に光が宿る。顕になった牙をさらに剥き出し、青い眼を光らせ、彼は激しい怒りで全身を漲らせる。その殺気は、狂った荒俣すら一瞬たじろぐ程だった。

「……あ」

 しかし、典史は力尽きた。翼はマントへと戻り、典史はがっくりと膝をつく。彼を足元に血だまりが出来上がっていく。意識が朦朧とし、典史は光が消えかかる青い眼で荒俣を睨みつける。

「イタチの最後っ屁すらも見せられぬか。情けない奴だ。……その篭手は、私が貰い受ける……」

 荒俣は典史を嘲笑い、ゆっくりと近づいていく。そして、彼の左腕に手を伸ばそうとした。


「遅くなった典史。後は俺に任せろ」


 その時、一発の銃弾が荒俣を突き飛ばす。続けざまに数発の銃弾が襲い掛かり、さらに荒俣を仰け反らせた。

「な、何だ……!」

 見れば、目の前で大口径のライフルを構える、Dシステムを身に纏った衛士、そしてその背後に、さらにライフルを構える機動隊の姿があった。典史はそれを見つめ、力なく呟く。

「へっ……ヒーロー登場にしては、遅すぎるんじゃないか」

「すまん。隣の市のため出場に手間取った」

「難儀だな。警察ってのは……まあ、助かった……」

 典史は安心したのか、気を失って倒れた。その拍子に変身が解け、ぼろぼろの服を纏った生身の人間へと戻る。衛士は銃を構えたまま、ミハエルを一瞥する。

「ミハエル。神原を病院へ」

「承知」

 ミハエルは頷くと、典史を脇に抱えて駆け出した。鷲は目を見開いてその後を追おうとする。しかし、一発の銃弾がそれを阻んだ。

「させるものか。お前の相手はここにいる」

「……ならば貴様を殺す!」

 荒俣は飛び上がり、急降下で舞い降りてくる。衛士はライフルを捨て、サイドカーからアサルトライフルを取り出した。そして、爪の一撃を強引に肩のプロテクターで受け止めその胸に銃弾を大量に撃ちこむ。

「ぬぐっ!」

「覚悟しろ。俺は奴のように強くはないが、奴のように甘くはないぞ」

「ふんっ! ほざくなぁっ!」

 胸に突き刺さった弾を強引に抜き取ると、その傷口はみるみる塞がっていく。衛士はその様子を睨みつける。

『あれもオーエネルギーの力かも。気をつけて!』

 通信から倫香の声が響く。散々聞いたあの呑気な声色ではない。真剣に引き締まっている。それだけに、目の前の存在の危うさが伝わった。

「ああ。了解した」

「ぬああっ!」

 荒俣は雄叫びを上げて全身を広げる。同時に手の爪と足の爪がさらに鋭さを増す。見るからに危険性を増したその外見に、衛士は舌打ちする。

「撃退も視野に入れるか……」

 衛士はバイクからバズーカを取り出した。荒俣がさらに速さを加えて襲い掛かる。衛士は敢えてその爪の一撃を受けた。胸のプロテクターが激しく傷付き、火花が散る。しかし、衛士は怯まずその胸にバズーカ砲を突きつけた。

「おおっ!」

 衛士は叫ぶ。溢れる闘志に危険を察知し、荒俣は思わず飛び上がろうとする。それが衛士の狙いだった。中途半端な間合いのところにバズーカを撃ち込む。激しく爆発し、荒俣は宙を舞って地に落ち、衛士もまた地面に叩きつけられた。

『衛くん!』

「うるさい。零距離でもなし、平気だ」

 マイクに向かって叫んでいるであろう倫香を制し、衛士は立ち上がる。目の前には、幽鬼のように立つ大鷲の怪物。その腕は肉が抉れ白い骨が覗いている。大量の血を零しながら、荒俣は衛士を睨む。

「おのれ、貴様も私をコケにするか!」

 叫んだ瞬間、いきなり怪物の傷が塞がり始めた。さしもの衛士も思わず目を見開く。その隙をついて荒俣は鋭い足の爪で衛士の胸を蹴りつけた。爪がプロテクターを切り裂き、人工筋肉スーツを貫き、衛士の胸を僅かに傷つける。

「……こうなれば!」

 バズーカは一発きり。形勢の不利を悟った衛士は腰の爆弾を手に取った。そして、再び空からきた怪物の爪を紙一重で避け、その腕に爆弾を突き刺す。そしてピンを抜くが、衛士はそのまま鷲に喰らいつく。

『衛くん! 何を……!』

「三……二……一!」

 衛士は叫んで飛び退いた。途端に爆弾が炸裂し、衛士と怪物を吹き飛ばす。衛士は激痛を覚えながら地面に何度も打ちつけられる。バイザーもヘルメットも割れた。腕や足のプロテクターも衝撃で表面にヒビが入る。しかし、その強固な人工筋肉スーツで五体は守られた。

「うぐう……」

『衛くん! 衛くん!』

「平気だ……死にはしない。死ぬほど痛いが」

 衛士は顔を上げ、怪物の方を睨みつける。怪物はよろよろと起き上がり、衛士を睨みつけていた。爆発をもろに受けた左腕は吹き飛び、骨が露出し血が噴き出している。その傷口を残った腕で押さえながら、荒俣は呻いた。

「おのれ、おのれ……!」

 そして荒俣は飛び上がり、どこへともなく飛び去っていった。

「よし……あの姿では、しばらく暴れられまい……」

 衛士は安堵の溜め息を漏らすと、そのまま力尽きて気を失ってしまった。



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