前編
古びた家の中、一人の老人が呆けた顔で座っていた。誰あろう、彼はコンベンションセンターでの怪人襲撃事件で全てを失った荒俣教授である。人生の中で唯一とも言っていい大発見だった真紅の篭手。それが『ホワイト』という得体の知れぬ化け物に奪われてしまったのだ。打ちのめされ、立ち直れなくなった彼は一人家にこもり、『ホワイト』の活躍に恨みの視線を送るばかりであった。
そこへ、夜闇に紛れてローブの男が現れる。相も変わらず歯を剥き出し、目を光らせて不気味に笑っていた。
「老人。随分と苦しんでいるな」
「な、何だ……」
突然の出来事に荒俣が呆然としていると、男は懐からプレートを取り出した。そこには天空から人々へ襲い掛かる巨大な猛禽の姿が描かれていた。そのプレートを振り上げると、男は硬直している荒俣に向かってそのプレートを投げつけた。
「ぐひっ」
そのプレートは真っ直ぐに心臓を捉え、荒俣は泡を吹いてもがき苦しみ始めた。その姿を見下し、ローブの男は狂気に駆られた会心の笑みを浮かべる。
「いい顔だ……そうして苦しみ、神の使いたる大鷲にその身体を引き渡すがいい」
荒俣は苦しみの最中、何者かに四肢を食われていくような錯覚を感じた。全身を貫く激痛の中、虫食いのように視界が斑に消えていく。そしてしばらくすると感覚が麻痺していき、何も考えられなくなっていく。
「ぐぐぐっ」
妻も、子も、名誉も成せぬこの人生、こうして誰にも気づかれぬまま何者かに喰われ死んでいくのが似合いか。そんなことを考えた。そして、最後に残った一片の視界でもう一度テレビを見つめる。そこには、とある視聴者が捉えたという、怪物を相手に大立ち回りを演じる『ホワイト』の姿があった。その左手には、自分の誇りとなるはずだった、赤い篭手がある。それを見た途端、視界が再び蘇った。
「おのれ、おのれぇっ!」
「ぬう……」
ローブの男は目を見開いた。ほとんど消え入りかけていた目の前の老人の心が、再び蘇ったのだ。
「……仕方あるまい。せいぜい適当に死ぬがいい」
男はローブを固く身に纏うと、そのまま闇に紛れて消えてしまった。荒俣は歯を剥き出しながら胸を押さえる。その手にはみるみるうちに羽毛が生え出し、背中からは翼が生える。顔も骨格が歪み、大きな猛禽の頭へと変貌する。
「おのれ『ホワイト』め……あの篭手があれば、誰もが私に注目した。誰もが私に名誉を与えただろうに……! 許せん。私は……私は認めさせる……私を、私を……!」
猛禽の化け物となった荒俣は、意志を燃え上がらせ、魂に喰らいつく何者かと抗い続けていた。
「大学、辞めたいなあ……」
ある昼下がりのこと、授業で課したレポートに目を通しながら笹倉教授は呟いた。助手三人組は教授の爆弾発言にはっとなり、ぼんやりと赤ペンを見つめている笹倉の方を見た。
「い、いきなり何言ってるんですか!」
焦った顔でとりなしにかかるのが典史である。
「まさか警察とのパイプがバレたんですか……?」
深刻に心配するのが冴子である。
「いいんじゃないですか? アテがあれば」
そして楽しそうなのが倫香である。笹倉は溜め息混じりに首を振ると、つまらなそうにレポート用紙をぺらぺらと翻した。
「そりゃあ、Dシステムを海外輸出してやれば、それなりの儲けも出るだろうし、警備会社でも始めれば、このご時世それなりに儲かりそうだし」
笹倉は欠伸混じりにパソコンを開き、インターネットを開いて操作を始めた。
「でも何より面倒になってしまってね。ただ日ノ出大学出身という肩書が欲しいだけってのが見え見えのレポートを眺めるより、正義の味方な活動をする方がよっぽど有意義だなあって、そう思うのさ」
彼は適当なサイトをクリックする。すると、レポートにある文章とほとんど変わらない文面がずらずらと並んでいた。笹倉は再び深い溜め息をつき、メモ用紙をちぎってペンを走らせていく。
「こんなちゃっちい人達のちゃっちい仕業をかいつまんではたき落としていくより、もっと誰かの役に立てるような研究をしたいよ。私はね」
「……でも、本当にやめるとして、どうするんですか? まだオリハルコン合金の研究活動は大学から援助されてますし」
冴子が目の前にあるデータを見つめながら呟くと、笹倉は悪戯っぽく微笑み立ち上がった。
「それ単体は私の目的の一ピースに過ぎないよ。なまじ硬いもんだから色々と有用に見られちゃってこう担ぎあげられてしまったけど、本当は採算度外視でも応用が利かなくても構わないんだよ。私の本分はDシステムそのものにあるんだから」
「衛士が装備してる、あれですか?」
典史は衛士が纏うスーツを思い浮かべる。笹倉は頷くと、手を広げて天井を見上げた。
「ああ。あれはまだ試作段階に過ぎない。あそこからさらに装備を研究して、いずれどんな状況でも活動できるスーツを作りたいんだよ。そしてそんなスーツを着てくれる人と一緒に、正義の味方ってものになってみたい。それが私の夢なんだ」
「正義の味方……」
冴子は神妙な顔になり、ちらりと典史を一瞥した。彼も笹倉教授の独白を仏頂面で聞いていたかと思うと、低く押し殺したような声で笹倉に尋ねた。
「教授。それはいいんですが、今でさえかなり物騒な装備を積んだ『正義の味方』をこれからさらに強化して、一体どうするつもりです?」
「……厳しい聞き方するねえ。今衛士くんが使ってるのは、現れた怪物のために、忙しすぎて動けない自衛隊から供与してもらうだけしてもらった武装だよ。……君の望む通り回答すれば、私はちっともDシステムを『攻める力』にするつもりはない。あくまで『守る力』としてしか運用するつもりはないよ。災害救助のため、犯罪防止のため。そして今回のように人類に仇なす敵と対峙するため。だって、ディフェンダーシステムだからね」
典史は鋭い眼光で笹倉を捉える。彼はただただ微笑んでいる。いつものように、飄々として掴み所のない態度だ。典史は溜め息をつく。
「やっぱり笹倉教授はわかりませんね。不思議な人です」
「褒め言葉として受け取ろうかな」
笹倉は相変わらず微笑んで頷いた。そして再び作業に取り掛かろうとしたところへ、倫香がいきなり大声を上げた。
「出来たっ! 教授! これ見てくださいよ!」
倫香は勢い良く席を立ち、パソコンを持って笹倉に突き出した。それを覗き込んだ笹倉はにわかに顔色を変える。
「ディフェンダーシステム、タイプベータ?」
「ええ。この前典史が変身するところを見てて思いついたんですけど、あの繋げられた装置に起きた変性を再現できないかな、って思って色々と構想を練ってたんですけど、ようやく筋道が立ってきたんですよ!」
「なるほど……確かに、あの金属はオリハルコン合金と違って軽い。あの材質をプロテクターに用いることが出来れば……」
そんな様子を遠巻きに見つめ、典史と冴子は頬杖をつく。
「あーあ。俺、倫香に一生かかっても勝てる気がしねえ」
「まあまあ。ミチの思いつきを精査して実験や検証を積み重ねるのが私達の役目でしょ。彼女のぶっ飛んだ天才ぶりは私達みたいな凡才のサポートで成り立ってるのよ。そう考えれば相互互換だと思えるけど」
「まあそう言えばなあ。でも、やっぱり負けてる気がするぜ」
談笑する笹倉と倫香を口を尖らせながら眺めていると、冴子はにやにやしながらそんな典史の肩を叩いた。
「そんなに勝ちたいなら、ちょっと私の手伝いしてよ」
「ん?」
典史は冴子の手元のレポート用紙を覗きこむ。そこには、プレートに刻み込まれていた謎の模様が記されている。その脇には、大量のメモが記されては線で消されていた。
「あ、これっていつかのやつか」
「そうそう。多少資料が揃ってきたし、少しずつ解いてるのよ。典史も良かったら手伝って」
「それなら、ほら」
典史は篭手を呼び出すと、彼女に手首辺りを差し出した。そこにはプレートと同じような模様が刻み込まれている。冴子はそれを食い入るように見つめた。
「ありがとう。えーと……」
冴子は典史の手首を回しながら模様のメモを取っていく。典史はさらに軽く掌を天井に掲げ、プレートを呼び寄せた。そこには炎の剣を掲げる天使の絵が描かれている。
「天使。天使か……」
典史が何の気なしに呟いた時、冴子はふと顔を上げた。
「まさか……」
冴子はメモに走り書きをする。上に『ANGEL』、下に『LEGNA』と。そして冴子は自分で息を呑んだ。
「典史。こういうことなんじゃない?」
「エンジェル……レグナ? まさか、怪物がいつも叫ぶ『レグナ』は、『エンジェル』の逆さ読みってことか?」
「ええ。きっとそうよ。そうなのよ! ああ、この予想が当たってたら、これも解けるかも知れない!」
「……お、おう。なんか知らないけど、頑張れよ」
急にはしゃいでレポート用紙にせわしなくペンを走らせ始めた冴子。典史はそんな彼女を見て肩を竦め、典史は改めてプレートをじっと見つめる。天使の顔は勇ましく、悪魔を討たんとする闘志に燃えていた。典史は目を閉じ、レグナと叫んで散っていく怪物の姿を思い浮かべる。
「俺が、天使か……」
その時、典史は目を見開いた。人々の悲鳴が耳に響く。典史は顰め面で立ち上がると、右手のプレートを見つめる。
「教授、怪物が出ました」
「……よしわかった。出発してくれ」
「了解です」
典史は窓を開け放つと、プレートを嵌めながら一気に飛び出した。光が彼を包んでレグナと変える。マントを翼と変え、典史は勢い良く空へと飛び出していった。その背中を見送りながら、笹倉は呟く。
「うむ……やっぱり怪物の出現を突き止めるレーダーが欲しいねえ。彼、そのことで悩んでると衛士くんが言っていたし」
倫香も窓から身を乗り出しながら彼の事を見送った後、彼女らしく元気に笑って敬礼した。
「ふむ……分かりました。頑張って何とかしてみます!」




