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進化する翼レグナ  作者: 影絵企鵝
八章 倫香
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前編

「格好いい……」

 数日後、冴子は目の前に立つ青年を見て思わず呟いてしまった。典史が咳払いをすると、慌てて表情を取り繕い、隣にいつもの仏頂面で立っている衛士に向かって尋ねた。

「あの、この人は?」

「ああ、こいつは武藤ミハエルだ」

 軽く口角を持ち上げて衛士は答える。冴子は耳を疑い、全く同じ文言でもう一度尋ねた。しかし、彼はまた同じように返すばかりだ。冴子はいよいよ当惑した。

「え、ええ? だって、ミハエルって、あのシェパードでしょう? それがどうして――」

 冴子は言葉を失った。目の前に、警察のコスチュームを纏った犬がちょこんと座ったからだ。冴子は真っ青になって尻もちをついた。

「ひいっ」

「分かって頂けたか? ……変身」

 犬の身体が光り、いきなり衛士よりも頭二つほど大きくなり、鎧を纏った獣の姿へと変わった。兜の隙から覗く黒い眼で冴子を見下ろし、ミハエルは堂々と言う。

「私は自在に変身することが出来るらしい。……この新たに得た化生の者としての姿、核となる私が持っていた犬としての姿、そして素体となった先程の青年の姿にな」

「素体? 核? それは一体君にとってどういう存在なのかな。ミハエル君、教えてくれないか。ついでに、その鎧はどう発生しているんだ」

 笹倉がメモを取り出し、興味津々の様子で尋ねる。ミハエルは頷くと、ひとまず人間の姿へと戻った。シャツにスラックス姿の青年となった彼は、静かに口を開いた。

「まずは簡単な部分から話そう。私の鎧は、人間体として今私が纏っている服が変性したものだ」

「変性? 布が金属に変化すると言うのですか?」

「何を驚く事がある。これは神原殿も服を鎧に変えているではないか」

 笹倉は典史と一瞬目配せした。

「そう言われればそうだがね……それはつまり、一連の怪物とレグナには共通点があるということかな?」

「その通りだ。神原殿が変身する戦士の力と、私が化生の者へと転生した力は、同一のもの」

「その力とは、一体どのようなものなのだい?」

 笹倉はペンを忙しく走らせながら尋ねる。しかし、ミハエルはゆっくりと首を振った。

「私にはそれを語る術を持たない」

「その『力』に関して理解が進めば、一連の怪物事件にも光明が差すかもしれないんだけどねえ……ほんの少しでも、何かわかることは無いのかい」

「私はその『力』について触れる術を捨て、衛士殿の側へと付いた。この原理を越えた力については、原理を越えた力と言う他に、私はこの力を説明する術を持たない。笹倉殿。貴殿は衛士殿の知る中でも有数の科学者と言っていた。ならば己でこの力を解き明かせばいいのではないか?」

「うむむ……だがエネルギー関連は私にとっては専門とは言えないのでね……倫香くんが帰ってくれば話は別なんだが」

ミハエルのあまりに澄んだ眼で見据えられ、笹倉は黙りこくってしまう。典史は彼らの沈黙を縫ってミハエルに質問した。

「ミハエル、その話は進まないからとりあえず置いておこう。素体と核について教えてくれないか? 俺はそっちのほうが聞きたい」

「了解した。まず素体とは、魂を失った人間の体だ」

「奴の話は本当だったのか……」

 典史は熊の怪物の話を思い出して目を丸くした。冴子も典史がうわ言のように呟いていた言葉を思い出し、ミハエルに尋ねる。

「それって、死体ってこと?」

「否だ。もちろん死体でも良いのかもしれないが……私は虚無の中で弱々しい魂と遭遇した。あれは生きゆく意志を失った魂だろう。本能のまま生きることを望んでいた私は、その魂を放逐し、肉体を奪い取った……そう。核とは、私のように、死を受け入れられなかった動物の魂なのだ」

「魂……もう科学の領域じゃあ無いねえ……」

 笹倉が放心したように呟く。いきなり突き付けられたファンタジーに、気持ちの整理がつかなくなってしまったようだった。腕組みをしてミハエルの話を聞いていた衛士は、ふと彼に尋ねた。

「死を受け入れられなかった……ミハエル。お前はどうして死を受け入れられなかったんだ?」

 ミハエルはしばらく主の事を見つめ、柔和に微笑んだ。

「言ったではないか。私は衛士殿に会うまでは、死んでも死にきれんと思ったのだ。……尊い命を頂き、こうして私は蘇った。なれば、私はこれからも戦士として、浮かばれずに化生の者となってしまった魂を葬るつもりでいる。今再び、よろしく頼むぞ。衛士」

 衛士は頷くと、ミハエルの手をしっかりと握った。

「ああ。よろしく頼む」


 その頃、病院の霊安室にローブの男が立っていた。歯を向き出して笑うと、全ての棺の蓋が開いて床に落ちた。死に化粧を施され、葬式を待つ遺体が顕となる。骸をそれぞれ見渡し、ローブの男は懐からプレートを取り出す。

「さあ、再び目覚めるがいい。我にその働きを見せよ」

 プレートが死体の胸に突き刺さる。それぞれの身体が棺から跳ね上がり、そのまま彼らは起き上がる。そしてその体は見る見るうちに巨大なネズミの様な怪物に変化していった。彼らは立ち上がると、じっとローブの男を見つめる。

「この世界に裁きを下すのだ」

 ネズミは頷くと、揃って霊安室を飛び出していった。ローブの男は舌舐めずりをし、じっと霊安室を見渡した。

「さて、他も回ってみるとしようか……」

 ローブの男は、霊安室から影のように消えていった。


 衛士はDアルファを纏い、後ろに跨るミハエルと共に街を疾駆していた。ネズミの怪物が何体か色々な場所で現れたというのだ。戦力として勝るレグナを一人にして、二人は急いで駅前のビル街へ急いでいた。

「衛士殿! あそこではないか?」

 ミハエルは先に見える騒ぎを指差した。見れば、機動隊が三体の巨大なネズミに押されている。

「ああ、出場だ」

 衛士はバイクを止めると、マシンガンを手に飛び出した。ミハエルもその姿を獣へと変え、その後を追いかける。そして、機動隊から盾を剥ぎ取り腕を振り上げたネズミに向かって大量の弾丸を叩き込む。

「全部持っていけ!」

「ギィッ!」

 胸に銃弾を受けて仰け反ったネズミを蹴飛ばし、さらに衛士はその頭にマシンガンを撃ちこむ。血が飛び散り、ヘルメットにプロテクターを汚していく。

「離れろ!」

 叫ぶと、虫の息となったネズミにプラスチック爆弾を突き刺し、ピンを引き抜く。程なくネズミは吹き飛び、辺りには白い砂が舞う。

「警察の皆よ、下がれ!」

 ミハエルは叫びながら一体のネズミに向かって飛びかかる。その鋭い爪で容赦なくネズミの身体を切り裂く。ネズミは飛び退って甲高く鳴き、血を滴らせながらミハエルに飛びかかる。しかし、ネズミと犬では勝負になりようもない。ネズミはミハエルの肩に噛み付いたが、その鎧は全く傷つかず、むしろその歯が欠ける始末である。

「何故この世に留まりたいかは知らんが……衛士殿の敵は私が敵。覚悟めされよ!」

 ミハエルは仰々しく叫ぶと、ネズミの胸にその鋭い爪を突き立て、そのまま引き裂いた。そして左手をその心の臓へ突き刺し、怪物に埋め込まれたプレートを容赦なく引き抜く。

「グェ……」

 ネズミは断末魔を上げると、そのまま光を発して白い砂へと変わってしまった。

「悪くは思いなさるなよ……」


 こうして二人がネズミを相手にしている様子を、遠巻きにして見つめている一人の少女がいた。情け無用の二人組がネズミを血祭りにあげてしまっている光景を、彼女は顔色一つ変えず、むしろ興味津々の様子で眺めていた。

「ふむふむ。これが最近日ノ出市を騒がしているという怪物か。中々グロテスクだねぇ」

 そう言うと、彼女は一眼レフを取り出してネズミをバシャバシャ写真に収めていく。全く豪胆な少女である。しかしその時、いきなり近くのマンホールが飛び上がった。少女はその低く響く音に驚いて尻もちをついてしまった。

「うわっ! な、何?」

 見れば、遠くで戦士たちが相手している者と同じようなネズミがマンホールから這い出てきた。その怪物は真っ直ぐに彼女を捉え、襲い掛かってくる。

「ひゃっ」

 少女は一気に青くなって小汚い化け物を見つめる。ネズミはその血走った目で睨み、少女に飛びかかる。しかし、その肩に鋭いナイフが突き刺さり、ネズミは呻いて肩を押さえる。

「手出しはさせない」

 さらにマシンガンの弾が雨あられとネズミに襲い掛かる。ネズミは悲鳴を上げて飛び退った。少女がはっと弾が飛んできた方角を見れば、プロテクターを纏った戦士が走ってきていた。彼は彼女の前に立ち塞がり、再びネズミに狙いを定める。

「おい、さっさと逃げろ。ここは危ない」

 ちらりと少女を見て戦士は顎をしゃくり、マシンガンの引き金を引いた。

「は、はい……」

 少女はいかにもか弱い雰囲気の声を出して小さく頷く。重装備がよく似合う逞しい体つき、男前の低い声色、淡々とした口調。そして何より、彼は自分を守ってくれた。少女が彼に釘付けとなるには十分だった。

「格好いい……!」


 一方、典史は街中の公園で数体のネズミと対峙していた。

「このっ!」

 青白く光る剣を抜き、典史は低空を滑るように飛んで巨大なネズミの怪人に迫り、袈裟に切りかかる。白熱した剣はネズミの肩を易く切り裂き、怪物は肩を押さえ悲鳴をあげる。

「キィッ!」

 背中に別のネズミが飛びかかる。典史は翼をマントに変えてかわし、身を翻して叩き落す。そして、彼は白熱した貫手でネズミの胸を突き破り、プレートを抜き取った。白砂と化したそれを踏み越え、肩から血を滴らすネズミの腰を斬る。さらにその胸を白刃で貫いた。

 ネズミは断末魔と共に、炎に巻かれてその姿を消す。剣を収め、両脇から迫る二体のネズミを青白く輝く拳で裏拳と正拳を次々見舞う。そして、青炎に包まれた右足で鋭く腹を蹴りつける。反動を使いもう一体の顔に回し蹴りを叩き込んだ。二体は暴れ、節々から光が発し、そのまま炎に巻かれて消えてしまう。

 どうにか戦いを終え、典史は安堵の溜め息をついて周囲を見渡す。白い砂となった怪物の残骸が風に吹き散らされて消えていく。

「……今までこんなにまとまった数じゃ出てこなかったのに」

 典史は一人呟くと、遠くで主を待つ白いハヤブサへと向かって歩き出した。


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